労災保険で補償の対象となるものとは、どのようなものなのでしょうか。
労働災害(労災)は工場や建設現場で起こるイメージが強いかもしれませんが、転倒事故や火傷など、小売業飲食店などの第三次産業でも労災は発生します。
そのため、業種に関わらず、会社の総務担当者などは、労災補償とはどんなものなのか、労災補償に関する利用規約や法令など、全体の姿を一通り知っておく必要があります。
この記事では、
- 労災補償の全体像
- 補償される項目
について、弁護士がわかりやすく説明します。お役に立てば幸いです。
1、労災保険の補償を知る前に|他人事ではない労災事故
労働災害が発生した場合、休業4日以上の事故であれば、すぐに労働者死傷病報告等を労働基準監督署に提出しなければなりません(休業が4日未満の場合には、3か月分をまとめて報告します)。
労災による死傷者数は横ばいで推移していますが、第三次産業における労災の発生割合が高まっています(東京都第3次産業における休業4日以上の労災死傷者数:平成29年9,837件(死傷者数:66人))。
原因は、転倒、腰痛(動作の反動、無理な動作)など日常ちょっとしたことで起こりうる事故です。
それが場合によっては死亡などの重篤な結果にも結びついています。
製造業や建設業だけでなく、第3次産業でも労災が起こっています。
また最近では、外国人の社員も増えています。
不慣れなままに労働災害に巻き込まれることもあるでしょう。
労災は決して他人事ではないのです。
2、労災補償とは?
(1)労働災害には2種類ある
労働災害には
①業務災害
②通勤災害
の2つがあります。
これらの災害に該当するかどうかは労働基準監督署の認定を受けて決定されます。
業務災害の中では、最近は、過労死や過労自殺も大きな問題になっています。
①業務災害
業務上の事由により発生した災害です。
すなわち、社員が仕事の上でケガや病気になったり、不幸にして亡くなったりすることです。
②通勤災害
通勤のときにケガや病気になったり不幸にして亡くなったりすることです。
(2)労災補償は会社の責任を分かち合う制度
労働災害が発生したときには、会社が療養費や休業補償を行う義務があります(労働基準法75条、76条)。
しかし、会社に十分な支払い能力がないこともあるでしょう。
大きな労働災害で複数の社員が大ケガをしたような場合では、補償すべき額も億単位になることがあるため、会社だけでは支払いが困難になることもありえます。
そこで、労働者災害補償保険法に基づき、会社が納める保険料から補償を行うという労災保険の制度がつくられています。
国が会社に代わって必要な補償を行う、そのため会社が保険料の負担を分かち合って、お互いに助け合う制度です。
公的な保険制度ですから、補償の内容も、また補償を受けるための手続きも法律で厳格に定められています。
(3)健康保険との違い
なお、労災保険と同じように法律で加入が義務づけられている健康保険ですが、これは一般的な病気や怪我で病院に行ったときに使うものです。
健康保険は、労災以外で発生したケガや病気に関する治療費等の費用について、被保険者の負担が原則3割で済むという制度であり、労災保険とは保険の適用範囲が異なります。
2つの保険の棲み分けを、以下、図にして示しました。
3、労災保険の補償内容は?
(1)労災補償の概要
全体の概要を示すと次のようになります。
なお、業務災害の場合には「○○補償給付」、通勤災害の場合には「○○給付」という名称になります。
(出典:TOKYOはたらくネット「ポケット労働法」第 7 章 安全・快適な職場環境)
(2)用語の解説
上の引用箇所に、「○休業補償給付」で「給付基礎日額」とか「平均賃金」という言葉が出てきます。
これは、労災保険給付全体に共通の言葉です。ここで説明します。
①給付基礎日額(通常の給付の基礎となる額)
原因となった事故直前3ヶ月の賃金(*)を歴日数で割ったものです(労働基準法の平均賃金と同じです)。
(例)賃金が毎月20万円、賃金締切日が毎月月末、10月に事故が発生した場合。
給付基礎日額=20万円×3ヶ月÷92日=6,522円
*この「賃金」には、臨時に支払われる賃金、賞与など3ヶ月を超える期間ごとに支払われる賃金は含まれません。賞与に関しては、「算定基礎日額」として把握され、休業(補償)特別支給金の算出根拠になります。
(3)療養補償給付(通勤災害の場合は療養給付)
ケガや病気が治るまで、労働者が無料で診察及び治療等が受けられるようにするものです。
次の3種類があります。
①「療養の給付」
指定医療機関で療養そのものを無料で受けるものです。
②「療養の費用の支給」
指定医療機関以外で治療を受け、後日、その費用の給付を受けるものです。費用全額が給付されます。
③「通院費」
通院の交通費についても一定の要件にあてはまれば給付を受けることができます。(要件:住所地または勤務地から原則として2キロ以内であること、かつ、同一市町村内の適切な医療機関へ通院した場合であることなど)
(4)休業補償給付(通勤災害の場合は休業給付)
ケガや病気のため労働者が働けず、賃金を得られないときに支給されるものです。
働けなくなった日の4日目から、休業(補償)給付として給付基礎日額の60%相当額、休業特別支給金として20%相当額が支給されます。
業務災害による休業の場合には、最初の3日間分は、労働基準法第76条に基づいて、会社が平均賃金の60%を補償します。
なお、会社の倒産などでこの3日分が受け取れないときはその分の「休業補償特別援護金」が支給されます。
(5)傷病補償年金(通勤災害の場合は傷病年金)
療養を開始してから1年6か月を経過してもケガや病気が治らないときなどに、そのケガや病気による傷害の程度が傷病等級表の傷病等級に該当すると判断された場合には、それまで支給されていた休業補償給付は打ち切られ、障害の程度に応じて傷病(補償)年金が給付されます。
また、労災保険の社会復帰促進等事業から、傷病特別支給金(一時金)、および傷病特別年金が支給されます。
まとめると、以下の表のようになります。
傷病等級 | 傷病(補償)年金 | 傷病特別支給金(一時金) | 傷病特別年金 |
第1級 | 給付基礎日額の313日分 | 114万円 | 算定基礎日額の313日分 |
第2級 | 給付基礎日額の277日 分 | 107万円 | 算定基礎日額の277日分 |
第3級 | 給付基礎日額の245日分 | 100万円 | 算定基礎日額の245日分 |
(傷病等級の第1 級は常に介護が必要、2級は随時介護が必要、3級は常に労務に服することができない場合などです。詳細は「休業・傷病手引」9~11頁)
(6)障害補償給付(通勤災害の場合は障害給付)
ケガや病気に対して、治療をしても治りきらない障害が残ってしまった場合には、その程度に応じて障害(補償)給付が行われます。
障害の程度に応じて1級から14級まであり、1級から7級までは年金で支給され、8級から14級では一時金が支給されます。
また、傷病補償年金と同様、社会復帰促進等事業から、障害特別支給金(全ての等級で一時金)、障害特別年金(1級〜7級)、および障害特別一時金(8級〜14級)が支給されます。
まとめると以下の表の通りです。
障害等級 | 障害(補償)給付 | 障害特別支給金 (一時金) | 障害特別年金 | 障害特別一時金 | ||||
1 級 |
年金 | 給付基礎日額の313日分 |
一時金 | 342 万円 |
年金 | 算定基礎日額の313日分 |
| |
2級 | 給付基礎日額の277日分 | 320 万円 | 算定基礎日額の277日分 | |||||
3級 | 給付基礎日額の245 日分 | 300 万円 | 算定基礎日額の245 日分 | |||||
4級 | 給付基礎日額の213 日分 | 264 万円 | 算定基礎日額の213 日分 | |||||
5級 | 給付基礎日額の184日分 | 225 万円 | 算定基礎日額の184日分 | |||||
6 級 | 給付基礎日額の156日分 | 192 万円 | 算定基礎日額の156日分 | |||||
7 級 | 給付基礎日額の131日分 | 159 万円 | 算定基礎日額の131日分 | |||||
8級 |
一時金 | 給付基礎日額の503日分 | 65 万円 |
|
一時金 | 算定基礎日額の503日分 | ||
9 級 | 給付基礎日額の391日分 | 50 万円 | 391日分 | |||||
10 級 | 給付基礎日額の302日分 | 39 万円 | 302日分 | |||||
11 級 | 給付基礎日額の223 日分 | 29 万円 | 223日分 | |||||
12 級 | 給付基礎日額の156日分 | 20 万円 | 156日分 | |||||
13 級 | 給付基礎日額の101日分 | 14 万円 | 101日分 | |||||
14 級 | 給付基礎日額の56日分 | 8万円 | 56日分 |
なお、各障害等級における身体障害の内容については、「障害手引」の障害等級表に詳細が掲載されています。
(7)遺族補償給付(通勤災害の場合は遺族給付)
ケガや病気により死亡した場合は、被災した労働者の遺族に遺族(補償)年金または遺族(補償)一時金が支給されます。
①遺族(補償)年金
<請求できる遺族(受給資格者)>
被災労働者の死亡当時、その収入で生計を維持されていた次の方です。
配偶者・子・父母・孫・祖父母・兄弟姉妹
(上記が請求できる順序です。ただし、妻以外の遺族については、被災労働者の死亡当時に一定の高齢または年少であるか、あるいは一定の障害の状態にあることが必要です。)
<支給内容>
受給資格者のうち最先順位者に対し、遺族の数などに応じて、以下のとおり支給されます。
また、1回に限り、年金の前払いを受けることができます。
遺族数 | 遺族(補償)年金 | 遺族特別支給金(一時金) | 遺族特別年金 |
1人 | 給付基礎日額の153日分(ただしその遺族が55歳以上の妻、または一定の障害状態にある妻の場合は給付基礎日額の175日分) | 300万円 | 算定基礎日額の153日分(ただしその遺族が55歳以上の妻、または一定の障害状態にある妻の場合は給付基礎日額の175日分) |
2 人 | 給付基礎日額の201日分 | 算定基礎日額の201日分 | |
3 人 | 給付基礎日額の223日分 | 算定基礎日額の223日分 | |
4人以上 | 給付基礎日額の245日分 | 算定基礎日額の245日分 |
②遺族(補償)一時金
<支給要件・支給内容>
・被災労働者の死亡当時、上記①の遺族(補償)年金を受ける遺族がいない場合に支給されます。
→ 給付基礎日額1,000日分が、亡くなった方の遺族のうち最先順位の方に支給されます。
・遺族(補償)年金の受給権者がすべて失権してしまったときで、受給権者であった遺族全員に対して支払われた年金と年金前払一時金の合計額が給付基礎日額および算定基礎日額の1,000日分に満たない場合
→ 給付基礎日額の1,000日分および算定基礎日額の1,000日分から既に支給された遺族(補償)年金などの合計額を差し引いた額が、亡くなった方の遺族のうち最先順位者に支給されます。
遺族 | 遺族(補償)一時金 | 遺族特別支給金(一時金) | 遺族特別一時金 |
労働者の死亡当時、遺族補償年金(遺族年金)の受給資格者がいないとき | 給付基礎日額の1,000日分 | 300万円 | 算定基礎日額の1,000日分 |
遺族補償年金(遺族年金)の受給権者が最後順位者まですべて失権した場合に、受給権者であった遺族の全員に対して支払われた年金の額及び前払一時金の額の合計額が給付基礎日額(算定基礎日額)の1,000日分に達していないとき | 給付基礎日額の1,000日分と既に支給された遺族(補償)年金等の合計額の差額 | - | 給付基礎日額の1,000日分と既に支給された遺族(補償)年金等の合計額の差額 |
(8)介護(補償)給付
労災によって重い後遺障害を受け、介護が必要になった場合に支給されます。
<支給要件のポイント>
①~④のすべての要件を満たす必要があります。
①障害(補償)年金または傷病(補償)年金の第1級の方すべて、または第2級で精神神経・胸腹部臓器に障害を残し、常時あるいは随時介護を要する状態にあること
②民間の有料介護サービスなどや親族、友人、知人から、現に介護を受けていること
③病院または診療所に入院していないこと
④介護老人保健施設などに入所していないこと
<支給内容>
支給額は常時介護、随時介護で異なります
(平成31年3月1日現在の金額です。今後変更となる揚合があります。管轄の労働基準監督署 にご確認ください。)
〇 常時介護:月額57,190~105,290 円
〇 随時介護:月額28,600~52,650円
(9)その他の給付
以上ご紹介したのは、労災補償給付のうちの主なものです。
他にもいくつかの給付があります。
「厚労省手引」を参照いただければ、それぞれの説明が載っています。
また、全体の体系については、次の表をご覧ください。
(出典:厚生労働省「労災保険給付の概要」「フローチャート」)
(10)外国人社員のために
厚生労働省では、外国人の社員のための労災保険給付パンフレットも用意しています。
これも外国人社員がいらっしゃる職場では、用意しておくことをお勧めします。
日本語や英語をはじめ、14ヶ国語版が用意されています。
4、治療を受けた際の労災の請求手続きの流れ
次のフローチャートで全体の流れを確認してください。
5、労災補償で不明なことは弁護士にお任せください!
(1)労災を使わないと会社が責任を負う
労災の手続きそのものも、大変手間のかかる作業です。
そのため、企業が労災を使わせず健康保険で対応させるケースもゼロではありませんが、このようなことをすれば、労基署から「労災隠し」として厳しく追及されるだけでなく、健康保険の保険者(健康保険協会、健康保険組合等)から保険給付を取消して返還を求められることも考えられます。
また、労災はそもそも支給された保険金額分だけ会社の責任を免除するためのシステムですので、使わなければそのぶん会社の責任が残ってしまうだけです。
労災は突然起こります。
不慣れなままで間違った対応をすると、社員本人にも会社にも大きな問題が起こります。
労災の手続き、また労災を使うべきかどうかについても、人事労務関係に詳しい弁護士とよく相談の上で対応されることをお勧めします。
(2)労災補償では足りない場合もある
労災保険による補償は、厳格な要件の下になされ、金額も限定されています。
これだけでは足りないとか、労災認定されないのはおかしいとして、民事訴訟で解決を求める、という社員も少なくありません。
このような場合でもぜひ弁護士にご相談ください。
訴訟へ発展させず、労働者・会社双方により良い解決をご提案いたします。
まとめ
労災で補償される項目は多岐に渡ります。
企業の人事労務担当者は、労働者から「こんな項目は補償されるの?」と質問もされることでしょう。
めったに発生しない労働災害ですが、万が一のために、日頃から人事労務を専門とする弁護士と連携をとられることをお勧めします。
労働者に気持ち良く働いてもらうためにも、労災補償をきちんと行う準備をしておきましょう。