自分のミスで事故を起こしてしまった場合、労災保険は下りないのかな?
業務中の事故では労災が下りることまでは知っているけれど、自分のミスでケガをしてしまった場合、労災を思い出す人は少ないかもしれません。
労災どころか、「休まなければならなくなり申し訳ない」という気持ちから、有給休暇を使って治療をする方も少なくないのではないでしょうか。
しかし、それは間違いです。
仕事中に自分のミスでけがをした場合であっても、問題なく労災の給付は受けられます。
さらに言うなら、通勤中に走って転んでけがをした、それでも労災の給付が受けられます。
要するに、労働者自身にミスや過失があっても労災の給付は受けられるのです。
自分の故意や重過失でもない限り必ず給付されるのです。
「自分のミスだったから」と泣き寝入りしないでください。
会社から「君のミスだから労災の請求なんてできないよ」といわれても引き下がらないでください。
あなたはどのように行動すべきか、弁護士がわかりやすく説明します。
労災の認定に関して詳しく知りたい方は以下の記事もご覧ください。
1、労災給付は自分のミスでも満額支払われる
労災給付は労働者自身のミスで引き起こされた場合でも満額もらえます。
労働者を守るための制度だからです。
まずはそのことを確認しておきましょう。
(1)労災給付は労働者が自分のミスで引き起こしたケガ等でも全額もらえる
業務災害も通勤災害も、労働者自身のミス・過失で起こってしまうことはよくあると思います。
それでも、労災の要件((4)参照)に該当する限り、労災の給付は全額もらえます。
労働者の過失分を給付金から差し引く(過失相殺)といったことも一切ありません。
(2)その理由とは?
なぜでしょうか。
そうしなければ労働者の保護が徹底できないからです。
民法の一般原則に従えば、被災した労働者やその遺族が、会社から補償を受けるためには、「使用者に故意過失があった」「発生した損害と使用者の行為の間に因果関係があった」ことを立証する必要があります。
しかし、そのように会社に非があるケースにおいても、傷病に苦しむ労働者や働き手を失った遺族にとって、会社の責任を訴訟で争うことはとても困難なことですし、また、たとえこれが立証できたとしても、労働者にミス・過失があればその過失に見合って損害賠償額が減額されてしまいます(過失相殺)。
また、そもそも会社どころか誰にも全く過失がない場合(例:通勤中に歩きスマホをしていて転んでケガをした場合など)には、労働者はケガで働けずに給料をもらうこともできず、治療費がかさんで経済的に困窮することにもなりえますが、残念ながら自業自得ですので、誰かの責任を問うわけにもいきません。
労災保険は、そのような場合を補償するためにも存在するのです。
働く現場には様々なリスクがあります。
弱い立場の労働者にリスクの多い業務を担わせた上で、けがをしたり病気にかかっても補償を受けられないとか、ミスを起こしたらその分は補償から差し引くなどというのでは、あまりにも理不尽です。大げさに言えば、働き手がいなくなってしまいます。
そこで、労働災害においては、会社(使用者)の過失の有無にかかわらず労災保険が支給されることとし、労働者の側は自分にミスがあったとしても補償されるように定められています。
(3)例外的に、故意・重過失などの場合のみ労災保険が支給されないことがある
ただし、労働者が故意に災害を引き起こしたり、療養について故意・重過失あるいは正当な理由なく医師の指示に従わなかった場合などには、労災保険が全額または一部給付されないことがあります(労働者災害補償保険法第12条の2の2)。
労災給付ほしさに意図的に事故を起こす、あるいは休業を長引かせるために療養に関する医師の指示に従わない、といった場合まで保護する必要はないからです。
大事な規定なので条文の全文を示しておきます。
(労災保険法第12条の2の2)
第1項
労働者が、故意に負傷、疾病、障害若しくは死亡又はその直接の原因となった事故を生じさせたときは、政府は、保険給付を行わない。
第2項
労働者が故意の犯罪行為若しくは重大な過失により、又は正当な理由がなくて療養に関する指示に従わないことにより、負傷、疾病、障害若しくは死亡若しくはこれらの原因となった事故を生じさせ、又は負傷、疾病若しくは障害の程度を増進させ、若しくはその回復を妨げたときは、政府は、保険給付の全部又は一部を行わないことができる。」
〈事例〉
【事業主の質問】
「先日、当社従業員の甲が営業車で営業活動中に事故を起こして入院しました。当社としては、事故の原因が、甲の運転の際の無茶なスピードの出し過ぎということもあり、労災の請求を認めたくないのですが・・。また、この場合は業務災害にならないと思うのですが、いかがでしょうか。」
【東京労働局の回答骨子】
①会社が被災者の労災保険を請求する権利は制限できません。労災保険給付の請求は、通常、被災者本人の意思によってするものであり、その請求に基づいて労働基準監督署長が支給・不支給の決定をするものだからです。
②ご質問の災害は、業務としての営業活動の際に、運転車両の事故により甲さんが負傷されたものです。業務遂行性及び業務起因性が認められ、業務上の災害として認められると考えられます。
③但し、事故の原因が甲さんの運転の際のスピードの出し過ぎによるものとのことであり、労災保険法第12条の2の2により保険給付の一部が支払われない可能性があるといえるでしょう。
(出典:東京労働局>よくあるご質問)
(4)労災の要件に該当していることは必要
自分のミスで労災保険を請求する場合、労災給付についての要件に該当していることはもちろん必要です。
労災の要件とは次のことです。
①業務災害
業務災害として認められるためには「業務遂行性」と「業務起因性」が必要です。
業務遂行性:労働者が労働契約に基づいた事業主の支配下にある状態(作業中だけに限定されず、作業の準備行為・後始末行為、出張中などの場合にも「業務」とみなします。)にあること。
労災認定されるのは実際の労働時間中に起こった事故だけに限りません。
「会社行事の運動会で滑って転んでけがをした」というのも業務遂行性があるとされます。
もちろん、自分のミスで転んだとしても労災になり得ます。
「出張の際、宿泊先のホテルで酔って、階段を踏み外してけがをした。」という事例で労災認定されたものもあります。
職務を遂行している時間帯でなくても、業務上の都合でそのような状態に置かれているわけですから、業務遂行性がありと認定されたものです。
「酔っぱらって階段を踏み外したお前が悪い」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、このような場合でも労災として認定されるのです。
業務起因性:業務と傷病等との間に因果関係が存在すること。
本稿のテーマである「自分のミスでケガをした場合」には、そのミスとケガとに因果関係があることは明らかであるといえるでしょう。
②通勤災害
「通勤」とは、労働者が
- 住居と就業の場所との間の往復
- 就業の場所から他の就業の場所への移動
- 単身赴任先住居と帰省先住居との間の移動
などを合理的な経路及び方法により行うことをいいます。
なお、業務の性質を有するものは除かれます(業務の性質を有するなら業務災害に該当することになります)。
「通勤途中に駅の階段で走って転んでけがをした」というような場合も通勤災害として労災認定されます。
「走って転んだのはお前のミスだ」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、通勤によること(通勤に通常伴う危険が具体化されたこと)という通勤災害の要件に該当するため、問題なく通勤災害として認められることになります。
2、具体的なケース
本項では、厚生労働省の「職場の安全サイト」の「労働災害事例」で掲載されている労災認定事例を挙げて説明していきます。
(1)加熱機械の調整作業を行っていたところ、電源を切っていなかったため、加熱機械にはさまれた
この事例では、「電源を切らなかった」という点が労働者のミスといえます。
しかし、それだけが原因とはいえません。
この事例は次のように原因分析されています。
1.直接原因 | 機械の調整作業を行うにあたり、電源を切らずにその可動域に立ち入ったことにより、機械に挟まれたこと。 |
2.間接原因 | |
(ア) | 機械の運転中、その可動域に容易に立ち入ることができたこと。 |
(イ) | 機械の動作確認を行う際、一連の自動操作を行うスイッチが切れていなかったこと。 |
(ウ) | 機械の調整作業方法について、統一した作業標準を作成していなかったこと |
上記の通り、本件の原因については、労働者が可動域に立ち入ったという直接的な原因のほか、可動域に容易に立ち入れる状態であったとか作業標準が作成されていなかったなど様々な原因が指摘されています。
このように分析された上で、次のような対策の徹底が求められます。
1 | 機械の可動域に立ち入る可能性がある作業の際には、機械の電源を確実に切ってから作業を行うよう周知徹底すること |
2 | 機械運転中に、労働者が可動域に立ち入ることを防止するため、出入口にインターロック機能を有する安全スイッチや安全プラグ等を設けた柵、囲い等を設けるか可動域に労働者が接近したことを検知した場合に、非常停止装置を作動させることのできる光学式安全装置を設置すること。(以下略) |
(2)卸売市場4階の駐車場で、被災者が運転していたターレットがエレベーター扉に衝突し、生じた隙間から8m下に墜落して死亡した
このケースでは、「事故の発生原因は、ターレットをエレベーターに乗せこむ際の、被災者本人によるターレットの操作誤りによって発生したものと思われる」とされています。
被災者本人のミスが主な原因となっていますが、それでも労災認定されています。
なお、事業者による定期的な教育・指導実施が必要などとも指摘されています。
(3)積み込み作業を行っていたところ、誤ってトラックの荷台から転落した
このケースでは、高さ約3mの墜落の危険があるトラックの荷台上での作業であるにも関わらず、安全帯や保護帽も使用していなかったという点に被災者の過失が指摘されていますが、それでも労災として認定されています。
「作業者に対し、保護帽及び安全帯の使用の徹底を図ること」という対策が指示されています。
(4)踏み台に上がり片足をテーブルの上に乗せたところ、踏み台が滑り、転倒した
「高所にあるものを取ろうとした際、踏み台に上がり、更に片足をテーブルに足を乗せた」というのは危険な行為です。
労働者のミスもあってケガが発生していますが、それでも労災として認定されています。
危険行為の禁止徹底を教育するとか、踏み台を使用する際は当該踏み台に合った高さにおける作業に限る、といった対策が求められています。
(5)ハンドリフトを飛び越えようとしたところ、つまずいた
印刷工場内にて、オフセット印刷機を使用し印刷作業中、別の部署へ移動しようと小走りで移動した際、途中に置いてあったハンドリフトを飛び越えようしたところ、つまずいてケガをしたケースです。
「飛び越えるのは危険行為だ、ミスだ、不注意だ!」と思われるかもしれませんが、労災として認定されています。
歩行スペースとハンドリフト等の運搬機を置く場所が区別されておらず、歩行スペース(作業動線上)にハンドリフトが置いてあったことなども事故の原因と指摘されています。
このようにうっかりミスがあっても不幸な事故に結びつかないような工夫が必要なのです。
(6)プレス機作業中、プレス機内に右手を差し込んだ状態で起動ペダルを踏み、右手首を切断した
経験の浅い外国人派遣社員が起こした事故です。
プレス機内に右手を差し込んだまま起動させたのは明らかに労働者のミスですが、労災として認定されています。
対策としては「注意喚起」といったソフト面だけでは不十分であり「作業ゾーンに手を入れた場合に設備を停止するインターロック機構を設置する」など設備面での対策を講じることが必要と指摘されています。
(7)インクジェットヘッドの洗浄作業におけるイソプロピルアルコール中毒
「被災者はイソプロピルアルコール(以下、IPA)を使用したインクジェットヘッドの洗浄作業中、誤ってIPAの一斗缶を倒した。床にこぼれたIPAをふき取る際、有機ガス用防毒マスクや保護手袋を使用することなく作業しIPAに直接ばく露した。」という事故です。
一斗缶を倒したのも、そのまま防毒マスク等をせずに拭き取り作業をしたのも被災者の不注意の部分が大きいとも思えますが、労災として認定されています。
「IPAの入った一斗缶は密閉し、労働者が接触するおそれのない場所に設置すること。」といった対策が指示されています。
3、会社が「君のミス、労災は認めない」と言い張るときの対処方法
会社はとかく労災を認めたがらないものです。
知識不足から労働者のミスなら労災給付はなされないと思い込んでいることもあります。
また、労働者自身も自分のミスだから仕方がないと考えてしまいがちです。
しかし、これまで説明してきたように、労働者自身のミスであっても労災は労災です。
請求すべきものは請求すべきですし、労働基準監督署(労基署)の調査によって原因と対策を究明していくことで、「ミスがあっても災害が発生しないような環境作り」を進めていくべきです。
(1)労災認定は労基署がする
労災を認定するのは労基署です。
会社が認定するのではありません。
上記の通り、労働者のミスであっても労災認定されています。
会社があくまでも労災でないと言い張るのであれば、労働者自身で労災請求することは可能です。
(2)労災隠しは許されない
労働者のミスを挙げ連ね、「労災ではない」と言い張るのは、労災隠しです。
会社のためにもなりません。
また、会社から「健康保険を使ってください」と言われる場合もあるようです。
労災でありながら健保を使うのは補償が不十分になるだけでなく、一種の保険金詐欺なのです。
この点に関しては、次の記事で詳しく説明しています。
まとめ
この記事の冒頭で、なぜ労働者のミスでも労災保険給付が行われるのかについて解説しました。
労働者は業務・通勤時にリスクを負って、会社の利益のために尽くしているわけですから、リスクが顕在化したときに補償を受けるのは当然のことですし、そのために労災保険があるのです。
万一のときに必要な補償や給付を行うことが、労働者のためだけでなく会社のためにもなるということを理解しておきましょう。
また、労災は様々な原因が複合して発生します。
労働者のミスだけで労災が起こるという発想自体がそもそもおかしいのです。
労働者がたまたまミスをしたとしても、なお労災が起こらないようにするにはどうすればよいか。
それを考えることが不幸な事故を防ぐことにつながります。
「自分のミスだから仕方がない」といった気持でうやむやな対応をしていると、労災はなくなりません。
不幸にも労災が発生したら、堂々と労災保険の給付を受け、同時に、原因の究明と対策を徹底しましょう。
被災者本人の意見は、再発防止のためにも一番必要となるはずです。