若手社員のAさん(26歳男性)。
仕事のちょっとしたミスで給料を減らされたり、有給休暇の取得を認めてくれないなど、会社の対応に疑問を感じています。
そんなことは本当に認められるのだろうか。会社の管理職、さらに社長にも、「根拠となる就業規則を見せて欲しい。」と言いました。
ところが「就業規則がなくても別に構わないんだ。」「忙しいから後にしてくれ、そのうち見せる。」などと雑な返事です。
就業規則は必ず作るものではなかったのか、会社は何かやましい事でもあるのか、不信が渦巻いています。
今回は、弁護士が就業規則の基本からわかりやすくご説明します。
就業規則がない会社は、会社にとっても働く人にとっても、大きなリスクを負うことになります。その中で働くあなたはどのように対応すべきでしょうか。就業規則の作成を求めるのか、黙って働き続けるのか、いっそ転職を考えたほうがいいのか。
そのような決断のためにも、この記事がお役に立てば幸いです。
目次
1、就業規則がない会社なんてあるの?
就業規則がない会社なんてあるのでしょうか。就業規則について、法律の基本から確認しておきましょう。
(1)就業規則についての会社の義務(作成義務・届出義務・周知義務)
常時10人以上の労働者を使用する会社では、就業規則の作成、監督官庁への届出、労働者への周知は、法律で定められた義務です。
「作っていない」のも「そのうち見せるから」というのも違法です。
①作成義務と届出義務
常時10人以上の労働者を使用する会社では、就業規則を作成して労働基準監督署に届け出ることが義務付けられています。就業規則で定めるべき事項も決められています。
就業規則の内容を変更した場合も労基署への届け出が必要です。
違反した場合には会社(使用者)には30万円以下の罰金が科されます(労働基準法第89条、罰則は同法第120条)。
②就業規則は労働契約の最低限の基準
会社が労働者を雇って働いてもらう場合には労働契約を締結しますが、就業規則は個々の労働契約の最低限の基準を示したものです。就業規則を下回る条件の労働契約は、その部分が無効になり、就業規則で定める基準が適用されます(労働契約法第12条)。
なお、当然のことながら、就業規則の内容は労働基準法をはじめとする強行法規に違反することは許されません。労働組合のある会社なら労働協約に違反することも許されません。
労働基準監督署長は、就業規則が法令や労働協約に牴触する場合には、その変更を命ずることもできます(労働基準法第92条)。
③会社には周知義務もある
就業規則は労働契約の最低限の基準を示したものであり、会社には厚生労働省令所定の方法により労働者へ周知する義務があります(労働基準法第106条、罰則は同法第120条)。
具体的には、見やすい場所に掲示したり、書面で配布したり、イントラネットなどでいつでも見ることができる、といった方法です。(労働基準法施行規則第52条の2)
管理職の机の中にしまいこまれていて、管理職がいないと見ることができない、などというのは法令違反です。
なお、この義務は、常時10人未満の労働者を使用する(つまり就業規則の作成・届出義務がない)使用者にも及びます。
④就業規則の主な内容
就業規則で定めるべき内容はおおむね次の通りです。労働条件の基本的な内容であることが理解いただけるでしょう(労働基準法第89条)。
【必ず書くべき内容:絶対的必要記載事項(同法第89条1号~3号))】
- 始業及び終業の時刻、休憩時間、休日、休暇
- 交替勤務をさせる場合の就業時転換に関する事項
- 賃金
- 退職に関する事項(解雇の事由を含む)
【ルールを定めるならば必ず就業規則に書くべき内容:相対的必要記載事項(同法第89条3号の2~10号】】
- 退職手当規定を設けるときの、適用労働者の範囲、退職手当の決定、計算・支払い方法等臨時の賃金(賞与等)に関すること
- 安全衛生に関すること
- 災害補償に関すること
- 表彰や制裁に関すること
(2)就業規則がない(見せない)会社はこういう会社
就業規則がないとか、見せないなどというのは次のような会社です。
労働基準法上の作成義務がないか、それとも見せられる体制すらもないあやしい会社、と考えた方が良いでしょう。
①常時10名以上の労働者がいない会社
就業規則の作成義務があるのは「常時10人以上の労働者を使用する会社」です。
正社員だけでなく、パートアルバイト契約社員など、10人以上の人を雇っているなら就業規則の作成義務があります。10人未満ならば、作成義務がないことになります。なお、下請労働者や派遣労働者など、使用者が異なる労働者はこの10人には入りません。
10人以上というのは、事業場ごとで計算します。二つ以上の事業場がある会社でそれぞれの事業場の労働者が10人未満ならば、作成は不要ということになります。
とはいえ、前述の通り就業規則は労働条件の最低限の基準であり、基本的重要な事項を定めたものです。労働者10人未満であっても作成するのが望ましいとされています。
②労働者に提示する体制を整えていない会社
就業規則を作っていても、金庫に格納していたり管理職の机の引き出しにしまっていたりで、労働者が見ようと思っても見ることができない、そんな会社も見受けられます。
就業規則が労働契約の基本的な内容である以上、労働者が見ようと思えば見ることができるようにしておくのは会社の当然の義務です。そんな当たり前のことすら理解していない会社であり、問題があると考えざるを得ません。
(3)「就業規則」という名称でない場合も
就業規則は「会社が雇用している労働者の労働条件や職場規律について定めた統一的な規則」などと定義されます。
名称のいかんを問わず、この定義に当てはまるものであれば、労働基準法や労働契約法に定める「就業規則」と考えられます。
例えば、「就業基本規程」とか、事業場や労働契約の形態に応じて「工場規則」「パートタイム職員規則」といった名前のこともありますし、就業規則で定めるべき個別の内容に応じた「服務規律」「賃金規定」「退職金規定」といったものも、就業規則の一部となります。
多くの会社では、就業規則として基本的な規定を定め、個別の内容について別途細部の規定を設けることも多く行われています。
2、就業規則がなくても主張できる労働者の権利
就業規則は、労働基準法などの強行法規に基づいて、その会社が労働者との労働条件の最低限の基準を定めたものです。
就業規則がない場合でも、労働基準法などに定められた内容はそのまま適用されます。
たとえば、有給休暇は法律で定められた労働者の権利ですから、「うちは就業規則はないから有給休暇はないよ」などというのは誤っています。
また、就業規則で強行法規に反する定めをしたり、労働基準法の基準を下回る労働条件を定めたりすることも許されません(労働基準法第92条、労働契約法第13条)
(1)労働時間・休憩
会社は労働者を、休憩時間を除いて1週40時間、1日8時間を超えて働かせてはなりません(法定労働時間の定め:労働基準法第32条)。休憩時間は労働時間が6時間を超える場合には少なくとも45分、8時間を超える場合には少なくとも1時間と定められています(同34条)。
就業規則があろうがなかろうが、会社はこれを守らなければならないのが原則です。
逆に、週40時間1日8時間以上の労働時間を定めようとすれば、労使で協定を結んで労働基準監督署に届け出る必要があります(同法第36条。いわゆる36協定)。
(2)時間外労働の上限規制、割増賃金
時間外労働などについて36協定を労使で締結し、時間外労働ができる場合であっても、労働基準法に定める上限規制は守らなければなりません。
また、時間外労働については、一定の割増賃金を払う必要があります。この割増率などの最低条件も労働基準法に定められており、これを守らなければなりません(労働基準法第36条、37条)。
(3)有給休暇
これも労働基準法で会社が与えるべき最低基準が定められています(同法第39条)。
6ヶ月以上継続勤務し、8割以上出勤した場合には10日間、さらに1年を経過するごとに日数が増えて6.5年以上勤務すれば20日となります。就業規則にないから有休を与えない、とか有休の付与日数を法の定める基準よりも少なくするなどはできません。
(4)退職の定め
就業規則の有無にかかわらず、会社が労働者に対して「勝手にやめることは許さない。」などということはできません。民法で強行法規として次の定めがあります。
期間の定めのない労働契約(無期労働契約)なら、労働者は「いつでも」理由なく解約(すなわち辞職)の申し入れができます。申し入れの2週間後に解約(労働契約終了)の効果が発生します(民法627条1項)。
期間の定めのある労働契約(有期労働契約)なら、原則として期間途中の解約(辞職)はできません。
ただし、「やむを得ない事由」があれば期間途中でも即時辞職できます。家庭の事情での遠隔地への引っ越し、ハラスメントに耐えられない、といった場合です。
やむを得ない場合の即時辞職は無期労働契約の場合でも認められます(民法628条)。
(5)そのほか
妊娠出産育児や介護について、産前産後休暇とか育児休業、介護休業などの定めがあります。
これらも強行法規の定めであり、就業規則がない場合でも適用されます。就業規則があってこれらの休暇休業の定めがない場合でも適用されます。
3、就業規則がないことで業務を行ううえで労働者にどんなリスクがある?
就業規則がない場合でも、法律の強行法規規定は適用されますが、労働者がこのような強行法規に詳しいわけではありません。
就業規則の意味は、会社が強行法規を遵守した上で会社の中での労働条件の最低基準を定めるものです。しかも、会社は労働者への周知義務も負っています。
これにより、労働者は、自分の会社で適用される最低限のルールをいつでも知ることができます。このように考えれば、就業規則がない場合のリスクは明らかになるでしょう。
(1)労働基準法などの強行法規違反が起こりやすい
前述「2」の通り、次のような事項について労働基準法違反の取り扱いをしても、労働者が気がつかないだけでなく、経営者自身も気がつかない、ということが起こりえます。
- 法定労働時間違反
- 時間外労働上限規制や割増賃金の違反
- 有給休暇付与義務違反
- 退職の定めの違反(例えば無理な引き止め)
(2)従業員の権利行使がしにくくなる
(1)と裏腹な関係ですが、従業員としても自分の権利行使がしにくくなります。
例えば、時間外になって居残っても、残業代を請求できるかどうかわからない、割増賃金の計算の方法がおかしい。
休日出勤しても割増賃金が出ないとか、代休が取れるかどうかわからない。
有給休暇を取りたいと思っても、どれぐらい取れるのかわからない、などなどです。
(3)職場規律が守れなくなる
就業規則では、例えば有休の届出ルールとか、遅刻早退の場合の取り扱い、職場秩序違反の場合の従業員への処分なども定められます。
このようなルールがない場合には、労働者としてもやって良いこといけないことがわからなくなってしまいます。
会社としても従業員がルール違反をしていると思っても、どのようなルールに違反するかも説明できなくなります。こんな職場であなたは安心して勤められますか。
それこそ、上司に気に入られた人は多少のルール違反はお目こぼし、上司の不興を買った人にはやたらに厳しい処分が科される、といったことにもなりかねません(なお、就業規則がない場合には、そもそも、けん責、訓告、出勤停止、解雇といった懲戒処分も本来はできないのです。)。
(4)会社・管理者と従業員との間で無用の紛争が起きる
会社や管理者が会社のルールを従業員に説明しようとしても、その根拠の規定(すなわち就業規則)がなければ、従業員に納得のいく説明ができないでしょう。
従業員もとても納得できないでしょう。お互いに不信が募り、無用のトラブルになりかねません。
4、就業規則がない会社とのあなたのベストな向き合い方とは
では、会社に就業規則がない場合、あなたはどのように行動すべきでしょうか。
(1)就業規則を作るよう働きかける
会社経営者に対して、以上のような就業規則の意義、就業規則がないことのリスクなどを伝え、就業規則を作るように働きかけると良いでしょう。
厚生労働省では、次のようなモデル就業規則を公開しています。
とはいえ、就業規則作成は専門的な知識が必要であり、自社で作るのが大変であれば、専門家との相談をおすすめします。市販の就業規則に少し手を入れて作った、といった安易な作り方をすると、大きな間違いを犯しかねません。あるいは、顧問税理士等に頼むという会社も見受けられますが、人事労務の専門知識がないままに安易な就業規則になってしまうという事例も見受けられます。
人事労務専門の弁護士や社会保険労務士に頼むべきでしょう。
【厚生労働省】
(2)そのまま働き続ける
就業規則がない会社は、労働基準法などの強行法規の意味も知らず、会社と労働者の間で働くためのルールを定める必要がある、ということすら認識がない可能性があります。
長時間労働や、ハラスメント、有休が取れない、不当解雇不当な引き留め、など様々な問題が起こりかねません。
それを承知で働き続けるのは一つの選択肢ですが、将来に向けて大きなリスクを抱えていることをよく認識するべきです。
本当にあなたが働き続けて良い会社なのか考え直すべきでしょう。事後的な救済方法はあるにしても、大変な手間がかかり、また、あなたが望む解決策が得られるとは限りません。
(3)転職する
このような会社に本当に勤め続けるのでしょうか。機会をみて見切りをつけ、転職するのも一手でしょう。
5、すでに会社とトラブルになっている方は弁護士へ相談を
就業規則がないとか見せてくれないとか、というのは会社がさらに大きな潜在的な問題を抱えている場合が多いのです。
すでに紛争になっているという場合だけでなく、どうも心配だ、という場合でも、一度、公的機関などの相談窓口に相談されることをおすすめします。
①都道府県労働局「総合労働相談コーナー」(総合労働相談コーナーの所在地)
とりあえず相談するならば総合労働相談コーナーが良いでしょう。
②労働基準監督署(全国労働基準監督署の所在案内)
前述の通り、就業規則を作成していないのは労働基準法違反の疑いが濃厚です。労働基準監督署等の相談も検討された方が良いでしょう。
なお、会社とのハードな交渉等も予想されるのならば労働問題の専門弁護士が良いでしょう。前述の通り、就業規則を作成するという前向きな解決についても相談にのってくれます。
まとめ
これまで述べた通り、就業規則がないというのは、形式的事務的な問題ではありません。
会社の基本的なルールが定まっていないのであり、労使ともに大きなリスクを抱えてしまうのです。できるだけ早く手を打つことが本来は必要です。
それが会社の未来、あなたの明日を切り開くことになるでしょう。
この記事が、そんなあなたのお役に立てば幸いです。