労災認定についてご存知でしょうか?
平成28年9月30日に、とある事件が「労災」として認定されました。その事件とは、電通の社員である、高橋まつりさん(当時24歳)が、過労を原因として自殺をした事件です。
高橋さんは、亡くなる直前には月100時間を超える残業を行っており、そのことが自殺の原因となったとされています。
しかし、「労災」と認定されるのは、何も高橋さんのような、長時間残業による過労を原因とする自殺だけではありません。業務中に怪我をした場合や、仕事が原因で病気になった場合でも、「労災」として認定される可能性があるのです。
目次
1、労災認定について知る前に|労災とは
では、そもそも「労災」とは何でしょうか。
「労災」とは「労働災害」の略で、仕事が原因で、怪我をしたり病気になったりしてしまうことを言います。
例えば、建築現場で資材の下敷きになって怪我をしてしまったり、徹夜で仕事を続けたことや、パワハラのストレスで病気になってしまった場合がこれにあたります。
他にも、職場のドアに指を挟んで怪我をしてしまったり、職場の廊下が滑りやすくなっていて転んでしまった等、ささいなことでも、仕事が原因で怪我や病気が生じていれば労災として認められる可能性はあります。
このように、仕事を原因とするいろいろな怪我や病気が、労災と認定される可能性があるのです。
2、労災が認められる場合とは
(1)労災認定ってなに?
職場で怪我をした場合でも、必ずしもそれが「労災」であるといえるとは限りません。
例えば、仕事が休みの日に、職場で勝手にお酒を飲んでいて、酔いすぎて転んでしまい、骨折をした場合等は、「労災」だとはいえません。
このように、どこで、何をしていて、どのような状況で怪我をしたり病気になったりしたのかをきちんと調査した上で、その事故が「労災」にあたると判断してもらうことを、「労災認定」といい、この判断は、労働基準監督署が行います。
労働基準監督署に、「労災」であると認められると、後で詳しくご説明いたしますが、様々な保険給付を受けることができます。
(2)どうすれば労災と認められるの?
労働基準監督署に労災として認定してもらうためには、労働者が負傷したり、病気になったり、死亡したことが、「仕事によって生じたものである」と認められないといけません。
では、怪我をしたり、病気になったりしたのが「仕事によって生じたものである」かどうかはどのように判断するのでしょうか。
労災認定においては、仕事が怪我や病気の原因になったかどうかの判断をするために、二つの判断基準が設けられています。
①一つ目は、「業務遂行性」という基準です。
これは、簡単に言うと、「怪我をしたときに仕事をしている状態だったかどうか」ということです。これは、実際に仕事をしている最中だけではなく、参加を強制させられている会社の親睦会の最中や、仕事を一時中断してトイレや給水に行っているときにした怪我も含まれることになります。
②二つ目は、「業務起因性」という基準です。
これは、「その怪我が、仕事をしていたことが原因で生じたと言えるかどうか」ということです。
例えば、ある人が営業の外回りで歩いている最中に転んだとしましょう。このケースですと、得意先を歩いて回ったりするのが営業の仕事ですから、通常は、その仕事をしていたことが原因で生じた怪我と言えそうです。
しかし、転んだ原因が、昔恨みを買った人に突き飛ばされた、という場合は、営業の外回りの仕事をしていたことが直接の原因になって怪我をしたのではなく、たまたま仕事で外に出ているときに、個人的なトラブルが原因で怪我をしたのであって、仕事をしていたことが原因で怪我が生じたとは言えません。
病気の場合は、二つ目の基準が特に重視されます。例えば、度重なる激務が原因でうつ病になってしまった場合は「業務起因性」が認められます。
しかし、そのうつ病が、家族に不幸があったことが原因である場合には、「業務起因性」は認められません。
(3)通勤中の事故はどうなるの?
会社にいる間に起こった事故だけでなく、通勤途中(帰宅も含みます)の事故であっても、労災認定される場合があります。そのためには、正式に「通勤中」だったと認定されなければなりません。
「通勤中」といえるか否かの判断には、意外に落とし穴があったりします。例えば、前日に飲み会があって、そのまま友人の家に泊まったりすることもあるかと思います。このケースで、次の日に、自宅とは全く別の場所にある友人の家から会社に行く際に事故に遭ってしまった場合、「通勤中」とは言えないと認定されてしまうこともあります。
他にも、会社からの帰宅途中に、会社や自宅から離れた繁華街に出かけて事故に遭ってしまった場合も、「通勤中」とは認められません。
もちろん、通勤ルートを少しでも外れたら全て認めないということではなく、駅のトイレに寄ったり、会社からの帰り道にあるコンビニに寄って日用品を買ったりする程度のささいな行為であれば、「通勤中」であると判断されると考えられます。
(4)自分にも原因がある場合は?労災給付は受けられなくなるの?
では、怪我の原因になった事故が、自分にも責任がある場合はどうなるのでしょうか?
例えば、通勤途中に、歩きスマホをしていて、駅のホームから転落してしまった場合等が考えられます。
この点、労災保険では、その事故をわざと起こしたというような事情が無い限り、本人に多少の落ち度があっても、労災であると認定され、保険給付が行われています。
ですので、先ほどのケースで、歩きスマホをしていた場合でも、労災給付を受けられる可能性はあります。
その他にも、仕事場でよそ見をしていたり、機械の操作手順を間違えてしまったりするなど、自分の不注意が原因で怪我をした場合であっても、労災であると認定される可能性はあるのです。
(5)こんな場合には労災は認定されない
では、逆に、労災として認定されないケースというのはどのような場合があるのでしょうか。
①基準を満たさないケース
まず、業務起因性や、業務遂行性が認められなかった場合は、労災とは認定されません。
例えば、いくら仕事中に怪我をした場合であっても、先に挙げた例のように、本人を個人的に恨んでいる人から仕事に関係なく暴行を受けた場合には、業務起因性がなく、仕事が原因で発生した怪我だとは認められません。他にも、長期休暇に社用車を使って実家へ帰省中、交通事故に遭い、重傷を負ってしまった場合も、業務遂行性がなく、仕事が原因の怪我だとは認められません。
②本人に犯罪行為や重大な落ち度があるケース
次に、本人に酒酔い運転や、運転中のスマホ操作等の行為があった場合はどうでしょうか。
この点、労災では、本人の犯罪行為によって生じた事故や、本人に重大な落ち度があるケースでは、保険給付の制限を行っています。
酒酔い運転や、運転中のスマホ操作は、他人にまで危害を加えるおそれのある重大な犯罪行為ですので、保険給付が制限されてしまいます。
その他にも、危険であるとわかりきっている場所にあえて自ら立ち入るなど、自分に明らかな過失がある場合は、保険給付が制限されてしまいます。
もっとも、自分の犯罪行為によって生じた事故や、本人に重大な過失がある場合でも、程度によっては、保険給付の全てが受けられなくなるわけではなく、一部は受けられる可能性もありますので、注意が必要です。
3、労災として認められると何を受け取れる?
(1)療養給付
労災として認められると、療養給付と言って、怪我の治療にかかった費用を全額、国が負担してくれます。
費用は、怪我や病気が「治癒」するまで国の負担になります。ここで言う「治癒」とは、必ずしも怪我や病気がすべて完治するという意味だけではないことに注意が必要です。
労災の保険給付手続きにおいては、すべて完治したときにはもちろん「治癒」ということになりますが、これ以上治療しても大幅な症状改善の効果が期待できなくなったという場合についても、「治癒」として扱われます。このような後者の意味での「治癒」のことを、法律用語では「症状固定」と言います。
療養給付が認められるのは、「症状固定」までの治療費というわけです。そして、症状固定の時に、なんらかの症状が残ってしまった場合は、後述する後遺障害に該当するかどうかという問題となります。
(2)休業補償給付
休業補償給付とは、労災による怪我や病気が原因で仕事を休まなければいけなくなった場合に、休業をした分の保障が受けられるという制度です。額としては、給与額の6割が「休業補償給付」として支給され、さらに、これとは別に、給与額の2割が「休業特別給付」として支給されます。
つまり、合計で給与額の8割が支給されるということになります。
もっとも、ここで言う「給与額」には、ボーナスなど、臨時で支払われるものは入ってこないので、注意が必要です。
(3)障害補償給付
怪我や病気によって、後遺障害が残った場合には、障害補償給付というものが受け取れます。
上記のとおり、治療を続けてもこれ以上大幅な症状の改善効果が認められなくなった状態を「症状固定」と言います。この症状固定後も怪我や病気の影響が残ってしまった場合には、治療費の支払いという形ではなく、後遺障害に対する補償給付という形になります。
ただし、この障害補償給付の支払いを受けるためには、症状固定時に残った症状が、「後遺障害」として認定されなければなりません。後遺障害として認定された場合には、等級に応じた給付が受けられることになります。
基本的には、後遺障害等級が重ければ重いほど(1級が最も重く、14級が最も軽いものとなります。)、受け取れる障害補償給付の金額は大きくなります。
ここで、障害補償給付の種類には、「障害年金」、「障害一時金」と、「障害特別支給金」があります。障害年金は、障害等級7級から1級に該当する人が受け取ることができ、障害一時金は、障害等級8級から14級までの障害に該当する人が受け取ることができます。
障害年金や、障害一時金の計算は、労災事故前に受け取っていた給料の平均額で行われるのですが、ここには、ボーナスなど、臨時で支払われるものは含まれません。
その代わり、ボーナスを考慮した額を受け取ることができる「障害特別給付」という制度があります。
(4)傷病補償年金
怪我や病気の程度が特に重い場合には、傷病補償年金・傷病特別年金・傷病特別支給金を受け取ることができます。
これらの給付は、重度の傷病について、事故から1年6カ月が経過してもまだ治療が終了しない場合に受け取ることができるものです。対象となっている怪我は、一番軽いとされるもので、手の指をすべて失った状態(またはそれと同程度の傷病)などと規定されているので、とても重い怪我の場合にのみ支給されるということになります。
(5)介護保障給付
介護保障給付は、障害補償年金と傷病補償年金の受給者の中でも、特に障害の程度が重い障害等級1級の人と、2級の精神神経障害や胸腹部臓器の障害を負ってしまった人が、現在介護を受けている場合に支給されるものです。
ここでいう「介護」というのは、親族の介護や有料介護サービスを受けていることが必要で、老人ホームや老人保健施設、身体障害者療護施設や病院等に入所しているものは対象にならないので、注意が必要です。
(6)遺族補償給付
労災事故によって労働者が死亡してしまった場合には、遺族に対して遺族補償給付が支給されます。
遺族補償給付には、一律で300万円支払われる「遺族特別支給金」と、亡くなられた方が労災事故前に受け取っていた給与の額に応じて金額が定められ、遺族が亡くなるまで継続して受け取ることのできる「遺族補償年金」があります。
(7)葬祭料
労災事故によって労働者が死亡してしまった場合には、お葬式を行う人(通常は遺族)にお葬式を行うための費用が支払われます。
4、労災認定を受けるためにはどうすればいいの?
労災認定を受けるためには、労災事故が発生した時に勤務していた会社の所在地を担当する労働基準監督署長に必要な書類を提出しなければなりません。
ですので、まず、労災事故が発生した時に勤務していた会社の所在地を担当する労働基準監督署を調べる必要があります。これは、厚生労働省に問い合わせるか、厚生労働省のウェブサイトで調べることができます。
そして、会社の所在地を担当する労働基準監督署がわかったら、その労働基準監督署に対して、以下の通り、請求する費目ごとに、必要な書類を提出しなければなりません。
(1)療養給付の請求手続き
①指定医療機関で治療を受けた場合
療養給付を請求するには、怪我や病気の治療を受けている医療機関を経由して、「療養補償給付たる療養の給付申請書」(通勤災害の場合には「療養給付たる療養の給付申請書」)を提出する必要があります。申請書は、厚生労働省のホームページからダウンロードするか、労働局や労働基準監督署に置いてあります。
②指定医療機関以外で治療を受けた場合
受けた治療に応じて、「療養補償給付たる療養の費用請求書」(通勤災害の場合、「療養給付たる療養の費用請求書」)を提出する必要があります。それに加え、支払った費用の「領収書」を添付しなければいけません。
注意が必要なのが、鍼灸師や、あん摩マッサージ指圧師から治療を受けた場合です。この場合、医師がその治療を必要であると判断した場合に限られ、医師の診察を受けていない場合には、治療費を受け取ることができなくなってしまいます。
ですので、鍼灸師や、あん摩マッサージ指圧師の治療を受けた場合には、領収書に加えて、鍼灸師やあん摩マッサージ指圧師からの請求書と、請求書ごとの医師の診断書が必要になってきます。
もちろん、全ての請求書と請求書ごとの診断書が必要なのではなく、初診日と、初診日から6カ月経過したものに限られます。(あん摩マッサージ指圧師の場合は、6カ月以降も、3カ月おきに必要になります。)
(2)休業補償給付の請求手続
治療を受けている医師に、怪我や病気で働けなかった期間の証明を受けた上で、「休業補償給付支給請求書」(通勤災害の場合、「休業給付支給請求書」)を労働基準監督署長に提出します。通勤災害の場合には、事故発生日に、自宅からどのような経緯で事故発生場所に行った状況を詳しく記入する必要があります。
休業補償給付を請求する際に、別途添付する書類として、出勤簿、賃金台帳、同一の事故で年金を受け取っている場合にはその支給額がわかる書類を添付する必要があります。
ただ、出勤簿や賃金台帳は、給料の算定の一つの資料という扱いですので、かならず必要となるわけではありません。
(3)障害補償給付の請求手続き
①障害補償給付
障害補償給付を請求するには、「障害補償給付請求書」(通勤災害の場合は「障害給付支給請求書」)を、労働基準監督署長に提出する必要があります。
必要になってくる添付書類は、医師または歯科医師の診断書、レントゲン等の資料、同じ事故で年金等の支給を受けている場合にはその支給額を証明する資料が必要になります。
②障害補償年金前払い一時金
障害補償給付の請求と同時に(または年金の支給決定の通知があった日から1年以内に)、「障害補償年金・障害年金前払一時金請求書」を労働基準監督署長に提出すると、年金の前払いとしての一時金を受け取ることができます。
(4)傷病補償年金の請求手続き
傷病補償年金の給付は、法律上は請求手続きが用意されているわけではありません。しかし、実際の運用としては、治療開始後1年6カ月を経過しても傷病が治癒しないときは、一か月以内に「傷病の状態等に関する届」を労働基準監督署に提出する必要があります。
添付書類は、診断書などが必要になってきます。
(5)介護補償給付の申請手続き
介護保障給付を受け取るには、「介護保障給付・介護給付支給請求書」を労働基準監督署長に提出する必要があります。
添付資料として、医師の診断書、介護費用の領収書や請求書を添付する必要があります。
(6)遺族補償給付の申請手続き
遺族補償給付を受け取るには、「遺族補償年金支給請求書」または「遺族年金支給請求書」を提出する必要があります。注意が必要なのですが、労働災害によって死亡した日から5年以内に、申請手続きを行わなければいけません。
この遺族補償給付を受給する権利があるのは、死亡した者の収入によって生計を維持していた配偶者、子、父母、孫、祖父母、兄弟姉妹のうち、最も優先順位の高い者とされています。さらに、妻以外の者は、どんな場合でも貰えるわけではなく、年齢などの受給要件があるので、注意が必要です。
遺族補償給付を受け取ることができる遺族は、遺族補償年金、遺族特別支給金、遺族特別年金が受け取ることができます。遺族補償給付を受け取るには、多くの添付資料を提出する必要があります。
基本的なものは、死亡診断書・死体検案書などの死亡を確認できる書類、戸籍謄本・抄本などの受給者の年齢や死亡したものとの関係が確認できる書類、住民票など死亡したものが生計を維持していたことが確認できる書類、受給権者が二人以上の場合は代表者選出届等ですが、その他にも労働基準監督署長の求めに応じて必要書類を提出する必要があります。
(7)葬祭料
労働基準監督署長に「葬祭料請求書」または「葬祭給付請求書」を提出する必要があります。この手続きは、労災によって死亡した日から2年以内に行う必要があります。添付資料として、死亡診断書などの労災によって死亡したことを確認できる書類が必要になります。
5、ケースごとの労災のポイント
ここまで、労災による怪我や病気に関して、保険給付を受けるために一般的に必要になる手続きや書類についてご説明してまいりましたが、以下では、労災の中でも特に注意が必要なケースについて、より詳しくご説明いたします。
(1)労災によって後遺症が残ってしまった場合の手続きは?
①まずは申請に必要な書類を用意する
労災によって後遺症が残ってしまった場合、上記のとおり障害補償給付の申請をして補償給付を受け取ることができる可能性があります。ですので、まずは申請に必要な書類を用意しましょう。具体的には以下の通りです。
・労働中の怪我の場合、療養補償給付たる療養の費用請求書
通勤中の怪我の場合、療養給付たる療養の費用請求書。これらは、労働基準監督署のホームページからダウンロードするか、労働基準監督署に行けば受け取ることができます。
・医師作成の後遺症診断書、レントゲン画像等
これは、治療を受けている医師に作成をしてもらう必要があります。また、後遺障害の認定の資料のため、レントゲンやMRI画像等の資料を用意する必要があります。
②申請できるのは症状固定の後
後遺障害の認定の中で、もっとも重要な資料が、医師の作成する後遺障害診断書になります。
障害補償給付が請求できるようになるタイミングは、治療を続けてもこれ以上大幅な症状の改善効果が認められなくなった状態(「症状固定」と言います。)になった後ということになります。
そのため、医師が症状固定であると判断した後に、医師に後遺障害診断書を作成してもらい、障害補償給付の申請をすることになります。
③いつまで申請できるか
障害補償給付の申請は、症状固定時、すなわち、治療を続けてもこれ以上大幅な症状の改善効果が認められなくなった時点から5年間です。この期間を過ぎてしまいますと請求することができなくなってしまいますので、期間には十分に注意しましょう。
④医師の診断に納得がいかなかった場合
労働基準監督署では、医師の後遺障害診断書の記載を重要視するため、この後遺障害診断書上特に問題となるような症状の記載が認められない場合は、障害補償給付は行われません。
ですので、主治医と相談の上、どうしても納得いかない場合には、別の医師にセカンドオピニオンを聞きに行くことも一つの手段になります。
⑤労働基準監督署の判断に納得がいかなかった場合
障害補償給付を認めるか否か判断をするのは、結局のところ、労働基準監督署ですので、ある程度症状が残っていても、労災の基準に当てはまる後遺障害としては認めてもらえず、十分な障害補償給付がされない場合もあります。その場合には、異議申し立てを行うことができます。
しかし、一度認めないと判断されてしまったものに対する異議申し立ては、そもそも認めてもらえる可能性が高くない上に、時間もかかりますので、なるべく最初の申請の段階で、十分な資料を揃えたいところです。
(2)精神障害の労災認定はどうなるの?
仕事が原因で精神障害(例えば、うつ病等)が生じた場合にも、労災認定がされる場合があります。精神障害も、怪我や病気の一種である以上、仕事が原因で病気になった人に保障がされる必要性があるのは同じということです。
しかし、精神障害の場合、人が社会生活を行う上では、仕事以外にもいろいろなストレスに曝されている場合があるため、仕事が原因であるといえるかどうかの判断が難しく、身体的な怪我に関する労災認定よりも厳格な運用がされています。
精神障害で労災認定を受けるには、以下の要件を満たしていなければいけません。
- 認定基準の対象となる精神障害であること
- 発病前の期間のおおむね6カ月以内に、業務による強い心理的負荷が認められること
- 業務以外の心理的負荷や固体側要因により発病したとは認められないこと
以下、この要件をひとつずつ詳細に見ていきましょう。
①認定基準の対象となる精神障害であること
まず、1.については、労災認定がなされる精神障害の種類自体が、ある程度限定されているということです。
つまり、いくら精神障害にかかっていても、アルコール依存や知的障害など、業務から生じることはほとんど考えられない精神障害は対象から外されることになります。
認定の対象となる代表的な精神障害は、うつ病や急性ストレス反応などがあります。
②発病前の期間のおおむね6カ月以内に、業務による強い心理的負荷が認められること
次に、2.について、業務による強い心理的負荷があったか否かは、「どんな出来事があったか」によって判断されます。人によって感じ方は違うため、小さなことでも極端にこだわってストレスを感じてしまう人もいます。
しかし、それでは、こだわりの強い人ばかりが労災認定を受けられる一方で、我慢強い人は労災認定を受けられないことになってしまい、不公平が生じてしまいます。そこで、労災認定にあたっては、第三者から客観的に見て、どのような状況だったかが重要視されることになります。
例えば、業務中に、生死にかかわる病気や怪我をしたという出来事や、他人を死亡させてしまったといった出来事、わいせつ行為やいじめを受けたといった出来事があれば、第三者から見ても、「業務によって相当大きな心理的負荷があったのではないか」と考えられることになります。
労災認定では、様々なケースを想定して、36パターンもの事例を挙げて、「このケースでは心理的負荷はこれくらいである」との指標を掲げており、セクハラやパワハラといった代表的な問題ばかりではなく、いろいろな業務上の出来事が心理的負荷の要素になり得るとされています。
③業務以外の心理的負荷や固体側要因により発病したとは認められないこと
次に、3.については、精神障害の原因に、業務以外の要素があると考えられるときは、労災認定はより一層慎重に判断されることになり、結果として労災認定が受けづらくなります。
たとえば、精神障害を発症したのと近い時期に、家族に不幸があったり、離婚をしたなどの事情があると、必ずしも業務が原因で精神障害を発症したとは言えないことになります。
他には、本人の特性として、過去に仕事とは関係なく精神障害にかかっていたという経歴があると、今回の精神障害も本人の特性によるものであって、仕事が原因ではないと判断される場合もあるのです。
労災認定は、労働基準監督署が証拠資料をもとに判断するものであるため、労働者側としてはどこまで証拠資料が集められるかが決め手になります。例えば、タイムカードで出勤と退勤の時間を管理している会社では、どれくらいの時間残業をしたか等は知ることができますが、パワハラやセクハラ、いじめ等は、なかなか客観的な資料を集めることが難しいといえます。
ただ、現在は、防犯カメラやメール、通話録音等、様々な媒体に記録が残っていることもあるので、諦めずに、些細な証拠でも探すようにしてみましょう。
(3)過労死の認定基準
仕事が忙しすぎて休むことも出来ず、体調を崩して亡くなってしまった場合、業務によって生じたいわゆる「過労死」であることが明らかになれば、労災として認められ、遺族は保険給付を受けることができます。
では、過労死として認定されるためにはどのようなことが必要なのでしょうか。
①代表的な死亡原因
過労死における代表的な死亡原因は、脳疾患と心疾患です。ですので、ここでは脳・心疾患に絞って説明をします。
具体的には、脳疾患では、脳内出血、くも膜下出血、高血圧性脳症、心疾患では、心筋梗塞、狭心症、心停止、解離性大動脈瘤があります。
②認定要素
上に挙げた脳疾患と心疾患が、業務上の疾病として認定されるには、大きく分けて三通りの基準があります。
- 一つ目は、「異常なできごとに遭遇したこと」
- 二つ目は、「短期間の過重業務」
- 三つ目は、「長期間の過重業務」となります。
以下、一つずつ詳細に見ていきましょう。
まず、1.「異常なできごとに遭遇したこと」とは、たとえば、業務に関連した重大な人身事故に遭遇してしまったことなどが挙げられます。その他には、事故が発生し、救命活動のために体に過度の負担がかかったりした場合や、急に夏の屋外作業を命じられ、水分補給を一切しないまま長時間作業を行った場合などが挙げられます。
次に、2.「短期間の過重業務」とは、発症前おおむね1週間前に、通常業務と比較して特に加重な身体的、精神的負荷が生じたと客観的に認められる場合を言います。この場合、発症直前から前日までの業務量が過重がどうか判断されるほか、発症前一週間の業務が継続して過重であるか否かも判断のポイントになります。具体的には、不規則な勤務だったか、拘束時間が長期にわたっていた、出張の有無、深夜勤務、作業環境、精神的緊張を伴うかなどを総合的に判断することになります。
次に、3.「長期間の過長業務」とは、発症前のおおむね6カ月のスパンを見て、不規則な勤務だったか、拘束時間、出張の有無、深夜勤務、作業環境、精神的緊張を伴うかなどの要素について十分に検討することになります。
6、その他、労災において知っておくべきこと
(1)労災が原因で解雇される?
労災が生じた場合、「会社に迷惑をかけた」「働かないのにお金を貰って」などと、様々なことを言われて会社に居づらくなる人もいると思います。しかし、労災が認められた場合、働くことができずに金銭的に不安になっている労働者が安心できるように、解雇することができない期間が法律上設けられています。
まず、治療をしている期間と、治癒してからの30日間は、会社は従業員を解雇することはできません。もっとも、治療が3年以上にわたり、治療を継続しても回復が見込めず、治療を続ける必要がある場合には、会社側は、従業員に1200日分の給料を支払うことによって解雇できるというケースもあります。
(2)労災請求のメリット
労災請求のメリットは、なんといっても治療費を保険で負担してもらい、休んでいる間の給料の保障が受けられるということにあるといえます。また、後遺障害の認定を受けた場合には、その分の保障も受け取ることができますし、その他にも、事案ごとに異なりますが、様々な給付を受けることができます。
このように、労災保険は、事故に遭ってしまった後の生活に対する不安をなくし、治療に専念することが出来る状況にするための、労働者の生活を守るために作られた保険なのです。
会社の方が何と言っても、労働者にとって、労災保険給付を申請するデメリットはないと言っていいでしょう。
(3)労災は過去にさかのぼって請求できる?
療養補償給付、休業補償給付、葬祭料、介護補償給付、療養給付、休業給付、葬祭給付、介護給付は、それぞれいつから数え始めるのかが異なりますが、療養補償給付であれば治療費が具体的に確立した日の翌日から2年、休業補償給付であれば休んだ日ごとにその翌日から2年、というように、概ね、それぞれの給付を受けるべきことが明らかになった日の翌日から2年を経過したときに請求できなくなります。
障害補償給付、遺族補償給付、障害給付及び遺族給付を受ける権利は、傷病が治った日の翌日から5年を経過したときは、請求できなくなってしまいます。
気づいたら手遅れということがないように、時間的に余裕をもって申請を行いましょう。
(4)会社が労災保険に入っていない場合は?
労災は会社が入っている保険の「保険給付」です。では、会社が労災保険に入っていなかった場合はどうなるのでしょうか?
その場合でも、労働者には保険給付が行われるので、大丈夫です。労災保険に加入していなかった企業には、ペナルティが課されることになります。
労災保険は、労働者の保護のための保険なので、保険料が高いから、というように、会社が勝手な都合で入っていなかったとしても、労働者に対して給付されることに変わりはないということです。
まとめ
いつ自分の身に労災が降りかかってくるかは誰にもわかりません。
これまでご説明してきたとおり、労災に関しては様々な制度が用意されており、単純な手続きではありませんが、いずれも労働者を保護するために作られている制度ですから、労災について正確な知識を得て、いざというときにすぐに動き、適切な補償が受けられるようにしておけば、安心して仕事をすることができるのではないかと思います。