労災の被災者となってしまった場合に、仕事をしながら通院をしたい。
仕事をしながらの通院だと完全に休業となっているわけではないし、労災からの補償を受け取れないのでは……。
通勤中や就業中に事故に遭い、労災認定され治療を続けているという方々の中には、このような不安を抱えている方もいらっしゃるのではないでしょうか。
ご安心ください。仕事しながらの通院でも労災保険からの補償はあります。
この記事が、労災被害に遭い仕事しながら通院を続ける方々の手助けとなれば幸いです。
労災認定については以下の関連記事をご覧ください。
1、仕事しながら通院しても労災補償は受け取れる!
(1)労災補償の種類
はじめに労災補償の種類について解説していきます。
①休業(補償)給付
まず、「休業(補償)給付」です。
「休業(補償)給付」とは、労働者が業務上又は通勤により負傷し、または疾病にかかり療養のため働くことができず、そのために賃金を受けることができない場合に支給される補償給付です。
②療養(補償)給付
「療養(補償)給付」は、被災労働者が災害により療養を必要とする場合に支給されます。
療養給付には、治療の現物給付である「療養の給付」と、治療に要した費用を支給する「療養の費用の給付」があり、治療を受けている場合に支給されます。
③傷病(補償)給付
「傷病(補償)給付」とは、療養(補償)給付(療養給付)を受ける労働者の疾病が療養開始後1年6か月を経過しても治らず、その傷病による障害の程度が傷病等級表に定める傷病等級に該当し、その状態が継続している場合に支給されます。
④介護(補償)給付
「介護(補償)給付(介護給付)」は、傷病(補償)年金又は障害(補償)年金を受給している者のうち、一定の障害(要介護障害程度区分表)の状態にあり、かつ、現に介護を受けている場合に支給されるものです。
⑤遺族(補償)給付
「遺族(補償)給付(遺族給付)」は労災により死亡した労働者の遺族に支給される給付です。
遺族給付には、遺族補償年金と遺族補償一時金とがあり、労働者の死亡当時の生計維持関係や死亡労働者との続柄、遺族の年齢などによっていずれかが給付されます。
その他にも、葬祭を行う者に支給される「葬儀料(葬儀給付)」などの給付もあります。
(2)仕事をしていると休業(補償)給付は受け取れない?
それでは、仕事をしながら治療を続けている場合、休業(補償)給付を受けとることができないのでしょうか。
まず、休業(補償)給付の要件を簡単に説明します。
休業(補償)給付は、以下の3つの要件をすべて満たした場合にのみ支給されます。
- 療養していること
- 労務不能であること
- 賃金の支払いがないこと
このうち、仕事をしている場合、「労務不能」の要件を満たすのかが気になるところです。
しかし、「仕事をしている」といっても、通院で遅刻や早退、欠勤などでフル復帰でない場合は、その働いていない時間については、この「労務不能」にあたります。
例えば、午前中に通院して(就業時間中の4時間分を遅刻)、午後から出勤した日が、月に8日間発生している場合を考えてみましょう。この場合、4時間分×8日間=32時間分が、仕事をしていない時間として給与月額から差し引かれます。そうすると、この32時間分の給与のうち、一定割合が休業(補償)給付として支給されることになります。
他方、フレックスタイム制であるなどにより、遅刻をした分の給与が差し引かれていない場合など、遅刻した日について1日の100分の60の賃金額を超えて給料の支払いを受けた場合には、「賃金を受けていない」という要件を満たさないため、休業(補償)給付を受け取ることできません。
労災の休業(補償)給付について詳細についてはこちらの記事を確認してください。
2、仕事をしながら通院する場合の休業(補償)給付の計算
本項では、休業(補償)給付の計算方法を説明します。
休業(補償)給付の金額の計算では、「給付基礎日額」という概念が重要です。
給付基礎日額とは、原則として労働基準法の平均賃金に相当する額を言います。
平均賃金は、事故が発生した日の直前の3か月間に労働者に支払われた金額の総額を、その期間の暦日数で割った一日当たりの賃金額です。
ここで例として、
- 事故が10月に発生
- 月20万円の賃金
- 賃金締切日が毎月末日
という場合について考えてみましょう。
上記の事例では、暦日数は、「7月:31日+8月:31日+9月:30日=92日」です。
この事例での給付基礎日額は、「20万円×3か月÷92日≒6,522円」となります。
休業4日目以降について労災保険から支給される1日あたりの給付額を計算すると、
保険給付は、6,522円×0.6=3,913円
特別支給金は、6,522円×0.2=1,304円
ですので、合計5,217円が1日当たりの休業給付となります。
通院で全日欠勤する場合、5,217円が支給されることになりますが、仕事をしながら通院する場合、遅刻や早退で対応することも考えられます。
このように、所定の労働時間の一部について労働した場合には、その日の「給付基礎日額」から「実働に対して支払われる賃金の額」を控除した額、つまり、
「給付基礎日額」-「実働に対して支払われる賃金の額」
この金額の80%(60%+20%)にあたる額が支給されます。
具体例として、「1」で例に出した以下のケースで休業(補償)給付を計算してみましょう。
- 午前中に通院(就業時間の4時間分を遅刻)、午後から出勤した(4時間労働)日が、月に10日間ある
この例では、実働に対して支払われる賃金の額は4時間分(1日の半分)ですから、
5,217円÷2≒2,608円
です。
よって、「給付基礎日額」-「実働に対して支払われる賃金の額」=5,217円-2,608円=2,609円
この80%である、
2,609円×80%≒2,087円
が、1日分の休業(補償)給付額となります。
これが10日間あった、という例ですので、
2,087円×10日間=20,870円
20,870円が支給されるということになります。
3、仕事をしながら通院するときに休業(補償)給付を受け取れないケース
(1)会社から賃金が一定基準以上支払われている場合
会社から一定額以上の賃金を受け取っている場合には、休業(補償)給付を受けとることができない可能性があります。
「1」(2)で少し触れましたが、休業があっても、休業日の賃金の支払いが100分の60を超えた場合には、休業(補償)給付の要件である「賃金を受けていない」を満たさないため、休業(補償)給付を受け取ることはできなくなります。
例えば、フレックスタイム制でコアタイム10時〜14時で、16時以降に通院した、というようなケースでは、そもそも給与の減額はないはずです。
この場合、休業日の賃金の支払いが100分の60を超えていますから、休業(補償)給付を受け取ることはできません。
(2)仕事を休業した時間が短い場合
通院のために仕事を遅刻・早退したものの、その時間が短い場合も休業(補償)給付を受けとれない可能性があります。
例えば、以下の事例で具体的にみてみます。
- 1日の平均賃金(給付基礎日額)が8,000円(所定実働労働時間が9時から18時の8時間)
- 通院のため16時に早退
この場合、「実働に対して支払われる賃金の額」を計算すると、
8,000円×6/8=6,000円
です。
ここで、1日の平均賃金(給付基礎日額)の100分の60の金額は、
8,000円×100分の60=4,800円
です。
給与として発生している6,000円は、4,800円を超えていますので、このような場合は休業(補償)給付が出ない、ということになるのです。
まとめ
今回は労災保険について仕事をしながら通院している場合の取り扱いについて解説しました。
労災による怪我などで仕事をしながら通院している方で、本記事を読んでもお悩みが解決しない場合には弁護士に相談しましょう。
また、労災の発生について会社の責任が認められる場合には、労災保険からの補償の他に、会社に対して賠償請求をすることが出来る可能性もあります。
労災問題に精通している弁護士に相談することで、抱えている問題について適切かつ的確なアドバイスがもらえるでしょう。