「否認をしているけど、示談をした方がよいのだろうか……」
この記事を読まれている方には、このような疑問を持たれている方は多いかと思います。
一般的には、否認事件と示談交渉というのは両立しないように思われることも多いです。
もっとも、後述するように、否認事件といっても、その内容は様々です。
たとえば、殺人事件において、故意を否認し、傷害致死であると争っている場合などは、殺意を持っていなかったにせよ、被害者の方がお亡くなりになられてしまったことには違いがありませんので、結果として被害者の方がお亡くなりになられてしまったことに対する謝罪のために示談をすることはあり得るところだと思います。
そこで今回は、
- 否認事件でも示談することは可能か
- 否認事件で示談するときの注意点
- 否認事件で示談する方法
について、刑事事件に詳しいベリーベスト法律事務所の弁護士が詳しく解説していきます。
この記事が、否認事件で闘いながらも示談をした方がよいのかと迷っている方の手助けとなれば幸いです。
目次
1、否認事件で示談を考える前に|そもそも「否認」とは
まず、裁判で有罪になるためには、有罪になるための条件を充足している必要があります。
具体的には、①法律で定められている要件を満たす犯罪事実があったこと、②その犯罪行為の違法性が阻却されるような正当な理由がないこと、③行為者にその犯罪行為の責任を取るための能力が備わっていること、があります。
「否認」とは、この①から③のいずれかの部分において、警察や検察の主張する内容と異なる事情を述べることであり、公訴事実は有罪の条件を満たさず無罪であると主張することをいいます。
したがって、①ないし③のうちのどれを否認するのかによって、いくつかのパターンに分けられます。
そして、そのパターンによって、示談可能性の有無や示談の方法が異なってきます。
まずは、否認事件のパターンをひとつずつ確認していきましょう。
(1)犯罪事実を全面的に否認するケース
否認事件の第一のパターンは、前記①(法律で定められている要件を満たす犯罪事実があったこと)に関するものです。
警察や検察が主張する犯罪事実の全部を否認するケースです。
たとえば、ひったくり事件が発生し、目撃者の証言などから犯人の特徴が割り出され、被疑者が逮捕されたものの、その被疑者が「自分はやっていない」「その日、その時刻には別の場所にいた」と主張する場合など、自分が犯罪事実を行ったこと自体を否定(いわゆる犯人性の否認)する場合が典型的です。
(2)犯罪事実の一部を否認するケース
第二のパターンも、前記①(法律で定められている要件を満たす犯罪事実があったこと)に関するものです。
警察や検察が主張する犯罪事実の一部を否認するケースです。
たとえば、空き巣事件として住居侵入罪と窃盗罪の嫌疑をかけられた場合に、物品を盗むために他人の家に忍び込んだことは認めるものの、考え直して何も盗らずに立ち去ったと主張する場合などが典型的です。
この場合、住居侵入罪については犯罪事実すべてを認めるということになり、窃盗罪については、刑法で定められている「窃盗罪」の要件の中の一部である「窃取」(窃盗)行為を否認するということになります。
また、強盗の嫌疑をかけられた場合に、財物を「窃取」したことは事実であるものの、その際に用いた「暴行」の程度が、相手の犯行を抑圧するに足りる程度の暴行ではないと、強盗罪の成立に必要な「暴行」にはあたらないと主張する場合などが考えられます。
(3)犯罪事実以外の犯罪成立要件を争うケース
第三のパターンは、前記②に関するものです。
警察や検察が主張する犯罪事実自体は認めるものの、当該犯罪行為を行うに至った正当な理由が存在することを主張するケースです。
たとえば、傷害罪の嫌疑をかけられた場合に、相手を殴って怪我をさせた事実は認めるものの、相手が先に殴りかかってきたために、その相手からの行為から自らを防衛するために殴ってしまったという、いわゆる「正当防衛」の主張をする場合が典型的です。
なお、第四のパターンとして、前記③に関連する責任無能力の主張などが考えられますが、ここでは、割愛します。
2、刑事事件において示談が有効な理由
そもそも「示談」とは、民事上の紛争について裁判外で当事者間に成立した和解契約のことをいい、当事者同士が話し合って示談金の支払いを取り決めるなどして私法上の争いを解決することです。
そして、刑事事件における一般的な示談とは、被疑者・被告人が被害者に対して反省や謝罪をしたうえで、一定の金銭を支払うことにより被害を少しでも回復させ、被害者に被疑者・被告人の犯した罪を許してもらい、これにより紛争の解決をするといった内容の取り決めをすることです。
被害者のいる犯罪において被害者と示談をすれば、以下のとおり、検察官による起訴・不起訴の判断や、有罪になった際の量刑に大きく影響します。
(1)示談をすることで不起訴になりえる
検察官が、被疑者について有罪とすべき前記1の①ないし③の条件がそろっていると判断し、そのうえで、検察官が起訴か不起訴(起訴猶予)かの判断をするときは、被疑者の年齢・性格・境遇などの「被疑者に関する事項」、犯罪の軽重や犯罪自体に関する情状などの「犯罪行為に関する事項」、被疑者の反省や被害回復・被害感情などの「犯罪後の情状に関する事項」などを考慮しながら、被疑者を起訴して刑罰を科す必要があるかどうかを検討します。
示談をすることで、検察官が、「犯罪後の情状」 として、被疑者が反省しているとともに被害者への謝罪の気持ちがあり、示談金の支払われたことにより被害の一部が回復されてることに加え、被害者には被疑者を処罰する意思がなくなったと判断し、その結果、不起訴処分がなされる可能性が高まることになります。
(2)示談をすることで科せられる刑罰が軽くなりうる
起訴されることで刑事裁判にかけられた後、裁判所が被告人に対する量刑を判断する際にも、「被疑者に関する事項」、「犯罪行為自体に関する事項」及び「犯罪後の情状に関する事項」等が考慮されます。
そのため、裁判官が量刑を判断する際にも、示談が成立していれば、示談書を証拠として、被告人が反省や謝罪をしたこと、示談金の支払いによって被害の一部が回復されていること、被害者が被告人を許していることなどを立証することができるので、重い刑罰を科す必要はないという判断がされる可能性が高まります。
3、否認事件でも示談が可能な2つのケース
刑事事件における示談は、被疑者・被告人に対して反省や謝罪の意思を示すことであるため、基本的には、自身の罪を認めることになりますので、否認事件の場合には、示談をすることとは矛盾しているようにも思えます。
もっとも、否認している場合であっても示談が一切できないというわけではありません。
以下の2つのケースでは、示談を検討する価値があるといえます。
(1)疑われている罪より軽い罪を主張し、謝罪する場合
前記「1」でご紹介した例のうち、空き巣事件で住居侵入罪は認めるが窃盗罪は否認するケースや、暴行罪及び窃盗罪の成立は認めるものの強盗罪の成立は否認するケースでは、認めている罪の範囲において、被害者に多大な迷惑をかけていることは事実です。
したがって、この場合、認めている罪に関して被害者に謝罪し、示談の活動をすることは不自然なことではありません。
たとえば、住居侵入罪のみを認めて窃盗罪を否認している場合であれば、住居侵入罪については誠心誠意謝罪しつつ、物品を盗んでいないという主張については、自らの認識する事実の詳細を真摯に説明することが考えられます。
このとき、事実の説明を言い訳と捉えられてしまう可能性もあり、被害者の感情を害しないように配慮する必要があります。
特に、性犯罪の場合は、一般的に被害感情が強いことも多いため、より慎重な配慮が求められます。
(2)無罪を主張するものの、迷惑をかけたことに対しては謝罪をする場合
前記「1」でご紹介した事例のうち、相手を殴って怪我をさせたものの、正当防衛が成立するため無罪であると主張をするケースでは、どうでしょうか。
この場合、被疑者・被告人の主張している事実はどうであれ、相手に怪我をさせてしまっているのは事実ですから、そのことに対して謝罪をして治療費等を支払うことが考えられます。
この場合も、限定的ではありますが、被疑者・被告人の反省や謝罪が存在し、被害の一部が回復され、被害者の処罰感情についても一部軽減されることなどが考えられますので、前記(1)同様、示談の成立が、被疑者・被告人に有利な事情となる可能性があります。
4、否認事件で示談交渉をするときに注意すべきポイント
これまで見てきたように、否認事件における示談では、被害者の納得が得られない可能性も高く、認め事件における通常の示談よりも、示談交渉の難易度が高くなる傾向にあるといえ、示談交渉をするときに注意すべきポイントがあります。
特に、以下の3つのポイントには予め注意をしておきましょう。
(1)そもそも示談交渉に応じてもらえないことも多い
当然のことですが、被害者は強い被害感情を抱いているのが通常です。
一般的な認め事件であっても、被疑者・被告人が事実を全面的に認めた上で、誠心誠意、謝罪をすることで、何とか被害者が被害感情を抑え、示談に応じてくれるなど、示談交渉には困難を伴うことが多いといえます。
そのため、否認事件においては、認め事件における示談交渉よりも困難な場面に遭遇することは数多くあります。
たとえば、被疑者・被告人からの示談の申し入れに対して、被害者の方から、「事実が違うというのなら、謝らないでください。」と言われてしまい、示談交渉に応じてもらえないことも少なくありません。
したがって、示談交渉を行うにあたっては、被害者の意向によっては、示談が成立しない可能性も多いに考えられることは頭に入れておく必要があります。
(2)相手の感情をさらに害してしまうこともある
被害者・被告人としては、誠心誠意謝罪をするために、示談の申出をした場合であっても、強い被害感情を有している被害者からすると、示談の申出に関して、「罪を認めておらず、反省もしていないのに、お金で解決をしようとしている」思われてしまうなど、被害者の感情をさらに害してしまう可能性もあります。
したがって、否認事件においては、示談の申出そのものが、被害者の感情をさらに害してしまう可能性がある点にも注意しつつ、慎重な判断や対応が求められるといえます。
(3)示談金が相場よりも高くなる可能性がある
刑事事件の示談金の額というのは、罪名や事案の内容などに応じて、おおよその相場のようなものがあります。
もっとも、被害者の意向次第で示談金の額が大きく変化するものですので、相場といっても、この金額であれば必ず示談できるという性質のものではないことには注意が必要です。
そして、示談金の額については、認め事件と比較して、否認事件においては、被害者の主張を一部又は全部否認しているため、示談に関する被害者の理解が得られにくいため、示談できたとしても示談金の額が相場よりも高くなってしまう可能性もあります。
5、否認事件で示談を成立させるまでの流れ
では、否認事件で示談を成立させるためにはどのように行動すればよいのでしょうか。
以下では、示談交渉の流れにについて、解説していきます。
(1)示談の理由・内容について丁寧に説明をする
否認事件の場合には、なぜ示談をしたいのかという示談の理由、及び、何について謝罪し反省しているのかという示談の内容について、丁寧に説明し、被害者の理解を得ることが、肝要です。
前述のとおり、否認事件において示談の申出をするということは、被害者に誤解を与え、被害者の被害感情をさらに害してしまう危険があるため、なぜ示談の申出を行っているのか、その理由をきちんと説明する必要があります。
また、特に否認事件については、自らが否認している部分、自らが認めている部分を明らかにし、被害者の理解を得た上で、示談を成立させる必要がありますので、示談の内容に関してもきちんと説明する必要があります。
たとえば、前記「1」でご紹介した、住居侵入罪のみを認めて窃盗罪を否認するケースでは、「家に無断で入ったこと」によって、住居権者である被害者に迷惑をかけたことについて謝罪をしたいと思い、示談を申し出たことという示談の申出を行った理由をきちんと説明をする必要があります。
その上で、今回の示談の内容は、「家に無断で入ったこと」、すなわち、住居侵入罪に関するものであり、「家に無断で入ったものの何も盗らずに立ち去ったこと」については、示談の対象外であること、また、そのような主張内容の詳細等について、被害者に言い訳に過ぎないと受け取られないように誠意をもって説明する必要があります。
(2)相手の話をじっくり聞く
被害者が話し合いに応じてくれたら、自分の主張を展開するだけではなくて、相手の話をじっくりと聞きましょう。
相手が話したいことをじっくりと聞いて、相手の被害感情等を真摯に受け止めることで、相手の感情が和らぐこともあり、これが示談への一歩となることもあります。
いずれにしても、前記のとおり、示談とは、当事者間の和解契約であり、示談できるかどうかは基本的には被害者の理解が得られるか否かによるため、被害者が自らの心情等に関して話し始めた場合には、きちんと話を聞くことを心がけましょう。
(3)示談金を提示し、交渉する
条件次第で示談に応じてもらえそうだと感じたら、示談金を提示して交渉を始めましょう。
否認事件では示談金の額が相場よりも高くなる可能性はありますが、まずは相場に沿った金額を提示するのがよいでしょう。
示談金額の相場は罪種や事案の内容、被害の程度等によって大きく異なりますので、弁護士に相談して確認することをおすすめします。
(4)示談書を作成する
示談がまとまったら、必ず示談書を作成しておきましょう。
刑事事件の処分を決める際に示談したことを考慮してもらうためには、警察・検察や裁判所へ示談書を提出する必要があるからです。
示談書に記載する主な内容は、以下のとおりです。
- 示談の対象となる犯罪事実
- 被疑者・被告人が深く反省し、心から謝罪したこと
- 示談金の額と支払い方法
- 当事者双方の住所・氏名・押印
- 示談が成立した日付
これらの他に、
- 被害者は被疑者・被告人を許し、寛大な処分を望むこと(いわゆる宥恕文言)
- 被害者と被疑者・被告人は、この示談書に定めるもののほかには、何ら請求する権利等はないことを相互に確認する文言(いわゆる清算条項)
も記載するのが理想的です。ただし、この記載を無理強いすると被害者の感情を逆なでするおそれもありますので、あくまでも誠実に示談交渉を行い、自発的に記載してもらうことが重要です。
6、否認事件の示談は弁護士に任せよう!
これまで説明してきたとおり、否認事件における示談交渉においては、認め事件における示談交渉よりも、困難な問題が多く存在します。
被害者の感情に十分に配慮することを大前提として、専門的な法律知識や高度な交渉力も要求されます。
このような示談交渉は、プロの弁護士に任せるのがおすすめです。
弁護士に依頼すれば、弁護士があなたの代理人として被害者と示談交渉を進めてくれます。
被疑者・被告人とは話したくないという被害者であっても、弁護士が間に入ることで話し合いに応じてくれる場合も少なくありません。
弁護士が的確な根拠を示して説明することで、「この点は認めるが、この点は本当にやっていない」ということも、被害者に理解してもらいやすくなるでしょう。
示談金の額についても、相場に沿った適正な金額で合意することが期待できます。
困難な交渉だからこそ、弁護士の力を借りて示談を成立させ、刑事事件における処分についても有利な結果を獲得できるよう目指しましょう。
まとめ
刑事事件では、否認の場合には示談が一切できないと思われることも多いですが、否認をしつつも示談交渉を行う道もあります。
ただ、否認事件における示談交渉は、弁護活動の中でも難易度が高いものですので、刑事事件に強い弁護士を選んで依頼をしなければ失敗するおそれもあります。
刑事事件に強い弁護士のサポートを受けて、悔いのない示談交渉を行いましょう。