殺人未遂罪に対する有罪判決による刑期は、具体的なケースによって異なります。刑期は実際には懲役10年以上になることもあれば、執行猶予つきの判決になることもあります。
これは、刑法が故意による生命への危害を「殺人罪」として取り扱うためです。具体的な事件では、法定刑の範囲内で個別の要素が考慮されます。
そのため、殺人未遂罪の場合、刑期を短くしたり執行猶予を受けたりすることが重要です。
今回は、
- 殺人未遂刑の一般的な刑期
- 執行猶予つき判決の可能性
- 刑の軽減要因
- 刑期を短縮するためのアプローチ
について解説します。これにより、殺人未遂罪で家族が逮捕され、判決に不安を抱える方や刑期を減らす方法を模索する方々に役立つ情報を提供できれば幸いです。
目次
1、刑期を知る前に~そもそも殺人未遂罪とは?
まずは、殺人未遂罪がどのような犯罪かを確認しておきましょう。
(1)定義
殺人罪とは、人を故意に殺した者を処罰対象とする犯罪類型です(刑法第199条)。
そして、殺人未遂罪とは、殺人罪の未遂犯類型のことを意味します(刑法第43条本文、第203条)。
まず、殺人未遂罪の典型例として挙げられるのが、殺人罪の構成要件該当性が認められる実行行為に着手したが死亡という結果が発生しなかったケースです。
たとえば、ナイフで被害者の胸部を突き刺したが、運よく一命を取りとめた場合がこれに当たります。
次に、殺人罪の実行の着手は認められるし被害者の死亡結果は発生しているものの、行為と結果との間の相当因果関係が認められない場合にも殺人未遂罪が成立します。
たとえば、被害者の頭部を鈍器で殴打した後、治療行為の過程において甚大な医療過誤が発生したり、救急搬送の途中で被害者が交通事故に巻き込まれて死亡したりした場合には、「頭部を鈍器で殴打する」という行為自体に人を殺める危険性があるので殺人罪の実行行為は存在しますが、当該行為に被害者の死亡結果を帰責できるほどの因果的相当性は認められないので、被害者死亡の結果は発生しているものの、殺人罪ではなく殺人未遂罪が成立するにとどまるのです。
(2)構成要件
殺人未遂罪の構成要件は以下の通りです。
- 殺人罪の実行の着手
- 故意
まず、殺人罪の未遂犯である殺人未遂罪が成立するには、「実行の着手」が必要です。
判例・通説によると、実行の着手とは、行為の客観的危険性が未遂犯の処罰根拠となることから、実行行為に密接する行為がなされ、かつ、(既遂)結果発生の現実的危険性が生じた時点で認められると考えられています。
そして、結果発生の現実的危険が生じたか否かの判断要素として、行為それ自体が有する具体的・客観的危険性や故意、事前の犯行計画などを総合考慮するのが判例・通説です。
したがって、人の死亡という結果を具体的・客観的に引き起こす危険性のある行為をしたような場合に、殺人未遂罪における「実行の着手」が認定されるでしょう。
次に、故意とは、犯罪事実の認識・認容のことです。
殺人未遂罪の場合には、殺害の意図を有していたことが認定できる場合に加え、人の死の危険性を有する行為を行うことを認識・認容している場合に、殺人未遂罪の故意が存在すると考えられます。
ここで重要なのが、殺人未遂罪の成否にあたって、被害者の怪我の態様等は問われないという点です。
つまり、殺人未遂罪における「実行の着手」が認められる状況であれば、被害者が無傷でも殺人未遂罪が成立することになります。
たとえば、殺害目的で被害者を背後から階下に突き落としたが、被害者が上手く受け身をとったために無傷だとしても、突き落とし行為自体に死亡結果が生じる具体的な危険性が存在するので、殺人未遂罪が成立することになります。
2、殺人未遂罪の刑期はどれくらい?
それでは、殺人未遂罪で有罪判決が下される場合の刑期を具体的にみていきましょう。
(1)法定刑
殺人未遂罪の法定刑は、殺人罪と同じ「死刑、無期懲役、5年以上の懲役」です(刑法199条、203条)。
未遂犯について定める刑法第43条では、「その刑を減軽することができる」と規定されていますが、これは義務的な減軽の趣旨ではなく、裁判所に裁量が与えられた任意的減軽を意味します。
したがって、殺人未遂罪に問われてもかならず刑期が引き下げられるわけではなく、事案の状況次第では、無期懲役などの厳しい判決が下されることもあるでしょう。
(2)執行猶予はつくのか?
原則として、殺人未遂罪で執行猶予付き判決は下されません。
なぜなら、執行猶予付き判決が下され得るのは「3年以下の懲役もしくは禁錮または50万円以下の罰金刑の言い渡しを受けたとき」に限られるからです(刑法25条1項本文)。
殺人未遂罪の法定刑は「死刑または無期もしくは5年以上の懲役」と定められているので、殺人未遂罪で有罪判決が言い渡されるときには「3年以下の懲役」という執行猶予付き判決の要件を満たしようがないのです。
ただし、殺人既遂罪と異なり、本罪は「未遂犯」であるため、判決言い渡し時に刑期が任意的に減軽される可能性があります。有期懲役を減軽するときは、長期および短期の2分の1が減らされます(刑法68条3号)。
つまり、諸般の事情を考慮して減軽するべきと裁判官が判断すれば、殺人未遂罪の有罪判決言い渡し時の刑期は「懲役2年6ヶ月」まで減軽されることもあり、これによって、執行猶予付き判決の要件である「3年以下の懲役」を満たすということです。
したがって、殺人未遂罪で逮捕・起訴されたとしても、刑期の減軽事情を効果的に主張・立証すれば、執行猶予付き判決獲得によって刑務所に入ることを避けられる可能性があります。
(3)殺人未遂罪の刑期の相場
個別事案の事情によって殺人未遂罪で言い渡される刑期には差がありますが、以下のように、殺人未遂罪で処断された事案のうち、全体の約20%が執行猶予付き判決となっています。
また、執行猶予が付かなくても、多くのケースで7年以下の懲役刑が下されているのが実情です。
判決 | 件数 | |
3年以下の懲役 | 執行猶予 | 72 |
保護観察 | 39 | |
実刑 | 24 | |
5年以下の懲役 | 87 | |
7年以下の懲役 | 74 | |
9年以下の懲役 | 27 | |
11年以下の懲役 | 20 | |
13年以下の懲役 | 9 | |
15年以下の懲役 | 7 | |
17年以下の懲役 | 3 | |
19年以下の懲役 | 0 | |
21年以下の懲役 | 1 | |
30年以下の懲役 | 0 | |
無期懲役 | 0 | |
死刑 | 0 | |
合計 | 363 |
参照:裁判所|量刑分布等について (平成20年4月1日から平成22年3月31日までの判決宣告分)
確かに、殺人未遂罪の法定刑では「死刑、無期懲役、5年以上の懲役」というかなり厳しい刑罰内容が規定されています。
しかし、実際の運用状況に鑑みると、量刑においては事案ごとの個別事情が相当程度考慮されており、執行猶予付き判決や5年以下の懲役を目指すのも決して不可能ではありません。
刑務所に入る期間が短いほど、また、刑務所に入らずに済む方が、社会復帰・更生の道を歩みやすいのは当然です。
したがって、殺人未遂罪で逮捕・起訴されたときには、刑事事件に強い弁護士に相談をして、少しでも有利な刑期での判決が下されるように尽力してもらいましょう。
3、殺人未遂罪の刑期を左右する要素
殺人未遂罪の有罪判決で言い渡される刑期を大きく左右するのは以下6つの要素です。
- 被害の結果・程度
- 行為の態様
- 犯行の動機・経緯
- 計画性の有無・程度
- 被害者の処罰感情、示談の有無
- 前科の有無・内容
(1)被害の結果・程度
殺人未遂罪の刑期は、被害結果の重大さに左右されます。
たとえば、命の危機に瀕するほどの大きな怪我を負ったとき、重い後遺症がのこるとき、被害者の人数が多いとき(通り魔など)には、刑期を重くする方向に傾きます。
これに対して、無傷やかすり傷などの軽微な怪我で済んだときには、被害結果が軽いとして刑期を短縮する情状要素として機能するでしょう。
(2)行為の態様
殺人未遂罪の刑期は、加害行為の態様に左右されます。
行為態様に、残忍性や執拗性、危険性、巧妙性などといった悪質性が認められる場合には量刑を重くする事情となります。
たとえば、拳銃や刃渡りの長い包丁、鈍器を使って犯行に及んだとき、抵抗できない被害者の心臓部分を狙って何度も刃物を突き立てたときのように、凶器や行為態様に悪質性が認められる場合には、刑期を長くする方向に傾きます。
これに対して、台所の果物ナイフを使って1回だけ切りかかったときのように、残忍性・執拗性・生命侵害への危険性などがさほど高くないと評価できる場合には、刑期を軽くする量刑事情として考慮されるでしょう。
(3)犯行の動機・経緯
殺人未遂罪の刑期は、犯行動機・犯行に至った経緯によっても左右されます。
たとえば、「何人も人を殺して死刑になりたかった」などの自己本位的な動機、わいせつ目的や金銭目的、個人的な逆恨みなどの動機、あるいはさしたる理由もなく無目的で犯行に至った場合、刑期を長くする考慮要素として働きます。
これに対して、被害者による日常的に繰り返されるDV被害に抵抗しようとしたときなど、被害者側にも落ち度があるといえるような事情、加害者側にも同情するべき事情や経緯が存在すると、刑期を短くする要素として働くでしょう。
(4)計画性の有無・程度
殺人未遂罪の刑期は、計画性の有無や犯行計画の程度に左右されます。
たとえば、犯行現場の下見や被害者の動向確認、凶器の事前準備や逃走経路の確認など、用意周到に綿密な計画を練っている場合には、計画性が高ければ高いほど結果発生の危険性は高まるものであり、強く非難されるべきであるという発想から刑期を長くする方向に働く要素となります。
これに対して、口論が原因で突発的に犯行に至ったとき、たまたま手の届く範囲にあった花瓶を使って殴りかかってしまったときなど、犯行計画がなかったり計画性が杜撰だったりすると、刑期を短くする量刑事情として考慮されます。
(5)被害者の処罰感情や示談の有無
殺人未遂罪の量刑にあたっては、被害者の処罰感情や示談の有無についても考慮されます。
たとえば、示談が成立して、すでに被害者に対する金銭賠償が済んでおり、被害者の処罰感情が強くないという場合には、刑期を短くする方向に働く要素として考慮されます。
(6)前科の有無・内容
殺人未遂罪の刑期は、前科の有無や前科の内容も考慮して決定されます。
たとえば、前科・前歴などが一切存在せず、まったくの初犯で逮捕・起訴されたときには、更生の余地があるとして刑期を短くする方向に働きます。
これに対して、前科・前歴がある場合、特に、傷害罪や暴行罪などの同種前科があるときには、すでに刑罰を受けた経験があるのに再犯に及んでしまったことが重く受け取られて、刑期を長くする方向に考慮されるでしょう。
4、殺人未遂罪の成立を争うために主張できること
ここまでご説明したように、殺人未遂罪で逮捕・起訴されたときには、行為態様や被害の程度などを積極的に主張して、少しでも有利な量刑を目指すのが効果的な戦略のひとつです。
その一方で、そもそも殺人未遂罪の成否自体を争う余地が残されているなら、例えば、以下3つの防御方法を検討することになります。
- 殺意の有無を争う
- 正当防衛の成立を主張する
- 殺害行為自体の成否を争う
(1)殺意がなかった
殺人未遂罪の成立には「殺意」が必要なので、殺意がなかったことを主張して、殺人未遂罪の成否自体を争うことが考えられます。たとえ1ば、被害者がどれだけ大きな怪我を負ったとしても、殺意が認定されなければ傷害罪などが成立するにとどまります。
個別事案の状況にもよりますが、殺人未遂罪で起訴された被告人が故意を争う場合には、無罪判決の獲得もしくは傷害罪(刑法第204条)・暴行罪(刑法第208条)・過失傷害罪(刑法209条)への訴因変更を目指すことになります。
ただし、通常の人からみて「被害者の死亡という結果が生じうる危険性のある行為」をするという認識があった場合には、殺意が認定されてしまいます。
とはいえ、殺意の程度にも強弱があり、殺意が弱い場合や「未必の故意」にとどまる場合には、刑期が短くなる傾向にあります。そのため、どのような意思で行為に至ったのかを正しく主張することは重要です。
(2)正当防衛だった
殺人未遂罪を問われている状況によっては、正当防衛の成立を主張して無罪を目指す余地も残されています。
正当防衛とは、刑法が規定する違法性阻却事由のひとつであり、急迫不正の侵害に対して自己または他人の権利を守るためにやむを得ずにした行為は処罰されないというルールのことです(刑法第36条1項)。
たとえば、夫から日常的にDVを受けているような場合に、まさに、暴行を受けているときにその暴行から逃げるためにたまたま手の届く範囲にあった花瓶で夫の頭部を1回殴りつけたときは、正当防衛が肯定される可能性があるでしょう。
逆に、相手の加害行為の機会を利用して逆に相手を痛めつける意図があるような状況、あるいは日常的にDVを受けていたけれども、犯行時には暴行を受けている状況ではなかった場合などでは、急迫性の要件を満たさず、正当防衛は否定されます。
なお、正当防衛の成否が問題となる事例では、防御行為が度を超えることも少なくありません。
たとえば、相手が素手で殴りかかってきたのに対して包丁を持ち出して何度も刺し返したようなケースでは、反撃行為が度を超えていると言われても仕方ないでしょう。
このように、正当防衛を主張し得る状況ではあるものの、防衛手段が相当でなかったり、反撃行為が必要最小限度ではなかったりすると「過剰防衛」となりますが、刑の減軽・免除は目指せます(刑法第36条2項)。
(3)殺害行為がなかった
事案によっては、罪に問われている犯行自体が殺人未遂罪の実行行為にあたらないと主張できる可能性もあります。
たとえば、包丁で心臓をめがけて指す、鈍器で頭部を殴るという行為に殺人の実行行為性が認められるのは明らかでしょう。
当該行為自体に死をもたらすだけの危険性がある以上、「殺害行為がなかった」と主張することは難しいでしょう。
これに対して、致死量に満たない量の毒を盛った場合など行為に死亡結果をもたらすだけの現実的な危険性があるといえるか判断が分かれそうな場合や現実的危険性がないことが明らかな場合には、殺害行為がなかったと主張し殺人未遂罪の成否自体を争って、無罪や傷害罪・暴行罪等への変更を目指すことになります。
5、殺人未遂罪に問われたら弁護士に相談を
殺人未遂罪に問われたときには、すみやかに弁護士へ相談することをおすすめします。
なぜなら、刑事事件の実績豊富な弁護士に依頼することで、以下のメリットが得られるからです。
- 殺人未遂罪という重罪で厳しい取り調べを受けている状況で、味方になってくれる専門家が登場することで安心感が得られる
- 接見に来てもらい、取り調べにおける供述の仕方などについて具体的なアドバイスを受けることができる(黙秘権を行使するべきか否かなど)
- 弁護士が就くことにより取り調べで無理な自白を強要されるリスクを軽減できる
- 被害者との間で冷静に示談交渉を進めるなど有利な情状要素獲得のための弁護活動をしてくれる
- 被疑者本人のケアだけではなく、家族の不安や疑問にも寄り添ってくれる
- 刑事裁判で刑期短縮に役立つ主張・立証を展開してくれる
殺人未遂罪に問われる状況において捜査機関側に言われるがまま手続きが進行すると、厳しい取り調べを経て長期に及ぶ刑期が科される危険性が高まります。
取り調べの初期段階から防御活動を尽くせるかが判決内容を大きく左右する場合もあるので、できるだけ早いタイミングで刑事事件の弁護実績が豊富な弁護士に相談しましょう。
殺人未遂の刑期に関するQ&A
Q1.殺人未遂罪とは?
殺人未遂罪とは、殺人罪の未遂犯類型のことを意味します(刑法第43条本文、第203条)。
まず、殺人未遂罪の典型例として挙げられるのが、殺人罪の構成要件該当性が認められる実行行為に着手したが死亡という結果が発生しなかったケースです。
たとえば、ナイフで被害者の胸部を突き刺したが、運よく一命を取りとめた場合がこれに当たります。
次に、殺人罪の実行の着手は認められるし被害者の死亡結果は発生しているものの、行為と結果との間の相当因果関係が認められない場合にも殺人未遂罪が成立します。
たとえば、被害者の頭部を鈍器で殴打した後、治療行為の過程において甚大な医療過誤が発生したり、救急搬送の途中で被害者が交通事故に巻き込まれて死亡したりした場合には、「頭部を鈍器で殴打する」という行為自体に人を殺める危険性があるので殺人罪の実行行為は存在しますが、当該行為に被害者の死亡結果を帰責できるほどの因果的相当性は認められないので、被害者死亡の結果は発生しているものの、殺人罪ではなく殺人未遂罪が成立するにとどまるのです。
Q2.殺人未遂罪の刑期はどれくらい?
個別事案の事情によって殺人未遂罪で言い渡される刑期には差がありますが、以下のように、殺人未遂罪で処断された事案のうち、全体の約20%が執行猶予付き判決となっています。
また、執行猶予が付かなくても、多くのケースで7年以下の懲役刑が下されているのが実情です。
Q3.執行猶予はつくのか?
まとめ
殺人未遂罪の法定刑の下限は「5年以上の懲役」ですが、事案の状況を踏まえて量刑判断に影響を及ぼす材料を提示できれば、刑期の短縮・執行猶予付き判決の獲得も不可能ではありません。
実際、多くの殺人未遂事件で執行猶予付き判決が下されています。
そのためには、犯行に至った背景や更生の可能性などを示す証拠を集めるだけではなく、被害者との示談交渉を進めるなど、限られた時間内でできる限りの防御方法を尽くす必要があります。
刑事事件に強い弁護士なら、事案の状況・手続のステージごとに有効な手立てを提示してくれるでしょう。