一般的には「詐欺」という言葉がよく使われますが、詐欺罪に該当するためには「欺罔行為」が必要であり、詐欺の中には「欺罔行為」があるとはいえず刑法上の詐欺罪には該当しないケースも多々あります。
今回は、
- 欺罔行為の本質とは何か
- 黙っていても欺罔行為に該当する場合
- 騙すつもりでも欺罔行為に該当しない場合
などについて解説します。
目次
1、そもそも詐欺罪とは?
日常的に使われている「詐欺」という言葉が刑法上の詐欺罪の実行行為に該当するかというと必ずしもそうではありません。
詐欺罪の実行行為である「欺罔行為」と日常的に使われる「詐欺」とでは、意味が異なるケースが多々あります。
問題となっている行為が欺罔行為にあたるのかを理解するためには、まず刑法上の詐欺罪について確認する必要があります。
(1)詐欺罪の構成要件
刑法第246条にいう「詐欺罪」が成立するには、以下の4つの構成要件を全て満たす必要があります。
①欺罔行為
欺罔行為とは人を欺く行為のことです。平たく言えば、相手の財産を加害者へ引き渡すために嘘の情報を伝える行為が本要件に該当します。
また、積極的に相手を騙す行為をするのではなく、ただ何もしなかったことで本要件に該当するケースもあります。
具体的には、すでに相手が誤った認識をしていることを知っているにもかかわらず、真実をあえて告知しないことなどを指します。何もしていないのに犯罪の要件を満たすのは不思議な気がするかもしれませんが、加害者が何もしないことで被害者による財産の交付行為をそのまま進めさせてしまうことがあるので注意しましょう。
②欺罔行為によって被害者が錯誤に陥る
錯誤という言葉はあまり聞き慣れないかもしれませんが、平たく言うと、相手が勘違いをしたということです。
すなわち、客観的に発生している事実と被害者が考えていること(認識)が一致しないときに、錯誤に陥ったと判断されます。
被害者が錯誤に陥るかは個々のケースで異なりますので、一般的には騙されるようなことをされたとしても、実際に被害者が騙されなければ詐欺罪は既遂にはなりません。
欺罔行為をしたものの被害者が錯誤に陥らなかった(騙されなかった)場合は詐欺未遂罪が成立します。
③錯誤に基づく財産の交付または財産上の利益移転
欺罔行為によって被害者が錯誤に陥り、その錯誤に基づいて被害者から加害者へ財産の交付または財産上の利益移転がなされることが構成要件として必要です。
④因果関係
上記の3つの要件がそれぞれ因果関係でつながれば、詐欺罪の構成要件を全て満たすことになります。
つまり、欺罔行為によって被害者が錯誤に陥り、その錯誤に基づいて被害者が財産の交付・財産上の利益を移転したことが必要です。
欺罔行為があったものの、被害者が錯誤に陥らなかった場合や錯誤に陥ったものの財産の交付や財産上の利益移転をしなかった場合には詐欺未遂罪が成立します。
(2)詐欺罪の刑罰
詐欺罪の刑罰は10年以下の懲役
(刑法第246条)。
窃盗罪とは異なり罰金刑が規定されていないため、窃盗罪よりも思い罪であるといえます。
2、人に対する欺罔行為がなければ詐欺罪は不成立
上記のように、詐欺罪の構成要件の1つが欺罔行為ですが、欺罔行為は「人」を欺く行為です。
そのため、同じような行為をしているように見えても、下記のケースのように成立する犯罪が異なることがありますので注意しましょう。
(1)銀行員を欺罔して他人の預金を引き出した場合は詐欺罪
銀行員を欺罔して他人の預金を引き出した場合、銀行員という「人」を欺き錯誤に陥らせ、その錯誤に基づき預金という財物を自分へ交付させていますので、この場合は詐欺罪が成立します。
(2)ATMで他人の預金を無断で引き出した場合は窃盗罪
上記(1)のケースと同じく他人の預金を無断で引き出していても、ATMから引き出している場合、詐欺罪は成立しません。
この場合、「人」を欺いて錯誤に陥らせたわけではないので、詐欺罪の構成要件の1つである欺罔行為が存在しないからです。
もっとも、ATM内の現金は銀行のものですので、銀行の占有を侵害してATM内の現金を自分のものにしたということで、窃盗罪が成立します。
3、人を錯誤に陥れるような欺罔行為がない場合も詐欺罪は不成立
欺罔行為は人を錯誤に陥れるような行為である必要があります。
そのため、明らかに嘘であることがわかるものや突飛な発言等、通常人であれば到底騙されないようなことをしても、欺罔行為にはあたりません。
また、多少の虚偽・誇張を含む宣伝であっても、取引の慣行上許容されている駆け引きの範囲内のものであれば欺罔行為とはいえません。
4、何も言わなくても詐欺罪が成立することも!不作為による欺罔行為とは
詐欺罪の欺罔行為というと、積極的に人を騙そうとしたり意識的に人を欺いたりする行為をイメージする人が多いですが、何も言わなくても詐欺罪が成立することがあります。
積極的挙動(行為をすること)のことを「作為」、消極的挙動(行為をしないこと)を「不作為」と言いますが、不作為による欺罔行為でも詐欺罪が成立するケースがありますので注意が必要です。
以下の各ケースで、欺罔行為があるといえるかどうかを見ていきましょう。
(1)釣り銭詐欺のケース
釣り銭詐欺のケースに関して、以下の2つの場面で詐欺罪が成立するのかをそれぞれ確認していきましょう。
①レジ係が釣り銭を余分に渡そうとしていることを知りつつ、そのまま黙って受け取った
レジ係が釣り銭を余分に渡そうとしていることを知りつつその場で黙って受け取ったケースでは、積極的にレジ係を騙そうとしているわけではありません。そのため、作為による欺罔行為は存在しません。
しかしながら、レジ係は釣り銭の金額を勘違いしているので、釣り銭の受け取り手には真実を告知する義務があります。
それにもかかわらず黙って釣り銭を受け取った行為は、不作為による欺罔行為に該当します。
したがって、このケースでは詐欺罪が成立します。
②レジ係の面前で釣り銭を受け取り、帰宅してから釣銭が多かったことに気づいた場合
①のケースとは異なり、②のケースでは、レジ係が釣り銭を渡す時点では釣り銭が多いことに気づいていません。
釣り銭が多いことにそもそも気づいていないのですから、レジ係が釣り銭を渡そうとしている時点で真実を告知することはできず、欺罔行為はないと言えます。したがって、詐欺罪は成立しません。
もっとも、レジ係は釣り銭の金額が本来よりも多いことに気づいていれば釣り銭を客に渡しておらず、本来より多い釣り銭をお客にあげる意思があったわけではありません。
そのため、釣り銭がお客に渡され、釣り銭の占有がレジ係からお客に移った後、釣り銭を自らのものにしようとした時点で、占有離脱物横領罪が成立する可能性があります。
(2)無銭飲食・宿泊のケース
続いて、無銭飲食・宿泊の場合に詐欺罪が成立するかどうかについて、ケースごとにご紹介します。
①所持金がなく支払いの意思もないのに飲食・宿泊をした場合
飲食・宿泊をする際、通常はお金を支払う意思があることを前提に、飲食・宿泊のサービスを受けます。
支払いの意思がないにもかかわらず飲食・宿泊をした場合、支払い意思がないのに支払い意思があるかのように人を欺き(欺罔行為)、支払い意思があるものと店側を錯誤に陥らせ、飲食や宿泊のサービス提供を受けていることになります。
したがって、このケースでは詐欺罪が成立します。
②飲食・宿泊をした後に所持金がないことに気づき、隙を見て逃走した場合
このケースでは、飲食・宿泊のサービス提供を受ける意思表示をした時点ではお金を支払う意思があったため、相手を騙そうとしたわけではなく欺罔行為は存在しません。
また、その後隙を見て逃走していますが、店側に何も言わず単に逃走した場合は、店への支払いを免れたという意味で財産上の利益を盗んだこととなり「利益窃盗」に該当します。
しかし、現行法上、窃盗罪は「他人の財物」を盗み取ることで成立する犯罪とされていますので、利益窃盗は窃盗罪にも該当しません。
結局、このケースでは現行法上、犯罪は成立しないことになります。
③飲食・宿泊をした後に所持金がないことに気づき、店主に「金を下ろしてくる」と偽って逃走した場合
②のケースでは単に逃走したのに対し、③のケースでは店主に「金を下ろしてくる」と偽ってから逃走しています。
この場合、支払う意思がないにもかかわらず支払い意思があるかのように店主を欺き、ATMや銀行でお金を戻った後に客は戻ってくると店主を錯誤に陥らせ、店の外に出ることを許し、客は支払いを免れるという財産上の利益の移転を受けています。
したがって、この場合は詐欺罪が成立します(刑法第246条2項)。
④飲食・宿泊をした後に所持金がないことに気づき、店主に「知人を見送ってくる」と偽って逃走した場合
店主に「知人を見送ってくる」と偽って逃走した行為に欺罔行為が成立するかどうかですが、店主は支払いの猶予をしたわけではないので処分行為が存在しないとも考えられそうです。
しかし、飲食店で注文したものを飲食した後や、旅館でチェックアウト時刻が到来している場合には、「知人を見送ってくる」との申出を許した店主の行為は、一時的に支払いを猶予する黙示の意思表示に当たり、不作為による処分行為が存在すると考えられます。
したがって、この場合にはやはり、詐欺罪は成立します(刑法第246条2項)。
5、財物の処分権限を有する人に対する欺罔行為がなければ詐欺罪は不成立
詐欺罪が成立するには財物の処分権限を有する人に対する欺罔行為が必要であり、欺罔行為の有無を検討する際は誰に対する欺罔行為がなされたかを確認する必要があります。
以下のケースで詐欺罪が成立するかどうかを見ていきましょう。
(1)クレジットカードを不正使用した場合
他人名義のクレジットカードを店舗で不正使用した場合、クレジットカードの正当な使用権限があるかのように加盟店を欺く欺罔行為をし、クレジットカード会社の定める方法により正当に支払いを受けられると加盟店を錯誤に陥らせ、加盟店に財物の移転という処分行為をさせています。
したがって、このケースでは加盟店を被害者とする詐欺罪(刑法第246条1項)が成立します。
(2)登記官を欺罔して他人の不動産を自己名義にする登記をさせた場合
登記官を欺き、他人の不動産を自己名義にする登記をさせた場合、詐欺罪は成立するのでしょうか?
登記官という「人」を欺いているので欺罔行為があるとも思えます。
しかしながら、登記官は不動産を処分しうる権限・地位を有する者ではなく、登記官には財産を交付する処分権限がそもそもありません。
したがって、この場合、詐欺罪は成立しません。
6、欺罔行為・錯誤・処分行為が因果関係でつながっていなければ詐欺罪は不成立
詐欺罪が成立するには、欺罔行為・錯誤・処分行為が因果関係でつながっていることが必要です。
すなわち、欺罔行為によって相手が錯誤に陥ったことが因果の流れでつながっており、錯誤に陥ったことから財産の交付または財産上の利益移転という処分行為を行ったという因果の流れがつながっていることが必要なのです。
たとえば、金銭を騙し取ろうと考え欺罔行為をしたところ、相手は嘘を見破ったが哀れみの気持ちから金銭を差し出した場合は、相手は錯誤に基づいた処分行為を行っていないため因果関係がないとして、詐欺既遂罪は成立せず詐欺未遂罪が成立するにとどまります。
7、万が一、詐欺罪に問われたときは弁護士に相談を
詐欺罪が成立するかどうかについては、学説によって立場が分かれる部分があり、定型的に処理できない場合が少なくありません。
万が一、ご自身やご家族が詐欺罪に問われた場合は早めに弁護士に相談することをおすすめします。
「詐欺罪にならないだろう」とご自身で安易に判断したものの、後になってから逮捕されるケースもありますので、弁護士に相談の上慎重に今後の対応を考えていきましょう。
弁護士に依頼をすることで、詐欺罪への該当性や今後の刑事手続の流れについて説明・アドバイスを受けることができたり、実際に逮捕された場合は取調べへの対応についてアドバイスしてもらえたりします。
さらに、被害者との示談交渉を進めてもらい、示談成立により処分の軽減を図ることも可能となります。
今後の流れや対策を知るためにも、お気軽に弁護士にご相談ください。
欺罔行為に関するQ&A
Q1.欺罔行為とは?
欺罔行為とは人を欺く行為のことです。平たく言えば、相手の財産を加害者へ引き渡すために嘘の情報を伝える行為が該当します。
また、積極的に相手を騙す行為をするのではなく、ただ何もしなかったことで本要件に該当するケースもあります。
具体的には、すでに相手が誤った認識をしていることを知っているにもかかわらず、真実をあえて告知しないことなどを指します。何もしていないのに犯罪の要件を満たすのは不思議な気がするかもしれませんが、加害者が何もしないことで被害者による財産の交付行為をそのまま進めさせてしまうことがあるので注意しましょう。
Q2.詐欺罪とは?
刑法第246条にいう「詐欺罪」が成立するには、以下の4つの構成要件を全て満たす必要があります。
・欺罔行為
・欺罔行為によって被害者が錯誤に陥る
錯誤という言葉はあまり聞き慣れないかもしれませんが、平たく言うと、相手が勘違いをしたということです。
すなわち、客観的に発生している事実と被害者が考えていること(認識)が一致しないときに、錯誤に陥ったと判断されます。
・錯誤に基づく財産の交付または財産上の利益移転
欺罔行為によって被害者が錯誤に陥り、その錯誤に基づいて被害者から加害者へ財産の交付または財産上の利益移転がなされることが構成要件として必要です。
・因果関係
上記の3つの要件がそれぞれ因果関係でつながれば、詐欺罪の構成要件を全て満たすことになります。
つまり、欺罔行為によって被害者が錯誤に陥り、その錯誤に基づいて被害者が財産の交付・財産上の利益を移転したことが必要です。
Q3.何も言わなくても詐欺罪が成立することも!不作為による欺罔行為とは?
詐欺罪の欺罔行為というと、積極的に人を騙そうとしたり意識的に人を欺いたりする行為をイメージする人が多いですが、何も言わなくても詐欺罪が成立することがあります。
積極的挙動(行為をすること)のことを「作為」、消極的挙動(行為をしないこと)を「不作為」と言いますが、不作為による欺罔行為でも詐欺罪が成立するケースがありますので注意が必要です。
・釣り銭詐欺のケース
①レジ係が釣り銭を余分に渡そうとしていることを知りつつ、そのまま黙って受け取った
レジ係が釣り銭を余分に渡そうとしていることを知りつつその場で黙って受け取ったケースでは、積極的にレジ係を騙そうとしているわけではありません。そのため、作為による欺罔行為は存在しません。
しかしながら、レジ係は釣り銭の金額を勘違いしているので、釣り銭の受け取り手には真実を告知する義務があります。
それにもかかわらず黙って釣り銭を受け取った行為は、不作為による欺罔行為に該当します。
したがって、このケースでは詐欺罪が成立します。
・無銭飲食・宿泊のケース
①所持金がなく支払いの意思もないのに飲食・宿泊をした場合
飲食・宿泊をする際、通常はお金を支払う意思があることを前提に、飲食・宿泊のサービスを受けます。
支払いの意思がないにもかかわらず飲食・宿泊をした場合、支払い意思がないのに支払い意思があるかのように人を欺き(欺罔行為)、支払い意思があるものと店側を錯誤に陥らせ、飲食や宿泊のサービス提供を受けていることになります。
したがって、このケースでは詐欺罪が成立します。
まとめ
欺罔行為に該当するかどうかは学説によって見解が分かれる部分があり、「欺罔行為に当たらないだろう」と安易に判断してしまうと後に処罰を受ける可能性があります。
釣り銭詐欺や無銭飲食など、日常生活の中にも詐欺行為と判断されるものがありますので注意しましょう。
万が一詐欺行為をしてしまったり逮捕されてしまったりした場合は、早急に弁護士にご相談ください。
詐欺罪の法定刑には罰金刑がなく、執行猶予が付かなければ実刑判決が下されてしまうおそれもあります。弁護士と相談の上、慎重に進めていきましょう。