社長といえば、収入も多く自己破産とは無縁と思われがちですが、必ずしもそうではありません。
自分が経営する法人が倒産したことによって、連鎖的に自己破産しなければならない場合もありますし、知り合いの連帯保証人を引き受けたらその債務者本人が逃げてしまったために自己破産してしまったということもあるかもしれません。
そこで、今回は、社長がやむを得ない事情で自己破産をしたというときに、
- 社長が自己破産したら社長をやめなければならないか
- 再度社長として事業を興すときの注意点
- 経営者保証ガイドラインとは
などについて解説していきます。ご参考になれば幸いです。
自己破産に関してはこちらの記事をご覧ください。
目次
1、社長が自己破産すると社長はやめなければならない?
社長の自己破産は、必ずしも経営する法人が倒産する場合だけとは限りません。
社長が法人とは別の事情で自己破産しなければならないときには、「社長の地位」に影響が出る場合があります。
(1)株式会社の社長の場合
株式会社の社長(取締役)が自己破産したときには、その会社の社長を必ず退任しなければなりません。
株式会社と取締役の関係は委任契約であると解されているのですが、委任は、当事者の一方が破産したときには終了すると規定されているからです(民法第653条第2号)。
なお、自己破産以外の債務整理(個人再生・任意整理)の場合は委任の終了事由ではありませんので、個別に終了原因として契約していない限り退任する必要はありません。
(2)持分会社の社長の場合
社長として就任している会社が持分会社(合同会社、合名会社、合資会社)であるときには、自己破産した場合の社長の地位は「定款の定め」に従うことになります。
ただし、標準的な持分会社の定款では、「役員が自己破産した場合には退任する」と定められているのが一般的です。
標準的な定款でこのような定めがあるのは、持分会社の役員の場合、会社への出資金の処理をしなければならないからです。
つまり、社長が会社に対して有している「出資金の返還請求権」が自己破産での差し押さえ対象となることから、自己破産によってその会社の社員(出資者)でなくなることに伴って社長の地位も失うというわけです。
(3)自己破産後に同じ会社の社長に復帰することは可能か?
自己破産したことで退任した場合でも、同じ会社の社長に復帰することは法的には何ら問題はありません。
現行会社法の規定に基づけば、自己破産の手続きが終わる前に再任することは全く問題ないのです。
ただし、社長として再任するためには、法で定められている再任の手続き(社長就任に必要な手続き)を改めて経る必要があります。
①株式会社の社長の場合
株式会社の場合には、社長の再任には株主総会決議が必須です。
家族経営のような閉鎖会社(上場していない株式会社)であれば、「定款の定め方」によっては、退任した翌日に株主総会を招集し、その翌日には、社長の再任決議をすることも不可能ではありません。
※定款とは異なる手順・方式でなされた決議は無効となるので注意しましょう。
一方、上場企業の場合には、株主も多く、簡単には株主総会を開くことはできません。
また、株主に対して退任・再任のいきさつを説明する必要もありますので、それなりの負担・準備をしなければならなくなります。
②持分会社の社長(業務執行役員)の場合
持分会社の場合にも、定款の定めに従えば、(自己破産後すぐに)社長(業務執行役員)として再任することは、会社の手続きとしては全く問題がありません。
ただし、持分会社の社長(業務執行役員)になるためには、会社の社員(出資者)になる必要があるので、そのお金をどこから工面してくるかという問題があります。
2、社長が自己破産した後に新しい会社を作ることはできるのか?
自分で会社を経営している社長が、法人の倒産と連鎖して自己破産した場合には、新しい事業を興しての「再チャレンジ」を考える人も多いと思います。
(1)自己破産したら会社を作れないということはない
現在の法律では、「自己破産をした人は会社を作ってはいけない」という決まりはありません。
以前は、「破産者は取締役にはなれない」という商法の規定があったのですが、会社法制定の際にこの規定が廃止されました。
したがって、自己破産手続き中であっても、会社を作って社長に就任することは基本的には問題ありません。
(2)許認可(営業免許)に自己破産が影響する場合
自己破産直後にすぐ会社を興して事業をはじめたいというときには、その事業内容に注意する必要があります。
一部の営業免許には、自己破産したことが欠格事由となる場合があるからです。
「破産者で復権を得ない者」を欠格事由としている営業免許の主なものは、次のとおりです。
- 割賦販売業者
- 貸金業者
- 質屋
- 旅行業
- 保険業
- 警備業
- 建築業
- 下水道処理施設維持管理業
- 風俗業
- 廃棄物処理業者
- 古物商
これらの事業を行うときには、自己破産後に「復権する」まで許認可の申請を待つ必要があります。
自己破産による復権は、ほとんどのケースで「免責確定」によって獲得します。
財産隠しがあったり、裁判所・破産管財人の業務を妨害したりという、よほど問題のあるケースでなければ、免責を得られずに復権できない(復権まで時間がかかる)ということを心配する必要はないでしょう。
ただし、自己破産の案件によっては、破産手続き開始決定から免責確定まで半年・1年とかかるケースもあるので、十分注意しましょう。
(3)自己破産した人が社長をしている会社は融資を受けられるか?
自己破産をしたときには、信用情報に事故情報(いわゆるブラック情報)が登録されてしまいます。
そのため、自己破産した社長が新たに会社を興したという場合には、「会社の資金繰り」に十分留意する必要があります。
金融機関が中小企業に融資する際には、経営者個人の信用情報をチェックするのが一般的だからです。
自己破産のブラック情報は、破産手続き開始決定のときから5年、もしくは10年間登録されます。
したがって、自己破産後に再チャレンジしようというときには、
- 十分な自己資金を用意する
- 信用情報に問題がない人に代表者(社長)を引き受けてもらう
- 金融機関以外からの資金調達(クラウドファンディングなど)を検討する
といった対策を講じておく必要があります。
とはいえ、最近では、多額の自己資金・運転資金を必要としない事業もたくさんありますので、そういう事業にトライしてみるのもひとつの選択肢かもしれません。
3、社長は自己破産せずに会社の負債を解決することは可能か?
自己破産は、借金が返せなくなったときの最終的な解決方法です。
社長が自己破産する一番の理由は、会社負債を個人保証していることが原因です。
会社の経営が行き詰まり、倒産してしまえば、会社が返済出来なかった残債務について社長個人が返済する義務を負うからです。
また、社長さんの場合には、会社負債の連帯保証だけでなく、会社とは無関係な個人としての借金であっても、ベースの収入が大きいことで多額の借金を抱えやすいので、「経営する会社の破綻=自己破産」となりやすいことは事実です。
しかし、多額の借金が返済できないという場合でも、絶対に自己破産しか選択肢がないというわけではありません。
(1)会社の破産は「できるだけ早い」方がよい
会社を自己破産させる場合には、会社が抱える負債の大部分が未払いのまま手続きが終わってしまうことが多く、社長が個人保証している負債もほとんど残ってしまうという場合が多いかもしれません。
しかし、会社を「早期に」また「上手に」自己破産させることで会社の負債を小さくすることができれば、「社長個人の自己破産は回避できる」ということもあるかもしれません。
たとえば、負債額が1円でも少ないうちに早期の自己破産に踏み切ることで、配当率を高くできれば、社長の個人資産で何とか個人保証分の返済に目処が付けられる(債権者と分割払いで和解できる)ということもあるかもしれません。
また、会社の資産を適正かつ高額に売却することも配当率を高めるためにはとても大切です。
法人破産に精通した弁護士に破産を依頼すれば、自己破産前に適正な事業譲渡や資産処分を行い、何の手立てもせずに自己破産した場合よりも高い配当率が期待できることもあるでしょう。
事業譲渡・財産処分を適正かつ好条件で行うためにも、「早期着手」はとても大事な要素となります。
(2)早期に債務整理すれば、破産以外の方法が選択できる可能性も高くなる
経営が完全に行き詰まりきる前の段階で、会社の債務整理を始めることができれば、会社の負債を自己破産以外の方法で処理できる可能性も高くなります。
たとえば、中小企業の場合であれば、民事再生手続きや私的整理を利用して有利子負債を圧縮した上で、スポンサー企業をみつけて運転資金を確保できれば、会社の事業をそのまま継続できることもあるでしょう。
また、会社を畳まなければならないという場合でも、「自己破産よりも多い配当金」を債権者に配当できるケースであれば、「経営者保証ガイドライン」を適用し、個人保証を免除してもらえる可能性があります。
4、社長の個人保証を免除してもらえるかもしれない経営者保証ガイドラインとは?
経営者保証ガイドラインは、平成26年から運用が開始された比較的新しい試みです。
中小企業にとって経営者の個人負担は、事業拡大や会社の早期適正処理の妨げとなっていることが多いことから、官民が一体となって策定した基準です。
経営者保証ガイドラインを適用できれば、中小企業の経営者が個人保証している多額の負債についても、自己破産した場合よりも有利な取扱いを受けて処理することが可能となります。
(1)経営者保証ガイドラインを適用して負債処理するための要件
経営者保証ガイドラインを利用ための条件は、次の3つです。
- 主債務者である会社が、裁判所における倒産手続き、もしくは、中立かつ公正な第三者の関与している私的整理手続(私的整理ガイドラインに基づく私的整理)を申し立てていること(適正な倒産手続き)
- 実際に行われる会社の倒産手続きにおける配当額が、通常の破産手続きを行った場合よりも大きくなることが見込めること(債権者にとっての経済的合理性)
- 保証人である経営者に破産法が定めているような免責不許可事由がなく、またそれが発生するおそれがないこと(保証人が誠実であること)
簡単にいえば、
- きちんとした手続きに則って会社の整理をしている
- 個人保証を免除することが債権者にとって一方的に不利益とならない事情がある
- 保証人が不誠実ではない
という要件を満たしていなければなりません。
このうち実務的に最も重要なのが「債権者にとっての経済的合理性」です。
自己破産した場合よりも配当額が高くなるように倒産を進めるには、やはり「早期対応」が必須の条件といえます。
経営状況が悪化するにしたがい、会社の資産状態も悪化していけば、有利な条件で会社の資産・事業を処分することが難しくなるからです。
(2)経営者保証ガイドラインが適用された場合の社長のメリット
経営者保証ガイドラインの適用が認められれば、社長の個人保証は、自己破産した場合よりもかなり有利に処理することができます。
具体的なメリットは、次の4点です。
- 個人保証分の減額・免除・返済猶予を受けられる
- 自己破産の自由財産(99万円)よりも多くの財産を手元に残せる
- 住居用の不動産を処分せずに済む(生活に必要な程度を超える豪華な不動産の場合は処分されます)
- 信用情報への登録がない(ブラックリストに載らない)
つまり、経営者保証ガイドラインを適用できれば、個人保証の返済が減免される可能性があるだけでなく、自宅等も手放さずに済む可能性があるのです。
また、「個人保証分を債務整理したことによるブラックリストへの登録がない」ということも再チャレンジを考えている人にとっては大きなメリットといえるでしょう。
5、社長(経営者)の自己破産は、法人の債務整理に詳しい弁護士に相談しましょう
社長の自己破産は、会社の倒産処理とセットになることが一般的です。
法人の倒産処理は、個人の債務整理と比べてかなり複雑で専門的な分野といえます。
弁護士の中には、個人の債務整理は多数経験しているけど、法人の債務整理はあまり経験がないという人も少なくありません。
特に、事業譲渡などが絡む会社整理の場合には、知識だけでなく、交渉ノウハウ、人脈なども法人処理に特化したものが求められます。
経営者保証ガイドラインの適用についても同様です。
会社を経営している方が自己破産を考えるときには、必ず、法人の債務整理に実績のある弁護士事務所に依頼するようにしましょう。
まとめ
「会社を倒産させること=自分も自己破産する」というイメージは、多くの社長さんに強く共有されていると思います。
そのため、あるべき時期よりも会社の倒産処理が遅れてしまうというケースが少なくないようです。
しかし、いまのルールでは、仮に社長が自己破産した場合であっても、再チャレンジできるルートがきちんと確保されています。
会社法制定時に、破産者であることを取締役の欠格事由から削除したことも、再チャレンジできる環境を整える(早期の倒産処理を促す)ことが目的であるとされています。
会社の自己破産も個人の場合と同様に、早期着手によって、デメリットが小さくなる可能性はかなり高いといえるでしょう。