大家さんにとって「家賃をいつどのくらい値上げするか」は非常に判断が難しい問題ですよね。
そこでこの記事では、
- 家賃値上げに伴い起きる可能性のあるトラブルとは?
- 家賃値上げに伴うトラブルを回避する方法
- トラブルが避けられない場合の解決方法
- 家賃値上げを強行するとどうなるか?
について解説します。
目次
1、家賃を値上げで起きる可能性のある4つのトラブル
借主にとって家賃値上げほどイヤなニュースはありません。大家さんは当然それを理解しているので、唐突な値上げをしないよう配慮することでしょう。
しかしそのような配慮も虚しく、次のようなトラブルが起きる可能性があります。
(1)値上がり分の支払を拒否される
家賃を値上げされた借主が最初に示す反応が「値上がり分の支払拒否」です。
元の金額に対して値上げ幅が大きいほど支払拒否の可能性は高まります。
支払いを拒否されてしまった場合、強制的に取り立てようと思えば法的手続きを取るほかなくなってしまい、大きな負担となります。
また、下記に述べるような合法的な値上げでないと、法的手続きにおいても値上げ分の賃料を確保できない可能性があります。
(2)値上がり分だけでなく全額を支払い拒否される
滞納をくり返すような悪質な借主だと、家賃値上げの意向を伝えただけで強く反発し、家賃全額を支払拒否してくるおそれがあります。
このことを理由に賃貸借契約を解除できる可能性はありますが、事実上のトラブルが続く上、大家さんとしては支払い拒否をされている間、その借主から1円も入ってこないということになってしまいます。
(3)値上がりを理由に解約されてしまう
値上げのタイミングが契約の更新時期に重なると、「もっと安い他の物件を探そう……」と考える借主に契約を解除されてしまう可能性があります。
次の借主がすぐに見つかるのであればいいですが、必ずしもそううまくことは運ばない可能性があります。
そうすると、次の借主が見つかるまでの間、賃料収入が入ってこなくなってしまいます。
(4)解約の手続きどころか夜逃げされてしまうリスクもある
これは稀なケースですが、借主が家賃滞納の常習犯である場合、家賃の値上げがきっかけで夜逃げをしてしまうことがあります。
常習的に家賃滞納するような借主は、契約を反故にすることへの抵抗感が少ないため、「どうせ滞納分も払えないのだから、値上げ交渉で裁判沙汰になる前に逃げてしまえ!」と自暴自棄になってしまうことがあるのです。
2、トラブルを避けつつスムーズに家賃値上げをする為の合法的な手順
ここまで説明した4つのトラブルを回避しつつ家賃を値上げするためには、賃料増額に関する法の規定をしっかり理解し、合法的な手順にのっとって借主と交渉する必要があります。
(1)家賃値上げに必要な条件について法律はどう定めているか
大家さんは自由に家賃を値上げできるわけではありません。
借地借家法32条1項は、値上げを請求できる条件として次の3つを挙げています。
- 土地建物に対する税金などの負担が増えた
- 経済事情の変動(土地建物の価格上昇など)
- 近隣の同じような物件の家賃よりも安すぎる
(2)家賃値上げには「正当な理由」が必要
借地借家法第32条が定める上記3つの条件は「例示」にすぎません。
「家賃を値上げするには、何らかの正当な理由が必要だ」というのが同条の趣旨です。
したがって3つの条件以外でも、たとえば「ひどい雨漏りが発生したので、修繕費用をまかなうためにも家賃を値上げする必要がある」といったやむを得ない事情があれば、正当な理由として認められる可能性があります。
(3)3つの条件と正当な理由以外にも必要な2つの条件
家賃の値上げが法律上有効であるためには、前述した正当理由以外に、「相場より高すぎないこと」「当事者の合意があること」という2つの条件が必要です。
①相場より高すぎないこと(適正な金額であること)
家賃には相場があります。同じ地域、同じような構造・規模の物件は、おおむね同じような家賃で賃貸に出されているわけです。
この家賃相場を大幅に超える値上げは、適正な金額ではないため認められません。
たとえば、大家さんの言い分が「今の家賃5万円は近隣の相場よりも安いから20万円に値上げする」というものだとしましょう。
もしその物件の周辺地域の家賃相場が6万円だとしたら、この値上げに正当な理由はあると言えるでしょうか?
7万円への値上げならOKかもしれません。
しかし20万円に値上げするとなると、相場を大きく超えてしまうので、適正な金額とは言えなくなる可能性があります。
このように、どのような理由で値上げするにせよ、相場よりも高すぎない、適正な金額であることが必要なのです。
②家賃値上げについて借主との合意があること
これが最も重要なことですが、裁判によって法的に強制するのでなければ、家賃の値上げには、大家さんと借主の「合意」が不可欠です。
大家さんが正当な値上げであるとして一方的に借主に通告をしても、借主がこれを拒めば、合意は成立しません。
そのような場合に、賃料の増額を達成するには、原則として法的手続きが必要になります。
(4)「賃料を値上げしない特約」に注意
借地借家法第32条1項は、但書で「一定の期間建物の借賃を増額しない旨の特約がある場合には、その定めに従う」と規定しています。
大家さんと借主が合意するなら、「家賃を値上げしない」とする特約も有効なのです。
賃貸借契約をする際にこの特約をつけてしまうと、家賃を値上げしたくてもできなくなるので注意しましょう。
3、合法手順によってもスムーズにいかない場合の解決方法
大家さんがいくら合法的に手続きを進めても、借主が支払拒否などをすればどうしようもありません。
これらトラブルを解決するには、調停や訴訟といった法的手続きを使う必要があります。
(1)家賃のトラブルは法的手続きで解決できる
家賃に関するトラブルを話し合いだけで解決するのは難しいのが現実です。
家賃の問題は借地借家法などの法律で規律されているので、いざというときは法的手続きで解決しましょう。
(2)調停前置主義
家賃の値上げや値下げに関する問題を法的手続きで解決する場合、訴訟ではなく、まず調停の申立てをしなければなりません(民事調停法第24条の2)。
これを調停前置主義といいます。
調停では当事者や裁判官、書記官などのほかに、民間から選ばれた2名以上の調停委員が同席し、知恵を出し合いながらトラブル解決に向けた話し合いを行います。
調停は、訴訟のような「原告VS被告」といった対立関係ではなく、当事者同士の話し合いでの解決を目指すものですので、「借主はどのくらいの値上げなら応じられるか」を軸に妥協点を探ることになります。
(3)調停が成立しなければ訴訟へ
調停での話し合いがまとまらない場合、それでも家賃の値上げを借主に請求するためには、訴訟に場を移し、大家さんの主張の正当性を証拠によって証明する必要があります。
(4)経験豊富な弁護士を代理人に立てることがポイント
調停では家賃トラブルに詳しく、豊富な経験を有している弁護士を代理人に立てましょう。
先ほど説明したように、調停は訴訟のように証拠によって白黒をつける手続きではありません。
しかし、大家側としては家賃を希望どおりの金額まで値上げすることを目標にするのですから、そのためには「値上げに法的な合理性があることを説得できること」がどうしても必要です。
このような説得を成し遂げるには、借地借家問題に関する知識だけでなく、言葉で相手を納得させる技量を持った弁護士でないと難しいといえます。
調停が不調に終わり訴訟に移行した場合はなおさらです。裁判実務の知識をもたない大家さんが、弁護士を立てずに訴訟で勝訴することは非常に困難ですので、経験豊富な弁護士を代理人に立てるべきであるといえます。
4、家賃値上げを強行するとどうなる?
ここまで家賃の値上げを合法的に行う方法を解説してきましたが、非合法に値上げを強行する方法はあるのでしょうか?
(1)事前通知せずに家賃を値上げしても無効
借主に事前通知をせず、いきなり家賃を値上げをしようとしても、合意が存在しない以上、無効であるといえます。
(2)借主が値上げに同意しない場合、むりやり同意させる方法はある?
借主が家賃の値上げに同意しないからといって、脅迫や暴行、詐欺的言動によって同意させたりすれば、損害賠償責任(強迫・詐欺による不法行為)や刑事罰(強要罪、脅迫罪、詐欺罪)を問われるおそれがあります。
(3)借主が値上げに同意しない場合、法的手続き以外で確実に支払わせる方法はある?
借主が合意しない場合に、法的手続きを取らずに確実に家賃を支払わせる方法は基本的にはありません。
大家さんは地道に説得をくり返すしかないのです。
値上げに応じてくれる可能性を少しでも上げるためにも、説得の際は次の2つのポイントを実践するようにしましょう。
①大家さん自身が顔を見せてお願いする
値上げをお願いする際は、必ず大家さん本人が借主に顔を見せて、自分の言葉で説明することが大切です。
値上げの理由を自分の言葉で上手に説明する自信がない場合は、不動産管理会社のスタッフに説明を任せても構いませんが、その場に同席して「お願いします」と頭を下げることは絶対に必要です。
もちろん、いつも家賃を支払ってくれていることへの感謝の気持ちをしっかり伝えることもお忘れなく。
感謝の気持ちを忘れ、「家賃は支払って当然」といった横柄な態度を見せてしまうと、「納得できる理由があるなら値上げも仕方ないかな」と考えていた借主が、「なんかイヤな感じ……やっぱり値上げには反対する!」と態度を硬化させてしまうかもしれません。
②他の借主も同意していることを示す
日本は良くも悪くも、共同体意識や同調圧力が個人の意思決定に強く影響する社会です。
「他の借主はみな値上げに同意している」という事実をつきつけられると、自分だけ反対している状態が悪いことであるかのように感じてしまうため、借主が根負けし、値上げを受け入れてくれるかもしれません。
【まとめ】長期戦になる前に弁護士に相談しよう
正当な理由に基づく家賃の値上げは合法です。
臆することなく借主と交渉してください。
ただ、値上げの交渉が長期戦になると、大家さんも意欲が持続できず、値上げを断念してしまうかもしれません。
そのようなときは、遠慮せずに法律の専門家である弁護士に相談して、早めに法的手続きに移行するのがおすすめです。