
貞操権とは、相手と性的関係を結ぶかどうかを自分の自由な意思で決定する権利のことであり、この貞操権を侵害された場合には慰謝料を請求できる可能性があります。
例えば、マッチングアプリなどで知り合った男性が独身だというので信じて交際し、結婚も考えていたにもかかわらず、実は相手が既婚者であったとしましょう。
通常、既婚者と結婚を視野に入れて交際することはありませんので、このような場合は男性に騙されて性的関係を持たされたということになります。
相手の奥さんから見れば、あなたは不倫・浮気の加害者だと思われることもありますが、騙されて交際したのであれば、紛れもなく被害者です。相手の男性に対して、慰謝料を支払ってほしいと思うのも当然のことです。
そこで今回は、
- 貞操権侵害で慰謝料請求できる条件
- 貞操権侵害で慰謝料を請求できるケースとできないケース
- 貞操権侵害で慰謝料を請求する具体的な方法
などについて、ベリーベスト法律事務所の弁護士が分かりやすく解説していきます。
この記事が、男性に騙されて性的関係を持たされていたことを知り、慰謝料請求をしたいとお考えの方の手助けとなれば幸いです。
目次
1、貞操権侵害における慰謝料請求の条件
貞操権侵害を理由とする慰謝料請求が認められるのは、相手の行為が民法上の「不法行為」に該当する場合です。
具体的には、以下の3つの条件を満たす場合に慰謝料請求が可能となります。
(1)肉体関係を持ったこと
貞操権とは、性的な関係を誰と結ぶのか・結ばないのかを、自分の自由な意思で決定できる権利のことです。
ここにいう「性的な関係」とは、肉体関係のことを指します。したがって、貞操権を侵害されたといえるためには、相手と肉体関係を持ったことが条件となります。
食事などのデートをするだけの関係であった場合や、性的な行為があったとしてもキスやハグなどにとどまっていた場合は、たとえ心を奪われていたとしても、貞操権侵害には当たりません。
(2)相手が独身または離婚間近と説明していた
相手が既婚者で離婚する予定もないにもかかわらず、独身または離婚間近などと偽っていたことも、貞操権侵害が成立する条件となります。
相手が既婚者であることを知りながら交際した場合は、自分の自由な意思で肉体関係を持ったことになり、騙されたことになりませんので、貞操権侵害が成立しません。
また、こちらが勝手に相手のことを独身だと思い込んだ場合も、相手が騙したわけではないので貞操権侵害に当たらない可能性があります。
(3)結婚の話をしていた
相手から結婚の話をされた、または2人の間で結婚の話が出ていたという状況であったことも、貞操権侵害が成立する条件となります。
たとえ相手が既婚者であっても、結婚を前提とせず交際するのであれば、相手の配偶者に対する不倫・浮気の問題は別として、2人の間では違法な関係ではありません。
既婚者であるにもかかわらず、結婚の話を持ち出して騙すことにより、性的な関係を持たされることで貞操権侵害が成立するのです。
ただし、結婚の話はさほど具体的な話である必要はなく、結婚する可能性があることをほのめかされて性的関係に至った場合でも貞操権侵害に当たる場合があります。
2、貞操権侵害で慰謝料請求ができる具体的ケース
次に、貞操権侵害を理由とする慰謝料請求が認められる具体的なケースをご紹介します。
(1)独身だと聞かされて結婚を前提に交際したが、実は既婚者だった
慰謝料請求が認められる典型的なケースです。
出会いのきっかけは問われません。マッチングアプリや出会い系サイトでも、婚活パーティーなどでも、友人等からの紹介でも、既婚者なのに「独身」と偽られて結婚をほのめかされ、性交渉を持った場合は貞操権侵害が成立するので慰謝料請求が可能です。
昔の同級生や友人であった相手でも、しばらく交流がなく相手の近況を知らなかった場合は、貞操権侵害が成立する可能性があります。
(2)上司から離婚間近だと聞かされて性的な関係を持った
既婚者が独身であると偽る場合だけでなく、離婚する予定であると偽る場合にも、貞操権侵害が成立することがあります。
気になる相手から「妻とは離婚調停中で、もうすぐ離婚が成立する」「長年、妻とは離婚を前提に別居中であり、ほとんど交流はない」などと言われると、結婚を期待して交際に至ることもあるでしょう。
ところが、相手の夫婦関係に特段の問題がなく、離婚の予定などない場合は、まさに騙されて性的な関係を持ったことになるので、貞操権侵害による慰謝料請求が可能です。
(3)無理やりに性的な関係を持たされた
相手からレイプ(強制性交等)をされた場合も、性的な関係に対する自由意思を侵害されていますので、当然ながら慰謝料請求が可能です。
なお、刑事責任と民事責任は別の観点から判断されるものですので、刑法上の強制性交等罪が成立しないケースでも、民法上は貞操権侵害による慰謝料請求が認められることもあります。
例えば、会社の上司から「性交渉に応じなければクビにする」などと言われて関係を持った場合などが考えられます。
(4)女性が未成年者であり、判断能力が不十分であった場合
一般的に未成年者は、自分の行為が法律的にどのような意味を持つのかを判断する能力が不十分ですので、成人の女性に対しては貞操権侵害に当たらない場合でも、未成年の女性に対しては当たる場合があります。
例えば、男性が既婚者であることを隠さず性交渉に誘った場合でも、「みんなやってることだから問題ない」などと言って、女性の判断を誤らせた場合などが考えられます。
3、貞操権侵害で慰謝料請求が難しい具体的ケース
既婚男性に騙されたと思っても、以下のようなケースでは貞操権侵害が成立せず、慰謝料請求はできません。
(1)肉体関係を伴わないプラトニックな関係だった
たとえ既婚男性に「独身」であると騙され、心を奪われて結婚したいと思っていたとしても、肉体関係がなかった場合は「貞操権」が侵害されていませんので、慰謝料請求は認められません。
(2)結婚の話を一切されていない
独身であると偽った既婚男性と性的な関係を持ったとしても、結婚の話を一際されていない場合は、騙されたとはいえません。したがって、貞操権を侵害されたことにはならず、慰謝料請求はできません。
(3)少し注意すれば相手が既婚者であると分かる状況だった
相手が独身であると言っていたとしても、こちらが少し気をつければ既婚者であると分かることもあります。
例えば、左手の薬指に指輪をしている、自宅の住所や連絡先を教えてくれない、休日には会ってくれない、携帯電話やスマートフォンの待ち受け画面に子どもの画像が設定されている、などの状況であれば、一般的な人なら「既婚者ではないのか?」と思うはずです。
このような状況であるにもかかわらず、相手の言うことを疑いもせず軽信して交際に至った場合は、男性の行為の違法性が軽いことから、慰謝料請求が認められない可能性があります。
4、貞操権侵害の慰謝料請求、その額はいくら?
貞操権侵害による慰謝料請求が認められる場合、いくらもらえるのかは気になるところでしょう。
慰謝料の金額は、被害者が受けた精神的苦痛の程度に応じて決められるのが法律上の原則ですが、当事者間の話し合いで合意できるのであれば、自由に決めることができます。
ここでは、裁判をした場合に認められる慰謝料額の相場と、増額される要素・減額される要素をご紹介します。
(1)一般的な相場
貞操権侵害による慰謝料の一般的な相場は、数十万円~300万円程度と言われています。
ほとんどのケースで、この幅の範囲内で具体的な事情を総合的に考慮して金額が決められます。
その中でも、数十万円~200万円となるケースが比較的多くなっています。200万円~300万円が認められるのは、相当に男性の行為が悪質なケースや、女性が受けた被害が大きい場合に限られてきます。
(2)増額される要素
以下のような事情がある場合は、慰謝料相場の幅の中でも高額の慰謝料が認められやすくなります。
- 長期間にわたって交際した
- 性交渉の回数が多い
- 女性が交際や性交渉に消極的だったのに男性が積極的に誘いかけた
- 女性が交際や性交渉を拒否したのに男性が強要した
- 男性が巧妙に嘘をつき、計画的に女性を騙した
- 女性が妊娠した
- 女性が低年齢で判断能力が未熟であることに男性がつけ込んだ
- 交際の解消時に男性の態度が不誠実であった
さまざまな事情が挙げられますが、要は、客観的に見ても男性の行為が悪質であればあるほど、また女性が受けた被害が大きければ大きいほど、慰謝料は増額される傾向にあります。
(3)減額される要素
反面、客観的に見て男性の行為の悪質性が低い場合、および女性が受けた被害が小さい場合には、慰謝料は減額される傾向にあります。
以下のような事情がある場合は、慰謝料請求が認められたとしても低額となる可能性が高いです。
- 交際期間が短い
- 性交渉の回数が少ない
- 女性側が交際に積極的だった
- 男性の嘘が簡単に見破れるようなものであった
- 女性の年齢が比較的高い
- 交際解消時の男性の態度が誠実であった
5、貞操権侵害で慰謝料を請求する方法
次に、相手に慰謝料を請求するための具体的な方法を解説します。
(1)証拠を確保する
まずは、貞操権侵害の事実を証明できる証拠を確保しましょう。いきなり慰謝料を請求すると、「独身だなんて言ってないし、結婚の話もしていない」などと言い逃れをされる可能性が高いので、先に証拠を確保することが重要です。
相手と知り合った頃のメールや、マッチングアプリ・出会い系サイトでのやりとりにおいて「独身です」とかたるメッセージが残っていれば、有力な証拠となります。そのメッセージを表示した画面をスクリーンショットで保存するか、写真撮影するなどして証拠化しましょう。
そのような証拠がない場合は、相手が「独身」だと言っていたことや、結婚を前提に交際していたことを証明できる何らかの証拠を探しましょう。例えば、もらったプレゼントや、食事をした場所や旅行に行った場所、その時に撮影した写真などで、証拠になるものがあるかもしれません。
相手との交際の状況を綴った日記があれば、それも証拠となります。日記を書いていなかった場合は、今からでも相手との交際状況を具体的にまとめて記載すれば、最低限の証拠として使える可能性があります。できる限り記憶を喚起し、詳細かつ正確に記録するようにしましょう。
(2)相手の所在を調べる
マッチングアプリや出会い系サイト、SNSなどインターネットを通じて出会った場合は、相手の氏名から生年月日、住所、勤務先などまで虚偽であるということも少なくありません。
その場合、慰謝料を請求するためには相手の所在を突き止める必要があります。
相手とのやりとりの中でさりげなく聞き出すことができればよいのですが、それができる可能性は低いでしょう。
弁護士に依頼すれば、相手の携帯電話の番号などを手がかりとして、「弁護士会照会」という手段を使って相手の所在を調査できる可能性があります。
それでも相手の所在が判明しない場合は、尾行などの調査手段を用いる必要があります。一般の方が安全に尾行を行うことは困難であり、多大な時間と労力も要します。その場合は、探偵事務所に依頼した方がよいでしょう。
弁護士に相談すれば、信頼できる探偵事務所を紹介してもらえることもあります。
(3)相手と直接交渉する
証拠を確保し、相手の所在を突き止めたら、いよいよ慰謝料を請求します。
慰謝料請求の方式に決まりはありません。穏便な話し合いが期待できる相手であれば、電話やメールなどで請求するのもよいでしょう。
穏便な話し合いが期待しづらい場合は、慰謝料請求書を作成し、内容証明郵便で送付するのが一般的です。相手が反応したら、具体的な金額や支払期限、支払い方法などについて交渉します。
相手がしらを切ろうとした場合は、証拠を示して言い逃れを許さず、責任を追及することになります。
交渉がまとまり合意ができたら、口約束で終わらせず、必ず示談書を作成して取り交わしましょう。
(4)裁判を起こす
交渉がまとまらない場合や、そもそも話し合えない場合は、裁判(損害賠償請求訴訟)を起こすことが必要となります。
裁判を起こすには、訴状という書面に慰謝料の請求額と、その根拠となる具体的な事実を記載し、証拠と一緒に裁判所へ提出します。
貞操権侵害の事実を証拠で立証することができれば、判決によって強制的に慰謝料を支払わせることが可能となります。
6、貞操権侵害で慰謝料を請求するときに知っておくべきこと
既婚男性に騙されて性的な関係を持たされた方は、相手に慰謝料支払わせたいという思いでいっぱいになっているかもしれませんが、以下の点には注意が必要です。
(1)相手の配偶者から不倫慰謝料を請求される可能性がある
相手に対して慰謝料請求をした結果、2人の関係が相手の配偶者に知られてしまい、逆に不倫慰謝料を請求される可能性があります。
こちらに相手が既婚であったことを知らなかったことについて落ち度がなければ慰謝料の支払い義務はありませんが、相手の配偶者から見れば、あなたを不倫相手だと思ってしまうこともやむを得ないでしょう。
弁護士を代理人に立てれば、相手の配偶者からの訴えにも対応してくれます。自分で直接やりとりをする必要はないので、安心して相手に対する慰謝料請求の手続きを進めることができます。
(2)脅迫してはいけない
慰謝料請求をしても相手に誠意が見られない場合には、感情的になってしまうこともあるかと思います。しかし、そんなときでも脅迫的な態度を取ってはいけません。
「支払わなければ家族にばらしてやる」「職場の人に言いふらしてやる」「ネットに晒してやる」などという発言は脅迫に当たります。このような発言をすると、脅迫罪や名誉毀損罪などで罪に問われることがある上に、逆に慰謝料を請求される可能性もあります。
貞操権侵害の慰謝料請求は、法律上の手続きとして冷静に進めることが重要です。自分ではどうしても感情的になってしまうという場合は、弁護士に依頼した方がよいでしょう。
(3)相手を刺激してはいけない
「脅迫してはいけない」問題と関連していますが、慰謝料請求をする際は必要以上に相手の感情を刺激しない方が得策です。
いたずらに相手を刺激すると、仕返しとしてリベンジポルノやストーカー、その他の嫌がらせ行為を受ける心配があります。
性的な動画像を相手にとられている場合は、交際解消時にすべて削除するように求めるべきです。
ストーカー行為を受けた場合は「接近禁止命令」の申立てができます。素早く申し立てるためには、早めに弁護士に相談しておくことが有効です。
できれば、相手と円満に示談を成立させることが理想的です。そのためにも、弁護士を代理人に立てて冷静に交渉を進めてもらった方がよいでしょう。
(4)時効に注意する
慰謝料の請求権には時効があります。貞操権侵害の事案では、騙されていたことに気付いてから3年以上が経過すると時効が成立し、慰謝料請求が認められなくなります。
騙されたことを知って精神的に大きなダメージを受けた場合や、慰謝料請求が可能であることを知らなかったような場合には、すぐに慰謝料請求できないこともあるでしょう。
時効成立が迫っている場合には、取り急ぎ内容証明郵便を送付することが有効です。相手が内容証明郵便を受け取ってから6ヶ月は時効の成立が猶予されます。その間に裁判を起こせば、それまで進行していた時効期間はリセットされ、ゼロに戻ります。
(5)相手と別れない場合はリスクが大きい
人によっては、相手に騙されていたことを知っても別れたくないと思うこともあるでしょう。
しかし、相手が既婚者であることを知った以上、その後の交際は不倫に当たりますので、相手の配偶者から慰謝料請求をされた場合は支払いを拒むことができません。
また、相手と不倫の末に結婚できたとしても、結婚生活ではさまざまな苦労がふりかかる可能性が十分にあります。
相手との交際を続けるのであれば、これらのリスクを受け入れる覚悟が必要です。
7、貞操権侵害で慰謝料請求をお考えの方はまずは相談を
貞操権侵害による慰謝料請求をするなら、弁護士に相談・依頼することをおすすめします。
ご自身のケースで慰謝料請求が可能か、可能としていくらもらえるのかについては、弁護士に相談するだけでも見通しをアドバイスしてもらえます。
慰謝料請求をすることに決めた場合、弁護士に依頼すれば、証拠集めから相手の所在調査、慰謝料請求手続きまで全面的にサポートしてもらえます。
相手との交渉は弁護士が代行してくれますので、自分で相手とやりとりをする必要はありません。裁判の複雑な手続きも、すべて弁護士に任せることができます。
弁護士に依頼することで精神的にも楽になりますし、より納得のいく解決も期待できます。慰謝料請求をしたいと思ったら、まずは弁護士の無料相談を利用してみてはいかがでしょうか。
貞操権侵害による慰謝料請求に関するQ&A
Q1.貞操権侵害における慰謝料請求の条件とは?
- 肉体関係を持ったこと
- 相手が独身または離婚間近と説明していた
- 結婚の話をしていた
Q2.貞操権侵害で慰謝料を請求する方法とは?
- 証拠を確保する
- 相手の所在を調べる
- 相手と直接交渉する
- 裁判を起こす
Q3.貞操権侵害で慰謝料を請求するときに知っておくべきこととは?
- 相手の配偶者から不倫慰謝料を請求される可能性がある
- 脅迫してはいけない
- 相手を刺激してはいけない
- 時効に注意する
- 相手と別れない場合はリスクが大きい
まとめ
貞操権を侵害されたら、慰謝料請求が可能です。
しかし、既婚男性に騙されたと思っても、事案の内容によっては慰謝料請求できないケースもありますし、請求できても低額の慰謝料しか得られないこともあります。逆に、事情次第では高額の慰謝料をもらえる可能性もあります。
実際に慰謝料請求する際には、証拠集めや相手の所在調査の段階で困難に直面することもあるでしょう。また、相手の配偶者から慰謝料請求されるなどして窮地に立たされることもあるかもしれません。
そんなときは、一人で悩まず弁護士に相談してください。弁護士は、あなたの味方として相手や相手の配偶者に対応します。
お困りの際は、お気軽に弁護士の無料相談をご利用ください。