「多産DV」という言葉をご存知でしょうか?通常、DVと聞くと身体的な暴力を想像しますが、実は女性に対して望まない妊娠や出産を強要する行為もDVに含まれます。このような行為を「多産DV」と呼びます。被害者が暴力を受けているわけではないため、多産DVの存在に気づいていない人も多いかもしれません。
多産DVは女性の心身に深刻な影響を及ぼす可能性があります。望まない妊娠や出産を繰り返すことは、女性の健康を損ねるだけでなく、子育ての負担も増やし、夫からの支配から逃れるのが難しくなるかもしれません。
そこで、今回は、
多産DVとは何か?
多産DVへの対処法
多産DVの夫と離婚する方法
などについて、弁護士が詳しく説明します。
目次
1、多産DVの問題を考える前に~そもそもDVとは?
多産DVの問題を考える前に、そもそもDVとは何かについて確認していきましょう。
DVとはドメスティック・バイオレンス(Domestic Violence)の略称であり、明確な定義はありませんが、一般的に「配偶者や恋人などの親密な関係にある、または過去その関係にあった者から振るわれる暴力」を意味します。
DVというと、身体への暴力をイメージする人が多いことでしょう。もちろん、逸れも誤りではありませんが、DVは身体への暴力だけを指すものではありません。
DVは大きく分けて、以下の6種類に分類されます。
- 身体的暴力
- 精神的・心理的暴力
- 性的暴力
- 経済的暴力
- 社会的隔離
- 子どもを使った暴力
DVの詳細については、以下の記事もご参照ください。
2、多産DVが生じるメカニズム
では、多産DVはなぜ起きるのでしょうか?
そもそも多産DVとは、望まぬ妊娠・出産を女性に繰り返させて女性の心身に負担を与え、経済や時間を拘束し、出産に関する女性側の意思決定権を侵害するDVのことをいいます。
以下では、多産DVが生じるメカニズムをみていきましょう。
(1)夫婦が支配・非支配の関係になっている
性行為は本来、夫婦双方の同意の元になされるべきものであり、いくら夫婦といえどもどちらかの自由意思を抑圧した上での性行為は健全なものではありません。
多産DVが行われる夫婦間では、女性側に性行為を拒む自由や避妊を主張できる自由がないことが多く、夫婦が支配・非支配の関係になっています。女性側が体の負担や自分の自由な時間がなくなることを理由に妊娠を望んでいない場合でも、男性側の強い支配により性行為を強要されたり避妊をしてもらえなかったりすることで子どもを何人も出産せざるを得ない状況になります。
(2)妻側に「断ると何をされるか分からない」という恐怖心がある
妻側に「断ると何をされるか分からない」という恐怖心がある場合も、性行為に応じざるを得ない状況に追い込まれやすいです。実際、多産DVの被害を受けている人の中には、性行為を断ると暴力を振るわれたりすることから実質的に断る権利がない人が多いものです。また、自分が性行為を断ることで夫の暴力の矛先が子どもに向かうことを恐れ「自分さえ我慢すれば丸くおさまる」と自分の気持ちを抑えこむ女性も少なくありません。
(3)子どもが増えることで夫の経済力に頼らざるを得なくなる
子どもが増えることで、子育てや教育にかかる費用はどんどん増えていきます。子ども1人であれば女性だけでなんとか育てていくことができても、子どもが3人、4人、5人と増えていけば女性一人で育てていくのは現実的に難しいでしょう。そうなると、どうしても夫の経済力に頼らざるを得なくなります。夫の多産DVから抜け出したいと思っても、子どものことを考えれば、夫から逃れることができなくなるのです。
3、多産=DVではない!多産DVの可能性が高いケースとは
多産の場合が全てDVに該当するかというと必ずしもそういうわけではありません。女性の側がたくさん子どもを欲しいと考え、女性の意思で多産になっているケースもあります。夫婦の双方が子だくさんを望んでいるのであれば、DVの問題には該当しません。
そのため、多産DVなのかどうかは慎重に判断する必要があります。一般には以下の基準をもとに多産がDVなのかどうかが判断されます。
(1)4人以上出産している
多産DVかどうかの判断基準の一つが子どもを4人以上出産していることです。もちろん、子どもをたくさん生むことを自ら望んで子どもを4人以上出産する女性もいますが、中には女性の意思にかかわらず子どもを何人も生まされている女性もいます。
「4人」というのは、あくまでも目安です。夫婦の経済状況や生活状況なども考慮して、女性側が望まないほど多数回、妊娠・出産させられている場合には、この基準を満たすといえます。
(2)出産・妊娠のサイクルが早い
出産・妊娠のサイクルが早いことも多産DVが疑われる一つの要因です。特に、まだ年齢が若いにもかかわらず、子どもを出産した後すぐに妊娠しているケースでは、出産後すぐに性行為を強要され避妊もしてもらえていないことが疑われます。
(3)出産と出産の間に中絶がある
多産DVの被害女性の中には、出産と出産の間に子どもを中絶している女性が少なくありません。女性本人の「生む・生まない」という意思とは関係なく、男性側が「中絶しろ」と言えば従わざるを得ないような主従関係がある場合、中絶を余儀なくされる多産DVの被害女性もいます。
また、多数回の出産に加えて中絶もしている状況では、かなりの頻度で避妊なしの性行為を強要されているということも窺われます。
(4)夫が避妊をしてくれない
女性側としては、体力的・経済的問題も考え「今は子どもを生みたくない」「これ以上子どもを増やしたくない」と考えたとしても、夫が避妊してくれなければ妊娠してしまうリスクがあります。産婦人科医が女性に問診をしている中で「夫が避妊をしてくれない」という事実が発覚する場合もあります。
避妊を求めたところ、暴言や暴力を持って拒否されるような状況であれば、まさにDVに該当するといえます。
4、多産DVに遭っている妻がとるべき対処法
では、多産DVに遭っている妻はどうすればいいのでしょうか?多産DVには困っていても夫のことは好きである人や、避妊をしてくれるなら性行為には応じてもいいと考えている人等、人によって考え方は異なります。自分の気持ちを確認しつつ、以下の対処法を検討していきましょう。
(1)夫に気付かれないように避妊する
避妊ができるなら性行為に応じること自体は問題ないと考えている女性は、夫に気づかれないように避妊するのも一つの選択肢です。女性側でできる避妊の方法としては、ピル(経口避妊薬)、子宮内避妊具、不妊手術、緊急避妊ピル等があります。
もっとも、それぞれの避妊方法にはデメリットも存在し、人によっては副作用がある場合もあるので、ご自身の身体を考慮し、医師にも相談しながら試しましょう。
(2)夫と話し合う
昔ながらの考え方を持っている男性の場合、子どもは4人、5人とたくさん生むのが当たり前と考えている可能性があります。多産がDVになることを知らず、男性側に悪気がないケースもありますので、一度夫と話し合ってみるのも良いでしょう。
ただし、多産だけでなく夫の身体的暴力や暴言がひどい場合もありますので、そのような場合は身の安全を第一に考え、無理をせず夫と距離を置くことを考えた方がよいでしょう。
(3)第三者に相談する
多産DVに限ったことではありませんが、DVの被害女性は「私さえ我慢すればうまくいく」「子どもに危害が及ばないように私が我慢する」などと考え、精神的に追い込まれていく人が多いものです。DV被害を一人で抱え込んでしまうと、あなた自身がうつ病をはじめとした病気になってしまうリスクもあります。ひとりで抱えこまずに専門的な機関に相談しましょう。
具体的な相談機関としては、何を望むかにより以下のような相談先が挙げられます。
- まず相談だけしたい場合は、DV相談ナビ(男女共同参画局)へ
- DVの治療を検討するなら専門の医院へ
- 保護を求めたいなら配偶者暴力支援センターへ
- 身体の危険を感じる状態なら警察へ
- DVを原因とした離婚を相談したいなら弁護士へ
また、現在妊娠中で産婦人科に通院している場合は、産婦人科医に相談してみるのも良いでしょう。
相談先の詳細については以下の記事もご参照ください。
5、多産DVの夫と離婚する方法
多産DVの被害を受け続ける生活に耐えきれなくなった人は、多産DVの夫と離婚することを検討している人もいるでしょう。ここでは多産DVの夫と離婚する方法について解説します。
(1)暴力や暴言がひどい場合は別居する
夫の暴力や暴言がひどい場合は、別居を検討してみましょう。「夫婦なのに別居するのは良くない」と考える人もいますが、あなたの身体的・精神的安全をまずは確保しなければなりません。夫と住んでいる家を出たらどこも行くあてがない人は、シェルター等で保護してもらうことも一つの選択肢です。
(2)DVの証拠を確保する
夫と離婚するには、DVの証拠を確保できていると心強いです。DVを繰り返す男性は離婚に応じてくれないことも多いので、その場合、離婚するには裁判手続きまで進む可能性があります。その際、何の証拠もなくDVの事実を裁判所に認めてもらうことは難しいので、裁判所でDVの事実を認定してもらうためにも証拠の確保を意識しておきましょう。
ただし、暴力や暴言がひどい場合は、証拠の確保よりも身の安全を守ることを優先してください。
(3)間接的な方法で夫と話し合う
夫のDVが繰り返されている場合、離婚の話をすれば夫から何をされるかわからないという人もいるでしょう。夫と会って直接離婚の話し合いをすることが危険な場合は、メールや手紙でのやり取りをしたり第三者を間に入れて話し合いをしたりするなど、間接的な方法で夫との話し合いを進めましょう。
第三者を間に入れる場合は親族や友人に協力を依頼するのもよいですが、一般の方では公平な立場で話し合いを進められなかったり、トラブルに対処しきれなかったりするおそれもあります。できる限り、弁護士に依頼して間に入ってもらう方がよいでしょう。
(4)離婚調停・離婚訴訟を視野に入れる
夫と離婚の話し合いがうまく進まない場合は、離婚調停・離婚訴訟も視野に入れていきましょう。
離婚調停とは、家庭裁判所において夫婦が離婚問題について話し合う手続きのことであり、家庭裁判所の調停委員が間に入って話を進めます。調停委員を交えた話し合いで合意に至れば、調停は終了となり離婚が成立します。
離婚調停では、調停委員を味方につけることが大切です。耐えがたいほどのDV被害に遭っていることを理解し、信じてもらうことが重要となってきます。そのためには証拠を提出することも重要ですが、仮に証拠が不十分であったとしても、調停委員に実情をわかりやすく伝えることができれば、離婚する方向で話し合いを進めてもらえる可能性があります。
調停期日を重ねても合意に至らない場合は調停不成立となり、離婚訴訟に進むことになります。訴訟では、証拠を持って事実が認定されますので、DV被害を証明できる証拠を提出することが不可欠となります。人の供述も証拠となりますので、別居前に客観的な証拠を確保できなかったとしても諦める必要はありません。弁護士に相談して有力な証拠の収集を進めるようにしましょう。
6、多産DVの問題を弁護士に相談・依頼するメリット
多産DVの被害を受けている場合、通常は妻に比べて夫が優位に立ち支配・非支配の関係が成り立っていることが多いものです。そのため、妻が何かを主張しても夫が受け入れてくれる可能性が乏しいケースもあるでしょう。そのような場合は弁護士への相談・依頼をご検討ください。
(1)身を守る方法をアドバイスしてもらえる
弁護士はDVや離婚に関する知識が豊富ですので、DV被害に遭っている人の身を守る方法についてアドバイスをしてくれます。DV被害に遭っている人の中には、DVの相談先や避難場所を知らない人も多いので、まずは一度弁護士にご相談ください。
弁護士に依頼して、シェルター等への入居の手配をサポートしてもらったり、接近禁止命令の申立てなどをしてもらうことも可能です。
(2)適切な離婚条件についてアドバイスが受けられる
離婚する際には、子どもの親権、養育費、慰謝料、財産分与など、様々な離婚条件を取り決める必要があります。
DVの事案では、被害者側が「別れてくれるのなら何もいらない」とばかりに、一方的に不利な離婚条件を呑んでいるケースが少なくありません。しかし、いくらDV被害に遭っていても、適切な離婚条件をしっかりと獲得しなければ後悔することになりかねません。
離婚条件としてどのような内容を請求できるのか、相場はどの程度なのか、といった点についても弁護士からアドバイスをもらい、検討していきましょう。
(3)離婚手続きを代行してもらえる
DV被害を受けている人が一人で離婚手続きを進めていくのは相当難易度が高いです。また、夫と顔を合わせるだけで気が滅入ってしまう人もいるでしょう。
弁護士に依頼をしておけば、弁護士があなたの代理人として離婚手続きを代行してくれます。そのため、書類作成や証拠の準備、相手との話し合い等については基本的に全て弁護士が行いますので、手続きを遂行する労力や精神的負担から解放されます。
専業主婦が離婚で悲惨な末路に関するQ&A
Q1.多産DVが生じるメカニズムとは?
- 夫婦が支配・非支配の関係になっている
- 妻側に「断ると何をされるか分からない」という恐怖心がある
- 子どもが増えることで夫の経済力に頼らざるを得なくなる
Q2.多産DVの可能性が高いケースとは?
- 4人以上出産している
- 出産・妊娠のサイクルが早い
- 出産と出産の間に中絶がある
- 夫が避妊をしてくれない
Q3.多産DVに遭っている妻がとるべき対処法とは?
- 夫に気付かれないように避妊する
- 夫と話し合う
- 第三者に相談する
まとめ
多産DVは周囲には理解してもらえないことが多く、デリケートな内容でもあるので、なかなか人に相談できず悩んでいる人もいるでしょう。子どもを生めば、親には子どもを育てる責任が伴いますので、多産DVに我慢し続ける生活は健全ではありません。離婚したい場合も離婚までは考えていない場合も、まずは一度弁護士にご相談いただき、客観的なアドバイスを受けてみてください。