派遣社員では労災保険って使えないのかな?
何かと正社員との待遇の違いに悩む派遣社員の方が多いかと思いますが、派遣社員でも労災保険は使えます!
ただ、派遣社員の方が労災保険の適用を受けるために、これだけは気をつけようというポイントがあります。
今回は、
- 派遣社員が労災保険を請求する際の重要ポイント
をわかりやすく解説します。
万一の労働災害のときにもちゃんと補償されると知れば、安心して仕事ができるでしょう。
この記事をご覧になった派遣労働者の方に少しでも安心していただければ幸いです。
労災の認定に関して詳しく知りたい方は以下の記事もご覧ください。
1、派遣社員も労災請求できる
(1)労災保険とは
労働者災害補償保険(労災保険)は、労働者が仕事が原因で怪我や病気になったり、不幸にして死亡したとき(業務災害)、また通勤の途中で事故に遭ったとき(通勤災害)に、労働者や遺族を保護するために、国が事業主に代わって必要な補償を行うという保険です。
(2)派遣の労災保険加入は派遣元に義務付けられている
労災保険への加入は、事業主や労働者の意思にかかわらず、原則、労働者を一人でも雇用するすべての事業主に義務付けられています。
派遣労働者ならば、派遣元に義務付けられています。
したがって、派遣労働者も業務災害や通勤災害にあったときには、当然に労災保険の補償を受けられます。
2、労災保険と健康保険の違い
労災保険と健康保険との違いを簡単に示しておきます。
下の表からわかるように、補償内容として、労災保険の方が圧倒的に有利です。
私傷病の治療費等についてカバーする健康保険と異なり、会社の事業の犠牲となった労働者を保護するための労災保険の補償の方が手厚いのは、ある意味当然のことなのかもしれません。
そのため、仮に派遣元などから「労災の手続きを取ると何かと面倒だから健康保険で治療を受けておいて」などと言われても「はい、わかりました。」など安易に応じるのはやめるべきです。
また、そもそも労働災害の場合に健康保険を利用することは禁じられています。
労災保険による給付 |
健康保険による給付 | |
(1)原因 | ①業務災害 ②通勤災害 | 左記以外(私傷病) |
(2)給付内容 | ||
①療養の給付 | 本人負担ゼロ (労災保険から全額給付) | 本人負担3割 (健康保険から7割給付) |
②療養が長引いたとき | 休業(補償)給付 業務復帰できるまで 給付基礎日額(平均賃金)の80%支給 (解雇制限もあります。後述) | 傷病手当金 1年6月を限度に標準報酬の3分の2を支給 |
③それ以外の給付 | 障害(補償)給付 遺族(補償)給付、葬祭料、傷病(補償)年金及び介護(補償)給付などの保険給付 | 埋葬料など |
(3)解雇の制限 | 業務災害によって負傷したり、疾病にかかり療養のために休業する期間とその後30 日。 療養開始後3年を経過しても負傷や病気が治らない場合には平均賃金の1200日分を支給し解雇できる(労働基準法19条、81条) (通勤災害については解雇制限の適用はありません。) | 業務遂行不能などの問題があれば、解雇可能。 |
(4)保険料 | 事業主(会社)全額負担 | 事業主(会社)と労働者が折半負担 |
3、派遣社員の労災手続き
さていよいよ、派遣社員の労災請求にかかる具体的手続きに入っていきます。
派遣社員は、派遣元に雇用され、派遣先でその指揮命令に従って働いています。
そのため、労働災害が起こったときには、派遣元、派遣先それぞれに対する手続が必要になります。
(1)派遣元に対する手続き
派遣労働者が労働災害にあったときには、労働者本人または遺族が派遣元に連絡して、労災保険給付の手続きを求めましょう。
派遣元は労働者死傷病報告を作成し、派遣元を管轄する労働基準監督署に提出する必要があります。
仮に、派遣元の協力が得られなかったようなときには、直接、労働基準監督署に申請書を提出することができます。
(2)派遣先に対する手続き
派遣労働者が労働災害にあったときは、派遣先にもすぐ連絡し、労働災害の手続を依頼します。
派遣元だけでなく、派遣先も労働者死傷病報告を作成し、派遣先を管轄する労働基準監督署に提出する必要があります。
派遣先は、労働者死傷病報告を提出したときは、その写しを派遣元に送付します。
実際の労働災害の状況をよく把握しているのは派遣先でしょう。
派遣先が労働者死傷病報告をまず作成して派遣元に写しを送る、というのが通常と思われます。
4、派遣先に言いづらいときの対処法
(1)派遣先に対して相談しづらい理由
労働災害にあったときに、派遣先に相談しづらいときもあると思います。
これは、派遣労働者、派遣先、派遣元それぞれの事情があります。
①派遣労働者の事情
労災の請求をすると、派遣を切られるのではないか、派遣元で解雇されるのではないか、などと心配する人もいるようです。
また、自分の不注意で事故にあったなどと遠慮したり、数日程度の休業で済んだから健康保険で対応しておけばよい、などと考える人もいるかもしれません。
②派遣先の事情
派遣先は、自分の会社の安全管理体制の不備、安全配慮義務の違反を問われるのではないかなどと心配することも多いでしょう。
それどころか、「今は労働災害ゼロ月間だから、労働災害の請求をされては困る。」といったことを言い出す派遣先も見受けられるようです。
また、最近では第3次産業でも転倒などによる労働災害が頻発しています。
事務職の派遣社員でもデスク作業での労災などといった様々な労働災害が生じます。このあたりの知識不足・認識の甘さも見受けられるようです。
③派遣元の事情
派遣元の中には、労災請求すると保険料が上がってしまうなどといった心配をするところもあるようです。
また、前述の派遣先と同様に、第3次産業での労災や事務職の労災などへの知識不足の会社も見受けられるようです。
(2)労災についての知識を持とう
①「当社は労災に入っていない」はありえない
労災保険は会社が1人でも労働者を雇っていれば加入義務があります。
「うちは労災に入っていない」ということはありません。
このようなケースは、事業主が本来支払うべき保険料を納付していないだけです。
仮に会社が保険料を支払っていなくても、労働者には関係ありませんから、労働基準監督署で手続きをとれば、通常どおり保険からの給付を受けられます。過去の保険料の不払いについては、会社が責任を負うだけです。
②派遣元・派遣先の義務
前述の通り、労災発生時には、派遣元派遣先とも労働者死傷病報告を作成し、所轄の労働基準監督署に提出します。これは、会社としての義務です。
③労災保険の本質を知ろう
労災保険は社員を守るための制度です。
労働者の業務上のケガや病気については、本来、会社が補償する責任を負っています(労働基準法75条以下)。
ただ、労災保険による補償があれば、その範囲で会社の責任が免除されます(労働基準法84条1項)。
労災保険を使わないならば、会社の責任が残ってしまうだけです。
④労災請求をすると保険料が上がる?
労災保険の「メリット制」についての誤解です。
「メリット制」とは、労災事故の発生率に基づいて、一定範囲で労災保険料を増減させる仕組みです。
労災事故が増えれば労災保険料が高くなります。
同じ事業でも、作業の工程、機械設備、作業環境、さらに会社での災害防止努力の違いで、災害率に差が出てくることから、会社の労災防止の努力に応じて、保険料の負担が公平になるようにしているのです。
⑤労災かくしは犯罪
労災かくしとは「故意に労働者死傷病報告を提出しないこと」又は「虚偽の内容を記載した労働者死傷病報告を所轄労働基準監督署長に提出すること」です。
厚生労働省ではこの問題点をはっきりと指摘しています。
「労働災害の被災者に犠牲を強いて自己の利益を優先する行為で、労働安全衛生法第100条に違反し又は同法第120条第5号に該当することとなります。このような労災かくしに対して厚生労働省は、罰則を適用して厳しく処罰を求めるなど、厳正に対処することとしています。」
前述の「労働災害ゼロ月間だから、労働災害の請求をされては困る」などといった対応をしていると、労災隠しとして、厳しく責任が追及されることになります。
【参考事例】
①A労働基準監督署は、自社で雇用する労働者が派遣先企業で4日以上休業する労働災害に被災したのに、労働者死傷病報告を提出しなかったとして、労働者派遣事業者Bなどを労働安全衛生法第100条(報告等)違反の容疑で地方検察庁に書類送検。
②C労働基準監督署は、虚偽の「労働者死傷病報告」で労災かくしを行ったとして、建設会社Dと同社の専務取締役を地方検察庁に書類送検した。同社は元請建設会社から2次下請けしたビル建設工事を行っていたが、同社労働者が同建設現場で熱湯を浴び全治3週間のやけどを負った労働災害が発生。これについて「自社の資材置き場で起きた」と同労基署に虚偽の報告をした疑い。工事現場での労働災害は、元請建設会社の労災保険で補償されることになっているが、同社専務は「元請けの労災保険を使うと迷惑がかかり、仕事がもらえなくなると思った」と供述。
(3)まずは派遣元へ相談を
派遣労働者は派遣元との雇用関係があります。
労災についての相談も、派遣元の方が相談しやすいでしょう。
しかし前述の通り、派遣労働者の労災については、派遣元だけでなく派遣先にも対応する義務があります。
本来、労働災害が起これば、発生した現場である派遣先がすぐ対応すべきものです。
派遣先が対応してくれないなら、躊躇せずに派遣元に相談してください。
5、労災ハラスメントをされたら
(1)解雇
「労災請求したら(したから)解雇する」は法令違反です。
労働者が行政官庁や労働基準監督署に申告したことを理由とする解雇は、禁止されています(労働基準法104条2項など参照)。
また、前述の通り業務災害で休業補償を受けているときの解雇も禁止されています。
なお、派遣労働者は派遣元に雇用されているのですから、派遣先から「クビだ」と言われてもクビになるわけではありません。
派遣元との雇用契約は継続していますので、派遣元は別の派遣先を探すなどの就業機会の確保をはかる義務があります。
(2)会社側からの嫌がらせ
労災申請で派遣先に迷惑を掛けたといった理由で新しい派遣先を紹介してくれない、というのはわかりやすい例です。
これは派遣元としての義務違反です。
さらに、たとえば今までの契約内容と全く異なる仕事を命じられた、などといったことも考えられます。
派遣社員は契約内容以外の仕事を命じられても従う義務はありません。
この点もよくあるトラブルですので、理解しておいてください。
(3)「労災請求」を原因としたハラスメントか-証拠が必要
解雇等のはっきりした事案でなくても、そもそも労災請求そのものをやめるように圧力をかけられることなども考えられます。
労災請求をしたことで、職場復帰しても上司や同僚から嫌がらせを受ける、といったことがあるかもしれません。(派遣先、派遣元いずれからも嫌がらせの可能性があります)。
労災請求の際の具体的な内容やそのときの派遣元派遣先とのやりとりなど、できる限り事実関係かわかるものを残しておくことが必要です。
不当な圧力や嫌がらせだと思ったら、その言動等の内容もしっかり記録しておいてください。労働基準監督署などに相談するときに役に立ちます。
まとめ
労働災害については、被災者たる労働者保護のための法制度が充実しています。
問題なのは、知識不足などから、派遣労働者も、また派遣元、派遣先も制度を適切に活用できなかったり、間違った対応をしていることがしばしば見受けられることです。
派遣労働者が勇気をもって行動することで、労働者保護の法制度が本当に生きたものになっていきます。
この記事がそのお役に立てれば幸いです。