工事請負契約が変更となった場合、契約書の作成は必要なのだろうか……。
工事請負契約を結ぶときには、工事内容や工期、費用などを取り決めて契約書を交わしますが、工事中にさまざまな変更が必要になることも珍しくありません。住宅などの建築工事では、着手後に初めて判明する事情や変動する事情が少なくないため、事前に工事内容等を完璧に確定することは難しいからです。
やむを得ず工事請負契約を変更する際には、改めて契約書という形式で合意の内容を文書化し、残しておくことが必要です。
その理由は、主に以下の3つとなります。
- 変更契約書の作成が法律上の義務だから
- 変更する内容を明確にする必要があるから
- 契約書がなければトラブルになりやすいから
つまり、法律で定められているとおりに変更契約書を作成することが、トラブル回避の第一歩となります。
万が一、トラブルに発展した場合も、契約書があれば強力な証拠となるのです。
今回は、
- どのような場合に工事請負契約の変更が必要となるのか
- 工事請負契約を変更する契約書の作り方
- 工事請負契約の変更を巡るトラブルへの対処法
などについて、ベリーベスト法律事務所の弁護士が詳しく解説していきます。
注文住宅の建築中に工事請負契約の変更を迫られている方や、工事請負契約の変更を巡るトラブルでお困りの方に、この記事が手助けとなれば幸いです。
1、工事請負契約の変更が必要となるケース
住宅の建築工事において、微々たる変更や追加が必要になることは多々あります。その中でも、「工事請負契約の変更」必要となるケースは以下の3つです。
(1)設計を変更する場合
事前に住宅の設計を綿密に行ったとしても、実際に建築するまでは想像上のものに過ぎません。
工事が進むにつれて、イメージとの違いが生じたり、予定どおりの工程や工法では工事を進めることができないといった事態が生じたりします。施主から「イメージと違うので、ここを変更してほしい」ということや、施工業者の方から「ここを変更しなければ工事を進められない」ということもあるでしょう。
工事内容を変更・追加するためには、設計の変更が必要です。設計は工事請負契約の基礎をなすものですので、変更契約が必要となります。
(2)工期を変更する場合
変更工事や追加工事など、当初の予定にはなかった工事を行うことになると、通常は工期を延長しなければなりません。
その他にも、
- 資材や設備の搬入が遅れる
- 作業員や管理者などの手配ができない
- 天候不順が続き予定どおりに工事が進まない
- 地震などの災害の影響
などによって、工事期間が長引くこともあります。
工期も工事請負契約の重要な要素の1つであり、工期の変更をするときは、その内容を書面に記載し、署名押印する必要があります(建設業法19条2項、同条1項3号)。
(3)工事代金を変更する場合
変更工事や追加工事が行われると、通常は工事にかかる費用が増えてしまいます。設計を変更する必要がなくても、施工業者の現場における判断で、工程や工法を変更し、変更した分の工事費用が増えることもあります。
一方で、予定よりも少ない工数で工事を進めることが可能な場合もあり、工事費用が減額されることも考えられるでしょう。
減額する場合も、変更契約書を作成することが法律上の義務(建設業法19条2項、同1項2号)とされています。
2、工事請負変更契約書の作成方法
契約は、口約束だけでも成立するのが法律上の原則です。しかし、工事請負契約については、契約書を作成することが義務化されており(建設業法第19条1項)、変更契約の際も契約書の作成が義務とされています(同法2項)。通常は、施行業者側が「工事請負契約変更契約書」の文面を作成します。
ですが、手間と時間を省くために口頭での連絡だけで済ませようとする業者や、見積書や簡単な覚書等で済ませようとする業者もいるでしょう。不利な内容の契約書を押しつけられたり、業者が契約書を作成しなかったりする場合に備えて、工事請負変更契約書の正しい作成方法を知っておくことも大切です。
(1)契約書への記載事項
まず、「工事請負契約書」に、建設業法上、主に以下の事項を記載しなければならないとされています。
- 工事内容
- 請負代金の額
- 工事の着手時期と完成時期(工期)
- 工事を施工しない日や時間帯ついて定めるときは、その内容
- 請負代金の前金払いや出来形部分をするときは、支払い時期と支払い方天災その他不可抗力による工期の変更、または損害の負担とその額の算定方法
- 工事完成後の請負代金の支払い時期と支払い方法
- 履行遅滞その他債務の不履行に対する遅延利息、違約金その他の損害金 など
(2)民法改正に関する注意点
2020年4月1日から改正民法が施行されたことにより、請負契約の取り扱いについて、以下のように一部変更が生じています。
| 契約の取り扱い | 適用対象 |
改正前 | 約款に関するルールが存在せず、原則として、契約内容はすべて合意の上で契約書に記載する必要がある | 2020年3月31日までに締結された請負契約 |
改正後 | 契約内容のうち定型的な事項は別途作成する定型約款で定めることが可能 | 2020年4月1日以降に締結された請負契約 |
「定型約款」とは、定型取引(※)において、契約の内容とすることを目的として別途準備された条項の総体のことをいいます。
(※定型取引…ある特定の者が不特定多数の人を相手方とする取引であって、その内容の全部または一部が画一的であることが当事者双方にとって合理的なものをいう(民法548条の2第1項))
民法改正前から、さまざまな契約の際に、細かな決まりごとを別途定めた「約款」が利用されてきました。しかし、約款の定めが法律上有効かどうかには曖昧な部分もあり、裁判で有効性が争われることも少なくなかったのが現状です。
2020年4月1日以降は、次のいずれかの場合には、定型約款が契約書と同じ効力を持つようになりました(民法第548条の2、1項)。
- 当事者双方が定型約款を契約の内容とすることを合意したとき
- 定型約款を準備した者があらかじめその定型約款を契約の内容とすることを相手方に表示していたとき
定型約款が契約書と同じ効力を持つ場合、注文者が実際には定型約款を読んでいなかったとしても、そこに定められた内容に拘束されます。
施工業者は、一定の条件の下に、注文者の同意なく定型約款の内容を変更することも可能です(民法第548条の4)。現在では、請負契約あるいはその変更契約の際に施工業者が「定型約款」を利用する場合には、契約前に定型約款の内容も慎重に確認しておく必要があります。
3、工事請負変更契約書には印紙が必要!印紙代に関する知識
工事請負契約書には工事代金(記載金額)に応じて印紙が必要です。変更契約によって工事代金(記載金額)が増額される場合には、工事請負変更契約書にも印紙が必要となります。
本章では、工事請負変更契約書に必要となる印紙代について解説します。
(1)必要な印紙代
工事請負変更契約書には、その変更契約による増額分に応じた金額の印紙を貼付しなければなりません。
請負契約書で必要となる印紙代は以下のとおりですので、工事請負変更契約の場合は工事代金の増額分に以下の表が適用されます。
2014年4月1日から2022年3月31日までに作成された建設工事請負に関する契約書については、「軽減税率」の欄に記載の印紙額となります。
記載金額 | 本則税率 | 軽減税率 |
1万円未満 | 非課税 | 非課税 |
1万円以上~100万円以下 | 200円 | 200円 |
100万円超~200万円以下 | 400円 | 200円 |
200万円超~300万円以下 | 1,000円 | 500円 |
300万円超~200万円以下 | 2,000円 | 1,000円 |
500万円超~200万円以下 | 1万円 | 5,000円 |
1,000万円超~300万円以下 | 2万円 | 1万円 |
5,000万円超~200万円以下 | 6万円 | 3万円 |
1億円超~200万円以下 | 10万円 | 6万円 |
5億万円超~200万円以下 | 20万円 | 16万円 |
10億円超~300万円以下 | 40万円 | 32万円 |
50億円超 | 60万円 | 48万円 |
金額の記載なし | 200円 | 200円 |
変更契約によって工事代金が減額となる場合、変更前の契約金額等の記載されている契約書が作成されていることが明らかであり、かつその変更契約書に変更金額(変更前の契約金額との差額)が記載されている場合、印紙代は200円となります。
変更前の契約書を作成していない場合などは、変更契約書の工事代金全額を基準とした額の印紙を貼付しなければなりません。
(2)印紙代は双方で負担するのが基本
印紙代は、基本的には双方で折半して負担します。施工業者から全額の負担を求められた場合には、半額負担を要求するようにしましょう。
ただし、施主が全額負担するのと引き換えに工事代金を減額してもらうというように、印紙代の問題を施工業者との交渉の材料とすることが可能な場合もあります。状況に応じて、交渉してみるとよいでしょう。
(3)見積書や覚書等で済ませる場合も印紙は必要
工事請負契約の変更の際に「契約書」という表題の文書を作成せず、見積書や覚書、同意書、念書などの表題であっても、印紙は必要となります。
どのような表題の文書であっても、記載内容から変更契約の存在と工事代金の増額等が認められる場合には、印紙税の課税対象となりますので、ご注意ください。
4、工事請負契約の変更でトラブルとなったときの対処法
工事請負契約の変更を巡っては、さまざまなトラブルが発生しがちです。
- 無断で変更・追加工事が行われた
- 変更・追加工事について想定外の代金を請求された
- 変更・追加工事の結果、建物の仕上がりが当初のイメージと異なる
他にも多種多様なトラブルが起こり得ますが、多くの場合は変更契約書を作成していないか、作成しても不備があるためにトラブルに発展しています。
そんなトラブルに巻き込まれたときは、以下のように対処していきましょう。
(1)本工事の請負契約書を確認する
まずは、本工事の請負契約書(当初の「工事請負契約書」)の内容を確認しましょう。当初の設計図書、仕様書、図面、見積書なども精査して、しっかりと確認することです。
施工業者がいう「変更工事」「追加工事」の作業が、本工事の内容に含まれている可能性もあります。本工事に欠陥が生じたためそれを是正するために行われた工事は変更・追加工事ではなく、本工事に含まれるのです。
本工事に含まれる場合は、施工業者から追加代金を請求されても支払いを拒否できます。
(2)契約書以外の証拠を集める
変更・追加工事の作業内容が本工事に含まれていない場合、追加代金の支払いに応じなければならないかどうかは、変更・追加工事の合意があったか、支払いの合意があったかどうか等が重要です。変更・追加工事を行うことについての合意があっても、追加代金を支払うことの合意がないことを立証し、支払いを拒否することも検討すべきです。
「工事請負変更契約書」が交わされていないか、交わされていてもその点が明らかでない場合は、他の証拠で合意の有無が判断されることになります。
証拠としては、例えば以下のようなものが考えられます。
- 変更時の見積書
- メールのやりとり
- 打ち合わせの際のメモや、渡された書類・資料
「合意がなかったこと」を立証することは、難しい場合もあります。
ただし、施工業者側から「この工事はサービスで行います」などの発言があった場合には、追加代金を支払わないという合意をしたと言える可能性が高いでしょう。以上のような観点からも、証拠を精査してみましょう。
(3)業者と交渉する
(2)までの準備が整ったら、施工業者と交渉を行います。
有力な証拠を確保できた場合は、法的手段をとることを見通して強気に交渉することもできますが、めぼしい証拠がない場合には、交渉で決着をつけるべきです。
証拠がなくても、双方が譲り合い、お互いの主張の間をとって解決できる可能性はあります。ただ、施工業者は建築の素人を相手に譲歩することなく、強気になって追加代金を請求してくることも多いので、できれば弁護士に依頼して交渉する方がよいでしょう。
(4)ADR機関を利用する
業者との交渉がスムーズに進まない場合には、ADR(裁判外紛争処理手続き)機関による調停・あっせん・仲裁の手続きを利用することも考えられます。これらの手続きでは、裁判をすることなく中立公正な第三者が間に入り、話し合いによる解決を図ってくれます。法的な強制力はありませんのでご自身の言い分を全面的に通すことは難しいですが、柔軟な解決は期待できるでしょう。
基本的に無料で利用できますので、弁護士に依頼せずに解決したい人は、以下のADR機関に相談してみてはいかがでしょうか。
- 住宅紛争審査会
- 建設工事紛争審査会
(5)法的手段をとる
ご自身に有利な証拠がある場合には、裁判で決着をつけることも可能です。
ただ、施工業者から追加代金の支払いを請求されている場合には、自分から裁判を起こすのではありません。施工業者に対して、「追加代金支払いの合意はしていません。請求するなら裁判をしてください」という対応をすることになります。
施工業者にとっても、裁判をすることは大きな負担となりますので、このように対応すると譲歩してきて示談(和解)が可能となるケースも少なくありません。
もし、施工業者が裁判を起こしそうなら、早めに証拠を持って弁護士に相談することをおすすめします。建築に関する裁判は専門性が非常に高く、手続きも複雑ですので、実際に裁判を起こされた場合には弁護士によるサポートが重要となります。
まとめ
工事請負契約の変更によるトラブル回避するためには、「工事請負変更契約書」を正しく作成することが最も重要です。施工業者が変更契約書を作成しようとしない場合は、作成を求めましょう。
施工業者が作成した変更契約書を示されたときには、できる限りいったん持ち帰り、弁護士に相談して内容に問題ないかを確認していただきたいところです。
実際に工事請負契約の変更を巡るトラブルに巻き込まれたとき、スムーズに解決するためには、初期対応が肝心です。工事請負契約の変更で困ったときは、1人で抱え込まず弁護士に相談しましょう。