腱鞘炎の労災認定は難しい、本当でしょうか?
最近、こんなお悩みを聞きました。
会社の業務で一日中パソコンを使っています。
手首の痛みを感じて整形外科に行くと「腱鞘炎」と言われました。労災になるかと思ったのですが、会社の上司、同僚などに相談すると「そんなこと言うのはあなただけだよ、休みの日にテニスをしすぎたんじゃないの」などといわれて相手にしてくれません。
ネットでも「腱鞘炎の労災認定は難しい」という記事を見かけて、やっぱりだめなのかと思っています。
この方のように、スーパーの調理の仕事などで一日中包丁を使う必要があったり、看護や介護職の方、検査業務、内装作業などで手を酷使する仕事をしている人はたくさんいらっしゃるでしょう。
様々な仕事の場で腱鞘炎の予備軍の方は見受けられるのです。
そんなあなたのために、今回は、
- 腱鞘炎で労災認定を受けるためのポイント
を弁護士がわかりやすく説明します。
本当に仕事が原因といえるのならば、労災認定の可能性は十分にあります。
「腱鞘炎の労災認定は難しい」と決めつけずに、まずご一読ください。
労災の認定について詳しく知りたい方は以下の記事もご覧ください。
目次
1、腱鞘炎での労災認定は難しい?
(1)事務の仕事でも労災になりうる。
ネットでは「腱鞘炎での労災認定は難しい」といった情報が溢れているようです。
そもそも労災というと肉体作業におけるケガなどがイメージされますし、調理の仕事での腱鞘炎ならまだわかりやすいのですが、事務の仕事でも労災になるということがピンとこないかもしれません。
手首というのは日常生活でも家事や育児、スポーツでも酷使することの多い部位ですので、簡単に労災として認定されるかというと、そうではないのは確かです。
しかし、最近の事務の現場はパソコンがなければ成り立たないでしょうから、長時間連続してのパソコン業務を強いられている方も多いでしょうし、スマートフォンやタブレットなどを使う機会もあるでしょう。
仕事で手を酷使すると、指や手首の腱が炎症をおこして腱鞘炎が発症してしまうことは確実にあります。
腱鞘炎というのは、腕や手に負担がかかる作業を反復継続することで、首・肩・腕・手・指に痛みを感じて炎症を起こし、関節や腱に異常をきたすものだからです。
事務仕事でも腱鞘炎になることはありますし、労災認定されることも十分にありうるのです。
(2)ただし、原因の特定が難しい
腱鞘炎のように、腕や手に負担のかかる業務により関節や腱に異常をきたすことを「上肢障害」といいます。
本記事では、上肢障害の中でも数が多いと思われる「腱鞘炎」を扱いますが、他にも「上腕骨外(内)上顆炎」「主関節炎」「書痙」「肘部管症候群」「回外(内)筋症候群」「手根管症候群」などの診断名が上肢障害の代表的なものです。
上肢障害は家事やスポーツなどの日常生活でも起こるので、仕事が原因なのか日常生活が原因なのか、わかりにくいのが難点です。また、「50肩」といった加齢が原因の場合も考えられます。
このように、「原因が業務によるものと特定できるかどうか」が労災認定のポイントになります。
2、腱鞘炎(上肢障害)の労災認定基準のポイント
厚生労働省では、このような上肢障害についての労災認定の基準を示しています。
【労災認定の基準】
- 上肢等※に負担のかかる作業を主とする業務に相当期間従事した後に発症したものであること
※上肢等とは、後頭部、頸部、肩甲帯、上腕、前腕、手、指をいいます。
- 発症前に過重な業務に就労したこと。
過重な業務への就労と発症までの経過が医学上妥当なものと認められること。
(出所)厚生労働省「上肢障害の労災認定」
以下、詳しくみていきましょう。
(1)「上肢等に負担のかかる作業」を主とする業務に「相当期間従事した」後に発症したものであること
「上肢等に負担のかかる作業」は次のような作業です。
随分バラエティーに富んでいますが、これもあくまで代表的な類型です。
これ以外にも該当する作業は沢山あるでしょう。
なお「相当期間従事した」というのは、「原則として6か月程度以上従事した場合」とされていますが、これもあくまで原則です。
①上肢の反復動作の多い作業
◆パソコンなどでキーボード入力をする作業
◆運搬・積み込み・積み卸し、冷凍魚の切断や解体
◆製造業における機器などの組立て・仕上げ作業、調理作業、手作り製パン、製菓作業、ミシン縫製、アイロンがけ、手話通訳
②上肢を上げた状態で行う作業
◆天井など上方を対象とする作業
◆流れ作業による塗装、溶接作業
③頸部、肩の動きが少なく姿勢が拘束される作業
◆顕微鏡やルーペを使った検査作業(同じ姿勢をとり続けることで負荷がかかります)
④上肢等の特定の部位に負担のかかる状態で行う作業
◆保育・看護・介護作業(患者さんを支えたり抱え上げたり、大変な作業です)
(2)発症前に過重な業務に就労したこと
発症直前3か月間に、上肢等に負担のかかる作業を次のように行った場合とされています。
①業務量がほぼ一定している場合
同種の労働者よりも10%以上業務量が多い日が3か月程度続いた場合とされます。
※同種の労働者とは、同様の作業に従事する同性で年齢が同程度の労働者を指します。すなわち、「同じ条件で同じ分だけ働く人が誰も腱鞘炎になっていないのに一人だけ腱鞘炎になっても、基本的には労災としては認定されない」ということです。
②業務量にばらつきがあるような場合
次のような場合とされます。
◆1日の業務量が通常より20%以上多い日が、1か月に10日程度あり、それが3か月程度続いた(1か月間の業務量の総量が通常と同じでもよい)
◆1日の労働時間の3分の1程度の時間に行う業務量が通常より20%以上多い日が、1か月に10日程度あり、それが3か月程度続いた(1日の平均では通常と同じでもよい)
ただし、業務量だけでなく、次のような状況も考慮されます。
長時間作業、連続作業
過度の緊張
他律的かつ過度な作業ペース
不適切な作業環境
過大な重量負荷、力の発揮
(3)過重な業務への就労と発症までの経過が医学上妥当なものと認められること
この要件は、要するに「従事していた業務の内容からして腱鞘炎を発症することもありうると医師が判断したこと(=医師の診断書があること)」ということです。
(1)の作業に従事していて、(2)が認めれれれば、基本的には医師の診断が受けられ、(3)も認められると考えて良いでしょう。
3、認定を受けるために注意すべきこと
「上肢障害」は、ぶつけたとかひねったとかいった事故ではなく、「使い過ぎ」によって生じる症状を労災として認定できるかについての問題です。
したがって、認定を受けるために注意すべきは、ともかく「使い過ぎ」に関する事実を押さえることです。
(1)事実を数字で示すこと
すでに2(2)で確認したとおり、「業務量」が労災認定における重要な要素になっているため、「同じ仕事をしている同僚に比べて作業量が多い」とか「繁忙期だったので通常の時期に比べて作業量が増えた」など数字で示せる根拠がなければ認定はかなり難しくなります。
「同僚と同じ仕事なのに、なぜ自分だけが?あなただけが?」といった疑問が出てくると、「仕事が理由で発症した」と言い切れなくなります。
そこで、なるべく具体的に、腱鞘炎発症に至るまでの事情を拾い集め、労災認定をする労働基準監督署側が理解できるようにしていく必要があります。
具体的な認定事例としては、以下のようなものが考えられます。
(例)
「自分の業務内容」:入社後3年間継続してパソコンで経費処理の入力作業に従事。
「医師の診断結果」:指先やひじにしびれを感じ医療機関を受診。「腱鞘炎」と診断された。
その原因として考えられること。
「いつ」:3ヶ月前の○年○月○日に
「どんな事態があり」:同僚が退職した。それまでは同僚と2人で担当していたが、同僚退職後も人員の補充はなかった。
「何が具体的に変わったのか。」:そのため、入力作業量が従来のほぼ倍になった。従来平均は1時間80件だったが、同僚退職後は1時間150件。多い時には200件にもなった。
このように、事情を知らない人でも作業状況の変化を具体的に把握でき、それが腱鞘炎発症との因果関係があると認定しやすいように事実を整理することが求められます。
(2)職場環境・作業環境なども把握すること
厚生労働省が指摘しているように、業務量だけでなく「長時間作業、連続作業、過度の緊張、他律的かつ過度な作業ペース、不適切な作業環境、過大な重量負荷、力の発揮」といった要素も考慮されます。
例えば、休憩時間を取ることが許されず、数時間連続して作業することを強いられていたり、高圧的な上司から監視され、ミスの許されないような環境で作業することを強いられていたりすれば、自分のペースで適宜休憩やストレッチなどをしながら作業できる場合に比べて、身体への負担は大きいでしょう。
また、パソコンを用いた入力作業であれば、デスクや椅子が身体のサイズに全く合っておらず、不自然な姿勢で入力することを強いられていたり、キーボードが古くて打鍵に大きな力が必要であるのに交換してもらえないような場合には、そうでない場合に比べて過重な業務に就労しているといえるでしょう。
そのため、業務量が周りの人に比べてそれほど多いといえないような場合は特に、上記のような要素がご自身だけに当てはまるようなことはないか、ご自身の環境についてもきちんと客観的に把握しておくべきであるといえるでしょう。
(3)ともかく早く医師に診てもらいましょう。
手首の調子がおかしいと思ったら、我慢しないで早く医師の診断を受けるべきです。そのときに上記に示したような様々な要素をわかりやすく説明することが望まれます。
一番問題なのは、我慢に我慢を重ねてどうしようもなくなってから、はじめて医師にかかることです。
たとえば、仕事が原因で長い間手の痛みを感じていたところで、たまたま休みの日に運動した際に急に痛みがひどくなって医師にかかったようなケースでは、業務に起因するのか、日常生活に起因したのか診断がつきにくくなります。
このようなことから、早めの受診が重要となります。
(4)労災認定には様々な手続きがある。会社の協力も必要
腱鞘炎に限ったことではありませんが、労災認定には会社側の手続きも必要です。
社員が所定の労災保険給付請求書を労働基準監督署に提出しますが、会社は請求書において労災が発生したことについての証明を行う必要があります。
また会社は遅滞なく、労働者死傷病報告等を労働基準監督署長に提出しなければなりません。
なお、万一このような手続きを会社がしてくれない時には、社員自身で対応する方法もありますので、そのような場合はまず労基署に相談してみるといいでしょう。
4、あなたの行動が会社を変える
(1)労災の検討とあわせて、環境を変える工夫の提案も
辛い思いをしているのはあなただけではありません。
業務量がばらついているなら皆で助け合いましょう。
作業スペースに問題があるのなら、ちょっとした工夫で作業がしやすくなるかもしれません。
パソコン作業なら、机や椅子の高さあるいは照明を工夫する、といった簡単なことでも作業負荷は改善できます。
さらに繁忙時には他部署に応援を求めたり、一部の作業を外注するなどといった作業体制の工夫も考えられるでしょう。
そもそも現在の作業に無駄がないのかを見つめ直すきっかけにもつながるかもしれません。
また、会社側も就労環境に配慮する義務があります。
座りっぱなしが負担にならないような椅子を導入したり、自由に動ける作業スペースを設けたりして、身体的負担の少ない環境づくりをしている企業もあるでしょう。
(2)臆せず行動することが会社を変える
場合によっては、「腱鞘炎で労災なんて、そんなこと言うのはあなただけよ!」という声に立ち向かうことも必要になるでしょう。
「自分が我慢すればいい」と思わず、職場環境の改善のために声を上げることも大切なことです。
あなただけではなく、同僚も苦しんでいるのかもしれません。
手の痛みなど肉体の悲鳴は、あなたの作業を改善するように体が求めているサインです。
あなたの行動が同僚を救い、会社を変えていきます。
5、1人で悩まず、まずは労働局・労働基準監督署に相談しよう
「みんなが我慢している。」
「自分でどうしたらいいかわからない。」
そんなことで行動をためらう人多いでしょう。
また、労災というととてもハードルが高く感じられるかもしれません。
しかし、労災を管轄する行政機関である各労働基準監督署は、それぞれが必ず相談窓口を開いており、電話してみると親身になって相談に乗ってくれます。
まずは、ご自身の職場を管轄する労働基準監督署に連絡してみるといいでしょう。
まとめ
手の痛みぐらいと思って放置していると、重大な障害が残ることさえあります。
そうなると、あなたご自身だけでなく、ご家族をも苦しめることになりかねません。
業務の過大な負担で問題が起こったなら、速やかに公的な解決を求めることです。
それが、あなたのためだけでなくご家族のため同僚のため会社のためにもなるのです。