任意同行をある日突然警察官が家にやってきて、警察署まで一緒に来るように求められる。刑事もののテレビドラマでもよくあるシーンの1つですね。
でも、実際に任意同行されるかもしれないという状況になると、そもそも任意同行と逮捕はどう違うのか、任意同行は拒否できるのか等、任意同行に関する様々な疑問がわいてくるのではないでしょうか。
今回は、ベリーベスト法律事務所の刑事事件専門チームの弁護士が、任意同行を求められた際の対処法・相談先などについてご説明します。ご参考になれば幸いです。
刑事事件と民事事件との違いについて詳しくはこちらをご覧ください。
目次
1、任意同行とは
任意同行とは、警察等の捜査機関からの求めに応じて、警察署等に同行する(一緒に赴く)ことを言います。
捜査機関に出頭を求められて自分で警察署等に出頭する場合と異なり、警察官等から、直接一緒に警察署等へ行くことを求められて、そのまま警察官等と一緒に警察署等へ赴く場合を任意同行といいます。
2、任意同行の法的根拠
任意同行には、法律上2種類のものがあります。
1つ目は、既に、犯罪の嫌疑がある者に対する任意同行です。
よく刑事ドラマ等で、犯罪の嫌疑のある者(いわゆる容疑者)に対し、刑事が「署まで同行願います」などと言っている場面がありますが、この「同行」が任意同行にあたります。
警察等が犯罪の捜査を進めていく中で、被疑者として浮上した人物に対して、取り調べを行うために行うのがこの任意同行です。
法律上は、刑事訴訟法198条に次のような規定があり、これが、犯罪の嫌疑がある者に対する任意同行の法的根拠となっています。
「検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、被疑者の出頭を求め、これを取り調べることができる。
但し、被疑者は、逮捕又は勾留されている場合を除いては、出頭を拒み、又は出頭後、何時でも退去することができる。」
2つ目の任意同行は、職務質問の際に行われる任意同行です。
この任意同行の法的根拠は、警察官職務執行法2条2項にあり、次のように規定されています。
「その場で前項の質問をすることが本人に対して不利であり、又は交通の妨害になると認められる場合においては、質問するため、その者に附近の警察署、派出所又は駐在所に同行することを求めることができる。」
つまり、警察官が職務質問を行おうとする際、その場で職務質問を行うことが妥当でない場合に、警察署等へ任意同行を求めることができるとされているのです。
3、任意同行は拒否できるのか
任意同行は、その名のとおり、「任意」のものであるため、これに応じる義務はなく、拒否することも可能です。
その「拒否」には2つの意味があります。
まず、1つ目の「拒否」として、任意同行を求められた場合に、警察署等に行くことをそもそも拒否してもよい、という点があります。
警察官は、あれやこれやと言って警察署に来ることを説得することが多いと思いますが、あくまで任意同行のレベルであれば、これに応じる義務はありません。
また、2つ目の「拒否」としては、いったん任意同行に応じて警察署に行った後であっても、途中でいつでも警察署等から帰ってもよいという点です。
つまり、いったん任意同行に応じても、途中で気が変わった場合はいつでもこれを拒否して、自宅に帰してもらうように要求することができるということです。
この点については、刑事訴訟法198条に、「検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、被疑者の出頭を求め、これを取り調べることができる。
但し、被疑者は、逮捕又は勾留されている場合を除いては、出頭を拒み、又は出頭後、何時でも退去することができる。」との規定があり、出頭(任意同行)を拒むことや、出頭後、いつでも退去することができることが明確に定められています。
ただ、実際は、本当に任意同行を拒否したかどうかという点が問題になることが多いので、任意同行を拒否しても警察官等からしつこく任意同行を求められた場合は、拒否をしたことの証拠を残すために、その場で誰かに電話をして状況を伝えたり、携帯電話やスマートフォンの機能を利用して、その場の会話を録音したりするといった対処をすることが大切です。
4、任意同行と職務質問の違い
前述のように、警察官が職務質問を行う際に、その場で職務質問を行うことが本人に対して不利である、もしくは、交通の妨害になると認められる場合に、近くの警察署に任意同行を求められる場合があります。
そもそも、職務質問とは、警察官が、犯罪を行うのではないか(または犯罪を行ったのではにないか、本人が犯罪を犯した場合でなくとも犯罪について何か知っているのではないか)と疑う人物を、路上等で停止させて質問をすることを言います。職務質問に応じるかどうかもあくまで任意ですから、これを拒否することもできます。
そして、この職務質問は、路上等で行われる場合が多いところ、職務質問をその場で行うことが適切でないと判断された場合に、警察署等への任意同行を求められる場合があるのです。
ただ、職務質問に応じるかどうか自体も任意なので、拒否することができますし、当然、任意同行にも応じる義務もありません。
ただ、職務質問に拒否をしたことで、犯罪を犯す(もしくは犯した)のではないかという疑いが強まったと判断されてしまった場合、警察官には、「必要最小限度の有形力の行使」(質問の相手方を引き留めるために腕をつかんだりする行為)が認められる場合があるので注意が必要です。
確かに、急いでいるときなど、職務質問に応じるのがうっとうしく感じる場合もありますが、職務質問を拒否すると、たいていの場合、警察官はすぐにあきらめず、職務質問に応じるように説得してくるので、応じたほうが早く済むということの方が多いというのも事実です。
職務質問も任意同行もあくまで任意のものであることに変わりはありません。
ただ、職務質問は、警察官の質問にその場で答えるだけであるのに対し、任意同行は、警察官の求めに応じて警察署等までいかなければならないという点で負担が全然違いますから、拒否したい場合は、その旨を明確に告げることが大切です。
5、任意同行と逮捕の違い
任意同行は、あくまで任意で警察署等への同行を求められるものであるのに対し、逮捕は、強制的に身柄を拘束する行為です。
逮捕のように、相手の意思に反しても身柄を拘束できるような捜査方法を「強制処分」といい、警察官等が強制処分を行う場合は、原則として、裁判所の令状が必要であるとされています。
裁判所の令状は、一定の犯罪を犯したと疑うに足りる理由がなければ発布されることはありませんから、逮捕状が出ているときは、既に警察等の捜査機関が、一定の証拠を掴んでいると判断してよいでしょう。
逆に、逮捕状が出ておらず、あくまで警察官が任意同行を求める場合は、いまだ捜査機関が明確な証拠を掴んでおらず、任意同行を求めて取り調べを行うことで、取り調べに基づいて証拠を収集したり、自白をとったりしようとしている段階であるともいえるでしょう。
6、任意同行を求められた後の流れ
任意同行を求められた場合、これに応じるか拒否するかの意思表示をはっきり行う必要があります。
任意同行に応じた場合は、警察署に連れて行かれた上で取り調べを受けることになります。
この取り調べもあくまで任意のものですから、いつでも中断して帰宅したい旨を告げることが可能です。
また、取り調べにおいては、黙秘権が保障されていますから、話したくないことは話したくないと告げることができますし、それによって不利益な取り扱いを受けることはありません。
ただ、捜査官は、様々な手法で何とか話をさせようとします。
そして、取り調べ中に、いったん不利益な内容の調書が作成されてしまうと、それを後から撤回することは非常に困難です。
ただ、供述調書へのサインも義務ではないので、調書にサインすべきかどうか迷った際には、一度サインを断った上で、弁護士に相談されることをお勧めします。
なお、任意同行を求められて警察署に連れて行かれた後、そのまま逮捕されてしまうという場合も少なくありません。
その場合は、逮捕状が出ているということですから、既に一定の証拠が捜査機関によって収集されているということが考えられます。
ただ、逮捕されてしまうと、外部との連絡ができなくなってしまいますから、任意同行に応じる場合も、家族や知人等に任意同行に応じて警察署に赴く旨を事前に伝えておいた方がよいでしょう。
7、任意同行の際に録音してもよいか
任意同行を求められた際にその場の状況を録音したり、任意同行に応じて警察署に赴いた後取り調べを受ける際の状況を録音したりことを禁止する法的根拠はありません。
ただ、実際に、録音をしてよいかどうかを警察官等に尋ねると、様々な手段で録音をしないように働きかけてくる場合が少なくありません。
ですから、現実的な対処法としては、警察官等に告げずにこっそり録音することも一つの方法といえるでしょう。
警察官等に告げずに隠れて録音をしても、それ自体が何らかの犯罪になったり、違法と判断されたりすることはありません。
任意同行は、あくまで任意ですから、これを拒否したい場合は、拒否したという証拠を残すことが重要で、録音はそのための有効な方法です。
「録音する」と警察官に告げること自体が、警察官に対するプレッシャーになることもありますが、多くの場合、録音させまいと様々な働きかけをしてくることが考えられることから、警察官等に告げずにこっそり録音することも、自分の身を守るため(任意同行を拒否したという証拠を残すため)に必要な行為の一つといえます。
8、任意同行が違法となった裁判例(判例)
任意同行は、あくまで任意のものですから、これが強制的に行われたと判断された場合は違法となります。
過去の裁判例(判例)においても、任意同行に応じて警察署に赴いた被疑者を、その承諾の下に2泊にわたってビジネスホテルに捜査員6名と同室の状態で宿泊させた後に逮捕した事案において、被疑者の承諾こそあるものの、実質的に逮捕したのと同視できると判断し、違法な任意同行と判断された事案(東京地裁昭和55年8月13日決定)や任意同行を拒否する者に対して、執拗に同行を求め、警察官2名で両脇を固め、服の袖をつかむなどして同行したケースについても、違法な任意同行と判断された事案(京都地裁昭和47年4月11日決定)等があります。
任意同行が違法とされた場合、その違法性の程度が大きい場合は、その間に作成された供述調書等の証拠能力が否定される場合があります。また、違法に身柄拘束を受けた場合は、その期間について国会賠償を求めることも可能です
ただ、警察官3名から挙動不審者として職務質問を受け、その後にやってきたパトカーに警察官と分乗して警察署まで同行したケースにおいては、裁判所は「自由意志に基づくものであった」と判断しています。
パトカーに乗り込むと、なかなか自由に身動きもとれないので、実質的には身柄拘束を受けているような気もしますが、「自由意志」と判断される可能性があるのであれば、なるべくパトカーには乗らないか、降りたい場合は、明確にその旨の意思表示をする(そして意思表示をしたことを録音等によって証拠に残す)ことが大切であるといえそうです。
9、任意同行を求められた際の対処法
任意同行を求められた場合に、これを拒否できることは既に述べたとおりです。
しかし、警察官がすぐにあきらめることは稀で、任意同行に応じるように説得してくることがあります。
そして、その場合、複数の警察官に周囲を囲まれることも少なくありません。
そのような場合に、任意同行を拒否しようと警察官の身体を押すなどしてしまうと、公務執行妨害と判断されてしまう可能性があるので注意が必要です。
このような場合は、任意同行を「拒否」していることの証拠を残すためにも、誰かに電話等をして状況を伝えたり、その場の状況を録音したりすることが求められます。
10、任意同行に関する相談先
任意同行はあくまで、「任意」のものですから、これを拒否することは可能です。
ただ、明確に拒否したかどうかが後で問題になる場合もありますから、任意同行を求められた場合は、すぐに弁護士に相談されることをおすすめします。
すぐにご自身で弁護士に連絡できない場合は、ご家族や知人等に伝えて、弁護士を探してもらうことも大切です。
また、任意同行を求められた場合、何らかの犯罪の嫌疑がかけられている場合が多いといえます。
ですから、いったん任意同行を拒否できた場合も、その後の捜査の進行によっては、再度任意同行を求められたり、場合によっては、捜索差押えや逮捕といった状況に進展したりすることも予想されますので、早い段階で弁護士に相談されることをおすすめします。
まとめ
任意同行は、その名の通り「任意」のものなので、拒否することができます。
しかし、任意同行を求められるということは、何らかの犯罪の嫌疑がかかっていることが予想されます。
ただ、任意同行を拒否するだけで問題は解決しない場合が多いといえます。
また、任意同行に応じる場合であっても、任意同行後の取り調べで不利な供述調書を作成されたり、その後に逮捕されたりしないための対策が必要です。
ですから、任意同行を求められた場合は、拒否するにせよ、応じるにせよ、早めに弁護士に相談されることをおすすめします。