人事異動を拒否することはできるのか?
会社から突然、不本意な人事異動を命じられたらあなたはどうしますか?
今回は、
- どのような場合に人事異動を拒否できるのか
- 会社との交渉ではどのようなことに注意が必要なのか
など、すぐ役立つ実践的な知識を弁護士が分かりやすく解説します。
1、人事異動とは
我が国の会社では、人材育成や雇用の維持を目的に、特に正社員において、職務内容や勤務場所の変更(人事異動)が頻繁に行われています。
しかし、これは労働者の生活に大きな影響を与えます。そこで、労働者の生活を守るために、会社の人事権の範囲について、法律や多数の判例などが積み重ねられています。
まず、人事異動の種類と目的について確認してみましょう。
(1)人事異動の種類
人事異動には、次のような種類があります。
なお、各会社によっては、独自の呼び方をしている場合があります。
①配置転換
配置転換(配転)とは、同じ会社の中での職務内容や勤務場所の変更のことをいいます。
このうち、同じ部署などの中での部署や業務の変更を「配置転換(配転)」と呼び、転居を伴うものを「転勤」と呼ぶこともあります。
②出向
出向とは、現在雇用されている会社に在籍したまま他の企業に異動することをいいます。
③転籍
転籍とは、現在雇用されている会社を退職して、他の企業に異動することをいいます。
※なお、昇格・降格、昇進・降職も人事異動に含まれますが、本稿では上記の3つについて「人事異動」として説明します。
(2)人事異動の目的
人事異動には、次のような目的があるとされています。
①人材育成(幅広い技能・業務の熟練の獲得)
多くの職務内容や勤務場所を経験することは、技能を獲得させ、業務を熟練させることにつながります。
また、ある業務を熟知した人間を新規部署等に配属することで、教育して育成するという目的もあります。
②適材適所
当初は適所とされて配属された部署でも、その働きぶりから「違う部署の方が適任では」となることもしばしばあります。
適さない場所に配属されることは、会社にとっても本人にとっても合理的ではありません。
③不正防止
同じ場所で継続して働くことは、業務の熟錬につながり業務効率も上がります。
しかし、一方で、手を抜くところや関係の癒着などが生じやすく、会社の不正(不祥事)につながりかねません。
そのため、一定のサイクルで新しい仕事に取り組ませることは、会社にとって必要な場合もあります。
④会社の雇用の柔軟性確保
技術や市場は日々変化します。
ある会社では、社会の市場や技術の変化に伴って、必要ではなくなる部署、もっと人員が必要となる勤務地が出てくることもあります。
会社が一切人事異動をすることができないとすると、社会の市場や技術に対応した会社組織を形成できません。
そこで、会社としては、適宜、人事異動を行って、柔軟に必要な雇用を確保する必要があります。
(3)人事異動の根拠(契約上の根拠が必要)
会社が人事異動を命ずることができるのは、いわゆる「人事権」があるからです。
そこで、会社は「人事権」に基づいて一方的に労働者の就業場所を決定できるのでは、と考える方もいるでしょう。
しかし、実は、人事異動には、契約上の根拠が必要です。
各人事異動について、もう少し細かく見ていきましょう。
①配置転換の場合
配置転換の場合には、労働協約、就業規則や個別の労働契約などによって「労働契約上の根拠があること」が必要とされています。
②出向の場合
出向は、配置転換と異なり、労働者が労務を提供する会社が変更されるものです。
そこで、出向の場合には、労働者にとって出向が不測のことではないように、労働者の承諾が必要とされています。
労働者の承諾が有効といえるためには、
- 会社の規則に出向に関する規定があって、個別の同意もある場合
- 個別の同意がなくても、会社の規則に出向に関する規定があって、かつ、出向期間、出向中の地位、出向先の労働条件など、出向する労働者の利益に配慮した内容である場合
などである必要があります。
③転籍の場合
転籍は、元の会社の労働契約が終了し、他の会社と新たに労働契約を締結するものなので、その都度、労働者の個別の同意が必要です。
就業規則や転籍規定などがあったとしても、個別の同意がなければ、会社の意向だけで転籍させることはできません。
2、人事異動が拒否できるかを知る前に|人事異動の制限
人事異動には一定の制限があります。
以下、見ていきましょう。
(1)契約上の根拠がない場合
前述の1(3)のとおり、就業規則などの契約上の根拠がなければ、会社は人事異動を命ずることはできません。
しかし、一つ注意点があります。
それは、労働者に配置転換などについて黙示の同意があったとされる場合です。
例えば、就業規則などに配転命令の規定がない場合であっても、長期雇用を前提に正社員として採用された人について、実際に配転が広く行われていれば、「配転について労働者の黙示の合意があった」と認定されることがあります。
就業規則などに規定がないというだけでは、配置転換の無効を争えるとは限りません。
(2)職務内容(職種)の限定がある場合
職務内容や勤務地を限定して採用されている場合には、これに反する人事異動は認められないのが原則です。
労働者との個別の労働契約で就業規則と異なる労働条件を合意していれば、原則として労働契約の定めが優先されます(労働契約法7条但書)。
病院の検査技師、看護師などの特殊な技能を持つ人がこれに該当することが多いでしょう。
さらに、労働契約で明確な定めがない場合でも、個別の事情によっては、「長期間同じ職務に就いていたから職務限定の黙示の合意があった」という主張を労働者側ができる場合もあります。
(3)勤務地の限定がある場合
勤務地の限定がある場合には、これに反する人事異動は認められないのが原則です。
例えば、労働契約上で「勤務地限定正社員」などと呼ばれていることがあります。
また、労働契約における明確な合意がない場合であっても、現地採用の人の場合、家庭の事情で転勤に応じられないと明確に述べて採用された人の場合、募集広告で勤務地が限定されていると解釈される場合など、勤務地限定が労働条件になっていると認められる可能性があります。
(4)権利の濫用の場合
人事異動の命令が会社の権利濫用と認められれば、その命令が無効になります(民法1条3項、労働契約法3条5項)。
実際にはこの争い方が多いです。
権利濫用は、「業務上の必要性がない場合」、「不当な動機・目的がある場合」、「労働者に著しい不利益がある場合」の類型に分類できます。
また、これらが複合することもあります。
以下、個別に解説します。
①業務上の必要性がない場合
まず、業務上の必要がない場合には、権利濫用が認められることがあります。
例えば、東京の工場から広島の工場への転勤を命じられた労働者が、大学進学を考えているので、考える時間が欲しいと要望したところ、会社側がこれを聞き入れず、即刻に解雇した事例について、「本件転勤を命じる必要性の程度はそれ程強くなく、まして・・・早期に広島へ出発を命じる緊急性はなかった」として、即刻に解雇に及んだことは権利の濫用である、としました(三豊製作所事件・横浜川崎支判昭53.2.23・労判カード299.33)。
また、営業部長の就任や開発職手当、借上車両の廃止に不満をもち、かかる営業方針に対して意見を申し入れていた労働者に対し、会社がこのような労働者の言動等は業務に支障が生じるとして、担当業務を変更し、新設した部署に異動させた事例において、本件配転命令は業務上の必要性を欠き、権利濫用として無効である、とされました(公営社事件・東京地判平11.11.5・労判779.53)。
もっとも、業務上の必要性については、最高裁は、労働力の適正配置、業務の能率推進、労働者の能力開発など、会社の裁量権をかなり広範に認めており、「余人をもって容易に替え難い」(その人でないとこの仕事はできない)とまで限定する必要はない、としています(東亜ペイント事件・最二判昭61年7月14日集民148号281頁・判時1198号149頁・判タ606号30頁・労判477号6頁)。
なお、次のような事情があれば、業務の必要性がある方向に働きます。
- 長期に同じ仕事に就いている人で、本人のため及び組織活性化などのために、異動させた方がよい場合
- 人数合わせの異動の場合(定期人事異動(ローテーション人事)、欠員の補充、担当業務の減少と他部門での要員補充、余剰人員の再配置)
- 成績不良な労働者を、他のふさわしい職務で活用する場合
②不当な動機・目的
「不当な動機・目的」がある場合とは、例えば、人事異動が労働者への報復、嫌がらせ、退職に追い込むためなどに当たる場合です。
例えば、有料道路の料金収受業務に従事する従業員について、異なる料金所への配転命令を報復人事であるとして無効とし、その命令拒否を理由とする解雇も無効とした事例があります(西日本道路サービス事件・神戸地明石支判昭51.4.9・労判258.59)。
また、マーケティング担当マネージャーについて、東京から仙台営業部への配転命令の効力が問題となった事例では、配転命令の必要性が不明確であり、配転により退職を期待するという「不当な動機・目的」でなされたものとして、配転命令が無効とされ、配転命令拒否を理由とする解雇も無効とされました(マリンクロットメディカル事件・東京地決平7.3.31・労判680.75)。
最近では、人事異動が「不当な動機・目的」に当たり、権利濫用として無効とされる例が増えている傾向にあります。
③労働者に著しい不利益
労働者に著しい不利益があるといえる場合には、例えば、異動により病気の家族の介護ができなくなる場合、本人の健康状態から遠隔地への異動をすべきではない場合などがあります。
例えば、会社が法的根拠もなく違法な自宅待機処分をし、その間に労働者がメニエール病に疾患した事例において、京都から大阪への転勤命令は転勤命令権の濫用であって許されず、本件転勤命令違反を理由とする解雇も無効である、としました(ミクロ情報サービス事件・京都地判平12.4.18・労判790.39)。
育児介護休業法26条は、人事異動にあたって、子の育児や家族の介護が困難になるような場合に、労働者に配慮するよう会社に義務付けています。
この規定はあくまで配慮義務なので、その義務を怠ったからといって人事異動が直ちに無効にはなるわけではありませんが、様々な事情を総合考慮するときに一つの要素となるでしょう。
「単身赴任を余儀なくされる場合」、「保育園の送り迎えに支障が出る場合」などの事情は、裁判例上、「著しい不利益」とは認められない事案が多くあります。
会社がこれらの人事異動を命じる場合に、特別赴任手当や定期的帰宅のための旅費の支給、健康確保措置など、他に様々な配慮をしていたかどうかを総合考慮した上で、「著しい不利益」があったのかどうかが判断されるためです。
したがって、会社による配慮を考慮せず、単に「単身赴任というだけでは、労働者に著しい不利益とは言えない。異動は拒否できない」と決めつける必要はありません。
また、ワークライフバランスを重視する最近の動きから、裁判所の判断も変わっていく可能性もあります。
以上が、会社の人事異動が権利濫用として無効になり得る場合です。
なお、配転命令の行使が権利濫用や信義則違反に当たるかを検討する要素として、配転命令発令の手続が問題とされることもあります(ノースウエスト航空事件・東京高判平20.3.27・判時2000号133頁・労判959号18頁、新日本技術コンサルタント事件・大阪地決昭61.3.31・労判473号14頁)。
例えば、労働者への内示や意向聴取を行わずに人事異動を決行した場合には、権利濫用の方向に働きます。
また、必要な手続きを行ったかどうかは、後述する会社との交渉などの際にも注意しておくべき事項です。
(5)その他の強行法規違反
次のような強行規定に反する人事異動は、違法・無効になります。
①労働組合法7条(不当労働行為)
労働組合の加入・結成などの正当な行為や、労働委員会に対し労働組合法違反の旨の申立てなどを理由として、解雇その他の不利益な取扱いをすることは禁止されています。
人事異動がこの「不利益な取扱い」に該当するとして、違法・無効となる場合があります。
②労働基準法
労働基準法3条(均等待遇)では、労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件について、差別的取扱をしてはならない、と規定しています。
人事異動も労働条件の一つなので、差別的取扱にあたる人事異動は違法・無効となる場合があります。
労働基準法104条(法令違反の申告)では、労働者が会社の労働基準法の違反行為を行政官庁や労働基準監督官に申告した場合に、これを理由として解雇などの不利益取扱をしてはならない、と規定しています。
③男女雇用機会均等法
男女雇用機会均等法6条(性別を理由とする差別の禁止)では、労働者の配置(業務の配分及び権限の付与を含む。)、昇進、降格、職種及び雇用形態の変更などでの差別的取扱いを禁止しています。
男女雇用機会均等法9条(婚姻、妊娠、出産等を理由とする不利益取扱いの禁止等)では、婚姻、妊娠、出産などを理由としての人事異動を禁止しています。
④公益通報者保護法
公益通報者保護法5条(公益通報を理由とする不利益取扱いの禁止)では、当該公益通報者に対する降格、減給その他不利益な取扱いを禁止しています。
公益通報者に対する人事異動も、これに当たる場合があります。
⑤民法90条(公序良俗違反)
公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は、無効となります。
何が公序良俗違反になるかは判断が難しいことが多いと思いますが、最後のよりどころになることあります。
3、人事異動の拒否の仕方
以上のように、会社の人事異動の権限には、様々な制限があります。
もっとも、何が違法な人事異動であるのかを判断するのは、個別の事情によるところが大きいので、労働者が会社と交渉する場合には、以下のような点を注意する必要があります。
(1)労働契約上の合意がない場合
①就業規則の記載がない場合
まず、ご自身の契約書や就業規則を確認してみましょう。
上記2(1)の通り、就業規則に人事異動に関する記載がないことは、会社が労働契約上の人事異動の権限を有していないという主張の有力な根拠になります。
②個別の労働条件に人事異動に関する規定がない場合
就業規則に規定がなく、労働契約書や労働条件通知書などにも人事異動に関する規定がない場合、これも会社が労働契約上の人事異動の権限を有していないという主張の有力な根拠になります。
もっとも、①②とも、「配置転換について労働者の黙示の合意があった」と認定されてしまう事案もあるので、注意が必要です。
例えば、実際に配置転換が会社内で恒常的に行われており、労働者もそれを承知していた場合などです。
(2)制限事由に該当する場合
次に、前述の2(2)の職務内容、同(3)の勤務地限定、または、同(5)の強硬法規違反の制限事由に該当しているかどうか確認してみましょう。
もし可能性があるならば、それらの該当性を主張してみるべきです。
(3)人事権の濫用を主張する場合
上記2(4)の権利濫用に該当し得る場合であれば、主張してみるべきでしょう。
しかし、いずれの人事権濫用の主張も、労働者が交渉するのは容易ではありません。
なぜなら、「業務上の必要性」は会社側が主張していくもので、労働者側にはそれに関する証拠等がない場合が多く、「不当な動機」を証明することは一般的に容易ではないからです。
また、労働者側でも判断しやすい「労働者の不利益」も、客観性が求められるので、その判断が難しいからです。
4、人事異動を拒否したい!会社との交渉方法
以上の事情も考慮した上で、まずはソフトな交渉から始めるべきです。
(1)異動を拒否したい理由を明示する
まずは、異動を拒否したい理由について、家庭や個人の事情を正確かつ誠実に話すべきです。
会社がこのような状況を把握していないことも多く、きちんと理解してもらえば対応してくれる会社も少なからずあるはずです。
また、結果として異動を余儀なくされた場合でも、様々な配慮をしてもらえる可能性があるかもしれません。
注意すべきは、当たり前ですが「嘘をつかない」ということです。
また、単なるわがままと思われないように、話し方の工夫も必要でしょう。
(2)異動の必要性の説明を求める
なぜ異動が必要なのか、会社に説明を求めましょう。
もっとも、全体の人事異動の一環などとして、個別の事情を説明してもらえない場合も多いと思われます。
しかし、会社の話をしっかり聞いていくなかで、例えば、「不当目的や報復人事の可能性がある」といった問題が浮かび上がるかもしれません。冷静に話を聞いてみましょう。
また、会社の意向を確認してみれば、ご自身で納得がいく場合もあると思われます。
本人の成長を期待しての異動であることが判明したり、将来のキャリアプランなどの目的が明確化したりするかもしれません。
会社側の説明については録音をしておくことをお勧めします。
その後、弁護士などの第三者に相談する際、会社の説明を検討するための証拠となります。
(3)納得がいかない場合
どうしても納得がいかない場合であれば、拒否の理由を書面でまとめて会社に提出し、交渉していくことが考えられます。
しかし、個人での交渉には限界があります。
「このように駄々をこねる人間は、次の人事考課で×をつけてやる」といった更なる不利益につながることすら考えられます。
5、人事異動を拒否したいと思ったら早めに弁護士に相談を
労働者単独での交渉には限界があります。
そして、何といっても、あなたに時間的な余裕はないはずです。
内示から異動までごく短い時間ということも多いでしょう。
引継ぎなどで忙殺され、ハードな交渉をする余力はないでしょうし、引継ぎ非協力ということを懲戒理由とする会社もあり得ます。
人事異動で困った時には、専門の弁護士との早期の相談を強くお勧めします。
専門的な知見が強力な武器となります。
また、時間的にも精神的にも負担が軽減し、他のことに注力することができます。
もし弁護士に依頼すれば、あなたの気持ちを受け止め、人事異動を拒否するための方法や手続きについて、具体的にアドバイスをもらうことができます。
まとめ
我が国は、正社員の職務内容・勤務地(さらには労働時間)の無限定を前提に、柔軟な人事異動で労働者の質と組織的な力を高めて社会の変化に対応してきました。
また、他国に例を見ない雇用の安定を確保してきたことも事実でしょう。
それだけに、社員からの人事異動の拒否については、多くの会社は極めて厳しい対応をしています。
裁判での争いは、個人にとって、非常に厳しいものです。
しかしながら、違法・不当な人事異動に対して何も言わずに唯々諾々と従うことは、あなたにとっても、あなたの家族にとっても、不幸な結果となります。
本稿では、人事異動が拒否できる可能性について説明しました。
会社との交渉の際に、お役に立てれば幸いです。