仕事で繰り返し行わなければならない動作により体に疾患が発生しているならば、それは職業病と言えそうですが、ではこれを治療しようとするなら、「労災保険」で対応してもらえるでしょうか。
もし保険で痛み等を治療できるのであれば、忙しい合間を縫って病院に通いたい、という方も少なくないでしょう。
今回は、
- 職業病と労災の問題
について弁護士がわかりやすく解説します。
「職業病だから!」そんな風に仕事で負った疾患も笑顔で語れる方は、きっと仕事を愛している方なのでしょう。この記事が皆様の健康で充実した職業生活に役立つことを願っております。
労災の認定について詳しく知りたい方は以下の記事もご覧ください。
目次
1、職業病の労災での考え方を知る前に|職業病とは
(1)職業病とは
職業病は、特定の職業に従事することで罹患したり、罹患の確率の非常に高くなる病気の総称です。医学用語では「職業性疾病」などと表現され、法律上は労働基準法にいう「業務上疾病」として扱われます。
労災保険制度は、労働者の業務上の事由または通勤による傷病などに対して必要な保険給付を行いますが、業務上の疾病及び療養の範囲は、厚生労働省令で定められています(労働基準法第75条、労働者災害補償保険法第12条の8、労働基準法施行規則35条)。この「業務上の疾病」が、労災保険における「職業病」です。
(2)職業病は厚労省でリスト化されている
労災保険制度の補償の対象となる「業務上の疾病」は、「職業病リスト」として定められています。
労災補償の対象の疾病を「職業病リスト」として明確にすることで、被災労働者が労災補償の請求が容易にできるようにされているのです。また会社(事業主)としても、どのような場合に災害補償義務があるかが明確になります。詳細なリストで、いわゆる過労死・過労自殺や精神疾患等も含まれています(八、九)。
また、「厚生労働省大臣の指定する疾病」や「その他業務に起因することの明らかな疾病」などもこのリストに含むことにより、柔軟な修正や個別対応が可能なようにされています(十、十一)。
しかも、リストの内容は必要に応じて見直され続けています。
皆さんの職場で関係しそうなものがないかどうか、一度ざっと目を通してみてください。
また、過労死・過労自殺、精神疾患などは、業種や業務の種類に限らず、どんなところでも起こりえます。どのような職場でも注意すべき問題です。
【「職業病リスト」(概要)】
一.業務上の負傷に起因する疾病
二.物理的因子による疾病
(13種類:高温、寒冷、騒音、紫外線、超音波などにさらされる業務など)
三.身体に過度の負担のかかる作業態様に起因する疾病
(5種類:重量物、削岩機、電算機入力などのDVT作業など)
四.化学物質等による疾病
(9種類:列挙されているもののほか、厚生労働大臣指定の物質なども含まれる。)
五.粉じんを飛散する場所における業務によるじん肺症など
六.細菌、ウイルス等の病原体による疾病
(5種類:医療従事者、屠畜業者など)
七.がん原性物質若しくはがん原性因子又はがん原性工程における業務による疾病
(22種類:原因物質が多数記載されています。)
八 長期間にわたる長時間の業務その他血管病変等を著しく増悪させる業務による脳出血、くも膜下出血、脳梗塞、高血圧性脳症、心筋梗塞、狭心症、心停止(心臓性突然死を含む。)若しくは解離性大動脈瘤又はこれらの疾病に付随する疾病
九.人の生命にかかわる事故への遭遇その他心理的に過度の負担を与える事象を伴う業務による精神及び行動の障害又はこれに付随する疾病
十一.その他業務に起因することの明らかな疾病
2、職業病は労災保険で補償される
前述の通り、職業病は労災保険の補償の対象になります。
労災保険法の定めに従って手厚い給付が行われます。補償・給付の概要については後述4で解説します。
ここでは、根拠となる法令を整理しておきます。
(1)労働基準法第75条
労働者の業務上の疾病については、使用者(会社)が補償の責任を負います。
業務上の疾病及び療養の範囲は、厚生労働省令で定められます(前述のリストです)。
(2)労働者災害補償保険法第12条の8第2項
労災保険においては、上記規定において、労働基準法第75条第2項に規定される災害補償の事由が生じた場合には、補償を受けるべき労働者若しくは遺族又は葬祭を行う者に対し、その請求に基づいて行うとされています。
(3)労働基準法施行規則第35条・別表第1の2
前述1、の職業病リストが定められています。
3、職業病で労災保険請求する流れ
実際に職業病で労災保険の請求をするときの具体的な手続きの流れを示します。
労働者の視点で記載していますが、実際には会社の担当者(総務、人事など)がしっかりサポートすることが求められています。
(1)職業病かどうかの判定(指定医療機関を受診)
職業病は概ね長期間その業務などに従事することで発症します。
発症してもすぐにわからない場合も多いでしょう。
疑いがあれば、ともかく労災保険指定医療機関を受診することをおすすめします。
最寄りの労災保険指定医療機関は次で検索できます。
なお、労災のうち業務災害に当たるかどうかの基本である「業務起因性」(業務と傷病等との間に因果関係が存在すること)については、指定医療機関の診断結果をもとに、最終的には請求後に労働基準監督署が判断します。
後述しますが、労災の請求には期限があります。早めの手続きが必要です。
(2)給付の請求書の提出
労働基準監督署に備え付けてある請求書を提出することで、労働基準監督署が必要な調査を行い、労災として認められれば保険給付を受けることができます。
請求書提出の流れは実際には次のようになります。
①労働者から勤務先の労災担当部署(総務部、人事部等)に労災の発生を報告
②勤務先担当部署から労働者へ、請求書記載事項に関するヒアリング
③労働基準監督署に対し、給付の請求書を提出(請求書の書式は労働基準監督署にあります。)
給付の請求書は労働者が労働基準監督署に提出するのが建前にはなっていますが、現実には被災労働者すなわち職業病の患者が細かな手続きをするのは難しいでしょう。
上述の通り、多くの会社では労災担当の総務や人事などの担当者が手続きをしてくれます。遠慮なく頼んでみてください。
なお、療養の給付(治療費の保証)に関しては、少し流れが異なり、次のようになります。
療養した医療機関が労災保険指定医療機関の場合には、「療養補償給付たる療養の給付請求書」をその医療機関に提出します。労災の請求書は医療機関を経由して労働基準監督署長に提出されます。この場合、被災労働者が窓口で療養費を支払う必要はありません。
療養した医療機関が労災保険指定医療機関でない場合には、一旦療養費を立て替えて支払ったうえ、「療養補償給付たる療養の費用請求書」を、直接、労働基準監督署長に提出すると、その費用が支払われます。
また、仮に会社が労災請求をするにあたって手続きしてくれないとか、協力をしないなら、労働者ご自身で労働基準監督署に請求書を提出することもできます。労働基準監督署で相談したり、人事労務に詳しい弁護士や社会保険労務士などの専門家の助けを求めてください。
(3)労働基準監督署での手続き
必要に応じ、労働基準監督署からの聞き取り調査などが入ります。
その上で、労働基準監督署による労災保険給付が認定されるという流れになります。
現実には、認定まで数ヶ月程度かかることも多いようです。
(4)健康保険との関係
労働基準監督署での労災認定には時間がかかります。実務的には一旦健康保険で治療を受けたり、傷病手当金などの給付を受けることもよく行われています。
後日、労災の認定を得たときには、健康保険から受けた給付は返還する必要があります。手続きについては、健康保険の保険者(協会けんぽ、健康保険組合など)に確認してください。
(5)請求の時効に注意
職業病については、徐々に身体的不調が悪化していくものが多く、「おかしいな?もしかしたら職業病かも・・・」という期間が長引きがちであるため、職業病かどうか診断を受けるまで時間がかかることも多いでしょう。
一方で、労災の請求をするには期限があります。給付の種類などにより違いがあります。詳細は次の記事を参照していただき、請求しようと思ったら時効になっていたということがないように注意してください。
4、職業病での労災保険の補償の範囲
労働者災害補償保険法による補償として概ね次のような給付が行われます。
(同法の定めによりケガ、病気、いずれも該当しますが、職業病においては、病気が主な事由になるでしょう。)
①療養補償給付:ケガや病気で働けないときに無料で療養を受けることができます。健康保険と違って自己負担はありません。
②休業補償給付:ケガや病気で働けず賃金を得られないときに、休業4日目から支給されます。概ね月給の80%が支給されます(休業3日目までは会社が補償する責任を持っています)。
③傷病補償年金:ケガや病気で療養後1年6ヶ月たっても治らず、重い症状が継続するときに年金が支給されます。
④障害補償給付:ケガや病気が一応治っても重い障害が残ったときに、その状況により年金または一時金が支給されます。
⑤遺族補償給付:ケガや病気のために労働者が亡くなったときに、ご遺族に年金または一時金が支給されます。
なお補償・給付の詳細については、次の記事を参照してください。
5、職業病による労災トラブルは専門家へ相談を
(1)労災請求に会社が非協力的なときは労働基準監督署へ相談を
労災については、会社とのトラブルもしばしば起こります。
労災の請求に会社が協力してくれない、というのが代表的なものです。泣き寝入りせず労働基準監督署に必ず相談してください。
(2)会社へ損害賠償請求をしたい場合は弁護士へ相談を
その他、労災については、労災保険給付のみでなく、会社にも損害賠償請求ができる場合があります。
労災保険は、企業活動においてやむを得ず不可避的に生じる傷病を保障することを目的とするものであり、補償の内容は、これを前提に定型的・定率的に定められています。すなわち、「労災が発生したことについて誰かに責任があること」を前提としないため、例えば慰謝料などの不法行為による精神的な負担は支給の対象外です。
しかし、「自分は会社や会社が雇っている従業員のせいで労災の被害を受けているのだから、慰謝料等も含めた労災保険で補償される給付以上の賠償を受けるべきである」とお考えのときもあるでしょう。
このような場合、労災保険の補償があっても、これと別に会社への損害賠償を求めて民事訴訟で争うことも可能です。
しかし、請求の可否の判断や損害額の計算、立証資料の収集を自力で行うことは相当に困難ですので、弁護士に相談して請求するようにしましょう。
詳細については、次の記事の「6」「7」を参照してください。
まとめ
以上が、労災保険による職業病に対する補償・給付の概要です。
「職業病」という言葉のイメージ以上に広範囲に労災保険の補償が行われることがご理解いただけたのではないでしょうか。
しかも、職業病に対する補償の内容は不断に見直されています。少し前の話ですが、石綿(アスベスト)による肺がんや中皮腫などの労災が大きな問題になった際には、詳細な認定基準が定められ、労災保険の時効についても特別な取扱いが行われています。
労働者として大切なことは、職業病なのではないか、という疑問を持ったら、決して放置しないことです。会社の総務や人事担当者などに相談してみてください。また、労災指定医療機関の受診や労働基準監督署への相談をためらわずに行ってみてください。
ご自身の健康を守り、万一のときにはしっかりと補償を受けましょう。
また、不幸にしてご家族が亡くなったというような場合も、職業病による可能性があるなら、会社や労働基準監督署に相談してみてください。労災保険による補償は、そのような被災労働者やそのご家族の行動なども契機となって、日々充実してきたのです。