残業を月200時間以上するのは大変危険です。
一般的に、過労死ラインは残業80〜100時間とされています。それを大きく超えて200時間も残業すれば、心身の病気を引き起こし、最悪の場合は命を落とすおそれもあります。
また、残業200時間を強制する企業の中には、たとえば残業100時間以降はカットするなど、適切な残業代を払わない企業が少なくありません。
しかし、退職しても、適切な手段を踏めば、未払い残業代の請求は可能です。ブラック企業で消耗し、取り返しのつかない事態になる前に、転職などで環境を変えるべきでしょう。
そこで今回は
- 残業200時間の危険性や違法性
- 残業200時間を続けた場合の末路
- 残業200時間したときに請求できる残業代の金額・請求方法
などについて解説します。
この記事が、長時間の残業に悩まされている方のための手助けとなれば幸いです。
労働基準法 労働時間については以下の関連記事をご覧ください。
目次
1、残業200時間は命の危険!1日あたりの残業時間や法律で定められた上限との比較
残業を月に200時間以上していても、
- 「周りもやっている」
- 「そのくらいしないと仕事にならない」
と考える方もおられるかもしれません。
しかし、残業を200時間もするのは大変危険です。まずは、残業200時間の危険性と違法性についてご説明します。
(1)1日あたり何時間残業しているのか
残業時間が月200時間の場合、出勤日数が25日(休みが週1日程度)だとして、1日あたり8時間残業していることになります。
定時が午前9時から午後6時であれば、8時間残業すると深夜2時です。そこから自宅に帰り入浴や食事をすれば、寝るのは深夜4時頃になってしまうでしょう。午前7時に起床するとすれば、睡眠時間は3時間程度しかありません。成人の場合、個人差はあれども6〜7時間は眠ることが理想的とされています。
長時間残業による睡眠時間の減少は、脳・心臓疾患になる可能性を高め、命に関わるケースに繋がる恐れがあります。精神的にも激しく消耗し、自殺を考えてしまう人もいます。
また、以下のいずれかを超える残業をすると、健康障害のリスクが高まるとされます。これが「過労死ライン」です。
- 発症直前の1ヶ月に100時間以上
- 発症2ヶ月前から6ヶ月前に月平均80時間以上
200時間を超える残業は、過労死ラインの2倍以上にもなる異常な状況であり、リスクが非常に高いといえます。
(2)36協定に基づく残業の上限時間との比較
200時間の残業は労働基準法にも違反します。労使間で36協定を結んだとしても、時間外労働は原則として月45時間までしか許されていません。
例外として特別条項をつけるとしても、次の制限があります。
- 時間外労働は年720時間以内
- 時間外労働と休日労働の合計が月100時間未満
- 時間外労働と休日労働の合計の2~6ヶ月平均がいずれも月80時間以内
- 時間外労働が45時間を超える月は1年のうち6月まで
月200時間の残業はこの条件を満たしておらず、例外としても認められません(一部の業種は除く)。したがって、200時間も残業をさせるのは、労働基準法に違反しています。守らない企業には「6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金」が課されることになっています。
参考:厚生労働省
2、残業200時間の末路〜過労で寝たきりになったケースなどを紹介
200時間の残業は、心身に深刻なダメージを与えます。ここでは2つのケースをご紹介します。具体的な事例から危険性を知ってください。
(1)平成22年2月22日鹿児島地裁判決
飲食チェーンの店舗支配人Aさんが、就寝中に心室細動による低酸素脳症となり、意識不明で寝たきりになってしまったケースです。
Aさんの時間外労働は発症前2ヶ月から6ヶ月の平均でおよそ月200時間になっており、203日間連続で出勤していました。
- 人手不足
- 過剰なノルマ
などによって精神的な負担もかかっていたとされています。
Aさんは無理のある勤務を強いられた結果、心身ともに追い詰められ、意識不明となってしまったのです。
裁判所は会社に1億9000万円ほどの支払いを命じました。
(2)電通事件
入社2年目24歳の社員Bさんが、長時間労働によりうつ病を発症し、自殺してしまったケースです。
Bさんはデジタル広告の部署に配属されていました。長時間の残業が常態化しており、月100時間を上回るものでした。帰宅して数時間で出勤したり、徹夜で勤務したりすることもあったとされます。有給休暇もほぼ取得できていませんでした。
当初は意欲的であったBさんでしたが、次第に元気がなくなり、うつ病になってしまいます。そして、入社の半年ほど後に自ら命を絶ってしまったのです。
会社側は責任を認め、最終的に遺族と和解しましたが、金額は1億円を超えるとも推測されています。
(3)その他考えられるリスク
長時間残業によるリスクは、脳・心臓疾患や精神疾患だけではありません。
たとえば、睡眠不足によって集中力が途切れて、事故を起こす可能性が考えられます。工場や建設現場での事故は、生命に関わるケースもあります。また、通勤中に交通事故を引き起こすかもしれません。
いずれにしても、長時間労働は命の危険に関わるものであるということを覚えておきましょう。
3、残業200時間の残業代はいくらになる?
残業を200時間もしていると残業代の金額が大きくなり、最低でも月に数十万円に達します。
ここでは、残業代がどの程度になるかシミュレーションしてみます(あくまで概算です)。
(1)時給1250円、朝型勤務、残業200時間のCさんの場合
Cさんの労働状況は次のとおりです。
- 時給1250円(月給20万円程度)
- 所定労働時間:月~金 8時~17時(休憩1時間)※法定休日は日曜日
- 実際の勤務時間:月~土 6時~22時(休憩1時間)
→週90時間労働、時間外労働が週50時間、所定出勤日数が1ヶ月あたり20日間であると仮定すると、月200時間
中小企業の場合
※中小企業の定義については労働基準法138条参照
1250円×200時間×1.25=31万2500円
大企業の場合
1250円×60時間×1.25+1250円×140時間×1.5=35万6250円
Cさんの場合、残業代の割増率がアップする
- 深夜労働(22時から5時まで)
- 休日労働
はありません。
それにもかかわらず、月給20万円程度で月200時間残業すると、残業代は30万円を超えます。
時間外労働の割増率は通常25%ですが、大企業勤めの場合には、月60時間を超える時間外労働の割増率は50%です。2023年4月以降は、中小企業でも60時間を超える時間外労働の割増率が50%に変わります。
※会社は、労働者に対し、原則として、週1回の休日を与えることが法律上義務付けられており(労働基準法35条1項)、これを法定休日と呼んでいます。そして、下記4(4)のとおり、会社は、この法定休日に労働者を働かせた場合、35%の割増率で残業代を支払わなければなりません。
(2)時給2000円、夜型勤務、残業200時間のDさんの場合
Dさんの労働状況は次のとおりです。
- 時給2000円(月給32万円程度)
- 所定労働時間:月~金、9時~18時(休憩1時間)、法定休日は日曜日
- 実際の勤務時間:月~金、9時~26時(休憩1時間)、土9時~20時(休憩1時間)
→週90時間労働、時間外労働が週50時間(うち深夜労働20時間)、所定出勤日数が1ヶ月あたり20日間であると仮定すると、月200時間(うち深夜労働80時間)
中小企業の場合
2000円×200時間×1.25+2000円×80時間×0.25=54万円
大企業の場合
2000円×60時間×1.25+2000円×140時間×1.5+2000円×80時間×0.25=61万円
DさんはCさんに比べて給料が高い上に、深夜残業もしているため、金額がさらに大きくなっています。
4、残業200時間分の残業代を請求する前に〜残業代請求が可能な条件について
200時間もの残業をさせる会社では、法律を守る意識が薄く、残業代が全額支払われていない可能性が非常に高いです。
具体的な請求方法の紹介の前に、未払い残業代が発生するパターンについてご紹介します。たとえば自分は管理職だから残業代の請求は不可能だと考えている人も「名ばかり管理職」であるのならば、未払い残業代の請求が可能です。
そういった請求が可能なパターンを確認していきましょう。
(1)所定労働時間を超えて働いた分に残業代が支払われていない
会社の就業規則などで定められている所定労働時間が、法定労働時間(1日8時間、週40時間)よりも少ないことがあります。
たとえば所定労働時間が9時~17時(休憩1時間)の場合です。この会社で18時まで働くと、17時~18時の残業は、法定労働時間の範囲内であるものの、会社の定めた所定労働時間を超えています。これを法内残業と呼びます。
法内残業には、就業規則等で割増賃金を支払う旨の規定がない限り、割増賃金は発生しないものの、通常の賃金は支払わなければなりません。
(2)法定労働時間を超えて働いても割増賃金が支払われない
法定労働時間を超えて労働すれば時間外労働となり、25%の割増賃金が発生します(労働基準法37条)。
大企業において時間外労働が月60時間を超えた場合には、超えた部分については割増率が50%になります。
(3)深夜労働をしても割増賃金が支払われない
22時~5時に労働した場合には割増賃金を支払わなければなりません。割増率は25%なので、通常の時給の1.25倍を支払う必要があります(労働基準法37条4項)。
また、深夜労働が時間外労働でもある場合には、割増率は合計して50%です。
(4)休日労働をしても割増賃金が支払われない
法定休日(週1日、労働基準法35条1項)に労働した場合には、35%の割増賃金の支払いが必要です。
休日に深夜労働をした場合には、割増率が合計60%になります。
法定休日ではないものの会社が休日としている日(法定外休日)に労働すると、休日労働にはなりません。基本的に通常の時間外労働として割増率が計算されます。
(5)労働時間に含まれるべき時間が労働時間とされていない
法律上は労働時間に含まれるべき時間が、実際にはカウントされていないケースがあります。
たとえば、
- 制服への着替え時間
- その場を離れることができない手待時間
などです。これらが労働時間とされていないと、支給される賃金が少なくなってしまいます。
(6)退勤後に仕事をしている
退勤後に仕事を自宅に持ち帰って仕事をしている場合、労働時間となる可能性があります。
- 会社が指示している
- 黙認している
などのケースでは残業に当たる可能性があり、賃金支払いの対象になりえます。
(7)「名ばかり管理職」にあたる
「管理監督者」にあたる場合には、時間外労働や休日労働に割増賃金が発生しません(労働基準法41条2号)。
ただし、「店長」などの名前が与えられていても、実態として
- 権限
- 労働時間の自由性
- 十分な待遇
が認められない場合には「名ばかり管理職」と呼ばれます。
この場合、会社は割増賃金を支払う必要があります。
(8)裁量労働制が適用され、まったく残業代が支払われていない
業務の性質上、労働者の裁量が広い場合には「裁量労働制」が適用されるケースがあります(労働基準法38条の3,4)。
この場合には、実際の労働時間にかかわらず事前に定めた労働時間で働いたものとみなされます。
ただし裁量労働制が適用されていても、深夜労働や休日労働の割増賃金は支払われなければなりません。すべての残業代が支払われていないケースもあるので注意してください。
(9)裁量労働制の適用条件を満たしていない
裁量労働制を適用するには、業種や職務内容などに条件があります。「名ばかりSE」のように、実際には対象外であるのに裁量労働制を理由に残業代が支払われていないケースがみられます。
(10)変形労働時間制で残業代が支払われていない
変形労働時間制とは、一定の期間内で、特定の日や週については法定労働時間を超えた所定労働時間を定められる制度のことです(労働基準法32の2等)。
しかし、変形労働時間制でも定められた所定労働時間を超えれば、残業代の支払い義務があります。一切残業代を不要とする制度ではないので変形労働時間制だからといって、残業代の請求を諦めることがないようにご注意ください。
(11)固定残業代制で、みなし残業時間以上に働いている
固定残業代制とは、あらかじめ定めた時間数は残業したものとみなして、定額の残業代を支給する制度です。しかし、定めた時間を超えた分については別途残業代が支払わなければなりません。「いくらでも残業させてよい制度だ」と考えている会社もあるので注意しましょう。
5、残業200時間分の残業代を請求する方法
未払い残業代がある場合にはどのように請求すればよいのでしょうか?在職中に請求するケースと、退職してから請求するケースに分けてご紹介します。
(1)在職中に請求する方法
①まずは弁護士に相談し、証拠を集める
在職中に請求する場合、まず弁護士に相談するのがオススメです。
会社に在籍しているメリットは、
- タイムカード
- 日報
などの労働時間についての証拠を集めやすい点にあります。
とはいえ、どのような証拠が有効かわからなければメリットを活かせません。先に弁護士に相談することで、効果的な証拠収集が可能になります。
②残業代の計算
労働時間の証拠を集めたら、残業代の計算に移ります。方法は複雑ですが、弁護士に依頼していれば計算を任せられます。
ただし、この時点では証拠が不十分で正確に計算できないことも多いです。
③会社との交渉
残業代をある程度把握したら、会社との交渉に移ります。
在職中の場合は、残業代の請求により会社から嫌がらせを受ける可能性は否定できません。
そこで、あらかじめ弁護士をつけて交渉に臨めば、支払いに応じる可能性が高まるだけでなく、不利益な扱いを未然に防止できます。
④労働審判
決定的な対立を避けたければ、交渉だけで支払いをしてもらうのがベストです。とはいえ、簡単に応じてくれるとは限りません。
交渉がまとまりそうになければ、労働審判を起こすことが考えられます。労働審判は、裁判所において、労働についての争いを3回以内の期日で解決する手続です。
訴訟に比べて迅速に解決できるメリットがあります。
⑤訴訟
労働審判の結果に当事者が納得できない場合には訴訟に移ります。労働審判をせずに始めから訴訟をするケースもあります。
訴訟は1年以上かかることもありますが、途中で和解が成立するケースも珍しくありません。
労働審判や訴訟には手間がかかりますが、この点も弁護士に依頼することで手続きを一任できます。その間、空いた時間で転職先を探すなど自分のために時間を使うことができるでしょう。
(2)退職後に請求する方法
①まずは弁護士に相談する
在職中よりも、退職してから請求する方が一般的です。この場合も、まずは、弁護士に相談した方がよいでしょう。
残業代だけでなく、失業保険の請求や、社会保険の手続についてもご案内できます。また、そもそも辞めさせてさせてもらえないケースでは、退職できるよう弁護士がサポートします。
昨今では退職代行というサービスも流行っていますが、退職代行業者の中には労働者の退職したいという意思を会社に伝える所までしかできない業者もいます。弁護士であれば、そこから先の踏み込んだ交渉を行ってくれるため、辞めさせてもらえないようなケースでも、弁護士への相談をオススメします。
②内容証明郵便の送付
弁護士がついた場合には、まず内容証明郵便を会社宛てに発送するのが通常です。
内容証明郵便により、
- 弁護士がついた旨
- 未払い残業代を支払うべき旨
を伝えます。
手持ちの証拠が不十分であれば、タイムカードなどの開示を求めます。
③示談交渉
会社側が交渉のテーブルにつくようであれば、示談交渉をします。退職しているので、不利益な扱いを気にせずに交渉が可能です。
④労働審判
そもそも会社が交渉のテーブルにつかない、あるいは交渉してもまとまらない場合には、労働審判が考えられます。労働審判の内容は在職中に請求したケースと同様です。
⑤訴訟
労働審判に当事者が納得できない、あるいは、そもそも労働審判を起こさない場合には訴訟となります。訴訟についても前述のとおりです。
(3)その他の効果的な相談先
弁護士以外の相談先としては、
- 労働基準監督署
- 労働組合
などが考えられます。
①労働基準監督署
労働基準監督署は、主に労働基準法が守られているかを確認する公的機関です。
労働者からの申告をうけて、違反の事実があると考えられる場合には調査を行い、
- 指導
- 是正勧告
がなされます。
労働基準監督署に指摘されれば、長時間労働の改善がなされる可能性があります。もっとも、必ずしも会社が対応してくれるとは限りません。
②労働組合
労働組合に相談すれば、会社との交渉をしてくれる可能性があります。自分ひとりでは相手にしてもらえなくても、組合との話し合いにより、会社が長時間労働の改善に応じてくれるかもしれません。
ただし、労働組合が機能しているとは限らず、会社に対する影響力がないケースも多い点には注意してください。
6、残業200時間で心身ともに限界だと感じたら弁護士へ相談
残業を200時間もさせる企業には、法律を守る意識が大きく欠けていると考えられます。自分だけの力で状況を変えるのは難しいでしょう。
- 「残業代が支払われない」
- 「退職したくてもできない」
- 「もう心身ともに限界」
といった悩みを抱えている方は、弁護士の力を借りて一刻も早く危険な状況から抜け出しましょう。
まとめ
ここまで、残業200時間の危険性・違法性、残業代の金額・請求方法などを解説してきました。
このまま200時間の残業を続けるのは命に関わります。
- 「みんなやっている」
- 「この会社では仕方ない」
- 「続けられないなら他の環境でもこの先やっていけない」
などと思わずに、何らかのアクションをとってください。
弁護士が皆様のお力になれれば幸いです。