業務上横領が発覚したとき、事態を穏便に解決するためには被害者と「示談」をすることが極めて重要です。業務上横領罪の刑罰は「10年以下の懲役」と重いですが、示談が成立すれば逮捕や検察官による起訴処分を回避できる可能性があるからです。
もっとも、示談をするためには、示談金としてそれなりの金額を用意しなければなりません。場合によっては、そもそも被害者が示談交渉に応じようとしないこともあります。
そこで今回は、会社を被害者とする場合を想定し、
- 業務上横領で示談を穏便に進める方法
- 業務上横領の示談金の相場
- 業務上横領で示談を成立させるポイント
などについて、数多くの刑事事件を解決に導いてきたベリーベスト法律事務所の弁護士が解説していきます。
目次
1、業務上横領を穏便に解決するには示談が有効
業務上横領が会社側に発覚してしまえば、事実をなかったことにはできません。事案の内容にもよりますが、逮捕され、重い刑罰を受ける可能性が高いのが通常です。
しかし、示談ができれば穏便に事態を解決できる可能性もあります。
(1)業務上横領罪は10年以下の懲役
業務上横領罪の法定刑は10年以下の懲役となっています(刑法第253条)。
業務上横領罪とは、委託信任関係に基づいて業務上他人の物を自分が占有している場合に、委託の任務に背いてその物につき権限がないのに所有者でなければできないような処分をすることによって成立する犯罪です。
会社の経理部や総務部、人事部などに勤務している人が、管理を任されている会社のお金を着服するのが典型的なケースです。
業務上ではない通常の横領罪(単純横領罪)は5年以下の懲役ですが、業務上横領罪の場合は単純横領罪の場合と比べ悪質性が高く、被害も大きくなりがちなため、刑罰が加重されているのです。
最大で10年間も刑務所に収容されるのですから、相当に重い刑罰だといえるでしょう。
この刑罰から免れるための最も有効な方法が、会社と示談をすることです。
(2)業務上横領罪の保護法益は所有権と委託信任関係
会社と示談することで刑罰の回避が可能となるのは、業務上横領罪の保護法益である他人の「所有権」と「委託信任関係」を回復させることが可能だからです。
保護法益というのは、刑法が「罪となる行為」と「刑罰」を定めることによって守ろうとしている人の権利や利益のことです。
他人の物に対する「所有権」が侵害された場合は、返還可能なものであれば返還することによって、実質的に元の状態に戻すことができます。
委託信任関係についても、やむを得ず破ってしまった事情を明かして、被害者に許してもらうことができれば回復が期待できます。
会社のお金を着服したケースであれば、着服したお金を返還し、横領に至った事情を正直に話して会社側に許してもらえれば、業務上横領罪の保護法益は実質的に回復されたことになります。
これを可能とするのが「示談」です。
示談をすれば、罪をなかったことにはできないものの、実質的に元の状態に戻すことができるので、事態を穏便に解決するために極めて有効なのです。
2、業務上横領の示談により期待できる効果
次に、業務上横領の示談により、具体的にどのような効果が期待できるのかを見ていきましょう。
(1)刑事事件への発展を阻止できる可能性がある
示談書の中では被害者が警察に被害届等の提出をしないこととする文言が入れられることが通常ですので、警察へ発覚する前に会社との間で示談を成立させることができれば、警察が事件のことを認知せず、結果的に刑事事件として立件されることを回避できる可能性があります。
この場合、事件が公に報道されることもありませんし、警察に認知されないため前科・前歴もつきません。民事上の損害賠償のみで穏便に解決することが期待できるのです。もっとも、示談のなかで被害届等の不提出まで合意できるかは被害感情等、事案によって異なりますので、示談ができれば必ず刑事事件化を阻止できるとはいえず、この点は注意が必要です。
ただ、早急に示談をすれば刑事事件に発展することを阻止し、元の生活を続けることも可能となりますので、非常に大きなメリットがあるといえます。
(2)刑事手続に入った場合でも刑事罰を回避することができる可能性がある
会社が警察に被害届や告訴状を提出し、刑事事件の手続きに入った後でも、示談がうまくいけば刑事罰を回避できる可能性があります。
①逮捕・勾留の回避が期待できる
警察に刑事事件が発覚しても、必ずしも逮捕・勾留されるわけではありません。刑事訴訟法及び同法規則では、犯人が逃亡や罪証隠滅をするおそれがない場合には、逮捕・勾留されないのが原則となっています。
業務上横領で会社と示談したということは、すでに会社に対して罪を認め、反省や謝罪もした上で、会社に生じた損害を回復させたことを意味します。
そうすると、もはや逃亡や罪証隠滅のおそれはほとんどないといえますので、逮捕・勾留を回避することが期待できます。
取調べを受けるとしても、在宅事件として警察官や検察官から呼び出しを受けたときに出頭するだけですので、普段通りの生活を続けることができます。
②不起訴処分が期待できる
示談が成立していると、不起訴処分も期待できます。
不起訴処分とは、刑事事件として捜査が行われても、最終的に検察官が被疑者を起訴せずに捜査を終了する処分のことです。不起訴処分となると、刑事裁判が開かれませんので、刑罰を受けることもなく、前科もつきません。
検察官は、被疑者を起訴するかどうかを判断する際に、犯行の内容や被害の程度の他にも、以下のことを重視します。
- 被害が回復されているか
- 被害者が被疑者の処罰を望んでいるか
- 被疑者が反省や謝罪をしているか
示談ができていれば、この3点でプラス評価となりますので、不起訴処分となる可能性が大きく高まるのです。
③執行猶予付き判決が期待できる
示談が成立していても、会社の被害金額が大きく事件の重大性等の観点から検察官が見過ごせないと判断した場合には起訴されてしまうケースもあります。
起訴されると刑事裁判が開かれ、裁判所が事件を審理した上で、被告人(起訴後、被疑者は被告人と呼称されます。)が有罪か無罪か、有罪の場合はどのくらいの刑罰を科すべきかを決めます。
そして、裁判所が刑罰を決める際にも、上記の3点が重視されますので、示談によって会社の被害が回復されており、会社が被告人のことを許し、被告人も深く反省・謝罪している場合には、処罰する必要性は低いと判断される可能性が高くなります。
ただちに処罰する必要性がないと判断された場合には、執行猶予付き判決が下されます。
執行猶予付き判決とは、有罪が認定されて刑罰も言い渡されるものの、すぐには刑を執行せず、被告人が一定期間新たな罪を犯さずに過ごせば、刑の言い渡しの効力がなくなるという判決のことです。
たとえば、「懲役1年、執行猶予3年」という判決を言い渡された場合、その後の3年間、罪を犯さなければ「懲役1年」という刑罰を受けずに済むのです。
被告人は、執行猶予付き判決を言い渡された時点で勾留を解かれ、元の生活に戻ることができます。
前科はついてしまいますが、再度罪を犯さない限り、刑罰を受けることはありませんので、大きなメリットがあるといえるでしょう。
3、業務上横領で円満に示談を成立させる4つのポイント
業務上横領で示談のメリットを享受するためには、できる限り会社と円満かつスムーズに示談を成立させることが重要です。
そのためには、以下の4点がポイントとなります。
(1)誠心誠意、謝罪する
まずは、会社に対して事実を認めて、誠心誠意、謝罪することが大切です。
「お金を返せばいいんだろう」といった態度では、会社側の印象が悪くなり、示談に応じてもらえない可能性もあります。
示談が成立したとしても、「民事上の損害賠償問題は解決した」という形にとどまるケースが多くなります。
会社が被疑者又は被告人のことを許さず、処罰を求める意思を撤回してくれなければ、示談が成立していても起訴され、刑罰を受けてしまう可能性が高くなります。そのため、真摯な謝罪は非常に重要です。
(2)犯罪に至った経緯や事情を説明する
単に謝罪するだけでなく、なぜ業務上横領をしてしまったのか、犯罪に至った経緯や事情を説明することも大切です。
「病気の家族のために借金を抱えていて、どうしてもお金が必要だった」というように、やむを得ない事情を説明できれば、会社側の理解も得られやすくなり、許してもらえる可能性が高まります。
仮に、遊び金欲しさなど私利私欲のための犯行だったとしても、言い訳をせずに正直に話すべきです。ありのままを正直に話した上で深く反省・謝罪した方が、会社側の理解を得られやすくなるはずです。
刑事事件に発展した場合、犯罪に至った経緯や事情は徹底的に追求されるところです。会社に対してウソの説明をしたことが判明すると、刑罰が重くなる可能性がありますので、最初から会社に対しても正直に話した方がよいでしょう。
(3)被害を回復することを約束する
業務上横領では、単純横領よりも被害金額が大きくなりがちです。そのため、横領したお金を返したくても、一括では返せないということもあるでしょう。
その場合は、分割してでも全額の弁償を約束することも有効です。
(4)連帯保証人を用意する
分割払いによる弁償を提案しても、被害金額の大きさから分割が長期にわたることも多く、会社側としては弁償が継続してなされるか不安が残るものです。会社のお金を着服するような人が長期の分割払いを約束しても信頼できない、という場合もあるでしょう。
その場合は、信用力のある連帯保証人を用意するのもひとつの方法です。本人が支払えない場合には連帯保証人が代わりに支払うことを約束するのです。
会社側も、支払いの確実性が高まれば示談に応じやすくなります。親族や知人などに依頼して連帯保証人を用意するということも、誠意を見せることにつながります。
4、業務上横領での示談金はいくら?
では、業務上横領で示談を成立させるために、どれくらいの示談金を用意すればよいのでしょうか。
(1)業務上横領での示談金は横領額?
業務上横領罪における示談金の額としては、まず横領した金額が目安となります。着服したお金を全額弁償して初めて、会社の損害が回復されたといえるからです。
事情によっては全額弁償しなくても会社が厚意で許してくれるケースもありますが、基本的には最低限、横領した金額は必要となります。
(2)ケースによっては迷惑料をプラス
着服したお金をすべて弁償すれば示談成立、というわけには必ずしもいきません。業務上横領が発生したことによって、会社はさまざまな迷惑を被っているからです。
その「迷惑」という損害を回復させるために、「迷惑料」をプラスしなければならないケースもあります。
迷惑料としていくら必要になるかは、会社がいくらで許してくれるかという問題ですので、会社との交渉次第となります。
数十万円で許してくれるケースも多くありますが、被害金額が大きくなればなるほど、迷惑料も大きな金額が必要となる傾向にあります。100万円~200万円程度を用意しなければ許してくれないこともあるでしょう。
分割払いで弁償する場合は、民事法定利率による利息を付加するのもひとつの方法です。
民事法定利率とは、民法で定められた利率のことで、従来は年5%でしたが、民法改正により2020年4月以降は年3%となっています。
5、業務上横領の示談をしたいけどできない?!こんな時どうする?
被疑者又は被告人から誠心誠意、示談を申し出ても円満に示談できるケースばかりではありません。
ここでは、示談で起こりがちなトラブルと、その対処法について解説します。
(1)横領した金額について会社との認識が異なる場合
横領したのは100万円だけなのに、会社は120万円がなくなったと主張するようなケースは珍しくありません。
会社で使途不明金が生じる原因は、何も業務上横領だけではありません。しかし、会社としては業務上横領が発生した以上、使途不明金の全額が横領されたと疑うのも無理はないともいえます。
このように、横領した金額について会社の認識と相違が生じた場合には、資料に基づいて横領額を明らかにする必要があります。
通常、経理等の資料は会社側がすべて保管していますので、会社に対して使途不明金の内訳を提示してもらうように依頼することになります。
一つ一つ、どのように着服して、そのお金を何に使ったのかを具体的に説明していけば、根拠不明の部分については横領したものではないと納得してもらえる可能性もあります。
会社が主張する金額で示談してしまうと、過剰な支払い義務が生じますので、慎重に示談する必要があります。
場合によって、円満に示談するために、あえて根拠不明の部分も呑んで、会社の主張額で示談することも考えられます。
しかし、刑事事件に発展した場合には、被害金額が大きくなればなるほど処分も重く、刑罰も重くなってしまいます。
このような形で示談をするのは、会社が「示談をすれば被害届は出さない」と約束している場合で、かつ根拠不明の部分も含めて支払い可能な場合に限った方がよいでしょう。
(2)会社が示談交渉に応じてくれない場合
会社側の怒りが激しい場合には、示談交渉にすら応じてくれないこともあります。
このような場合には、口頭又は書面にて謝罪意思を伝えていく姿勢が重要となります。会社側に誠意を受け取ってもらえれば、示談が可能となる可能性もありますし、反省の意思を伝えることにもなります。
また、会社の方針として示談には応じないというケースもあるかもしれません。
その場合には、謝罪文等を郵送することを検討してもよいでしょう。
そうすれば、刑事事件において、反省や謝罪の意思を示したことと、示談のためにできる限りのことをしたことが認められて、不起訴処分や執行猶予付き判決を獲得できる可能性が高まります。
(3)逮捕・勾留された場合
逮捕・勾留されて身柄を拘束されてしまうと、自分で会社側と示談交渉を進めることは難しくなってしまいます。
その場合は、弁護士に示談交渉を依頼するのが得策です。弁護士は、依頼者の代理人として会社との示談交渉を代行することができます。
弁護士が間に入ることで冷静に話し合いができますし、法的に妥当な示談金額で交渉できますので、スムーズな示談成立が期待できます。
より円満な示談を望むなら、謝罪文を書いて弁護士に預けて、会社に渡してもらうとよいでしょう。
6、業務上横領の示談は弁護士への依頼が有効!まずは相談を
逮捕・勾留された場合でなくても、業務上横領の示談は弁護士に依頼するのが有効といえます。
豊富な法律知識と高度な交渉力を持つ弁護士に任せることで、示談交渉をスムーズに進めやすくなります。
会社が怒りの感情から本人の話は聞かない場合でも、弁護士が間に入れば示談交渉に応じてくれることもよくあります。
示談の申入れが遅くなれば遅くなるほど、会社としては本人の反省を疑う可能性が高まりますし、また被害届を提出する等警察に事件が知られる可能性が高まります。示談をする時期は早ければ早い方がいいため、業務上横領が発覚したら、まずは弁護士に相談することをおすすめします。
まとめ
業務上横領は重い罪ですが、円満に示談ができれば、警察沙汰や刑罰を回避して穏便な解決を期待できることがお分かりいただけたでしょうか。
ただ、横領額が大きい場合や、会社側の怒りの感情が激しい場合は、ご自身で示談交渉をするのは難しいことが多くなります。
自力での解決が難しいと感じたら、すぐに弁護士のサポート受けて、穏便な解決を目指しましょう。