自粛警察。テレビや新聞などの報道や、ツイッターをはじめとするSNSなどで気になる用語ですよね。
自粛警察という言葉は、政府が新型コロナ対策として緊急事態宣言を発出した2020年4月上旬頃から流行り出しました。
自粛警察といえば、警察官がパトロールをして民間の人に外出や営業の自粛を求めたり、あるいは警察自身が新型コロナ対策として活動を自粛するといった意味にも受け取れますが、そのような意味の言葉ではありません。
今回は、自粛警察という言葉の意味を改めて確認した上で、
- 自粛警察はなぜ発生するのか
- 自粛警察が増えると社会的にどのような問題があるのか
- 自粛警察は法的に罪にならないのか
といった問題についてご説明していきます。
自粛警察の問題に関心をお持ちの方のご参考になれば幸いです。
1、そもそも自粛警察とは
まずは、そもそも自粛警察とはどのような意味なのかを改めて確認しておきましょう。
(1)自粛警察の定義
自粛警察という言葉は、ツイッターなどのSNSを中心にインターネット上で使われ始めたネットスラングであり、正式な定義があるわけではありません。
しかし、インターネットでの言葉の使われ方をみていると、一応の定義を考えることは可能です。
一応の定義としては、
「新型コロナ対策としての緊急事態宣言による営業や外出の自粛要請に応じない、あるいは応じていないと思われる個人や店などに対して、私的に自粛を求める警告や攻撃を行う一般市民」
が自粛警察に当たるといえるでしょう。
ただし、これはあくまでも一応の定義であり、自粛警察の全ての態様を漏れなく指摘したものだとは言い切れません。実際、自粛警察は緊急事態宣言の発出中にのみ発生するものではなく、宣言解除後もなお自粛警察による行為が問題となっています。
(2)緊急事態宣言解除後も暴走は止まらない?
緊急事態宣言の解除後は、多くの地域で営業や外出の自粛要請が解除されたこともあり、自粛警察の問題もさほど目立たなくなりました。
しかし、宣言の解除後も新規感染者は発生し続けていますし、北九州市ではクラスター(集団感染)も発生しました。
東京では一定数の新規感染者が確認される日も少なくなく、2020年6月2日には「東京アラート」という東京独自の警報が発令されました。
東京アラートは6月11日に解除されたものの、その後の6月14日には47人もの新規感染者が確認され、多くの国民が今でも新型コロナウイルスへの感染に対して強い危機感を抱いています。
接待を伴う飲食店などが多い「夜の街」でのクラスターも少なくないため、依然、営業や外出を自粛する必要性を強く感じている人も多いはずです。そんな状況下で、宣言解除後も自粛警察は発生し続けています。
2、実際にあった自粛警察の事例
出典:http://brics.jp.net/2020-05-19/
それでは、自粛警察によってどのような行為が行われているのか、実際にあった事例をご紹介します。
(1)店舗に貼り紙
店舗に対して営業自粛を求める貼り紙が行われるケースは、全国で多数発生しています。
報道された有名な事例としては、無観客でのライブ配信を行っていたバーに
「安全のために、緊急事態宣言が終わるまでにライブハウスを自粛してください。次発見すれば、警察を呼びます。 近所の人」
という貼り紙をされたケースがありました。
また、
居酒屋に「この様な事態でまだ営業しますか?」という貼り紙をされたのに対して店側が「都の要請を遵守し、コロナの拡大防止に注意しながら、信念を持って営業を継続してまいります」と書き添えたところ、その記載に大きな×印を付けられた上に「アホかあ~」「バカ」などと落書きされた
というケースもあります。
貼り紙の内容は単に自粛を求めるだけでなく、脅迫的な文言や誹謗中傷が含まれるものも少なくありません。
(2)県外ナンバーの車への攻撃
県外ナンバーの車に対してさまざまな攻撃が行われるケースも、全国で多発しています。
具体的には、県外ナンバーの車に対する投石や落書き、傷を付けるなどの行為です。あおり運転をしたり、運転者に暴言を吐くなどの直接的な攻撃が加えられるケースもあります。
このような行為は、新型コロナウイルスへの感染者が少ない地方で特に多く発生しているようです。
(3)SNSでの誹謗中傷
外出自粛や営業自粛をしない(と思われる)人やお店を、ツイッターなどのSNSで取り上げて誹謗中傷する投稿をするケースも多発しています。
SNSでの誹謗中傷にはネット拡散力によって炎上しやすいことに加えて、書き込みの対象となった人のプライバシーが侵害されやすいという特徴があります。
典型的な事例として、コロナに感染していることを知りつつ東京・山梨間を移動したとされる20代女性について、SNSで本名や職場を特定した上で誹謗中傷するような投稿が殺到したケースがありました。
3、自粛警察が発生する原因
一般の私人が同じ私人を攻撃する自粛警察は、なぜ発生するのでしょうか。その原因として、以下のようなことが考えられます。
(1)過剰な防衛本能
まず、多くの人が新型コロナウイルス感染症に対して強い危機感を抱いていることがあげられます。
たしかに、新型コロナウイルス感染症は重症化すれば命にもかかわる怖しい疾病です。人々が危機感を持って感染予防に努めることは正しいことであり、大切なことでもあります。
しかし、国内で多数の感染者が発生しているとはいえ、人口比にすればごくわずかな感染率でしかありません。しかも、感染者の中でも重症化する人はごくわずかです。大多数の人は感染しても軽症あるいは無症状のまま回復しています。
それでも、有名人の何名かが新型コロナウイルスに感染して亡くなったニュースが大々的に報道されたことなどから、多くの人が多大な恐怖心を抱くようになりました。
そのため、感染の可能性を少しでも広めるようなおそれのある行動をする人に対しては防衛本能から過剰に反応してしまうのでしょう。
新型コロナウイルス感染症に対するワクチンや治療薬が開発され、感染によるリスクが従来のインフルエンザ並みに抑えられれば、今回多発した自粛警察のような反応はおさまると考えられます。
(2)政府による自粛要請の内容が曖昧
次に、政府による自粛要請の内容が曖昧だということも自粛警察の発生原因としてあげられます。
緊急事態宣言に伴い、政府から外出や営業の自粛が要請されました。もっとも、何をやってはいけないのか、違反するとどのような責任を負うのかという内容が一般国民にとってはわかりにくいものでした。
自粛要請に強制力はないため、生活のために営業を続けるお店や企業が存在するのも無理はありません。
しかし、世間の風潮としては自粛要請が出ているにもかかわらず営業しているお店や外出している人を見ると「悪」だと捉えてしまう傾向が生まれました。
もし、やってよいこととやってはいけないことを政府が罰則をもって明確に線引きしていれば、一般私人が自警活動を行うような現象は発生しなかったかもしれません。
(3)義憤にかられる
自粛警察といわれる活動を行っている人でもほとんどの場合、本人に悪気はなく、よかれと思ってやっていると思われます。
たしかに、国民全体が新型コロナウイルス感染症に対する危機感を強めている中で自分本位に行動する人に対して、警告を行うことは大切かもしれません。
しかし、それにしても行き過ぎた私的攻撃は許されるものではありません。
このような行き過ぎた指摘攻撃が行われる要因として、義憤にかられるという心理的背景が挙げられます。
多くの人は仕事においても私生活においてもさまざまな行動を抑制し、先の見えない自粛生活で精神的ストレスを募らせていました。
そんな状況下で自粛要請を守らない人を見ると、「自分は我慢しているのに」「みんなも我慢しているのに」といった気持ちから義憤にかられて、私的攻撃に出てしまうのでしょう。
4、自粛警察がもたらす問題点
出典:https://www.mbs.jp/mint/news/2020/05/15/076997.shtml
自粛警察も、本当に問題のある行動をしている相手に対して適切な方法で警告を行うものに止まれば問題はなく、むしろ推奨される行為であるのかもしれません。しかし、実際には行き過ぎた私的攻撃が多く発生しています。
そこで、行き過ぎた自粛警察の行為によってどのような社会的問題が発生するおそれがあるのかを考えてみましょう。
(1)実害の発生
まず、自粛警察による私的攻撃によって実害が発生していることを見逃すことはできません。
店舗に貼り紙をすることは店にとっては営業妨害に当たる場合が多いでしょうし、名誉も傷つけられるでしょう。
県外ナンバーの車が傷つけられたケースでは修理代という明らかな損害が発生していますし、あおり運転によって運転者が精神的損害を受けることもあるでしょう。
SNSなどネットでの誹謗中傷でもプラバシーが侵害されるケースがありますし、そうでなくも誹謗中傷によって名誉権を侵害されるなどして精神的損害が発生しています。
(2)同調圧力
同調圧力とは、ある集団内において意思決定を行ったりする際に、少数意見を有する人に対して有無を言わせず、暗黙のうちに多数意見に従わせることを意味する言葉です。
自粛警察の行為は、日本国内で多くの人が自粛要請に従っているのだから、それに従わない少数の人も従わせるために警告を発しているものと見ることもできます。
その警告が相手の行動の危険性を正確に吟味した上で適切な方法で行われるのならよいのですが、現実には深く考えることなく「自粛すべき」という多数意見を押し付けるために私的攻撃を加えているというケースが多いのです。
このような同調圧力が日本の社会内で強まると、各人が個性を発揮しづらくなるだけでなく、ひいては「政府の方針に従わない者は許さない」という社会の実現につながるおそれさえあります。
(3)相互監視
相互監視とは、ある人とほかの人がお互いに相手の発言や行動に対して過剰な注意を払い、少しでも気にかかることがあれば過剰に反応することを意味します。
一定の社会的な集団内において多くの人が他の人の発言や行動を監視するような状態のことを相互監視社会といいます。
社会内で多くの人がお互いの発言や行動に全く関心を示さないような社会にも、問題はあります。
しかし、相手の些細な発言や行動にまで過敏に反応して攻撃を加えるような社会では自由に行動することもできませんし、安心して暮らすこともできません。
自粛警察の行為の中には本当に警告すべき相手に対して警告しているケースもあるでしょうが、問題となっている多くのケースでは取るに足りない些細な行動に対して過剰な私的攻撃が加えられています。
まさに相互監視社会の様相を呈しており、このような現象が常態化すると私たちの社会は非常に生きづらいものになってしまうでしょう。
5、自粛警察は罪に問われる可能性もある
自粛警察にひそむ社会的問題についてご説明しましたが、実は自粛警察の行為は多くの場合、現に法律に触れる場合が多いのです。
ここでは、自粛警察の行為がどのような法律に違反するのかについてご説明します。
(1)刑事責任
まず、店舗に「自粛しろ」「店を閉めろ」などと書いた貼り紙をしてそのお店の営業が妨害された場合は、威力業務妨害罪(刑法第234条)が成立する可能性があります。
刑罰は、3年以下の懲役または50万円以下の罰金です。
貼り紙に「殺すぞ」「店に火をつけるぞ」などと相手を脅す内容が記載されている場合は、脅迫罪(刑法第222条)に当たり得ます。刑罰は、脅迫罪は2年以下の懲役または30万円以下の罰金です。
また、そもそも他人の店舗に無断で貼り紙をする行為は軽犯罪法(第1条33号)違反に該当します。刑罰は、拘留または科料です。拘留とは1日以上30日未満の期間、身体を拘束される刑罰であり、科料とは1,000円以上1万円未満の金銭の納付を命じられる刑罰です。
県外ナンバーの車を傷つけた場合は器物損壊罪(刑法第261条)が成立し、刑罰は3年以下の懲役または30万円以下の罰金もしくは科料です。
SNSなどネットに人を誹謗中傷する内容を書き込んだ場合は、名誉毀損罪(刑法第230条)や侮辱罪(刑法第231条)が成立する可能性があります。刑罰は、名誉毀損罪の場合は3年以下の懲役もしくは禁錮または50万円以下の罰金で、侮辱罪の場合は拘留または科料です。
(2)民事責任
自粛警察による行為は刑事上の犯罪が成立する可能性があるだけでなく、民事上の損害賠償責任が発生する場合もあります。
まず、貼り紙によって営業を妨害した場合は営業上の損失を賠償する義務が発生しますし、車を傷つけた場合は修理代を弁償する義務が発生します(民法第709条)。
また、どのようなケースでも犯罪が成立する場合、被害者は実害をこうむるのと同時に精神的損害を受けているのが通常です。その場合は、精神的損害に対する賠償として慰謝料を支払う義務が発生します(民法第709条、第710条)。
まとめ
一時期は多発していた自粛警察も緊急事態宣言の解除後は目立たなくなってはいます。
しかし、世間的な話題にならないだけで現在もどこかで自粛警察が発生している可能性はあります。
また今後、新型コロナウイルス感染症の第二波、第三波がやってきた場合には、さらに深刻な自粛警察の事例が発生するおそれもあります。
適切な警告は望ましいことですが、行き過ぎた私的攻撃の場合は刑事上及び民事上の法的責任が発生します。
私たちの一人一人が新型コロナウイルス感染症に対する正しい認識を持ち、適切な行動をとりつつ、相手の立場を理解するように心がけたいところです。