ご自身が、あるいは、お勤めのご主人・奥様・お子様などがうつ病(鬱病)になってしまった時、労災の請求はできるのだろうか。
この記事は、そんなお悩みをお持ちの皆様に向けて書いたものです。
もちろん、うつになったとき、それが仕事を原因・理由とするものであれば、もちろん労災請求はできます。
しかし、いくつか注意すべきポイントがあるのです。
うつで労災請求をするときの注意ポイントを、弁護士があなたのためにわかりやすく説明します。
労災の認定について詳しく知りたい方は以下の記事もご利用ください。
目次
1、労働災害(労災)としての「うつ」は深刻な問題
うつをはじめとする精神障害は、労災の中でも大変深刻な問題になっています。
精神障害による労災請求件数は年々増加し、平成29年には1,700件を超えました。
認定件数もこの数年400件~500件になっています。
自殺または自殺未遂という不幸な事件も、毎年100件近く発生しています。
労災認定された事件に関して、どんな出来事があったかについても分析されています。
一番多いのが「(ひどい)嫌がらせ、いじめ、または暴行を受けた」88件、次が「仕事内容・仕事量の(大きな)変化を生じさせる出来事があった」64件などです。
ハラスメントや過重労働が原因とうかがわれます。
(出所:厚生労働省「平成30年版過労死等防止対策白書」(本文))
2、労災認定されることのメリット
労災認定されるとどんなメリットがあるのでしょうか。
健康保険と比べて概要をごく簡単に説明します。
結論からいえば、労災保険による給付のほうが圧倒的に有利であるといえるでしょう。
労災保険は、業務や通勤による災害にあった労働者を保護する制度であり、私傷病と比べて手厚い給付が行われます。
とりわけ、うつについては治療が長引くことが多く、労災認定により、長期間手厚い補償がなされるメリットはきわめて大きいものです。
労災による休業の場合 (労災保険) | 労災以外の原因による休業の場合 (健康保険) | |
(1)原因 | 業務災害(業務上の事由により発生した災害) または通勤災害 ※通勤災害によるうつ病はほとんど考えられません | 左記以外(私傷病) |
(2)給付内容 | ||
①療養の給付 | 本人負担ゼロ (労災保険から全額給付) | 本人負担3割 (健康保険から7割給付) |
②療養が長引いたとき | 休業給付 業務復帰できるまで 給付基礎日額(平均賃金)の80%支給※休業特別支給金含む (解雇制限もあります。 後述(3)参照) | 傷病手当金 1年6月を限度に 標準報酬の3分の2を支給 |
③それ以外の給付 | 障害給付(障害が残ったときの給付) 遺族給付、葬祭料、傷病年金及び介護給付などの保険給付 | 埋葬料など |
(3)解雇の制限 | 業務上災害によって負傷したり、疾病にかかり療養のために休業する期間とその後30 日は事業主は労働者を解雇することができない。 療養開始後3年を経過しても負傷や病気が治らない場合には平均賃金の1200日分を支払うことで解雇できる(労働基準法19条、81条) ※通勤災害については解雇制限の適用はありません | 業務遂行不能などの問題があれば、解雇可能。 |
(4)保険料 | 事業主(会社)全額負担 | 事業主(会社)と労働者が折半 |
3、労災認定されるための重要ポイントとは
「1」でも述べたとおり、うつ病等の精神障害が労災として認定されているのは、1,700件を超える請求のうち500件程度に過ぎず、認定率は29%程度であり、10件の申請につき7件は労災として認定されていないことになります。
うつ病を労災として認めさせるのは簡単なことではないといえるでしょう。
「うつ」で労災認定を受けるためには重要なポイントがあります。
労働災害とは、業務の上で(業務遂行性)、業務に起因して(業務起因性)発生した災害です。
会社で仕事中に機械に巻き込まれてけがをした、とか、有害物質を扱っていたため病気になったというのなら、業務起因性がわかりやすいでしょう。
うつについてはどうでしょうか。
認定の基本的な考え方と実際の事例を見ながらご説明しましょう。
(1)基本的な考え方
精神障害は、さまざまな要因で発病します。
「外部からのストレス(仕事によるストレスや私生活でのストレス)」と「ストレスヘの固人の対応力の強さ」との関係で発病に至ると考えられています。
労災認定されるためには、精神障害の発病が仕事による強いストレス(業務による心理的負荷)によるものと判断できる必要があります。
しかも、仕事によるストレスが強くても、同時に私生活でのストレスが強かったり、その人の既往症(≒持病)やアルコール依存なと(固体側要因)が関係しているような場合、どれが発病の原因なのかについて医学的に慎重に見極めた上で判断されます。
したがって、「仕事のストレスが強かった」というだけで労災認定されるとは限らないのです。
(出典:厚生労働省リーフレット精神障害の労災認定)
(2)ケーススタディ
厚生労働省では、上記の様々な要因を検討して精神障害による労災認定になるかどうかの基準を示しています。
ここでは、いくつかの事例を取り上げて説明します。
(注)以下の事例は厚生労働省の資料で、代表的な事例として紹介されているものです。出典は次の通りです(記載ぶりは若干簡略化しています)。
①②:「精神障害の労災認定」
③:「セクシュアルハラスメントが原因で精神障害を発病した場合は労災保険の対象になります」
①新規事業の担当となって適応障害を発病
【事態】
Aさんは、大学卒業後、デジタル通信関連会社に設計技師として勤務。3年目 にプロジェクトリーダーに昇格し、新分野の商品開発に従事することとなったが、同社にとり初めての技術が多く設計が難航。帰宅が翌日の午前2時頃に及ぶこともあったが、会社から特段の支援もなく、1か月当たりの時間外労働時間数は90~120時間で推移。約4か月後に抑うつ気分、食欲低下といった症状が生じ、心療内科を受診したところ「適応障害」と診断。
【判断】
労災認定。「新規事業担当」「恒常的な長時間労働」といった要素を考慮。なお、発病直前に奥さんが交通事故で軽傷を負う、ということはあったが、その他に「業務以外の心理的負荷」「固体側要因」は特に大きなものはなかった。
②「ひどい嫌がらせ、いじめを受けた」ことにより、「うつ病」を発病
【事態】
Bさんは、総合衣料販売店に営業職として勤務し、異動して係長に昇格。しかし、新部署の上司がBさんに連日のように叱責(「辞めてしまえ」「死ね」といった発言、書類を投げつける等と)を繰り返す。係長昇格の3か月後、抑うつ気分、睡眠障害なとの症状が生じ、精神科を受診したところ「うつ病」と診断された。
【判断】
労災認定。上司の発言は、人格や人間性を否定するもので、かつ執拗に繰り返されており、心的負荷が強いものと判断。「部下に対する上司の言動が、業務範囲を逸脱しており、その中に人格や人間性を否定するような言動が含まれ、かつ、これが執拗に行われた」の要件に該当。それ以外の「業務以外の心理的負荷」「固体側要因」は特に大きなものはなかった。
③セクシャルハラスメントによる心理的な負荷でうつ病を発病
セクシュアルハラスメントに関しては、労災認定されうる事例として、特に下記のような具体例が挙げられています。
- 胸や腰などへの身体接触の継続的な繰り返し。仮に継続していなくても、会社に相談して適切な対応が得られなかったり、相談後に職場の人間関係が悪化した場合。
- 身体接触のない性的な発言のみのセクシャルハラスメントでも、人格を否定するような発言が繰り返されたり、会社に相談しても適切な対応がされなかった場合。
ハラスメントは相談すること自体が難しく、しかも、相談をしたことで逆に周囲から誹謗中傷を受けるといった二次被害も生じやすいものです。
【事態】
Aさんは、B社支店で経理事務担当。入社後約1年半経過した頃から、事務室で1人のときに上司であるC課長に胸やお尻を触られる、抱きつかれるといったセクシュアルハラスメントを受けるようになった。Aさんは会社に相談すると職場に居づらくなるかもしれないと思い、我慢していた。
その後もC課長によるセクハラは約6か月ほど続き、Aさんは耐えきれず本社の相談窓口に相談したところ、C課長は他店に異動となった。
しかし、この相談をきっかけに他の上司・同僚からいわれもない誹謗中傷を受け、抑うつ気分、不眠などの症状が生じた、精神科を受診して「うつ病」と診断された。
【判断】
労災認定。上司から身体的接触を伴うセクシュアルハラスメントを継続的に受けており、会社による適切な対応もなされなかったため、心理的負荷が強いものとされた。それ以外の「業務以外の心理的負荷」「固体側要因」は特に大きなものはなかった。
(参考)
以下の厚生労働省リーフレットなどで、認定基準や具体例が示されています。
思い当たることがあれば、一度ご覧になってください。
但し、内容を理解するのは簡単ではないと思います。
あくまでご自身で考えるきっかけ程度にしていただき、詳細は早めに専門家とご相談ください。
「精神障害の労災認定」(「業務による強い心理的負荷」や「業務以外の心理的負荷」などの細かな認定基準や、これら全体を考慮した労災認定の判断基準が示されています。)
「セクシュアルハラスメントが原因で精神障害を発病した場合は労災保険の対象になります」
「嫌がらせ、いじめ又は暴行が原因で精神障害を発病した場合は労災補償の対象になります」
4、うつで労災請求するときの具体的な行動手順
うつの労災請求は、決して簡単なことではありません。
認定には時間がかかります(半年以上かかることも珍しくありません)し、会社は、自らの責任で社員が精神障害を発症したと認めたくないでしょうから、会社の協力も得られないかもしれません。
むしろ、協力を得られないことが普通かもしれません。
ここでは具体的な行動手順の概要を示しますが、早めに専門家に相談することが必要です。
(1)相談窓口
①都道府県労働局「総合労働相談コーナー」、労働基準監督署
いじめ・嫌がらせ、セクシュアルハラスメント等による精神障害の労災請求について、各都道府県労働局、全国の労働基準監督署内などの380箇所に相談コーナーが設置されています。
②労災保険相談ダイヤル(0570-006031)(平日9時~17時)
(2)手続きの流れ
ここでは、実際に労働基準監督署に対して労災でうつ病を発症したことについての請求をする場合の手続きの流れについてご紹介します。
①労災保険給付等の請求手続き
社員が所定の労災保険給付請求書を労働基準監督署に提出します。
会社はその請求書において、労災が発症したこと及びその内容について証明を行う必要があります。
②会社の死傷病報告
会社は労働災害等により労働者が死亡又は休業した場合には、遅滞なく、労働者死傷病報告等を労働基準監督署長に提出しなければなりません。
③療養補償給付の請求手続
①に関連して、療養した医療機関が労災保険指定医療機関(以下「指定医療機関」の場合には、「療養補償給付たる療養の給付請求書」をその医療機関に提出します。
ただし、「うつ」の場合に、はじめから労災とわかるケースは極めて稀であり、通常の健康保険による療養の給付を受けていることが多いでしょう。
これは労災認定を受けてから調整が必要になります。
すなわち、全国健康保険協会や各健康保険組合等の保険者に連絡し、健康保険ではなく労災保険扱いになることを伝える必要が出てきます。
④休業補償給付・傷病補償年金の請求手続
業務災害により休業した場合には、休業4日目から休業補償給付が支給されます。
「休業補償給付支給請求書」を労働基準監督署長に提出します(休業3日目までは会社が休業補償を行います。
労働基準法の定めに基づき、一日につき平均賃金の60%を支払います)。
⑤休む時にはまず健康保険の傷病手当金も一つの方法
休業する場合には、いったんは健康保険の傷病手当金の支給を受けておき、後日、労災認定されてから傷病手当金を返還するといった対応も考えられます。
5、不安なとき、うまくいかないときは迷わず専門家に相談を
いままで見てきたとおり、うつ病などの精神障害が労災として認定されるには高いハードルがあり、専門的な知見が必要です。
労災であることを認めたがらない会社との厳しい交渉が必要になることもあるでしょう。
ご自身やご家族が労災でうつになったのではないか、と思ったら、まずは上記のような厚生労働省や労働局、労働基準監督署が設置している相談窓口に連絡してみましょう。
常日頃、労災と向き合うプロが、的確なアドバイスをしてくれるはずです。
相談した結果、うつ病が業務災害として認定されたとき、そのような状況になるまで事態を放置した会社に対しても責任を追及したいとお考えであれば、弁護士に相談することを検討してみてもいいかもしれません。
まとめ
仕事が原因でうつ病になってしまったと思ったら、決して我慢せずに労働基準監督署等に相談してみましょう。
あなたの勇気ある行動が会社の仲間を助け、会社の風土を変えるきっかけになるのです。