交通事故の過失割合が9対1だったら、どのような点に気を付けれなければならないでしょうか。
交通事故の相手方から、過失割合が9対1であると主張された時、「自分に過失があるとは全く思えないので、なんとかこちらの過失を0にできないか」と考えることがあるでしょう。
また、それとは逆に1割ならほとんど過失がないのだから「こちらが損害賠償を支払うこともない」と安心してしまう人もいるかもしれません。
しかし、過失割合を9対1から10対0にすることは決して簡単なことではありませんし、9対1だからといって、あなたの負担が0円で済むと決まったわけでもありません。
最終的な損害の負担は細かい計算で決まるため、過失割合だけを意識しても、「こんなはずではなかった」という結果になってしまうこともあります。
そこで、今回は交通事故の過失割合が9対1で示談をする場合の注意点や、なんとか過失を0にしたいと考えた場合の対処方法について解説していきます。
交通事故での過失割合でもめてしまうパターンと対処法については以下の関連記事で詳細に解説しています。ぜひご参考ください。
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目次
1、交通事故の過失割合が9対1になる具体例
まず、自動車同士の事故、自動車と単車(バイク)との事故の場合を例に、過失割合9対1となる事故にはどんな事例があるか確認しておきましょう。
(1)自動車同士の事故の過失割合9対1事例
自動車事故の場合に、基本の過失割合が9対1になる主な事例としては次のケースを挙げることができます。
- 信号機のない交差点における直進車同士の事故で、一時停止の規制がある道路を減速せずに直進してきた車両Aが、一時停止の規制がない道路から減速して交差点に進入したBと衝突した場合(A:B=9:1)
- 一方が優先道路となっている信号機のない交差点で、優先道路を直進していたAと、優先道路ではない道路を直進していたBが衝突した場合(A:B=1:9)
- 信号機のある交差点に赤信号で進入した直進車Aと、交差点には青信号で進入したものの右折時には赤信号になっていた対向方向からの右折車Bが衝突した場合(A:B=9:1)
- 道路を直進していたAと、対向車線から道路外に出るために右折しようとしていたBが衝突してしまった場合(A:B=1:9)
- 追越禁止の道路で、前方車両Bを追い越そうとした直進車Aがその前方車両Bと衝突した場合(A:B=9:1)
(2)自動車と単車(バイク)の交通事故の過失割合9対1事例
- 信号機のある交差点で、黄色信号で交差点に直進進入した単車Aと、これと交差する道路から赤信号で交差点に直進進入した自動車Bが衝突した場合(A:B=1:9)
- 幅員が明らかに広い道路から減速して交差点に進入した単車Aと、幅員が狭い道路から減速せずに交差点に進入してきた自動車Bが衝突した場合(A:B=1:9)
- 一時停止の規制がない道路を減速して交差点に直進進入した単車Aと、一時停止の規制がある道路を減速せずに直進進入してきた自動車Bが衝突した場合(A:B=1:9)
- 一方が優先道路の交差点で、優先道路を直進進入してきた単車Aと、優先道路ではない道路を直進してきた自動車Bが衝突した場合(A:B=1:9)
- 信号機のある交差点で、赤信号で交差点に直進進入した自動車Aと、青信号で交差点に進入したものの右折時には赤信号になっていた、対向方向からの右折単車Bが衝突した場合(A:B=9:1)
2、過失割合9対1で示談する際に注意すべきケース
過失割合が9対1の場合、「過失が少ない」からといって安心しきってはいけないケースもあります。
過失割合だけで安心してしまい安易に示談に応じてしまうと「こんなはずではなかった」と後悔してしまうこともありうるので注意しましょう。
(1)過失1割でも相手に損害賠償を支払わなければならないケース
過失割合9対1の示談交渉で最も注意すべきは、双方に生じた損害額に極端な開きがあるときは、「過失は1割しかない」にも関わらず、相手よりも多額の賠償金を支払わなければならないケースがあり得るということです。
①交通事故の損害賠償の負担額の決まり方
双方に被害が発生した交通事故における損害賠償では、それぞれの損害をそれぞれの過失割合にしたがって負担し合うことになります。
つまり、過失割合の大きい方が少ない方へ損害賠償を支払うだけというのではなく、それぞれがそれぞれに賠償金を支払い合うのが原則だということです。
たとえば、当事者Aに発生した損害額が100万円、Bに発生した損害額が50万円、過失割合がA:B=1:9というケースであれば・・・
- AがBに支払う損害賠償額 = 50万円×10%=5万円
- BがAに支払う損害賠償額 = 100万円×90%=90万円
となります。
②過失割合1割の当事者が支払う賠償金の方が多くなるケース
一般的には、過失割合の少ない側の方が、負担すべき賠償額も小さいことが多いでしょう。
しかし、年式の古い自動車と高級車の事故の場合などには、過失の割合と相手方に請求することができる損害額が逆転するということもあります。
たとえば、A:B=1:9という過失割合のケースでも、Aに発生した損害額が10万円、Bに発生した損害額が200万円というケースであれば、それぞれの当事者が負担しなれればならない損害額は、Aが「200万円×10%」の20万円、Bが「10万円×90%」の9万円ということになり、負担すべき賠償額は過失割合の小さいAの方が多くなってしまうのです。
特に、購入してから期間の経っている車の場合には、車体価格が下がることで車体の修理費用よりも評価額が小さくなることも少なくありません。
そのような場合に相手方に請求することができるのは、修理費用ではなく、評価額と買替にかかる諸費用に限定されてしまいます(これを「経済的全損」といったりします。)。
他方で、高級車の場合には、一般的な車よりも評価額の低下も小さい場合が多いだけでなく、少しの損傷でも多額の修理費用がかかるケースも少なくありません。
(2)支払うべき賠償額よりも保険料の負担増の方が大きいケース
交通事故で相手方に損害賠償を支払う場合には、自分が加入している自動車保険を利用するケースもあると思います。
しかし、損害賠償を保険金から支払った場合には、翌年以降の保険等級が下がり、支払わなければならない保険料が上がってしまいます。
そのため、「過失割合が1割だけ」というケースでは、自分が負担しなければならない賠償額よりも、値上がりした保険料負担の方が多くなるケースもあるので注意が必要です。
このような場合には、事前に保険会社の担当者に、保険料がどの程度増額するのかを確認しておきましょう。
(3)自分が被害者なのに多額の持ち出しが生じる
過失割合が9対1というケースでは、修理費用の9割しか賠償を受けられず、また相手方の損害額の1割分を負担しなければならない可能性があるため、相手方からの保険金で損害(修理費用)の全額をまかなえないこととなります。
そのため、双方の損害額によっては、修理をするために多額の持ち出しが生じる場合もあります。
そのような場合にはご自身の車両保険を使うことが多いと思われますが、車両保険を使うときは上記(2)の問題が発生する可能性がるので、注意してください。
また、交通事故で車両が大きく損傷し、車体価格よりも修理費用の方が高くなるケースでは、前述のとおり相手方から賠償を受けられるのは車体価格と買替に必要な諸費用に限定されてしまうため、全く過失がなかったとしても賠償額では修理費用をまかないきれない場合が多いでしょう。
3、過失割合9対1を10対0にすることは可能?
過失割合が9対1というケースでは、「なんとか10対0(自分の過失なし)」にできないかと考える人も多いと思います。
しかし、9対1を10対0にすることは、実際にはかなり大変な場合も少なくありません。
(1)相手方の保険会社を説得するには具体的な根拠が必要
交通事故の過失割合は、交通事故が発生した状況に応じて「類型的」に決められるのが一般的です。
すべての交通事故の状況を詳細に調査して、個別に過失割合を判定することは、日々たくさんの交通事故が発生していることを前提にすると(保険会社にとっては)現実的ではなく、何らかの基準がある方が容易に判定することができるからです。
そこで、実務の上では、過去に発生した交通事故事案における裁判例での結論を基準に、「1」で紹介したような事故類型ごとに基本的な過失割合を定めた上で、個別の事情に応じた調整を施すという手順で過失割合を認定していきます。
過去の裁判例における過失割合判断の詳細は、「民事交通事故における過失相殺率の認定基準」(別冊判例タイムズ)という冊子にまとめられています。
したがって、交通事故の過失割合を9対1から10対0にしてもらうためには、次のいずれかの対応をする必要があります。
- 基本の過失割合が10対0の事故であることを明らかにする
- 相手方の過失が増加する(または自己の過失が減少する)修正要素があることを明らかにする
自分の交通事故が過失割合10対0の事例であることを確認するためには、上で紹介した別冊判例タイムズのような専門的な資料にあたる必要がありますが、基本の過失割合が10対0の類型はさほど多くはありません。
修正要素についても、過失割合が9対1のケースでは、相手方に「大幅な速度超過」、「飲酒運転」、「ながら運転」などの事実があったことを「客観的な証拠」に基づいて明らかにする必要がありますので、簡単なことではありません。
ドライブレコーダーなどを搭載していたとしても、相手の車の運転状況まで詳細に確認できる場合というのは意外と限られているのです。
過失割合が10:0であるということは、一方当事者には全く過失がないということになります。
8:2を9:1に変えるよう交渉するのも簡単なものではありませんが、9:1を10:0に変えるのは、全く過失がないことを証明しなければならないため、より難易度の高いものであるといえるでしょう。
(2)弁護士に依頼すると費用倒れになる可能性も
上で述べたように、9対1の過失割合を10対0にするのは「たった1割のこと」ですが、簡単なことではありません。
被害者が加入している任意保険会社の示談代行で済ませようとすると、その1割にこだわって交渉することに、保険会社の担当者が熱心ではない(10対0にこだわるよりも、早く示談をまとめた方が保険会社にとっても都合が良い)こともあるかもしれません。
したがって、過失割合にこだわって相手方と交渉したいという場合には、弁護士に依頼をして相手方(の保険会社)と過失割合について交渉を行うことが最もよい対応策といえます。
しかし、1割の負担のために弁護士に示談を依頼することは、多くのケースで「費用倒れ(弁護士費用の方が高くつく)」となる可能性が高いでしょう。
したがって、以下の場合を除いては、弁護士に依頼をして過失割合を10対0にしてもらうことは現実的な対応策とはいえません。
- 弁護士費用特約(弁護士保険)に加入している場合
- 人身事故などで損害額それ自体がかなり多額になる場合
弁護士費用特約に加入している場合には、弁護士費用は保険から賄われますので費用倒れの心配はありませんし、人身事故の場合には、弁護士に依頼することによって過失割合だけではなく慰謝料等の増額が見込めるため損害額それ自体が増加することが多いことから、費用倒れになるリスクが物損事故の場合に比べて少なくなります。
弁護士は費用的なメリットやデメリットも含めて見通しを案内することができるため、まずは一度相談してみることをお勧めします。
4、過失割合9対0で処理すること(片側賠償)のメリットと注意点
過失割合が9対1というケースでは、過失割合を「9対0」という形で示談をすることもあります。
双方の過失を足して10にならないので不思議に感じる人も多いと思いますが、このような(例外的な)対処のことを「片側賠償(片賠と略すこともあります)」といい、実際の示談で選択されることも少なくない方法です。
(1)片側賠償を選択すると賠償額はどうなるのか?
片側賠償をイメージしやすくするために、具体例を挙げて説明してみましょう。
ここでは、過失割合がA:B=9:1、損害額がA30万円、B50万円というケースで、通常どおりに9:1で処理した場合と、9:0の片側賠償で処理したケース、10:0の割合にできたケースとを比較してみます。
【9対1で示談をした場合の損害賠償額】
9対1の過失割合のまま示談をした場合の損害賠償額は下記のとおりになります。
- AがBに対して支払う賠償額 = 50万円×90% =45万円(72万円)
- BがAに対して支払う賠償額 = 30万円×10% = 3万円(8万円)
※( )は、自分の損害の自己負担分との合計額
【9対0の片側賠償で示談した場合の損害賠償額】
- AがBに対して支払う賠償額 = 50万円×90% =45万円(75万円)
- BがAに対して支払う賠償額 = 30万円×0% = 0万円(5万円)
※( )は、自分の損害の自己負担分との合計額
【過失割合を10対0にできた場合の損害賠償額】
- AがBに対して支払う賠償額 = 50万円×100% =50万円(80万円)
- BがAに対して支払う賠償額 = 30万円×0% = 0万円 (0万円)
※( )は、自分の損害の自己負担分との合計額
上の3つの計算結果を比較してみると、過失の少ない当事者であるBの負担は、過失割合10対0と過失割合9対1の場合を比較しても、8万円しかありません。
したがって、この場合8万円にこだわって、弁護士などに示談を依頼すれば、前期のとおりほぼ確実に費用倒れとなってしまいます。
また、これくらいの損害額だと、保険を使うと翌年以降の保険料増額分の方が高くついてしまうことも少なくないでしょう。
そのような場合によく利用されるのが片側賠償という手法であるわけです。
(2)片側賠償のメリット
片側賠償のメリットとしては、次の3点を挙げることができます。
- 示談を早くまとめやすくなる
- 自動車保険料の値上がりを回避できる
- 保険会社の示談代行を維持できる
また、示談交渉において過失割合は感情的なこだわりにつながってしまうことも多いので、「相手の名目上の過失割合を増やさない」ということで、不必要に刺激することを回避しながら「こちらの経済的負担を減らす」という目的を達成しやすい方法ともいえます。
さらに、片側賠償ではこちらから相手方への支払額が0円となるので、自分の任意保険を利用せずに交通事故示談をまとめることができるため、翌年以降の保険料増額という経済的な損失を回避することもできます。
本当に過失をゼロにするというわけではないので、保険会社の示談代行を維持することも可能です。
他方で、片側賠償になったとしても、10対0の過失割合で示談できた場合に比べて自分の損害部分に対する負担額は増えますし、相手方が応じてくれるとは限らないので、注意が必要です。
特に、過失割合の大きい相手方の被害額の方が大幅に大きい場合には、相手方としても「1割」にこだわる傾向が強くなるので、片側賠償に応じてもらえない可能性も高くなってしまいます。
まとめ
交通事故の示談では、当事者双方が過失の割合(どちらがより悪いのか)ということに強くこだわってしまうケースも少なくありません。
特に過失割合9:1というケースでは、過失の小さい当事者側としては「わたしは全く悪くない」と感じているケースも多いと思います。
しかし、示談の実務における交通事故の過失割合は、「実際にどちらが悪かったか」ということよりは、事故の状況によって類型的に定められたものに過ぎません。
納得のいく解決をするためにも、過失割合について交渉をしてより有利になる見込みがあるのか、経済的にメリットがあるのかなど、まずは弁護士に相談することをお勧めします。