外患誘致罪は、外国からの武力行使に関わった者を罰する処罰する犯罪で、その刑は「死刑のみ」。最も厳しい刑罰が科される犯罪です。
長期化するウクライナ情勢、頻発する北朝鮮からのミサイル発射、近い将来発生が懸念される台湾有事が原因で、日本国内に居住する我々にも戦火が及ぶのではないかと不安を抱えている人のなかには、外患誘致罪などの刑事法制度を駆使すればテロ行為等を未然に防げるのではないかと考えている人も少なくはないでしょう。
この記事では、外患誘致罪の構成要件や法定刑だけでなく、これまでの過去事例や適用の課題、更に関連する犯罪についても、分かりやすく弁護士が解説します。不安を抱える多くの方にとって、死刑一択の外患誘致罪について詳しく知りたい方の手助けとなれば幸いです。
目次
1、外患誘致罪とは?
外患誘致罪は現行刑法でもっとも刑罰が重い犯罪です(刑法第81条)。
まずは、外患誘致罪の概要について解説します。
(1)日本国の存立を外部から脅かす犯罪のこと
外患誘致罪とは、刑法典の「外患に対する罪」に規定される犯罪のことです。
外患とは、外部から圧迫や攻撃を受ける危険性のことです。外国から日本に対して攻撃が行われると日本国内の安全が脅かされるため、外国からの武力行使に加担する行為等を処罰対象としています。
なお、日本国内において外国と共謀して外患誘致罪を犯した場合に処罰対象になるのは当たり前ですが(刑法第1条1項)、日本国外において外国と共謀したケースも外患誘致罪の処罰対象になります(刑法第2条3号)。
(2)法定刑は死刑のみ
外患誘致罪の法定刑は死刑だけです。法定刑が死刑のみに限定されているのは、外患誘致罪に該当する行為が有する危険性の高さにあります。
つまり、外国と共謀して日本国に武力を行使する行為は、日本国内に居住する人の生命・身体・財産などへの侵害に加えて、国家の存立自体に対する脅威も孕んでいるということです。
殺人罪(刑法第199条)、現住建造物等放火罪(刑法第108条)などの重大犯罪は刑法典に数多く規定されていますが、これらの罪の法定刑はいずれも「死刑、無期もしくは5年以上の懲役」と定められています。
つまり、殺人などの重い罪であったとしても死刑判決が下されるのは悪質性の高い事案に限定され、ほとんどの事件では懲役刑が言い渡されるに過ぎないということです。
これに対して、外患誘致罪で処断される場合には「死刑判決」が原則です。例外的に、酌量減軽(刑法第66条)に該当する事情がある場合に限って、「無期懲役もしくは禁錮、10年以上の懲役もしくは禁錮」に減軽されます(刑法第68条1号)。
なお、外患誘致罪の法定刑は死刑のみなので、裁判員制度の対象事件となります(裁判員の参加する刑事裁判に関する法律第2条1項1号)。
しかし、外患誘致罪が問題となる事案に裁判員として参加すると、裁判員本人や家族等の生命・身体・財産に危害が加えられるおそれや生活の平穏が著しく脅かされるおそれがあるとして、実際には、裁判員裁判は行わずに、裁判官のみで事件を取り扱うとの決定がされる可能性が高いでしょう(同法第3条1項)。
2、外患誘致罪の成立要件
外患誘致罪は、外国と通謀して日本国に対して武力を行使させたときに成立する犯罪です。外患誘致罪の構成要件は、以下の2点です
- 「外国と通謀」したこと
- 「武力を行使させた」こと
(1)「外国と通謀」とは
①「外国」とは
外患誘致罪は、日本国に対する武力行使の通謀の相手方が「外国」であるときに成立します。
外国とは、外国の政府、軍等、国民や領土、統治機構などが備わった国家機関のことです。
国際的に国家承認されている必要はなく、実質的な国家としての機能を備えていれば足りるとされています。
したがって、外国籍の私人やテロ組織のような私的団体は外患誘致罪の「外国」には含まれず、これらの人と通謀して日本国に対する武力行使を企図しても外患誘致罪に問われることはありません。
②「通謀」とは
外患誘致罪は、日本国に対する武力行使について外国と「通謀」したときに成立します。
通謀とは、二人以上の者が意思の連絡をすることであり、合意が成立することです。
外患誘致罪の構成要件としての通謀では、「日本国に対する武力行使に関すること」、すなわち、外国の武力行使の決意に積極的に影響を与えるに足りるような内容が合意されていることが必要です。
たとえば、外国政府に対して武力行使に役立つ機密情報を提供し、日本国への武力行使を促す行為などが考えられます。
(2)「武力を行使させた」とは
外患誘致罪は、外国と通謀して日本国に対して「武力を行使させた」ときに成立します。
武力の行使とは、日本国に対して軍事力を行使して、外国軍隊を日本国の領土に対して不法に侵入することや領土を不法に爆撃するなど、国際法上の敵対行為に相当する攻撃行為を行うことです。
国家の軍隊同士が衝突する「戦争」ほどの規模感である必要はありません。
また、武力による侵害行為が前提とされているので、サイバー攻撃や経済制裁は対象外です。
たとえば、外国の海軍・空軍を日本国の領海・領空内に侵入させたり、日本の領土内に向かってミサイルや砲撃を発射させたりする行為が挙げられます。
こうした「武力の行使」と「通謀」との間に因果関係がある場合に、「武力を行使させた」と認められます。
3、今までに外患誘致罪で有罪となった判例はある?
過去に外患誘致罪で有罪判決が下された裁判例・判例は存在しません。
(1)外患誘致罪の性質は裁判手続に馴染まない
外患誘致罪が刑法典に規定されているにもかかわらず処断された例がない理由としては以下のようなことが考えられます。
- 外国からの武力行使が成功すると日本国内の秩序が崩壊するので裁判制度で処罰することが困難になる(国内秩序が未だに保たれているということは外患誘致罪該当行為が行われていないことを意味する)
- 外患誘致罪や外患誘致予備罪などが問題になるケースでは深刻な外交問題に発展する可能性が高く、政治的な解決が優先されるので、司法作用が消極的になる
(2)過去1回だけ外患誘致罪の適用が問題になった事例がある
しかし、過去に外患誘致罪の適用が問題となった事例が1件だけ存在します。いわゆるゾルゲ事件と呼ばれるものです。
ゾルゲ事件とは、ソビエト連邦のスパイ諜報員リヒャルト・ゾルゲを中心とするスパイ集団が日本国内で行っていた諜報活動に関与した機関関係者・構成員が大量検挙された事件のことです(1941年9月~1942年4月)。
諜報活動の主な目的は、満州事変後の対ソ政策・対ソ攻撃計画の情報収集と旧ソ連への侵入阻止計画の遂行であり、日本に対する軍事的な武力行使に発展する可能性もあったため、外患誘致罪の適用が検討されました。
しかし、対ソ・対独との外交関係と公判維持の不確実性が懸念材料となり、外患誘致罪での検挙は断念され、最終的には国防保安法違反・軍機保護法違反・治安維持法違反・軍用資源秘密保護法違反などで起訴されています。
主犯格のゾルゲと尾崎秀実は死刑判決、その他18名が懲役刑を下されました。
このように、太平洋戦争開戦間近の緊迫した政治情勢の下でも外患誘致罪の適用には慎重な姿勢が取られたことを踏まえると、今後世界情勢がどれだけ不安定になっても外患誘致罪での逮捕・起訴・判決は現実には起こりにくいと言えるでしょう。
4、外患誘致罪にまつわる犯罪や似ている犯罪
日本国の存立自体を脅かす犯罪は外患誘致罪だけではありません。刑法典には、外患誘致罪に関連するものとして以下のような犯罪類型を定めています。
- 外患援助罪(刑法第82条)
- 外患誘致・外患援助の未遂罪(刑法第87条)
- 外患誘致・外患援助の予備・陰謀罪(刑法第88条)
- 内乱罪(刑法第77条)
(1)外患援助罪
外患援助罪とは、日本国に対して外国から武力行使があったときに、外国勢に加担して、軍務に服したり、何かしらの軍事上の利益を与えたりする行為を対象とする犯罪のことです(刑法第82条)。
外患援助罪の法定刑は「死刑、無期懲役、2年以上の懲役」と定められています。
外国からの武力行使への「加担」とは、武力行使をしている外国に協力することです。
また、「軍務に服する」とは、軍人・軍属として勤務することであり、戦略や医療、雑役などへの関与も含まれるため直接戦闘に参加するか否かとは関係ありません。
さらに、「軍事上の利益を与えた」とは、外国の武力行使に役立つ一切の行為のことです。
たとえば、武器や弾薬の調達、機密情報の提供、食糧や隠れ場所の供給などが幅広く含まれます。
外患誘致罪と大きく異なるのは、外患援助罪が成立するには「日本国に対して外国から武力行使があったとき」という状況が前提となるという点です。
外患誘致罪は、犯人側の働きかけによって武力行使が行われたことが必要ですが、外患援助罪は現に発生している武力行使に加担する行為が規制対象とされます。
このように、武力行使に対する関与レベルが両罪では大きく異なることを踏まえて、同じ「外患に関する罪」には位置付けられるものの、法定刑には大きな差が設けられています。
(2)外患誘致・外患援助の未遂罪
外患誘致罪及び外患援助罪は、それぞれ未遂犯も処罰されます(刑法第87条)。
たとえば、外国と日本への武力行使について通謀して計画を進めていたが実際の武力行使は行われなかった場合には、実行の着手が認められる段階で外患誘致未遂罪が成立します。
また、日本に対して武力行使をしている外国兵に武器を供与しようとして失敗に終わった場合には外患援助未遂罪に問われるでしょう。
未遂犯は情状酌量の余地があれば刑が減軽される可能性がありますが、その判断は裁判官に委ねられており、減軽が確約されるわけではありません(刑法第43条本文)。
つまり、外患誘致未遂罪・外患援助未遂罪で有罪が言い渡されるときには既遂犯と同じ法定刑が科される可能性があるということです。
外患誘致未遂罪の場合には死刑となる可能性もあります。
(3)外患誘致・外患援助の予備・陰謀罪
外患誘致罪・外患援助罪は日本国に対する重大な侵害行為なので、実際の武力行使に至る前段階の武力行使の誘致や武力行使への加担のための準備行為や謀議、画策を行った時点で、刑事処罰の対象とされます(刑法第88条)。
これは、武力行使に至るよりも前の段階から処罰を可能とすることによって、未然に日本国に対する武力行使を食い止めようとする趣旨に基づくものです。
予備とは、犯罪の実現を目的とする準備行為のことです。
また、謀議とは、犯罪の実現に向けて計画や実行手段などについて相談、画策することを指します。
たとえば、日本国への武力行使について外国と話し合いをしただけで外患誘致陰謀罪が成立する可能性があります。
外患誘致・外患援助の予備・陰謀罪の法定刑は「1年以上10年以下の懲役」です。
(4)内乱罪
内乱罪とは、「日本国の統治機構を破壊する目的」「日本の領土内で国権を排除して権力を行使する目的」「その他憲法の定める統治の基本秩序を壊乱する目的」で行われる暴動を対象とする犯罪のことです(刑法第77条)。
国家転覆を目指すテロ行為などが想定されており、神兵隊事件・オウム真理教事件・普天間基地移設問題関連事件などで実際に適用が問題になりましたが、内乱罪で有罪になった事例は過去一度も存在しないのが現状です。
内乱罪における「暴動」は、憲法の定める統治の基本秩序を壊乱する目的を遂げるにふさわしいある程度組織化された多数人・集団で行われる必要があるので、組織化されていない集団や一個人が何かしらの実力行使に及んでも内乱罪が成立することはありません。
外患誘致罪と同じように内乱罪も日本国の存立自体を脅かす重大犯罪ですが、外患誘致罪が「外部からの侵害行為」を対象としているのに対して、内乱罪は「内部からの侵害行為」をターゲットにしている点で異なります。
内乱罪の法定刑は、暴動や破壊行動への関与レベルに応じて以下のように定められています(刑法第77条1項各号)。
- 首謀者:死刑又は無期禁錮
- 謀議に参与した者:無期又は3年以上の禁錮
- 群衆を指揮した者:無期又は3年以上の禁錮
- 諸般の職務に従事した者:1年以上10年以下の禁錮
- 付和随行し、その他単に暴動に参加した者:3年以下の禁錮
外患誘致罪と同じく、内乱罪に該当する行為が行われた場合には日本国内に重大な被害が生じることが想定されるので、内乱未遂罪(刑法第77条2項)、内乱予備罪・内乱陰謀罪(刑法第78条)、内乱等幇助罪(刑法第79条)という形で、暴動行為の前段階の準備行為や支援行為も刑事罰の対象とされています。
5、破壊活動防止法における「外患誘致罪の教唆」とは?
外患誘致罪に該当する行為には「日本国への侵害」という大きな危険性が潜んでいることを踏まえて、破壊活動防止法において、別途「外患誘致罪の教唆」に対する法規制が定められています(破壊活動防止法第38条1項)。
破壊活動防止法第38条の規定によって、外患誘致罪が直接適用される行為だけではなく、それを行わせるような関連行為までが刑事罰の対象に含まれます。
また、外患誘致罪の予備罪・陰謀罪に該当する行為を教唆した場合も、破壊活動防止法の処罰対象となります(破壊活動防止法第38条2項1号)。
(1)外患誘致罪が実行された場合は死刑となる
教唆によって外患誘致罪に該当する行為が実行された場合には、教唆犯の規定である刑法第61条が適用されます(破壊活動防止法第41条)。
つまり、外患誘致罪の教唆をした結果、教唆された者が実際に外患誘致に該当する行為を行った場合には、教唆犯に対して「正犯の刑」が科されるということです。
正犯である外患誘致罪の法定刑は「死刑」なので、外患誘致罪の教唆をした者にも死刑判決が下されます。
(2)実行されなかった場合は懲役または禁錮に処せられる
外患誘致罪などに該当する行為を教唆したが、教唆された者が犯罪の実行に至らなかった場合には、破壊活動防止法第38条第1項の規定に基づいて、教唆犯に対して刑罰が科されます。
教唆の態様などによって、以下のような法定刑が規定されています。
- 外患誘致罪の教唆をした場合:7年以下の懲役または禁錮
- 外患誘致罪を実行させる目的で扇動した場合:7年以下の懲役または禁錮
- 外患誘致罪予備罪・陰謀罪の教唆をした場合:5年以下の懲役または禁錮
- 外患誘致罪を実行させる目的で、行為の必要性や正当性を主張した文書等を印刷・頒布・公然掲示した場合:5年以下の懲役または禁錮
- 外患誘致罪を実行させる目的で、無線通信・有線放送で行為の正当性や必要性を主張する通信を行った場合:5年以下の懲役または禁錮
外患誘致罪が実行に移されていなければ、外患誘致罪の教唆犯に対して死刑判決が下されることはありません。
外患誘致罪に関するQ&A
Q1.外患誘致罪とは
外患誘致罪は、日本国に対する外国からの武力行使に関わった人を処罰する犯罪のことです。
外患誘致罪の法定刑は「死刑のみ」であり、現行刑事立法のなかでもっとも刑罰が重い犯罪とされています。
Q2.今までに外患誘致罪で有罪となった判例はある?
過去に外患誘致罪で有罪判決が下された裁判例・判例は存在しません。
・外患誘致罪の性質は裁判手続に馴染まない
外患誘致罪が刑法典に規定されているにもかかわらず処断された例がない理由としては以下のようなことが考えられます。
- 外国からの武力行使が成功すると日本国内の秩序が崩壊するので裁判制度で処罰することが困難になる(国内秩序が未だに保たれているということは外患誘致罪該当行為が行われていないことを意味する)
- 外患誘致罪や外患誘致予備罪などが問題になるケースでは深刻な外交問題に発展する可能性が高く、政治的な解決が優先されるので、司法作用が消極的になる
Q3.破壊活動防止法における「外患誘致罪の教唆」とは?
外患誘致罪に該当する行為には「日本国への侵害」という大きな危険性が潜んでいることを踏まえて、破壊活動防止法において、別途「外患誘致罪の教唆」に対する法規制が定められています(破壊活動防止法第38条1項)。
破壊活動防止法第38条の規定によって、外患誘致罪が直接適用される行為だけではなく、それを行わせるような関連行為までが刑事罰の対象に含まれます。
また、外患誘致罪の予備罪・陰謀罪に該当する行為を教唆した場合も、破壊活動防止法の処罰対象となります(破壊活動防止法第38条2項1号)。
まとめ
外患誘致罪は外国と共謀して日本国の存立を脅かす重罪なので、この罪を犯した者に対しては「死刑一択」という厳しい法定刑が定められています。
しかしながら、外国からの武力行使が疑われる事例は、政治的・外交的な問題と密接な関係にある場合が多いために、実際に外患誘致罪が適用されて刑事手続が進められる可能性は極めて低いと言えるでしょう。