労災によって後遺障害が残ってしまった場合、どのような給付を受けられるのでしょうか。
しかし、労災発生から給付に至るプロセスや、健康保険の給付や国民年金厚生年金の障害年金など、関連する給付との調整についても気を付けなければなりません。
今回は、
- 「労災」と「後遺障害」についての概要
- 労災の発生から障害(補償)給付の開始までの流れ
- 障害(補償)給付の手続き
についてベリーベスト法律事務所の弁護士が解説します。
目次
1、労災の「後遺障害」とは
(1)労災保険とは
労災保険とは、就業中や通勤中の事故などが原因で、労働者が負傷したり病気になったり、死亡したりしたときに、治療費や休業の補償などの必要な保険給付を行う制度です。
業務が原因の災害は「業務災害」、通勤が原因の災害は「通勤災害」と呼ばれます。
(2)後遺障害とは
労災の後遺障害は、次のように定義されます。
「傷病の症状が安定し、医学上一般に認められた医療を行っても、その医療効果が期待できなくなった状態」
厚生労働省の解説では、上記の状態を「治癒」と呼ぶこともありますが、傷病が治ったわけではありませんので、「症状固定」と表現するのが一般的です。
本記事では、誤解を生じないように「後遺障害」を「症状固定時に残存した症状」と定義します。
2、労災で後遺障害が残ったら「障害(補償)給付」を請求できる
(1)労災保険の障害(補償)給付とは
労災の傷病で症状が固定したときに、一定の障害が残り、法令で定められた障害等級に該当すれば、障害の程度に応じて障害(補償)給付が受けられます。
業務災害の場合は「障害補償給付」、通勤災害の場合は「障害給付」と呼ばれます。
本記事では、「障害(補償)給付」と記載します。
障害の状況に応じて、以下のとおり年金または一時金が支給されます。
程度によって分類がされており、段階は14段階です。
同じような障害が残った人には同程度の等級を付け、同様の給付が受けられます。
1級が最も重い後遺障害です。
1級~7級までは年金、8級から14級までは一時金に振り分けられます。
後遺障害は、症状や内容、程度が人によって異なるため、労働基準監督署長が症状や給付の必要性などを検討して等級を決定します。
「障害(補償)給付」のほかに組み合わされて支給されるのは、「障害特別支給金」「障害特別年金」「障害特別一時金」などです。
「障害(補償)給付」が障害に対する保険であり、基本的な給付といえます。
それ以外の特別支給金や特別年金一時金は、労働者の社会復帰の促進のための特別の給付と位置付けられています。
【障害(補償)給付の内容】
(給付額の基礎を決める基準額の定義)
①給付基礎日額
「障害(補償)給付」、すなわち障害に対する保険の金額を算出する基準額です。
ボーナスを除いた賃金の3ヶ月分の一日平均額であり、ボーナスを除いた3ヶ月分の賃金を、その期間の総日数(休日などを含めた暦日数)で除して得た額となります。
②算定基礎日額
「障害特別年金・一時金」すなわち労働者の社会復帰促進のための特別の給付の金額を算出する基準額です。
1年間のボーナス(特別給与)の総額を365で割った額です。
ただし、特別給与の総額が給付基礎年額(給付基礎日額×365)の20%相当額を上回る場合には、給付基礎年額の20%相当額を算定基礎年額とします(限度額150万円)。
(参考)厚生労働省「障害(補償)給付の請求手続」の「給付の内容・手続」
(2)障害(補償)給付の給付条件(障害等級の概要)
1級~14級まで細かな要件が定められています。
以下の表で、代表的なものを抜粋しました。各等級判定のイメージはご理解いただけると思います。
障害等級 | 代表的な身体障害 |
第1級 | 両眼失明、そしゃく及び言語機能喪失、 神経系統または精神に著しい障害を残し常時介護が必要。 胸腹部臓器に著しい障害を残し常時介護が必要。 両上肢または両下肢の用の全廃等 |
第3級 | 1眼失明し他眼視力0.06以下 そしゃくまたは言語の機能の喪失 神経系統または精神に著しい障害を残し、終身労務に服することができない。 両手指全喪失 (手指足指等の喪失は、等級ごと細かな基準が定められています。) |
第7級 | 1眼失明し他眼視力0.6以下 両耳の聴力40cm以上の距離で普通の話声を解することができない。 神経系統または精神に障害を残し、軽易な労務以外に服することができない。 1上肢または下肢に偽関節を残し、著しい運動障害 外観に著しい醜貌 |
以下一時金 |
|
第8級 | 1眼失明、または視力0.02以下 脊柱の運動障害 |
第14級 | 1眼のまぶたの一部の欠損 1耳の聴力1メートル以上の距離では小声を解することができない。 上肢または下肢の露出面に手のひら大の醜いあとを残すもの 1手の母指以外の手指の指骨の一部の欠損 |
(参考)障害等級表の詳細は次を参照してください。
厚生労働省「障害(補償)給付の請求手続」の4~7ページ「障害等級表」
(3)障害(補償)給付の請求手続き
請求手続きの概要は次の通りです。
前提として、「労災が発生し療養していたが、症状が固定した。」という事実関係の流れがあり、労災の療養給付や休業給付などが先行することになります。
これについては、後述します。
本項では、労災後遺障害の認定を受けるための、症状固定の診断以降の手続きをお話します。
①症状固定の診断を受ける
担当医師が作成した診断書(医学証明書)の内容に基づいて、労働基準監督署長の認定により障害等級が決定します。
②「障害(補償)給付支給請求書」を労働基準監督署に提出する
請求書には、事業主の証明を受けます。
請求書に添付する診断書に、医師の診断を記入してもらいましょう。
レントゲン写真など必要な書類は、別途添付します。
労働基準監督署長が審査して、等級を認定します。
傷病の種類にもよりますが、審査機関としては3ヶ月程度はかかるようです。
④本人への保険給付決定の通知及び指定口座への保険給付の支払い
以上の手続きで給付が決定され、指定口座に保険給付が支払われます。
(出典)厚生労働省
日本で働く外国人向け「労災保険請求のためのガイドブック」(第1編)
外国人向けとして作成されていますが、説明や図解などがわかりやすいのでぜひ活用してください。
(4)時効に注意
障害(補償)給付は、症状が固定した日の翌日から5年を経過すると、時効により請求権が消滅します。
(5)後遺障害として認められなかったときの対応(審査請求)
給付の請求をしたのに支給決定がなされなかった場合、労働局の労働者災害補償保険審査官に対して審査請求をします。
審査請求は、労災保険給付の決定があったことを知った日の翌日から起算して3か月以内に行いましょう。
審査官の決定にも納得がいかなければ、厚生労働省の「労働保険審査会」に再審査請求を行います。
再審査請求を行っても納得がいかなければ、地方裁判所に行政訴訟を起こすこともできます。
3、給付を受けている時の手続きや注意点
(1)年金給付を受けている間は「労災保険定期報告」が必要
労災保険から年金を受給している場合、1年に1回の定期報告をする必要があります。
定期報告は、現状を労働基準監督署へと知らせます。症状の再発や悪化、改善などの状況を報告しましょう。
しっかり報告しなければ、年金給付を止められてしまう可能性があります。
(2)障害(補償)年金の特別の受け取り方について
①障害(補償)年金前払一時金
第1級~第7級の障害(補償)年金については、まとまったお金が必要な場合に、Ⅰ回に限り前払い一時金を受けることも可能です。
例えば、第1級の場合、給付基礎日額の200日分から1,340日分の前払いを受けられます。
その分は、以後の障害(補償)年金が前払い一時金の額に達するまで支給停止されます。
前払い分の利息も考慮される点に注意してください。
ただし、前述のとおり、等級認定を受ければ、「障害特別一時金」としてまとまったお金も支払われます。
第1級の場合の一時金額は、342万円です。
②障害(補償)年金差額一時金
障害(補償)年金の受給権者が死亡したとき、遺族に対して、障害(補償)年金差額一時金が支給されます。
支給額は、既に支給された障害(補償)年金と障害(補償)年金前払一時金の合計額が障害等級に応じた一定額に満たない場合には、その差額分です。
例えば、第1級の場合は「障害(補償)年金差額一時金」1,340日分+「障害特別年金差額一時金」1,340日分が一定額です。
既に受給した額との差額が、遺族に支払われます。
③請求の時効について
障害(補償)年金前払一時金は、症状が固定した日の翌日から2年を経過すると、時効により請求権が消滅します。
障害(補償)年金差額一時金は、被災労働者の死亡した翌日から5年を経過すると、時効により請求権が消滅します。
(参考)「労災保険請求のためのガイドブック<第二編> 22頁など
4、「障害」に関する他の社会保険制度との調整について
(1)厚生年金・国民年金の障害年金との調整
①原則的な考え方
労災の障害(補償)給付を受けている場合に、同時に、厚生年金・国民年金の障害年金も受けている場合があります。
同時に障害年金を受給している場合には、次の表のように労災年金の側について調整率をかけて減額されます。
ただし、調整された労災年金の額と厚生年金の額の合計が、調整前の労災年金の額より低くならないように考慮されています。
同じような対応は、労災の遺族(補償)年金と厚生年金・国民年金の遺族年金に関しても行われます。
これらの年金が未調整のまま支給されまると、受け取る年金額の合計が、被災前に支給されていた賃金よりも高額になってしまいかねないからです。
また、保険料は、厚生年金保険は被保険者と事業主とが折半で、労災保険は事業主が全額負担していますので、結果として、事業主の二重負担の問題が生じてしまう、といった問題があるというのも支給調整の理由となっています。
(労災年金と厚生年金等の調整率)
労災年金 | 障害補償年金 | 遺族補償年金 | |
社会保険の種類 | 併給される年金給付 | ||
厚生年金及び国民年金 | 障害厚生年金及び障害基礎年金 | 0.73 | – |
遺族厚生年金及び遺族基礎年金 | – | 0.80 | |
厚生年金 | 障害厚生年金 | 0.83 | – |
遺族厚生年金 | – | 0.84 | |
国民年金 | 障害基礎年金 | 0.88 | – |
遺族基礎年金 | – | 0.88 |
例えば、障害厚生年金を受け取っている人が労災の障害(補償)年金(労災年金)を受け取る場合、労災年金側に0.83の調整率がかけられます。
しかし、障害厚生年金を受け取っている人が労災の遺族(補償)年金を受け取る場合、調整は行われず、厚生年金・労災年金ともに全額受け取れます。
【例外は20歳前の障害の場合】
ただし、例外的に障害年金が支給停止になってしまうケースがあるため注意が必要です。
例外的なケースとは、20歳前の障害により障害基礎年金と労災の障害補償年金を受給できる場合です。
「20歳前障害による障害基礎年金」とは、年金保険に加入できない20歳より前に初診日がある障害により障害基礎年金を受給することです。
以上のケースに限っては、労災の給付が優先され、労災からの給付を受けると障害基礎年金が全額支給停止になってしまいます。
(参考)厚生労働省
Q.障害(補償)年金や遺族(補償)年金などの労災年金と厚生年金の両方を受け取ることはできるのでしょうか。
②調整の対象は障害(補償)年金のみ
注意しておくべきは、労災年金等で調整されるのは「障害(補償)給付」の部分だけです。
前述のとおり、この部分は「保険給付」であり、国民年金厚生年金の保険給付と同様の給付として調整の対象となります。
障害特別支給金・障害特別年金は、全額支給されます。
「保険給付」ではなく、「社会復帰支援事業」という別の政策目的による給付だからです。
なお、労災の障害等級が8~14級は障害(補償)一時金のため調整の対象にはなりません。
(2)健康保険の傷病手当金
労災認定は前述の通り3ヶ月以上かかることが多いので、健康保険の傷病手当金をまず受給される方も多いでしょう。
しかし、労災認定がなされたら、それまでに受給した傷病手当金は健康保険に返還することになります。
この点は労災の療養(補償)給付や休業(補償)給付も同様です。
厚生労働省の次のパンフレットを参照してください。
5、障害(補償)給付以外の各種労災保険請求も忘れずに
本項では、障害(補償)給付を中心に説明しましたが、労災保険の他の主な給付も概観し、障害(補償)給付との関係についても簡単にご説明します。
(1)労災保険の主な給付の概要
①療養(補償)給付
業務または通勤が原因となった傷病の療養を受けるときの給付です。
無料で療養の給付が受けられます。健康保険のような3割自己負担はありません。
②休業(補償)給付
業務または通勤が原因となった傷病の療養のため、労働することができず、賃金を受けられないときの給付です。
給付基礎日額(平均賃金)の80%が給付されます。
これは「労働基準法に定める60%分の休業(補償)給付」+「社会復帰促進等事業として給付基礎日額の20%の休業特別支給」の合計額という考え方です。
③傷病(補償)年金
傷病(補償)年金は、労災による傷病の療養開始後1年6か月たっても症状固定せず、障害の程度が1級から3級の非常に重い場合に給付されます。
給付内容は次のとおりです。
給付の基礎となる給付基礎日額、算定基礎日額は障害(補償)給付と共通です。
④遺族(補償)給付
労働災害によって労働者が死亡したときに、一定の範囲の遺族に給付されるものです。
⑤葬祭料・葬祭給付
労働者が死亡し、葬祭を行ったときの給付です。
⑥介護(補償)給付
障害(補償)年金または傷病(補償)年金の一定の障害により、現に介護を受けているときに給付されます。
(2)労災保険の主な給付の相互関係・雇用保障との関係
労災保険の主な給付は、時間の経過と症状の固定の状況などにより相互に関連するものです。
労災発生後は、まず「療養(補償)給付」を受けることになります。
休業して賃金が得られないなら、「休業(補償)給付」を受けます。
労災発生から初診後1年6ヶ月経っても症状が固定しない場合には、「休業(補償)給付」は打ち切られ「傷病(補償)年金」に切り替えられることがあります。
症状が固定しても一定の後遺障害が残る場合には、「療養(補償)給付」「休業(補償)給付」は打ち切られ、「障害(補償)給付」に切り替えられるのです。
傷病や障害で介護が必要な場合、一定の要件のもとで介護(補償)給付が支給されます。
死亡したときには、遺族(補償)給付が行われます。
なお、雇用関係との関連も注意しておく必要があります。
業務災害の場合には、原則として解雇は許されません。
療養開始後3年を経過しても治癒しない場合には、平均賃金の1200日分の打切補償を行うことで解雇可能になります。
労働災害の被災労働者は、労災保険のみならず雇用の面でも十分に保護されているのです。
以上を取りまとめて図解すると、次のようになります(「〇○(補償)給付」の(補償)の字は省略して記載しています)。
事態 | 労害で療養・休業 |
| 休職期間満了 労働能力喪失など | 療養開始後3年経過したが治癒せず |
雇用関係 | 休業開始 |
| 業務災害⇒雇用継続(解雇不可) 通勤災害⇒解雇可能な場合がある。 | 業務災害⇒平均賃金の1200日分打切補償して解雇可能 |
労災給付 | 療養の給付開始 | 給付継続 (症状固定し障害等級1級から14級に該当すれば障害給付に切替え) | ||
休業の給付開始 | 給付継続 (症状固定し障害等級1級から14級に該当すれば障害給付に切替え) | |||
| 療養開始後1年半経過 治癒せず、しかも症状固定せず1級から3級の重い障害 ⇒休業給付を傷病給付に切替え | 傷病給付継続 (症状固定し障害等級1級から14級該当すれば障害給付に切替え) | ||
|
| その後の状況次第では介護給付や遺族給付などもありうる。 |
まとめ
今回は、労災の後遺障害について解説しました。
被災労働者は、労災保険によってさまざまな面で手厚く保護されます。
万が一、労災で後遺障害が残った場合、後遺障害は一生続く問題となってしまいます。
ご本人だけでなく、ご家族にも大変な負担がかかるでしょう。
労災保険は、後遺障害が残ってしまった被災労働者やご家族を守る仕組みです。
しかし、傷病に苦しみ、障害を持ちながら労災保険の細かな手続きを進めるのは、大変なことといえるでしょう。
会社(事業主)も、労働者にしっかり協力してくれるとは限りません。
むしろ、労災が発生すると役所に睨まれるとか、元請けに叱られるといったことで労災隠しに走るような会社も少なからず見受けられます。
労災発生時には、ぜひ労災関係に詳しい弁護士のサポートを受けてください。
ご自身やご家族を守り、あなたの働く仲間を守るために、弁護士の力を借りてあなたの権利の実現を目指しましょう。