賃貸借契約書などで「失火(しっか)」という文字を見かけると思います。
「失火」とはなんでしょうか?「放火」と違うのでしょうか?
この記事では、
- 失火と放火の違い
- 失火の刑事責任、民事責任
をご紹介した上で、失火してしまった場合に備えるために
- 加入すべき保険の種類の内容
についてご紹介したいと思います。この記事が皆さまのお役に立てれば幸いです。
警察に逮捕について知りたい方は、以下の記事をご覧ください。
目次
1、失火と放火
失火とは、「過失によって火事を起こすこと」をいいます。
ここでいう「過失」とは、一定の行為をするべきではない、あるいはすべき義務があるにもかかわらず、その義務に違反すること、つまり注意義務違反のことをいいます。
これに対して、放火とは、故意に刑法所定の対象物に焼損結果を生じさせる、またはそのような結果を引き起こす現実的危険性のある行為をいいます。
ライターで紙などに火をつけ、これを目的物に投げ入れる行為がその典型です。
2、失火で問われる罪と法定刑
失火で問われる罪は、刑法上の罪と、森林法上の罪に区分されます。
(1)刑法上の罪(①②失火罪、③業務上失火罪、④重過失失火罪)
①人が現に住む建造物等、他人所有の非現住建造物等を焼損(刑法116条1項)
失火により、これらの物を焼損した場合に失火罪が成立します。
法定刑は「50万円以下の罰金」です。
②自己所有の非現住建造物、建造物以外の物を焼損(刑法116条2項)
失火により、これらの物を焼損したことに加え、公共の危険を生じさせた場合にはじめて失火罪が成立します。
法定刑は①と同様です。
③業務上必要な注意を怠って上記①、②の物を焼損(刑法117の2前段)
ここで「業務」とは、職務上常に火気の安全に配慮すべき社会生活上の地位のことをいいます。
業務者としては、ボイラーマン、調理師、石油類販売業者やその従業員などが挙げられます。
法定刑は「3年以下の禁錮又は150万円以下の罰金」です。
④重大な過失によって上記①、②の物を焼損(刑法117条の2後段)
「重大な過失(重過失)」とは、業務上の過失以外で、行為者の注意義務に違反した程度が著しいことをいいます。
つまり、わずかな注意義務を払えば結果発生を回避できた場合をいいます。
法定刑は③と同様です。
重過失かどうかは具体的状況により認定が分かれるところですが、一般的に、
- たばこの不始末による引火
- 調理油を放置したことによる引火
などは重過失と認定されることが多いでしょう。
(2)森林法上の罪
①他人の森林を焼損(森林法203条1項)
失火して他人の森林を焼損した場合に成立します
法定刑は「50万円以下の罰金」です。
②自己の森林を焼損(森林法203条2項)
失火して自己の森林を焼損したことに加え、公共の危険を生じさせた場合にはじめて成立します。
法定刑は①と同様です。
3、放火で問われる罪と法定刑
「1」で失火と放火の違いをご説明しましたが、放火したことによりどんな罪に問われ、どんな法定刑を科されるおそれがあるのでしょうか?
(1)現住建造物等放火罪(刑法108条)
放火して、現に人が住居に使用する建造物などを焼損した場合に成立します。
法定刑は「死刑又は無期若しくは5年以上の懲役」です。
(2)非現住建造物等放火罪(刑法109条)
放火して、他人所有の人が現に住居に使用していない建造物などを焼損した場合に成立します(刑法109条1項)。法定刑は「2年以上の有期懲役」です。
また、自己所有の人が現に住居に使用していない建造物などを焼損し、かつ、公共の危険を生じさせた場合に成立します(刑法109条2項)。
法定刑は「6月以上7年以下の懲役」です。
(3)建造物等以外放火罪(刑法110条)
放火して、他人所有の建造物以外の物を焼損し、かつ、公共の危険を生じさせた場合に成立します(刑法110条1項)。法定刑は「1年以上10年以下の懲役」です。
放火して、自己所有の建造物以外の物を焼損し、かつ、公共の危険を生じさせた場合に成立します(刑法110条2項)。
法定刑は「1年以下の懲役又は10万円以下の罰金」です。
4、失火から放火となる場合も!?
以上ご紹介したように、失火罪と放火罪の法定刑には大きく開きがあります。
したがって、何かを焼損したという場合、失火罪が適用されるのか放火罪が適用されるのかは非常に気になるところではないかと思います。
まず、両者が区別される基準としては、当該行為が「失火」に当たるのか「放火」に当たるのかという点です。
これについては「1」をご参照いただければと思いますが、過去の判例(最判昭和33年9月9日)では失火から放火とされた事例もありますから注意が必要です。
この判例は、残業中、火鉢を可燃物の置いてある事務室の木机の下に置いたまま別室で仮眠していた会社員が、仮眠から覚めて事務室に戻り、火鉢の炭火が木机に燃え移っているのを発見したが、宿直員を起こして協力を得れば容易に消火することができたのに、自己の失策の発覚をおそれてそのまま逃走したため、建物を焼損させた、という事案です。
火鉢を可燃物の置いてある事務室の木机の下に置いたまま別室で仮眠し、そのまま炭火を木机に燃え移らせた点は「失火」に当たります。
しかし、会社員には燃えている木机を消化する義務があり、かつ消化が容易であるのに建物が焼損すると分かりながら逃走した点が不作為による「放火」に当たるとして失火罪ではなく放火罪を適用したのです。
5、失火での民事責任~失火により賃貸マンション、アパートを焼損した場合
失火によって賃貸マンション、アパートを焼損した場合の民事責任について解説いたします。
この場合に発生する民事責任は、
- 不法行為を理由とする損害賠償責任(民法709条)
- 契約義務違反を理由とする損害賠償責任(民法415条、債務不履行責任)
の2種類に分けられます。
(1)不法行為を理由とする損害賠償責任
失火による不法行為を理由とする損害賠償責任は、重過失がある場合にのみ負うことになります(いかなる場合に重過失ありとされるかについては前記「2」(1)④をご参照ください)。
不法行為について規定した民法709条には「過失により相手方に損害を与えた場合に損害賠償責任を負う」旨規定されています。
本来なら、失火により賃貸マンション・アパートを焼損させた場合は、この規定に基づき損害賠償責任を負いそうです。
しかし、失火責任法(失火二関スル法律)では、この特例を定め、「失火の場合には民法709条は適用せず、重過失ある場合にのみ適用する」としているのです。
日本の家屋は木造建築が多く、一度火災を起こしてしまうと一気に損害が拡大するおそれがあり、このような場合にまで責任を負わせることは酷であり、失火者の責任を限定しようというのが失火責任法の趣旨とされています。
(2)契約義務違反を理由とする損害賠償責任(債務不履行責任)
失火によって賃貸マンション、アパートを焼損した場合、契約義務違反を理由に責任を負うことがあります。
賃貸マンション・アパートの場合、借主は貸主と賃貸借契約を結んでいます。
そして、借主はこの契約に基づき、貸主に賃貸マンション・アパートをきちんと保管・管理する義務、原状まで回復して貸主に返還する義務などを負っているのです。
失火により賃貸マンション・アパートを焼損させた場合は、通常は原状まで回復して貸主に返還することはできません。
そのため上記の義務に違反する結果となり、損害賠償責任を負うというわけです。
なお、失火責任法は、民法709条の特例を定めた法律ですから、民法415条に基づく損害賠償責任については適用されません。
(3)まとめ
以上から、失火につき重過失ある場合は民法709条・失火責任法に基づき貸主や近隣住民に損害賠償責任を負う可能性があります。
また、契約違反がある場合は、民法415条に基づきマンションやアパートの貸主に損害賠償責任を負う可能性があります。
6、失火に備えて加入を検討すべき保険
前記「5」より、失火により賃貸マンション・アパートを焼損させてしまった場合、損害賠償責任を負う場合があることはお分かりいただけたかと思います。
しかし、マンションやアパートを焼損させてしまった場合の賠償額は多額になるのが通常です。
そんなときに備えて加入しておくべきなのが保険です。
どんな種類の保険があるのでしょうか?
(1)借家人賠償責任保険
これは貸主に対する賠償に備えるための保険です。
賃貸契約時に加入する火災保険とセットにされていることが通常です。
(2)個人賠償責任保険
重過失がある場合の近隣住民に対する賠償に備えるための保険です。
火災保険の特約として付帯していることが多いと思われます。
(3)類焼損害補償特約
重過失がない場合(法律上の損害賠償責任がない場合)の近隣住民に対する賠償に備えるための保険です。
法的責任はなくても道義的責任として賠償したい、という方のための保険(特約)です。
(4)火災保険
ご自身、同居人の家財道具などを焼損させてしまった場合、あるいは近隣住民からの延焼で被害を受けた場合に備えるための保険です。
なお、火災保険の特約として、(2)、(3)がセットとされていることもあります。
7、失火の示談交渉なら弁護士に相談
保険に加入し、その保険に示談交渉サービスが付帯されている場合は、保険会社の担当者が代わりに示談交渉してくれるでしょう。
もし、保険に加入していないか、あるいは保険に示談交渉サービスが付帯されていない場合はご自身で示談交渉を始めなければなりません。
しかし、当事者同士では、うまく示談交渉を進めることができないのが通常でしょう。
そんなときは、示談交渉に関する知識、経験が豊富な弁護士に依頼されてみてはいかがでしょうか?
弁護士であれば、適切な形式、内容で示談を締結することができます。
加入されている保険によっては、弁護士費用特約がついていることもありますから、その場合は弁護士費用にかかる負担を軽減でき、費用のことを気にせず弁護士に示談交渉を依頼することができます。
まとめ
以上、失火についてご理解いただけましたでしょうか?
火災を発生させると、ご自身、ご家族のみならず、第三者の命、財産まで奪うことになりかねません。
一度、火災が発生すると大きな損害を生じさせかねませんから、そうならないためにも日頃から火を取り扱う際は最新の注意を払っていただくとともに、最悪の場合に備えて保険に加入するなどの対処法も検討しておきましょう。