新しい生活を送るために、インターネットの賃貸物件サイトなどで賃貸物件を探しているときに、「IT重説対応物件」という言葉が気になった方はいらっしゃいませんか?
初めて物件を探している方はもちろん、以前に賃貸契約をしたことがある方の中にも、見慣れない表示が気になった方は多いのではないでしょうか。
IT重説は平成29年から始まった新しい制度で、不動産取引における「重説」をオンラインで行えるようになったのです。
とはいえ、そもそも「重説」とは何か、というところから気になる方もいらっしゃると思います。
そこでこの記事では、不動産取引に関する「重説」とは何か、また新しく始まったIT重説とは何かについて、弁護士が紹介します。
本記事がお役に立てば幸いです。
目次
1、IT重説を知る前に〜不動産取引のルールについて再確認しよう
IT重説について詳しく解説する前に、前提知識として、不動産取引のルールについての大枠を確認しましょう。
(1)不動産取引のルールは宅地建物取引業法に規定されている
不動産の購入をする場合でも賃貸をする場合でも、契約締結の手続きは慎重に行われることが要求されます。人の生活の基本となる住居に関する契約であるためです。
不動産の賃貸については、不動産会社による仲介によって行われるのが通常ですが、不動産取引のプロである不動産会社と、一般の借主では、不動産についての知識・経験の量が違います。
そのため、不動産業者が借主に対して適切にサービスを提供するようなルールを定めておく必要があります。
不動産取引に関するルールについては、宅地建物取引業法に規定されています。
(2)取引を結ぶ際のルールとして重要事項の説明義務(通称重説)がある
「重説(読み:じゅうせつ)」とは、宅地建物取引業法35条に規定されており、不動産の売買・賃貸にあたって、宅地建物取引業者が消費者に対して書面を交付して説明をすることをいいます。
上述したとおり、不動産に関する取引は、人の生活の基本である住居に関する重要な取引です。
そのため、契約内容に齟齬がないように、契約にあたっての重要な事項についてきちんと確認をする必要があります。
宅地建物取引業者による重説の義務は、この確認を行うために規定されたものです。
すでに不動産の賃貸借契約を結んだことがある方であれば、賃貸物件の内覧をして、ここを借りますということを決めると、その後不動産会社の担当者から説明を受けながら契約書の内容を読み合わせたことを思い出す方もいらっしゃることでしょう。
これが、法律で定められた重説に当たります。
説明をすべき事項については、宅地建物取引業法35条1項各号に詳細かつ具体的に規定されています。
説明事項のうち重要なものとしては、所有者の氏名(1号)、インフラに関する整備の状況(4号)、契約の解除に関する事項(8号)、損害賠償に関する事項(9号)などが挙げられます。
(3)IT重説は重説をオンラインでするためのもの
IT重説は、ITを使って重説を行う、つまりパソコン・スマートフォンを使って、オンラインで重説を行うものです。
従来、重説を行うためには、宅地建物取引業者が対面で説明を行っていました。
当然ですが、遠方に居る人が契約を結ぶような場合には現地に赴かなければならず、不便であるといえます。
そのため、国のIT活用に関する取り組みの中で改革の対象となり、実際にIT重説を行った社会実験を経て、平成29年10月1日からまず賃貸借契約について本格運用されることになりました。
今後は不動産の売買取引についても、本格的に運用されることが予定されています。
IT重説は、従来対面で行っていた重説をテレビ電話会議システムを利用して行えるようにするものです。
物件を賃借する人にとっては、スマートフォンなどのデバイスを用いて遠隔で重説を受けることができるため、非常に便利な仕組みとなっています。
(4)IT重説において守らなければならない事項
IT重説を宅地建物取引業法の規定に沿って行うためには、次の条件を遵守する必要があります。
①双方向でやりとりできるIT環境の整備
従来重説を対面でさせていた趣旨としては、疑問点があるような場合にはその場で質問をして不明瞭な点を解消しようとしたことにあります。
そのため、IT重説を行うためには、双方向でのやりとりが必須であるとされています。
具体的には、双方向で映像を視認でき、双方が発する音声を聞き取れるようなIT環境が整備されていることが必要です。
②重要事項説明書を事前に送付する
重説においては、重要事項説明書に記載している内容に沿って説明をすることになっているので、不動産会社が消費者に対して重要事項説明書を事前に送付していることが必要となります。
③重要事項説明書の準備とIT環境を確認すること
事前に準備をしていても、実際にIT重説をする際に、何らかのトラブルがあると、きちんとした重説ができません。
そのため、IT重説前に、重要事項説明書が手元にあるか、映像・音声の送受信ができているか、といったことを確認します。
④宅地建物取引士証の確認
重説をするにあたっては、重説を行う人が宅地建物取引士である必要があり、そのことを消費者に対して明らかにするため、宅地建物取引士証を提示しなければなりません。
これはIT重説においても同様で、宅地建物取引士証を画面上で消費者に対して提示し、確認してもらうことが必要です。
2、IT重説はこんな方におすすめ
不動産賃貸の取引においてIT重説はどのような人に向いているのでしょうか。
(1)遠方に住んでいる人
単身赴任が決定して自分で賃貸物件を探す場合や、遠方の大学・専門学校への進学が決定して住まいを探すような場合にはIT重説は向いているといえます。
賃貸物件を探すために遠方まで赴き、場合によっては宿泊をして探し回る、というのは借り手にとって大きな負担で、「もうここでいいや…」と納得いかない取引を行うことにもなりかねません。
IT重説を受けられれば、在宅でじっくり物件を探すことができるので、遠方の物件を探す際には向いているといえます。
(2)多忙な人
忙しすぎて不動産会社の店舗まで行く時間がないという方にも、IT重説が向いているといえるでしょう。
IT重説を受けることができれば、店舗に足を運ぶことなく、在宅で不動産取引を完結させることが可能です。
(3)小さい子どもがいるなど外出が難しい人
小さい子どもがいて、なかなか外出が難しいような人にも、IT重説は便利な制度です。
子どもがいる方が現地の不動産会社を回ろうとする場合、子どもを近くに預けておけるような親族がいればいいのですが、いない場合にはどうしても連れて行かざるを得ません。
しかし、子どもを連れて不動産会社を回るのは非常にたいへんです。
IT重説を利用すれば、自宅で子どもの面倒を見ながら重説を受けることができます。
(4)来店当日に入居審査が終わらなかった人
実際に直接出向いて内覧をしても、内覧を終えたのが遅い時間の場合には、入居に関する審査が終わらない場合もあります。
その場合、重説などの契約締結手続きのためだけに再度現地の不動産会社へ出向かなければならないというのは面倒です。
IT重説を利用すれば、契約締結の手続きをリモートで行うことが可能です。
3、IT重説を受ける際の注意点は?
IT重説を受ける際にはどのような注意が必要でしょうか。
(1)すべての物件がIT重説に対応しているわけではない
まず、すべての物件がIT重説に対応しているわけではないことです。
IT重説をするためには、上述したとおり、電話会議システムなどを整える必要があり、重説を受ける側にも双方向の通信ができる端末が必要です。
物件を担当している不動産会社がこのような設備を備えていない場合には、IT重説を受けることができないので注意しましょう。
(2)IT重説担当の人だと物件に関する質問が即座にできない場合がある
不動産会社の中には、宅地建物取引士の資格を持っている方を、IT重説専門に雇っているようなケースもあります。
このような場合、重要事項説明書に書かれたことを説明するだけにとどまり、物件についての細かな質問をその場でできないおそれがあります。
そのため、事前にどのような人がIT重説をしてくれるのかを確認することをおすすめします。
(3)宅建業者のIT導入の程度・通信環境に左右される
IT重説を行う場合には、上述したとおり、きちんと通信環境を整えることが必要です。
不動産会社の準備している通信環境によっては、いざIT重説をするときになって、通信状態が悪くなった、使っているアプリが使えなくなったということが発生しえます。
そのため、事前にその会社のIT重説の実施状況について直接尋ねてみたり、インターネットでレビューを確認したりして、IT重説が適切に受けられるかを確認することも必要でしょう。
4、IT重説を受けるのに向いている物件・向いていない物件
具体的に、どのような物件がIT重説を受けるのに向いているといえるのかを解説します。
(1)物件内容の説明が難しい場合はIT重説に向いていない
不動産の賃貸物件と一口にいっても、どの程度詳細な物件の説明が必要かはさまざまです。
設備のみのシンプルな説明でよいものもあれば、賃貸物件自体に特徴があり細かな説明が必要なものもあります。
実際に現地に赴いて事前に詳細な説明を受けている場合は特に問題ありませんが、IT重説を含めたすべての手続きがフルリモートで行われる場合には、賃貸物件について不動産会社と消費者の認識に齟齬が生じてしまうおそれがあります。
例えば、「賃貸人がある程度自由にリノベーションできる」というような物件である場合、ある程度自由というのは、何がどこまでできるのか、お互いの認識をすりあわせておく必要があります。
しかし、フルリモートではこのようなプロセスを満足に踏むことができず、トラブルになる可能性があるので注意しましょう。
(2)IT重説に向いているのはシンプルに説明しやすい物件
逆に、説明がシンプルな物件については、IT重説により手続きを簡略化するメリットが大きいといえます。
たとえば築年数が浅い物件や、設備や備品が汎用的な物件については、大きな問題がないと考えられるため、IT重説向きといえるでしょう。
込み入った説明を必要としない物件は、不動産会社と消費者の間で認識に齟齬が生じるおそれが少ないため、IT重説に向いているといえるのです。
5、IT重説の手順を解説|利用者側で準備すべきこととは?
では実際にIT重説を利用するには、利用者はどのような準備が必要なのでしょうか。
(1)書類一式を受け取る
まず、IT重説に先立って、重要事項説明書などの書類一式が不動産会社から送られてきます。
書類を受け取ったら速やかに中身を確認し、送付状に記載されているものが揃っているかなどをしっかり確認しておきましょう。
(2)重説前に接続テストを行う
IT重説の最中に通信が乱れるようなことがあると、IT重説は中断せざるをえません。
そのため、きちんと最後まで通信できるかどうか、利用者の側でも接続のテストを行っておきましょう。
接続に必要なアプリ(例:skype・ハングアウトなど)を指定されている場合には、それを事前にパソコン・スマートフォンにダウンロードしておきましょう。
(3)オンラインでIT重説を受ける
準備が整ったら、指定された日時にオンラインでIT重説を受けます。
事前に受け取った書類を手元に準備した上で、聞いておきたいことなどがあればメモにしておくと良いでしょう。
まとめ
IT重説は、運用が始まってまだ間もない制度ですが、遠隔での契約ができる点は利用者にとっても非常に便利であり、今後の活用が期待されます。