過去のDVを訴えるための期限や、一度許した場合でも訴えることが出来るかどうか、証拠がない場合の対処法について、分かりやすく弁護士が解説いたします。
目次
1、過去のDVで訴えることはできる?
過去のDVを訴えることはできますが、無制限に昔の出来事で訴えることが可能とは限りません。以下のように、時効や証拠の問題により、訴えることができなくなることもあるからです。
(1)時効期間内なら可能
訴える権利には、消滅時効というものがあります。正当な権利を有していても、一定の期間が経過すると訴えが認められなくなるのです。
権利を行使するかどうかは権利者の自由ですが、長期間にわたって権利が行使されないと、社会生活上の法律関係が不安定となってしまいます。
真実と異なる事実状態であっても、永続すればそれを前提としてさまざまな人の社会生活が営まれていきます。
権利の上に眠っている者よりも、継続した事実状態を尊重すべきと考えられることから、時効制度が定められているのです。
消滅時効の期間は、何を訴えるのかによって異なります。
過去のDVで何を訴えることができるのかについては「2」で、それぞれの時効期間については「3」で解説します。
(2)証拠がなければ難しいことも
時効期間内であっても、証拠が残っていなければ訴えが認められない可能性があります。
被害者が「DV被害を受けた」と訴えても加害者が事実を否認すれば、第三者にとってはどちらが言い分が正しいのかを判断することができません。
DV被害を裁判所に訴えて強制的に権利を実現するためには、事実を証明できる証拠が必要なのです。
過去のDV被害については、今から訴えようと考えても証拠が残っておらず、訴えることが難しいことも考えられます。
2、過去のDVを訴える場合に請求できること
過去のDVで訴える場合に請求できる内容は以下のとおりです。漠然と「訴えたい」とお考えの方は以下の解説を参考にして、具体的に何を訴えるのかをご検討ください。
(1)刑事上の告訴や被害届
DV行為の内容によっては、以下の犯罪が成立する可能性があります。
罪名・罰条 | 成立する主なケース | 刑罰 |
暴行罪 刑法第208条
| 暴力を振るわれた、物を投げつけられた、など。
| 2年以下の懲役もしくは30万円以下の罰金、または拘留もしくは科料 |
脅迫罪 刑法第222条 | 暴言により脅された場合。
| 2年以下の懲役または30万円以下の罰金 |
傷害罪 刑法第204条
| 暴行により怪我を負わされた場合。外傷だけでなく、精神疾患も含まれることがある。 | 15年以下の懲役または50万円以下の罰金
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器物損壊罪 刑法第261条 | 家の中の物を壊された場合。
| 3年以下の懲役または30万円以下の罰金若しくは科料 |
DV防止法違反 DV防止法第29条 | 裁判所の保護命令に違反した場合
| 1年以下の懲役または100万円以下の罰金
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強制わいせつ罪 刑法第176条 | 暴行・脅迫を用いて性的行為をされた場合 | 6ヶ月以上10年以下の懲役
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強制性交等罪 刑法第177条 | 意思に反して性交渉を強要された場合 | 5年以上の有期懲役
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傷害致死罪 刑法第205条 | 暴行を受けて負傷し、死亡した場合
| 3年以上の有期懲役
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殺人罪 刑法第199条 | 殺害された場合
| 死刑または無期もしくは5年以上の懲役 |
重大な罪から比較的軽微な罪までさまざまですが、配偶者を処罰してほしい場合には、警察への告訴状または被害届の提出という形で訴えることができます。
(2)民事上の損害賠償請求
DV行為は民事上も不法行為に該当しますので、精神的苦痛の程度に応じて慰謝料を請求できます(民法第709条、第710条)。
その他にも、怪我の治療費や後遺症が残った場合の逸失利益、壊された物の修理費や買い換え費用など、さまざまな費目で損害賠償請求権が発生する可能性があります。
民事上の損害賠償請求権については、配偶者への直接請求や、民事裁判を起こすという形で訴えることができます。
(3)離婚
配偶者のDVによって夫婦関係が破綻した場合は、法定離婚事由に該当します(民法第770条1項5号)。
その場合には、配偶者への直接請求や、離婚調停・離婚裁判を起こすという形で訴えが可能です。
離婚の訴えと同時に民事上の損害賠償請求を行うこともできます。
(4)子ども時代のDV被害による訴え
DVをする人は配偶者だけでなく、子どもを虐待していることも多いものです。子ども時代に親から虐待を受けた方は、親に対して、上記(1)および(2)と概ね同様の訴えが可能です。
ただし、親子間の虐待ではDV防止法ではなく児童虐待防止法が適用されます。
裁判所の接近禁止命令違反した場合は同法違反となり、1年以下の懲役または100万円以下の罰金という刑罰の対象となります。
3、過去のDVを訴えるときに注意すべき時効期間
前項でご紹介した訴えの権利がある場合でも、消滅時効期間の経過後は訴えが認められなくなります。
各権利について、時効期間は以下のとおりです。
(1)傷害罪の公訴時効期間は10年
犯罪には公訴時効というものがあります。一定の期間が経過すると、検察官が起訴できなくなるという制度です。起訴ができないのですから、警察に告訴状や被害届を提出しようとしても、受け付けられないことになります。
過去のDVで警察に訴えたいという方は、傷害罪で訴えることをお考えのことが多いのではないでしょうか。
傷害罪の公訴時効期間は、10年です(刑事訴訟法第250条2項3号)。
参考までに、「2」の(1)および(4)でご紹介した各犯罪について、公訴時効期間をまとめておきます。
罪名 | 公訴時効期間 |
暴行罪 | 3年 |
脅迫罪 | 3年 |
傷害罪 | 10年 |
器物損壊罪 | 3年 |
DV防止法違反 | 3年 |
強制わいせつ罪 | 7年 |
強制性交等罪 | 10年 |
傷害致死罪 | 20年 |
殺人罪 | 時効なし |
児童虐待防止法違反 | 3年 |
なお、時効期間は犯罪行為が終わったときからカウントが始まります(刑事訴訟法第253条1項)。
(2)民事上の損害賠償請求権の消滅時効期間は3年または5年
慰謝料請求権をはじめとする民事上の損害賠償請求権の消滅時効期間は、基本的には3年です(民法第724条1号)。
ただし、被害者の生命または身体が侵害された場合は5年となります(同法第724条の2)。
時効期間のカウントは、加害者および損害を知ったときから始まります。
ただし、被害者が殺害または傷害された場合には、その結果が生じたときから3年で消滅時効が完成します。
(3)ただし、婚姻継続中は民事上の消滅時効は成立しない
夫婦間における民事上の権利・義務については、婚姻を解消したときから6ヶ月が経過するまでは消滅時効が完成しないこととされています(民法第159条)。
したがって、婚姻継続中は、民事上の損害賠償請求権については消滅時効を気にする必要はありません。
なお、離婚後6ヶ月が経過したときから時効期間が始まるわけではないことに注意が必要です。
時効期間は、あくまでも加害者および損害を知ったときからカウントされます。
婚姻解消から6ヶ月が経過するまでは、時効の完成が「猶予」されるだけです。
それまでの間に時効期間が経過していれば、婚姻解消から6ヶ月が経過した時点で消滅時効が完成します。
(4)離婚慰謝料の消滅時効期間は3年
離婚後に民事上の損害賠償請求権が消滅時効にかかったとしても、訴えることが一切できないわけではありません。
「不法行為(DV行為)による慰謝料請求権」が時効にかかっていても、「離婚慰謝料の請求権」は離婚成立から3年が経過するまで時効にかからないからです。
過去のDVが原因で夫婦関係が破綻して離婚したと認められる場合には、離婚慰謝料を請求するという形で過去のDVを訴えることができる可能性があります。
4、過去のDVを一度許した場合でも訴えることはできる?
過去のDVで訴える権利が消滅時効にかかっていないとしても、一度許した以上は訴えることができなくなるのでは、という疑問も出てくることでしょう。この点について、以下で解説します。
(1)刑事上の告訴や被害届は可能
一度許した場合でも刑事上の告訴状や被害届の提出は可能です。
ただし、一度許したという事情は加害者にとって有利な情状として考慮されます。
捜査が開始されたとしても、最終的に検察官が処罰する必要性まではないと判断し、不起訴となる可能性もあります。
一方で、被害者が子どものためなど家庭の事情で一時的に我慢していたものの、内心では許していなかったような場合には、加害者が処罰される可能性も十分にあります。
(2)民事上の損害賠償請求も可能
民事上の損害賠償請求も、権利が消滅していない以上は請求可能です。
ただし、過去にDV問題について夫婦間で話し合って解決し、「何らの請求も行わない」と記載した示談書などを作成している場合は、請求権を放棄したことになります。この場合には、基本的に訴えは認められません。
もし、配偶者からの暴行や脅迫によって無理やり示談書にサインさせられたというような事情があれば、合意の無効を争うことで訴えが認められる可能性もあります。
(3)夫婦関係が破綻していなければ離婚はできない
過去のDVを許して夫婦関係を修復し、その後は円満に夫婦生活を送ってきた場合は、離婚は認められません。
あくまでも、配偶者のDVによって夫婦関係が破綻している状況でなければ、配偶者の同意がない限り離婚はできないのです。
ただし、子どものためなど家庭の事情で表面上は円満な家庭生活を送ってきたものの、夫婦関係は実質的に冷え切ったままであった、という場合であれば、離婚が認められる可能性もあります。
一度は許したとしても、被害者の多くは本心から許したわけではなく、葛藤の日々を過ごしてきたと考えられます。
具体的な事情によりますが、離婚が認められるケースも少なくありませんので、どうしても許せなくなった場合は諦めずに離婚を検討してみましょう。
5、過去のDV被害の証拠が残っていないときの対処法
過去のDV被害の証拠が残っていなければ、裁判で離婚や慰謝料請求を認めてもらうことはできません。
告訴状も受理されないでしょうし、被害届を提出したとしても警察が動かない可能性が高いです。
証拠はないけれど過去のDVを許せないという場合には、以下の対処法が有効です。
(1)話し合いで決着をつけることが望ましい
離婚や慰謝料といった民事の問題は、当事者間で合意ができれば柔軟に解決することが可能です。
そのため、配偶者との話し合いによって決着をつけることが望ましいといえます。
一度は許したにもかかわらず許せなくなった理由は、どれだけの被害を受けたのかといった事情を具体的に伝えて、じっくりと話し合ってみましょう。
固い決意があることを示して話し合えば、合意で解決できる可能性も高まります。
(2)話し合いの経過を記録すれば証拠となることも
配偶者と話し合う際には、その内容を記録していきましょう。
ボイスレコーダーなどで会話を録音するのが理想的ですが、それができない場合には議事録のようなメモを記載して残すことです。
手紙やメールなど、記録が残る形で話し合うことも有効です。
話し合いの中で相手が過去のDVを認める可能性は高いですし、その内容を記録すれば証拠となります。
また、離婚や慰謝料を求められた配偶者が逆上し、DVが再燃するかもしれません。
その場合には、新たに証拠を確保することで訴えが認められる可能性が高まります。
ただし、DVが再燃しそうな場合には身の安全を確保するように、くれぐれもご注意ください。
6、過去のDVを訴えたいときは弁護士に相談を
過去のDVを訴えたいと思ったら、まずは弁護士に相談することをおすすめします。
弁護士に詳しい事情を話せば、訴えることが可能かどうかや、どのような訴えができるのかについて、具体的なアドバイスが得られます。
訴えることに決めた場合は、弁護士に依頼すると証拠集めから配偶者との交渉、裁判手続きまで全面的にサポートしてもらえます。
一人で悩んでいると時間だけが過ぎていくことが多いものですが、弁護士の力を借りることで納得のいく解決が期待できるのです。
まとめ
過去のDVで訴えることは、可能な場合も不可能な場合もあります。
時効期間や証拠の問題については、専門的な知識やノウハウがなければ適切な対処は難しいものです。
お困りの際は、弁護士にご相談の上で、最善の解決策を考えていきましょう。