堕胎罪(だたいざい)とは、胎児を出産よりも前に、人為的に母体の外へ排出する、または体内で胎児を殺すことを処罰するものです。
もっとも、実際に「中絶」をした方がみなさん処罰されているわけではありません。
それでは、どのような「中絶」が処罰されることになるのでしょうか。
また、事故やDVで胎児が死亡したケースではどのような罪が成立しうるのでしょうか?
今回は、
- いわゆる「中絶」の堕胎罪該当性
- 偶然、胎児を死亡させてしまったケースの処罰可能性
について、解説していきます。
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1、堕胎罪とは―関わった様々な人に処罰の可能性がある
刑法は、第212条から第216条において「堕胎」に関わる罪の処罰要件と刑罰を定めています。
以下、それぞれについて解説していきます。
(1)堕胎罪
妊娠中の女子が薬物を用い、又はその他の方法により、堕胎したときは、一年以下の懲役に処する。
妊娠中の女性が自分の意志で堕胎を決定し、実行したケースで、1年以下の懲役刑と定められています。
(2)同意堕胎及び同致死傷罪
女子の嘱託を受け、又はその承諾を得て堕胎させた者は、二年以下の懲役に処する。よって女子を死傷させた者は、三月以上五年以下の懲役に処する。
引用元:刑法第213条
妊婦自身以外の者((3)の医師等を除く)が、妊婦から依頼を受け(又は承諾を得て)堕胎させると同意堕胎(致死傷)罪に該当します。
通常は2年以下の懲役が科され、さらに、女性本人を死傷させてしまった場合には、3ヶ月以上5年以下の懲役が科されます。
(3)業務上堕胎及び同致死傷罪
医師、助産師、薬剤師又は医薬品販売業者が女子の嘱託を受け、又はその承諾を得て堕胎させたときは、三月以上五年以下の懲役に処する。
よって女子を死傷させたときは、六月以上七年以下の懲役に処する。
引用元:刑法第214条
医師、助産師、薬剤師又は薬品販売業者が妊娠中の女性から委託を受け(又は承諾を得て)堕胎させた場合、業務上堕胎(致死傷)罪が成立します。
通常は3ヶ月以上5年以下の懲役ですが、妊婦を死傷させてしまった場合には、さらに重い6ヶ月以上7年以下の懲役となります。
(4)不同意堕胎及び同致死傷罪
女子の嘱託を受けないで、又はその承諾を得ないで堕胎させた者は、六月以上七年以下の懲役に処する。
2 前項の罪の未遂は、罰する。
引用元:刑法第215条
前条の罪を犯し、よって女子を死傷させた者は、傷害の罪と比較して、重い刑により処断する。
引用元:刑法第216条
妊娠中の女性からの依頼や同意がないにもかかわらず堕胎させると、不同意堕胎罪が成立します。
この場合の刑罰は6ヶ月以上7年以下の懲役です。未遂でも罰せられます。
また、依頼や同意のない堕胎行為によって妊婦を死傷させた場合には、結果に応じて、それぞれ傷害罪・傷害致死罪と比較して、より刑の重い方が適用されます。
2、母体保護法の定める「中絶」が適法になるための要件
前項で概要を確認したように、いわゆる「中絶」が行われた場合、妊婦自身や関わった人々に各種の堕胎罪が成立する可能性があります。
もっとも、法律上、一定の場合には「中絶」が違法でなくなる(適法に行うことができる)旨が定められています。
母体保護法は、妊娠女性の生命健康を保護する観点から、適法に認められる「人工妊娠中絶」について以下のように定めています。
第二条 定義
1(省略)
2 この法律で人工妊娠中絶とは、胎児が、母体外において、生命を保続することのできない時期に、人工的に、胎児及びその附属物を母体外に排出することをいう。
引用元:母体保護法第2条
第十四条 医師の認定による人工妊娠中絶
都道府県の区域を単位として設立された公益社団法人たる医師会の指定する医師(以下「指定医師」という。)は、次の各号の一に該当する者に対して、本人及び配偶者の同意を得て、人工妊娠中絶を行うことができる。
一 妊娠の継続又は分娩が身体的又は経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれのあるもの
二 暴行若しくは脅迫によつて又は抵抗若しくは拒絶することができない間に姦淫されて妊娠したもの
2 前項の同意は、配偶者が知れないとき若しくはその意思を表示することができないとき又は妊娠後に配偶者がなくなったときには本人の同意だけで足りる。
引用元:母体保護法第14条
これらの条文の内容をまとめると、いわゆる「中絶」が適法と認められるためには
- 妊娠の継続・分娩が身体的・経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれがある又は暴行・脅迫によって又は抵抗・拒絶することができない間に姦淫されて妊娠した場合で
- 胎児が生命を保続することのできない時期(妊娠満22週未満)に
- 医師会の指定を受けた「指定医師」が
- 本人及び配偶者等の同意を得て行う
必要があります。
3、中絶が堕胎罪に該当する具体例
上記のような要件が定められている以上、たとえば以下のように要件をみたさない形で中絶が行われれば、原則どおり堕胎罪に該当することになります。
(1)妊娠後22週間を経過した後の中絶
第二条 定義
2 この法律で人工妊娠中絶とは、胎児が、母体外において、生命を保続することのできない時期に、人工的に、胎児及びその附属物を母体外に排出することをいう。
引用元:母体保護法第2条
上記2.で触れたように、母体保護法によって例外的に認められる「人工妊娠中絶」は「生命を保続することのできない時期」…具体的には、妊娠後22週間を経過しない間に行われなければならないため、妊娠後22週間を経過した後に中絶を行うことは違法で、堕胎罪が成立することになります。
(2)指定されていない医師による中絶
第十四条 医師の認定による人工妊娠中絶
都道府県の区域を単位として設立された公益社団法人たる医師会の指定する医師(以下「指定医師」という。)は、次の各号の一に該当する者に対して、本人及び配偶者の同意を得て、人工妊娠中絶を行うことができる。
引用元:母体保護法第14条
また、上記3.で触れたように「人工妊娠中絶」は医師会が指定した「指定医師」でなければ行えないため、医師会による指定のない医師による中絶は、母体保護法に基づかず、違法なものとして堕胎罪が成立する可能性があります。
(3)妊婦の同意がない中絶
第十四条 医師の認定による人工妊娠中絶
都道府県の区域を単位として設立された公益社団法人たる医師会の指定する医師(以下「指定医師」という。)は、次の各号の一に該当する者に対して、本人及び配偶者の同意を得て、人工妊娠中絶を行うことができる。
一 妊娠の継続又は分娩が身体的又は経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれのあるもの
二 暴行若しくは脅迫によつて又は抵抗若しくは拒絶することができない間に姦淫されて妊娠したもの
2 前項の同意は、配偶者が知れないとき若しくはその意思を表示することができないとき又は妊娠後に配偶者がなくなったときには本人の同意だけで足りる。
引用元:母体保護法第14条
当然ですが、上記4.で触れたように、妊婦本人と(原則として)配偶者の同意がなければ、中絶を行うことは許されません。
医師も当然に妊婦らの意思を確認するでしょうから、同意がなく中絶が行われるというのはめったにないことでしょう。
しかしながら、過去には、男性医師が妻以外の女性を妊娠させてしまったことを隠そうと、妊娠した女性に欺いて薬物を摂取させたり、点滴を行うことで流産させた、という事件も起きています(裁判で不同意堕胎罪について有罪となり、医師免許も取り消されました)。
4、事故やDVで胎児が死亡してしまった場合
何らかの事故やDVの結果、偶然に胎児が死亡してしまった場合、どのような罪が成立しうるのでしょうか。
(1)堕胎罪は原則として成立しない
刑法では、「過失」で結果を生じさせてしまっても処罰する旨の規定がある犯罪以外は、犯罪に対する「故意」(結果を意図または結果が起こってしまってもかまわないという意思)が必要とされています(刑法第38条1項)。
そして、過失堕胎罪は刑法典に定められていないため、胎児を死亡することを意図したもの(または死亡してもかまわないと考えた)ではなく、偶然、胎児を死亡させてしまった場合には各種の堕胎罪は成立せず、母体を害したという意味で罪に問われるにとどまります。
(2)交通事故で胎児が死亡してしまった場合
妊婦に害意を持って車で撥ねたというようなケースを除けば、一般の「交通事故」について堕胎罪が成立することはほぼないといっていいでしょう。
もっとも、母体…妊婦に対する過失傷害罪や危険運転致死傷罪などで処罰される可能性があります。
(3)配偶者からのDV
配偶者がまったく妊娠を知らなかった場合は、堕胎に関する故意は認めることは難しく、通常は、堕胎罪は成立しないでしょう。
一方、妊娠を知っていて暴行を加えたような場合は、(暴行をすれば流産してしまう可能性があることは明らかなため)堕胎させようとする、又は胎児が死んでしまってもかまわないという故意があったとして、不同意堕胎罪が成立する可能性があります。
また、当然ですが、妊婦に対する暴行罪・傷害罪なども成立する可能性が高いでしょう。
まとめ
今回は、「中絶」を処罰する刑法と一定の要件のもとで「中絶」を認める母体保護法の関係を整理した上で、偶発的に胎児を死亡させてしまったケースについてとりあげました。
もしも、交通事故やDVによって妊婦や胎児を傷つけてしまったことで紛争になっている、あるいは逮捕・勾留された、という場合には、お早めに弁護士にご相談ください。