法定離婚事由の1つである「悪意の遺棄(あくいのいき)」。
この「悪意の遺棄」とは、配偶者が生活費(婚姻費用)を渡してくれなかったり、勝手に家から出て行って見捨てられたようなケースを言います。
夫婦間で「悪意の遺棄」があれば、法律上の離婚原因が認められ、慰謝料請求をするも可能です。
今回は、
- 悪意の遺棄の具体的行為例
- 悪意の遺棄で離婚が認められるための条件
- 悪意の遺棄があった場合に請求できる慰謝料額
などについて、多くの離婚事件を解決してきたベリーベスト法律事務所の弁護士が解説していきます。
ご参考になれば幸いです。
目次
1、悪意の遺棄とは?
悪意の遺棄とは、夫婦が同居して協力し合って生活する義務に正当な理由なく背く行為のことをいいます。
このような行為があると夫婦関係が成り立たないため、悪意の遺棄は法定離婚事由のひとつとされています(民法第770条1項2号)。
法定離婚事由とは、その行為をした配偶者の同意がなくても、最終的に裁判で離婚が認められる事情のことです。
ここでいう「悪意」とは、夫婦関係の断絶を意図し、もしくは容認するという積極的な意思のことです。単純に遺棄をしたことを知っているというだけでは悪意の遺棄になりません。
また、「遺棄」というのは簡単にいえば配偶者を見捨てることです。
たとえば、突然家を出て別居を強行したり生活費を渡さなかったりすると場合によっては「悪意の遺棄」が成立します。健康で就労能力があるのに、毎日パチンコなどに行ってまったく生活費を入れない場合に悪意の遺棄と評価されるケースなどもありえます。
2、悪意の遺棄の前提となる3つの義務
夫婦間で悪意の遺棄が成立するのは、前提として夫婦に以下の3つの義務(民法第752条)があるからです。
- 同居義務
- 協力義務
- 扶養義務
以下で、順番に確かめていきましょう。
(1)同居義務
同居義務とは、その名のとおり夫婦が同居すべき義務のことです。ただし、転勤などによって同居できないことはありますし、お互いの仕事の都合や親の介護の都合などで別居する夫婦もあります。そういった場合には、違法と評価されたりすることはありません。
問題になるのは、正当な理由なく、一方的に家を出て別居してしまったり、婚姻後に正当な理由なく同居を拒絶し続けたりした場合です。
ただし、同居義務に違反したとして同居を強制する手段はありません。
(2)協力義務
協力義務とは、生活の様々な場面で夫婦が互いに協力すべき義務のことです。
ただし、協力しなかったからと言って処罰されることなどはありません。
(3)扶養義務
扶養義務は、相手を経済的に養う義務のことです。婚姻関係にある以上、相手に対して「自分と同程度」の生活を保障しなければなりません。
夫婦は、収入の高い方が経済的に相手を支え、収入の低い方は家事を担うなどして相手の生活を支えていくべきものです。その意味で、協力義務と扶養義務は夫婦の「相互扶助義務」と呼ばれることもあります。
悪意の遺棄は、上記の「同居義務」「協力義務」「扶養義務」に違反する行為です。
3、悪意の遺棄にあたる可能性がある具体的な状況は?
具体的にはどのような行為が「悪意の遺棄」となるのか、パターンを確認していきましょう。
(1)生活費を一切渡さない
典型的な悪意の遺棄のパターンです。同居していても別居していても、生活費を配偶者へ払わないのは、「悪意の遺棄」となりえます。単身赴任の夫が生活費を送らない場合も同様です。
もっとも、実際に悪意の遺棄に該当するかどうかの判断は、夫婦それぞれの収入によって異なることもあります。
例えば、妻が夫と同等の収入を得ていて生活に支障がない場合は、生活費を渡さないことだけでは悪意の遺棄に該当しない可能性もあります。
逆に妻が専業主婦の場合は、夫が多少のお金を渡していても生活が成り立たないようであれば、悪意の遺棄に該当する可能性があります。
要は、配偶者を「見捨てた」といえる状況を作ったかどうかがポイントとなります。
(2)理由も無く同居を拒否
結婚しても同居を拒否し続けたり、実家に里帰りしたまま夫婦の居宅に返ってこなかったりするケースです。
しかし、子どもの育児や教育のために別居するなど、正当な理由のある別居については、悪意の遺棄には当たりません。
(3)家出を繰り返す
理由もなく家出を繰り返していると悪意の遺棄となりえます。
(4)浮気相手の家で生活
家を出て、浮気相手の家で生活するパターンもよくありますが、そのようなことをすると「悪意の遺棄」と評価されることが多いでしょう。
(5)配偶者を追い出す
配偶者が自分で家から出て行く場合だけでなく、相手を追い出すことも「遺棄」にあたります。したがって、相手に暴力を振るったり脅したりして家から追い出すようなケースも悪意の遺棄となりえます。
(6)健康なのに働かない
健康で働けるにもかかわらず、労働をせずに生活費を入れなかったら悪意の遺棄と評価される可能性があります。
(7)家事を放棄する
妻が専業主婦なのに家事を放棄して全く行わないような場合も、夫が働かないケースと同視できますので、悪意の遺棄にあたる場合があります。
なお、悪意の遺棄に該当するといえるためには、以上のような事情が一定期間続いていることが必要です。どのくらいの期間が必要なのかはケースバイケースですが、遺棄された側が生活に困窮しているようであれば、数か月程度でも悪意の遺棄に該当する可能性は十分にあります。
それから、以上のような理由があり「悪意の遺棄」が認められても、例えば「勝手に別居して家に帰って来ないのは『悪意の遺棄』として慰謝料請求してやる!!」などと相手に言い放つのは、こちらの不利となってしまいますので注意が必要です。
「モラハラ」として、逆に相手から主張されてしまう可能性があります。
4、悪意の遺棄にあたらないケース
形式的に見れば上記の事情に該当する場合でも、正当な理由がある場合には夫婦の同居・協力・扶養義務に反しませんので、悪意の遺棄には該当しません。
具体的には、以下のようなケースが挙げられます。
- 単身赴任など仕事上の必要性のために別居する場合
- DVやモラハラから逃れるために別居する場合
- 夫婦関係を見つめ直すために別居する場合
- 病気などで療養するために別居する場合
- 子どもの教育上の必要性のために別居する場合
- 実家の親を介護するために別居する場合
- 健康上の理由で仕事や家事ができない場合
- 失業中のため生活費を渡せない場合
その他にも、「配偶者から無視される場合」も悪意の遺棄には該当しません。
もっとも、程度によってはモラハラにあたり「その他婚姻を継続し難い重大な事由」(民法第770条1項5号)として法定離婚事由に該当する可能性があります。
5、悪意の遺棄が認められた判例は?
ここでは、実際に裁判で悪意の遺棄による離婚請求が認められた事例をみていきましょう。
(1)身体障害を抱えた妻を置き去りにしたケース
妻が半身不随の身体障害者だったケースで、夫が妻を自宅に置き去りにしたまま長期間別居を続けた事例です。
夫は妻に対し、生活費を送金していませんでした。
この事例において、裁判所は夫の行為が「悪意の遺棄」に該当すると判断しています(浦和地裁昭和60年11月29日判決)。
(2)妻子を見捨てて家を出たケース
夫が妻と生まれたばかりの子どもを見捨てて家を出たケースです。
妻は夫の不貞行為と悪意の遺棄を主張して慰謝料請求しました。
不貞は認められませんでしたが、悪意の遺棄が認められて、夫に対し、300万円の慰謝料支払い命令が出ました(東京地裁平成21年4月27日判決)。
(3)妻を家から追い出したケース
夫が妻に対して暴力を振るうなどしたために妻が子どもを連れて実家に戻ったケースです。
この事案では、夫からも離婚請求が行われましたが、裁判所はむしろ夫に「悪意の遺棄」があると認め、妻による離婚請求を認めました(浦和地裁昭和59年9月19日判決)。
(4)妻に無断で妻の名義で借金をしたケース
夫が妻の名義を無断で使用して借金をしたケースです。
それによって妻は430万円以上の借金を抱えることになり、自己破産を余儀なくされました。
さらに夫は妻と約束した生活費の支払いもほとんど行わず、妻に居場所や連絡先を知らせないまま転居するなどしました。
裁判所は、これらの夫の行為が「悪意の遺棄」に該当すると判断しています(東京地裁平成25年5月17日判決)。
(5)不倫相手との交際を目的として別居したケース
夫が不倫相手との交際を目的として家を出て、妻と別居していたケースです。
妻は夫婦関係の修復を望んだにもかかわらず夫は一方的に別居に踏み切り、その後は妻へ生活費を支払うこともありませんでした。
この事例で裁判所は、妻も仕事をしていて経済的に困窮することはなかったものの、夫の行為が「悪意の遺棄」に該当すると判断しました(東京地裁平成28年3月31日判決)。
6、悪意の遺棄があれば離婚できる
もしも配偶者に悪意で遺棄されてしまったら、相手に離婚請求をすることができます。悪意の遺棄は、法律上の離婚原因として認められているからです。
以下で、悪意の遺棄と離婚について、説明します。
(1)そもそも離婚できる場合とは?
そもそも離婚するためにはどのような条件が必要となるのか、押さえておきましょう。
日本で離婚が認められるのは、以下の2つの場合です。
① 相手が同意している
相手が離婚に同意していれば、ほとんどどのようなケースでも離婚できます。
同意があれば、特に明確な「離婚原因」は不要です。単純に夫婦2人が離婚届に署名押印をして、市町村役場に提出すれば協議離婚できますし、離婚調停でお互いが合意したら調停離婚できます。
②法定離婚事由がある
法定の離婚原因があれば、相手が同意しなくても、離婚訴訟することによって離婚することができます。
(2)法定離婚事由とは?
民法が定める法定離婚事由は、以下の5つです。
①不貞
不貞とは、いわゆる浮気や不倫のことです。
②悪意の遺棄
今回テーマとして取り上げている、相手を見捨てる行為です。
③3年以上の生死不明
相手が3年以上生死不明の状態が続いていたら、裁判によって離婚できます。
④回復しがたい強度の精神病
相手が回復困難な強度の精神病にかかっており、これまで献身的に介護してきたなどの事情があれば、離婚が認められるケースがあります。
⑤その他婚姻を継続し難い重大な事由
上記に該当しないケースであっても、上記に匹敵するほど重大な事由があって夫婦関係の継続が困難であれば、離婚訴訟によって離婚が認められます。
(3)悪意の遺棄の具体的な条件は?
悪意の遺棄は、上記の「法定離婚事由」の1つとなっているので、悪意の遺棄をされたら、離婚訴訟を起こして離婚することができます。
たとえば、相手が浮気相手のところで生活し始めた場合、突然生活費を渡してくれなくなった場合、一方的に実家に戻って同居を拒絶された場合などには、相手が離婚を拒絶していても、離婚訴訟を提起し、裁判官に離婚を認めてもらうことができる、ということです。
この場合、離婚について、相手の同意は不要です。
ただし、裁判官に離婚を認めてもらうためには、悪意の遺棄の事実を具体的に証明しなければなりません。
立証方法については、この後「6、悪意の遺棄があれば慰謝料請求ができる!」で解説します。
なお、悪意の遺棄によって離婚する場合、悪意の遺棄と親権とは直接的に関係はありません。
悪意の遺棄をしている配偶者が親権獲得でそれだけで不利な立場になるというわけではありませんので、親権については別途しっかり話し合う必要があります。
7、悪意の遺棄があれば慰謝料請求できる!
悪意の遺棄があったら、離婚請求だけではなく、相手に慰謝料請求することも可能です。
なお、悪意の遺棄によって慰謝料を請求する場合には時効があるため注意が必要です。
悪意の遺棄による慰謝料請求の時効は、「悪意の遺棄が始まった時点」から3年間となっています。
(1)慰謝料請求のために必要な証拠は?
裁判で慰謝料請求するためには証拠が必要です。
ケースに応じて、相手が生活費を払っていない証拠や実家に行って戻ってこない証拠、愛人宅に行ってしまった証拠などを集めましょう。たとえば、給与振込口座の銀行預金通帳の写し、相手に送ったメールや手紙、相手からの返信、興信所の報告書などが証拠となります。日記も証拠となるので、相手が別居するに至った経緯や生活費の振り込み状況など、詳しくつけておくと良いでしょう。
悪意の遺棄が、「夫婦の合意なく始まった」ことや、「正当な理由がなかった」ことを証明する必要があります。
(2)悪意の遺棄の場合の慰謝料の相場は?
悪意の遺棄の慰謝料の相場は、幅がありますが、数十万円程度でしょう。悪質な場合、これより高額になることもあります。
(3)慰謝料請求する方法は?
慰謝料請求をするときには、まずは協議離婚の話合いの段階で相手に慰謝料を求めます。
協議では合意ができない場合には、家庭裁判所で離婚調停を起こし、調停の手続き内で慰謝料を求めましょう。
それでも相手が支払いに応じない場合には、離婚訴訟を起こして裁判官に慰謝料支払い命令の判決を出してもらうことが必要です。
(4)より高額の慰謝料を獲得する2つのポイントは?
より高額な慰謝料を獲得するためには、以下の2つのことが重要です。
①証拠を集める
1つは、しっかりと証拠を集めることです。証拠がないと、相手が否定したらそれ以上支払いを求めることができなくなってしまうからです。
②良い弁護士に依頼する
もう1つは、良い弁護士に依頼することです。弁護士の腕が良ければ交渉、調停、訴訟の各段階とも、有利に進めることができるからです。
悪意の遺棄にもとづく慰謝料請求について、詳しくは、以下の関連記事をご参照下さい。
8、悪意の遺棄で離婚するまでにもらえるお金は?婚姻費用分担請求について
悪意の遺棄で離婚する場合、離婚までに「婚姻費用」を支払ってもらうことができます。
(1)婚姻費用分担請求とは
婚姻費用とは、夫婦が負担すべき生活費のことです。別居していても、離婚していない以上はお互いに扶助義務があるので、婚姻費用を支払うべき義務があります。
(2)婚姻費用の金額の計算方法
婚姻費用には、夫婦の収入状況や子の監護の状況に応じて妥当な金額の定め方があります。
家庭裁判所の定める 婚姻費用の算定表 にあてはめると、ケースごとの相当な婚姻費用の金額を計算することができます。
(3)婚姻費用分担請求の方法
婚姻費用分担請求をするときにも、まずは相手に口頭で請求するところから始めます。
任意では支払ってもらえない場合には、家庭裁判所で「婚姻費用分担調停」を申し立てます。
調停では相手との話し合いによって婚姻費用の支払いを取り決めますが、合意ができないと不成立となります。
調停が不成立になると、裁判官が「審判」によって、妥当な婚姻費用の金額を定めて相手に支払い命令(審判)を出します。
相手が審判に従わない場合には、差押えをすることによって婚姻費用を支払わせることも可能です。
まとめ
相手が理由もなく同居を拒絶したり生活費を支払ってくれなかったりする場合には、相手に「悪意の遺棄」が成立して、離婚や慰謝料請求をすることができます。
ただ、そのためには悪意の遺棄の証拠を集めることが必要ですし、離婚問題に強い弁護士によるサポートも必要となります。
相手から「悪意の遺棄」をされているのではないか?と思っておられるならば、まずは一度、弁護士に相談してみると良いでしょう。