約款(やっかん)とは、保険に加入したときや銀行で預金口座を作ったときなどに渡されるもので、契約内容に関する条項が細かな文字でびっしりと記載されています。
約款を最初から最後まで一言一句読む人は少ないかもしれませんが、利用者が読んでいなくとも約款が契約書と同じ効力を持つ場合があるので注意が必要です。
「それは不当だ」と思われるのも無理はありませんが、不特定多数の人が利用する定型取引において約款は必要不可欠といっても過言ではありません。最近の民法改正でも、「定型約款」というものについて一定のルールが規定されました。
そこで今回は、
- 約款とは
- 改正民法で定められた定型約款とは
- 約款の内容が不当な場合の対処法
について、弁護士が分かりやすく解説していきます。
約款の意味を知らなかったために思わぬ不利益を被ることがないよう、すべての方に参考にしていただければ幸いです。
1、約款とは
まずは、約款とはいったい何かという点を明らかにしていきます。
(1)約款の定義
約款とは、不特定多数の人が利用する定型的な取引について、契約内容を画一的に定めるためにあらかじめ作成された条項のことです。
本来、契約をする際には当事者間で個別に約束ごとを取り決めて、契約書を交わします。
しかし、不特定多数の人が大量に利用する定型取引では、利用者一人一人と詳細な契約書を交わすのは現実的ではありません。また、定型取引では必然的に契約内容はほぼ同一のものとなるので、あらかじめ定型の契約条項を作成しておくことにも合理性があります。
そこで、契約する際には重要な事項だけを説明し、詳細については定型の契約条項について合意したものとみなす、ということが従来から行われてきました。
このように、不特定多数の利用者との契約手続きを効率的に進めるために利用されているのが約款です。
(2)約款と契約書の違い
約款と契約書は、どちらも契約の当事者が守るべきルールが定められたものであり、お互いにその記載内容に拘束されるという点で同じ効力があります。
しかし、両者には次の3点で大きな違いがあります。
- 内容が画一的か個別的か
- 個別の交渉で内容を変更できるか
- 一方的な内容の変更が可能か
内容の面で、約款は画一的であるのに対して契約書は個別的であることは、上でご説明しました。
事業者が提示した内容について、利用者が変更してほしいと考えた場合、約款はあくまでも画一的なので基本的には変更できません。それに対し、契約書では個別交渉によって内容を変更できる場合もあります。
いったん契約した後、約款は事業者側で一方的に内容を変更することもあります。それに対して、契約書の内容を変更するには、基本的に当事者相互の合意が必要となります。
まとめると、契約書は利用者側からも意見があれば述べ、当事者双方で創り上げるものであるのに対して、約款はあらかじめ内容が画一的に作成されており、利用者はその内容に従うか、納得できなければ契約を取りやめるかの二者択一の選択をするしかないといえます。
(3)約款の有効性
ここまでの説明をお読みになって、「なぜ約款を読んでもいないのに契約書と同じ効力が認められるのか」、「顧客の同意もなく一方的に内容を変更されるのは不公平ではないか」という疑問も生じてくるでしょう。
実は、約款は従来から特に法律上の根拠もなく利用されてきました。ただ、形の上では事前に事業者側から「約款を確認してください」、「納得されたら同意の上、契約してください」といった案内があり、その手順に沿って契約しているはずです。
そのため、約款は契約書を補充するもの、つまり契約書の一部として有効性が認められてきたのです。
ただ、無条件に約款の内容が有効となるわけでもありません。上記のような事前の案内がなかったり、内容が著しく不公平であるなど不合理なものである場合は、利用者からの契約の取り消しや約款の一部無効の主張が認められる可能性があります。
従来の約款は法律上の根拠が曖昧といわざるを得ないものでした。そこで、民法改正によって、一定取引について「定型約款」というものが法定化され、明確なルールが定められました。
2、改正民法で法定化された定型約款とは
2020年4月20日から施行された改正民法で、「定型約款」が新たに法定化されました。
ここでは、定型約款の意味やルールを解説します。
(1)民法上の定型約款の定義
定型約款とは、改正民法の第548条の2第1項で、「定型取引において、契約の内容とすることを目的としてその特定の者により準備された条項の総体」と定義されています。
従来から利用されてきた約款の意味とあまり変わらないと思われるかもしれませんが、「定型取引」においてのみ適用されるものと定められた点に意義があります。
つまり、事業者の一存でどのような取引においても約款を利用できるわけではないということになります。
そして、定型取引とは、「ある特定の者が不特定多数の者を相手方として行う取引であって、その内容の全部又は一部が画一的であることがその双方にとって合理的なもの」と定義されています。
簡単に言うと、利用者の個性が重視されず、契約内容が誰にとっても同じものであることが望ましい取引ということです。
以上の定義に当てはまる定型約款が利用された場合には、利用者が約款の内容を読んでいなかったとしても、個別の条項について合意したものとみなされます。
(2)有効となる2つの要件
定型約款が有効となるためには、次の2つの条件が満たされる必要があります(改正民法の第548条の2第1項)。
- 定型約款を契約の内容とする旨の合意をしたこと
- 定型約款を準備した者があらかじめその定型約款を契約の内容とする旨を相手方に表示したこと
なお、事業者側が契約前に「定型約款の内容」までをも表示することは、必ずしも求められていません。利用者側から提示してほしいと請求された場合にのみ表示すればよいことになっています(改正民法の第548条の3第1項)。
上記の2つの条件を満たしている場合でも、利用者側の権利を制限したり義務を加重する条項について、その定型取引の態様や実情、取引上の社会通念に照らして不相当に利用者側の利益を一方的に害する内容のものは合意がなかったものとみなされます。
つまり、定型約款の内容は社会的に合理的なものでなければならず、事業者側が自分に一方的に有利な条項を盛り込んでも、不当条項として無効となる場合があるということです。
(3)一方的な変更が有効となる4つの要件
事業者側は、定型約款の内容について一定の要件のもと、契約後に利用者側と個別に合意することなく、一方的に変更することが認められています。
一方的な変更が有効と認められるのは、次の4つの条件を満たした場合です(改正民法の第548条の2第1項、2項)。
- 変更が相手方の一般の利益に適合すること
- 変更が契約の目的に反せず、かつ、変更の必要性、変更後の内容の相当性、定型約款の変更をすることがある旨の定めの有無とその内容、変更に係るその他の事情に照らして合理的なものであること
- 変更後の定型約款の効力が発生する時期を定めていること
- 定型約款を変更する旨、変更後の定型約款の内容、効力発生時期を周知していること
当然ながら、「4」の周知は変更後の定型約款の効力発生時期までにしていなければ変更が無効となります(同条3項)。
まとめますと、変更内容が合理的なものであり、利用者にとって不意打ちとならないような措置が講じられていなければ、一方的な変更は認められないということです。
(4)定型約款が適用される主な取引
改正民法で定められた定型約款が適用される取引としては、さまざまな取引が考えられますが、主に以下のようなものが挙げられます。
- 各種保険の契約
- 銀行等との預金取引
- 証券総合サービス
- 消費者ローン契約
- クレジットカードの利用契約
- 交通機関との旅客運送契約
- 旅館、ホテルとの宿泊契約
- インターネットサイトの利用契約
- ネット通販における取引
- ソフトウェアライセンス契約
その他にも定型約款の対象となる取引は存在します。逆に、上記のいずれかに該当する取引であっても、改正民法に定められている定型約款の定義や有効要件を満たしていない場合は、民法上の効力が認められない可能性があります。
また、定型約款は必ずしも「〇〇約款」という名称ではなく、「〇〇規約」「〇〇規程」など、さまざまな名称が付されていることがあります。
3、定型約款が適用される場合に注意すべきこと
改正民法上の定型約款に該当する場合には、民法の規定によってその内容が有効と認められます。そのため、契約した以上は定型約款の内容に従わなければなりません。
なかでも、次の2点にはくれぐれもご注意ください。
(1)読んでいなくても法的拘束力がある
定型約款が有効な場合、利用者側が実際には内容を読んでいなくても、その内容に合意したものとみなされます。したがって、定型約款に記載されている条項はすべて、契約書と同じ法的拘束力をもちます。
例えば、クレジットカードの定型約款には通常、カードを他人に貸与してはならないことと、その規約に違反した場合は会員資格が失われる旨が定められています。
そのため、たとえ家族であってもクレジットカードを貸与したことが発覚した場合、そのカードは強制解約となります。
このとき、クレジットカード会社に対して「定型約款を読んでいなかったので知らなかった」「今回だけは許してほしい」などと申し出ても、聞き入れてもらうのは難しいでしょう。
(2)顧客からの変更要求は認められない
定型約款の内容は、画一的であることにこそ意味があります。不特定多数の人が数多く利用する定型的なサービスにおいて、利用者ごとに契約内容が異なると不公平となります。
契約内容が同一であるからこそ、その内容を前提として安心してサービスを受けることが可能となるのです。
4、定型約款の内容が不当な場合の対処法
定型約款が改正民法で法定化されたことによって、従来から約款を利用してきた事業者は約款の内容をより合理的なものとして、契約の手順も適正なものとするように努めるものと考えられます。
その一方で、今まで約款を利用したことがない事業者も定型約款の利用を始めることがあるでしょう。慣れない事業者が作成する定型約款の中には、場合によっては不当な条項が含まれるかもしれません。
定型約款の内容に納得できないときは、以下のように対処しましょう。
(1)取引をやめる
これまでご説明してきたとおり、利用者側から定型約款の内容の変更を求めることはできません。
利用者としては、事業者が作成した定型約款に合意して契約するか、取引をやめるかの2つしか選択肢がありません。
事業者に対して条項の不備を指摘するのは構いませんが、聞き入れられない場合は取引をやめて、同業他社のサービスに乗り換えた方がよいでしょう。
(2)合意の無効を主張できる場合もある
定型約款そのものが有効な場合であっても、前記「1、(3)」でご説明したように、不当な内容の条項があるときはその条項のみが無効となることもあります。
5、約款について疑問や不安があるときは弁護士へ相談を
何らかのサービスを利用する際に、約款など読まなくても通常はトラブルになることはありません。
なぜなら、約款が利用されるのは不特定多数の人が数多く利用する定型的な取引であり、約款には契約の当事者として守るべき、ごく当たり前のことが記載されているからです。
しかし、さまざまな分野において多種多様なサービスが生み出されている現在においては、不当な約款を作成する事業者が現れないとも限りません。
そのため、定型取引ではあっても重要な取引をするときには、契約前に必ず約款に目を通しておくべきといえます。
約款に不当な条項が含まれている場合には、その条項が無効となることもあります。しかし、無効かどうかを判断するには専門的な知識が要求されます。
約款を一読して疑問を感じたときや、事業者と約款をめぐってトラブルが生じたときには、早めに弁護士に相談しましょう。
まとめ
約款には、契約書を補充するものという意味合いがあります。読みもせず、内容の説明も受けていないのに契約書と同じ法的拘束力をもつことがあるという点では、おそろしいイメージがあるかもしれません。
しかし、契約の手順を簡素化するという点で、約款は事業者にとっても利用者においても大きなメリットがあるものです。
定型取引において定型約款は欠かせないものとなっていますし、今後の取引社会では約款の重要性がますます増していくと考えられます。
とはいえ、事業者が作成した約款の内容が完璧であるとは限りませんので、疑問を感じたときや納得できないときは、早めに弁護士に相談して対処することをおすすめします。
この記事が、約款とは何かを理解する一助となれば幸いです。