職務手当とは、どのような手当のことでしょうか。
職務手当をもらっている方のなかには、「職務手当が支給されている場合、どれだけ残業しても残業代を請求できない」と考えている人がいます。会社から、職務手当の支給を理由に、残業代の支払いを拒否されている人もいるでしょう。職務手当を受け取っていれば、どれだけ残業しても残業代を請求することはできないのでしょうか。
今回は、
- そもそも職務手当とはどういうものなのか
- 職務手当を受け取っている場合の残業代の請求の可否
などについて、ベリーベスト法律事務所の弁護士が解説します。
この記事が、職務手当について詳しく知りたいと思っている方の参考になれば幸いです。
目次
1、職務手当とは?
(1)職務手当の概要
まず、職務手当とは何かについて確認していきましょう。
職務手当とは、一般的には、特定の職務に対して必要とされる以下のような事項に対応して支給される手当のことを指します。
- 特殊な技術や技能
- 資格
- 複雑性
- 責任度 など
(2)詳細は会社の就業規則や給与規定を確認する必要あり
職務手当は、手当の名称です。具体的にどのような取り決めの手当になっているのかは、企業によって大きく異なります。
通常、職務手当の内容は、会社の就業規則・給与規程にその詳細が記載されています。職務手当自体の全部または一部を残業代として支払っているケースもあれば、残業代とは別に支給されるケースもあります。
職務手当の詳細や残業代の支給に疑問を持っている場合は、会社の就業規則や給与規程を確認しましょう。
就業規則を確認する際は、次のようなことを確認してみてください。
- 職務手当に関する規定の存在
- 職務手当はどのような理由で支給される手当なのか
- 職務手当に残業代も含まれるのか
- 職務手当の支給額の決定方法
(3)職務手当以外の名称の場合も
手当の具体的な名称は、企業によって異なります。
職務手当という名称を使用している企業もあれば、「資格手当」「職能手当」「営業手当」「職位手当」など、別の名称を用いている企業もあります。
名称は、企業によって異なりますが、技能・資格・責任の程度に応じて支給される手当の総称として職務手当との名称が用いられることもあります。
(4)職務手当の相場
①資格手当の性質の場合
職務手当が資格手当の性質を持つ場合、業種や資格によってばらつきはありますが、平均的には1〜2万円ほどの手当としている企業が多くなっています。
②残業代を含む性質の場合
一方、職務手当が残業代の性質を含む場合、資格手当の場合よりも手当の額が上がります。
平均的な残業時間や職種によっても異なりますが、残業代を含めた職務手当として、5万円や10万円という金額を設定している企業もあります。
2、職務手当が支払われている場合、残業代を請求できない?
職務手当に関して労働者の方が疑問を感じやすいのは、残業代を請求できるのか否かという点でしょう。
ここからは、職務手当が支払われている場合に残業代を請求することはできるのかについて解説します。
(1)職務手当に残業代は含まれているのか
①職務手当の支給を理由として残業代が支払われないケースがある
企業としては、できるだけ従業員に支払う給与の額をおさえたいと考えている面があります。
企業側は、残業代を支払わずに済む方向で主張してくるケースがあります。
たとえば、「職務手当を支給しているから残業代を払わない」と主張してくるケースですが、職務手当に残業代が含まれていないにもかかわらず、職務手当の存在を理由に残業代を支払わない企業も存在します。
残業代は、労働者がしっかりと請求できるものです。
上記のような対応をされている場合は、就業規則や給与規程を必ず確認してください。
②職務手当が支給されていても残業代を請求できる場合あり
職務手当のなかに、一定時間分の残業代が含まれている場合には、残業時間がその一定時間におさまっている限り、残業代を別途請求することはできません。
しかし、残業代が含まれた職務手当の支給を理由に、使用者側がいくらでも労働者に残業をさせられるわけではありません。なかには職務手当の金額では到底まかなえないほどの残業をしている人もいるでしょう。
以下では、職務手当に残業代が含まれているケースについて詳しく解説します。
(2)職務手当が固定残業代の趣旨の場合
①職務手当の性質
職務手当の全部または一部を残業代とすること自体は問題ありません。
実際に、職務手当は残業代の支払いである旨を就業規則や給与規程に記載している企業も多くあります。
例えば、給与規程に以下のような規定がある場合、労働者は規定内の残業時間分について職務手当とは別に残業代を請求することはできない可能性が高いといえます。
職務手当は月○時間分の時間外手当を含む |
②固定残業代の有効性
職務手当の支払いがどのような場合でも固定残業代の支払いと認められるわけではありません。
固定残業代の有効性について、裁判所が判断を下しました(イーライフ事件(東京地判平25・2・28労判1074号47頁))。
本事件では、固定残業代の支払いが有効とされるためには、以下のような要件が必要であるとの判断がなされました。
- 当該手当が実質的に時間外労働の対価としての性格を有していること
- 定額残業代として労基法所定の額が支払われているか判定できるよう、約定(合意)に明確な指標があること
- 当該定額(固定額)が労基法所定の額を下回るときは、その差額を当該賃金の支払時期に精算するという合意が存在すること(※)
(※)あるいは少なくとも差額を当該賃金の支払時期に精算する取扱いが確立していること
③固定残業代が有効でも、固定残業代の金額より多く残業代が発生した場合は差額を請求可
②で紹介したイーライフ事件の判断基準によれば、そもそも上記の判断基準を満たさない固定残業代は、無効になります。
固定残業代が無効ということになれば、職務手当の支払があっても残業代が支払われたとことにはなりません。
上記の場合は、残業時間に応じた残業代を請求することができます。
固定残業代自体は有効であったとしても、労働基準法に基づいて算出される残業代が固定残業代の金額を超える場合には、固定残業代(職務手当)とは別に残業代を請求することができます。
また、基本給20万円を支払い、職務手当13万円を支払っていたケースについて、職務手当13万円が80時間分の割増賃金に相当するに過ぎないことを認定したうえで、毎月120時間を超える時間労働をしていたことから、実際の時間外労働等と大きく乖離していること等を理由に、職務手当については到底時間外労働に対する対価とは認めることができないとしたうえで、割増賃金の基礎となる賃金に含めて、高額な残業代合計額(375万0459円)を認めた判例もあります(名古屋高判令和2年2月27日労判1224号42頁)
(3)職務手当が役職手当の趣旨の場合
職務手当とは、さまざまな手当の総称なので、職務手当が役職手当の趣旨を含むケースもあります。
しかし、労働者を役職につかせて、役職手当としての職務手当を支払うことによって、無制限に残業をさせようとする企業も存在します。
①「管理監督者」には残業代を支払う必要がない(労基法41条)
会社の中では、「部長」「課長」などの役職が定められている場合が多いです。
労働基準法41条では、「監督若しくは管理の地位にある者」には、以下のような項目に関する労働基準法の規定を適用しない旨が定められています。
- 労働時間
- 休憩
- 休日 など
「部長」「課長」などの役職に就き、「監督若しくは管理の地位にある者」には、労働基準法41条により労働時間や割増賃金の規定が適用されません。
そのため、残業代を支払う必要はありません。
②「名ばかり管理職」の問題
上記の規定があることから、なかには労働者に役職を与え残業代を支払わずに、無制限に働かせることを考える企業が存在します。
これは、「名ばかり管理職」として問題視されています。
「部長」「課長」などの役職であっても、全員が労働基準法41条の「監督若しくは管理の地位にある者」に該当するわけではありません。同条の「監督若しくは管理の地位にある者」に該当しなければ、いくら役職があっても、通常の労働者と同様に労働基準法の規定の保護を受けることになります。
③管理職でも労基法の「管理監督者」に当たらないケース
「名ばかり管理職」の問題から、「監督若しくは管理の地位にある者」に該当するかどうかは、名称にとらわれず実態に即して判断すべきとされています。
「監督若しくは管理の地位にある者」に該当しなければ、職務手当の支給があっても、残業時間に応じて残業代を請求できることがあります。
3、職務手当が減額された場合の正当性
ここからは、職務手当が減額された場合の正当性について見ていきましょう。
(1)人事異動・配置転換による減額
職務手当も賃金である以上、雇用契約の内容であり、これを変更するためには契約当事者(雇用主と労働者)の合意が必要となるのが原則です。
人事異動や配置転換により仕事内容が変わる場合であっても、賃金が労働条件中最も重要な要素であり、賃金減少が労働者の経済生活に直接かつ重大な影響を与えることから、客観的な合理性が要求されることもあります(仙台地決平成14年11月14日労判842号56頁など)。
職務手当の減額を無効であると主張したうえで、減額前の賃金を請求するべき場合もあります。
(2)何らの事情がない場合の減額
既に述べたとおり、職務手当も賃金であり、合意がなければ一方的に切り下げることはできないのが原則です。
何らの理由がない減額は当然無効であり、減額分の職務手当は未払賃金として請求することができます。
なお、就業規則の変更や懲戒処分としての減額処分による場合でも、法定の要件(労働契約法9条、10条、15条)を満たす必要があり、満たさない場合は減額は無効となります。弁護士にご相談ください。
4、残業代が未払いになっている場合にやるべきこと
本章では、職務手当は支払われているものの残業代が未払いになっているケースで、労働者がやるべきことを解説します。
(1)職務手当の性質の確認
まず初めにやるべきことは、職務手当の性質を確認することです。
職務手当の性質は、会社によって異なりますので、勤めている会社の就業規則や給与規程を確認しましょう。
(2)証拠を準備
未払いの残業代があることが発覚した場合、1つ1つ証拠を準備していきましょう。
証拠が一切ないにもかかわらず、未払い残業代の請求をしても、その請求は認められません。
残業代を請求していく場合、基本的には、請求をする労働者側が証拠を準備する必要があります。
具体的には、以下のような準備をしていきましょう。
- タイムカード、日報などの勤怠記録
- 雇用契約書
- 給与明細
- 就業規則、給与規程 など
(3)未払いの残業代を計算
上記で集めた証拠をもとに、未払いの残業代を計算していきます。
手元の証拠が十分であれば、残業代を計算して請求額を明らかにすることができます。
もし十分な証拠がないまま退職してしまった場合は、弁護士にご相談ください。
残業時間を証明する証拠はタイムカードなどに限定されているわけではないため、時間外労働をしていたのであればその痕跡(労働実績)が残っていてそれを証拠とできることはいくらでもありますし、手持ちの証拠が不十分でも弁護士から会社に資料開示を求めることもあります。
(4)会社に直接請求
残業代を請求する場合、まずは会社に直接請求するのが一般的です。
会社に請求し、会社が残業代を支払うのであれば、その他の機関や手続を利用する手間が省けます。
(5)労働基準監督署への申告
会社に請求したものの、会社が取り合わない場合は、労働基準監督署へ申告することを検討してもよいでしょう。
労働者の請求には応じない使用者も、労働基準監督署からの指導勧告があれば、支払いに応じるケースがあります。
(6)労働審判、訴訟
直接、請求や労働基準監督署への申告でも解決しない場合は、裁判所に労働審判や訴訟を申し立てることを検討しましょう。
なお、労働審判か訴訟のいずれを申し立てるかは、会社側の対応や手持ちの証拠の内容を踏まえて検討します。この点は弁護士にぜひご相談ください。
5、職務手当を含め残業代請求などで少しでも不安があれば弁護士に相談を
(1)証拠の準備に関しアドバイスを受けるができる
先述したとおり、未払いの残業代を労働者が使用者に請求していく場合、労働者側で証拠の準備をする必要があります。
「4、(2)証拠を準備」で挙げたような記録のなかには、場合によっては労働者が使用者の手を借りずに準備できないものもあるでしょう。
弁護士に相談をしておけば、
- 他に使える証拠があるかどうか
- 証拠をどのように準備すればよいか
- どのように残業代を請求していけばいいのか
など、アドバイスを受けることができます。
(2)未払い残業代を計算してもらえる
初めて残業代を計算する人は、この計算自体ができずに、未払いの残業代請求を諦める人が少なくありません。
弁護士に依頼をしておけば、証拠をもとに未払い残業代を計算してもらうことができます。
(3)労働審判や労働訴訟で代理人として手続を進めてもらえる
労働審判や労働訴訟まで進めば、裁判所をまじえた手続となります。
弁護士に依頼をしておけば、弁護士が労働者の代理人として審判や訴訟の手続を進めます。
法律のプロではない労働者にとって、弁護士を代理人とすることは、精神的にも裁判手続の面でも大きなメリットになるでしょう。
まとめ
職務手当という言葉だけでは、その内容がはっきりとはわかりません。
職務手当の支払以上に残業をしている労働者の方は、手当の性質について確認のうえ、未払いの残業代があれば請求をしていきましょう。
残業代の請求はしっかりと証拠を準備した上で行っていく必要があります。
少しでも不安がある方や、請求の準備に費やす時間を短縮したい方は、一度弁護士に相談をしてみてください。