労働組合が、労働者の権利について、会社と団体で交渉することを「団体交渉」と言います。
たとえば、労働時間が長すぎるとか、休暇制度が違法だといった場合、1人で会社と交渉するより、団体で交渉した方が、会社に対し、より大きな影響力を与えであろうことは想像に難くないのではないでしょうか。
このように、団体交渉は、労働者の権利確保の観点から、大変大きな役割を担っています。
今回は、
- 団体交渉とはどのようなものか
- 労働組合と団体交渉の関係
- 団体交渉における注意点
について、弁護士がわかりやすく解説します。
適切な団体交渉を行えば、労働者にも、会社にもふさわしい解決が得られるでしょう。
いまは関係なさそうに思えても準備しておけば、団体交渉の基礎知識を知っておけば、労働者も、会社も将来必ず役に立ちます。
団体交渉の全体像を正確に理解するのは、簡単な事ではありません。この記事では、イメージをつかんでいただけるように、ポイントだけを解説しています。この記事がそのお役に立てれば幸いです。
1、団体交渉を知る前に〜「労働組合」の基本を知ろう
団体交渉とは、労働組合が、会社と団体で交渉する権利を言います。
まずは、労働組合とはなにか、労働組合法の労働者はなにか、について確認しておきましょう。
(1)「労働組合」と「労働者」について
①労働組合とは何か
労働組合は、労働者が、労働条件の維持改善等を図ることを主な目的として、自主的・民主的に運営する団体です(労働組合法2条)(以下、労働組合法を「労組法」と記載します)。
労働組合を結成し交渉する権利について、次の3つの権利が憲法で保障されています。
(憲法28条)。
「労働者が団結する権利(団結権)」
「労働者が使用者(会社)と交渉する権利(団体交渉権)」
「労働者が要求実現のために団体で行動する権利(団体行動権)」
この中で、団体交渉権は中心的な権利です。
②労働組合法の労働者
労組法は、労働者が団結して会社と交渉等をすることを認めています。
ここでいう労働者は、「職業の種類を問わず、賃金、給料その他これに準ずる収入によって生活する者」です(労組法3条)。
正社員だけではなく、パートタイマー等の非正規社員も、労働者に該当します。
さらに、請負で働いている個人、建設業の一人親方等でも、労組法では、労働者と扱われることがあります。
労組法では、労働基準法上の労働者よりも、広い範囲の人が労働者として扱われています。団結して交渉することが必要な人を幅広く保護するためです(参考1)。
最近の例では、コンビニエンスストアのフランチャイズチェーンの店長が、労組法上の労働者に当たるかどうか、つまり、コンビニの本社と団体交渉ができるかどうか、ということが問題になりました(参考2)。
一方、労働組合に加入できない人も定められています(後述(3))。
(参考1)労働基準法上の労働者の定義(同法9条)との相違
「事業又は事務所(以下「事業」という。)に使用される者で、賃金を支払われる者」
すなわち、「事業に使用される者」、「労務の対償としての賃金が支払われること」が労働者の要件です。労組法の労働者については、使用者に、現に使用されていることは必要ではありませんし、賃金だけでなく、賃金に準ずる収入で生活している人も対象とされています。
(参考2)コンビニ加盟者は労組法上の労働者か?
中央労働委員会は、労働者性を否定しました。
流通ニュース「中央労働委員会/「コンビニ加盟者は労働者に当たらず」経済法で解決を」
東洋経済オンライン「セブン店主ら、「労働者」ではない判断に落胆」
(2)労働組合の種類
労働組合には、いくつかの種類があります。
①企業別労働組合
同一企業の労働者によって、組織される労働組合です。我国では、ほとんどがこの形態です。
② 産業別労働組合
企業の枠を超え、同一産業に従事する労働者により、職種に関係なく、組織される労働組合です。
③ 職業別労働組合
熟練した労働者等によって、職業別に組織される労働組合です。クラフトユニオンなどと呼ばれることがあります。
④ 合同労働組合(いわゆる「ユニオン」)
企業の枠を超えて、一定の地域で、原則として、個人での加入によって、組織される労働組合です。
中小企業の労働者が、労働組合を結成しにくいという事情から生まれました。
職種別や産業別に組織したり、管理職や女性・外国人・パート等、対象者を限定したり、様々な形態をとります。
(このほか、「上部団体、地域団体」という組織もあります。産業ごとに、あるいは地域ごとに組織され、上部団体や地域団体と呼ばれるものです。団体交渉などで、協力してもらうことがあります。)
(3)労働組合に加入できない人がいる
労働組合は、労働者の代表として、会社との交渉等を行います。
会社の利益を代表しているような人は、組合員にはなれません。
このような人が加入していると、労働組合と扱われなくなります(労組法2条1号)。
「利益を代表している人」とは、次のような人です。会社の中の役職の名称(課長・部長)等ではなく、実質で判断します。
【「会社の利益を代表している人(組合に加入できない人)」の例】
①「役員」:取締役、監査役、理事、監事等
②人事権を持つ上級管理者
③労務・人事部課の管理者等(会社の労働関係についての計画に携わるなど、労働組合の組合員としての誠意と責任とに直接に抵触する監督的地位にある人)
一般の事業部門の管理者等は、上記に該当しないことも多いと思われます。
一般の管理者が、組合に入っているからといって、会社が団体交渉に応じない場合は、後述の「不当労働行為」に当たることがあります。
(4)労働組合の組織率は高くない
労働組合の組織率は、2018年6月時点で17%程度。年々低下してきています。
17%といっても、大企業から中小企業まで含めた企業全体の平均です。
従業員1000人以上の会社では、組織率は40%を超えていますが、従業員100人から999人までの会社では、組織率は10%、授業員100人未満の会社では、組織率は1%にも満たないのです。(平成 29 年労働組合基礎調査の概況 – 厚生労働省 朝日新聞デジタル2018年12月19日「労組組織率17% 過去最低を更新 厚生労働省」)
そのため、中堅・中小の企業の従業員や経営者が、「労働組合など関係ない、団交なんて関係ない」と思うのも、無理はないかもしれません。
しかし、中堅・中小企業等でも、特に、合同労組には注意が必要です。
自分の会社の従業員や退職者が、社外の「合同労組」に加入して、突然、社外の合同労組から団体交渉を申し入れられる、ということが起こるのです。社外の人だから関係ないと思って、団体交渉を拒むことはできません。
2、団体交渉の基本
労働組合について理解できたところで、いよいよ団体交渉の説明に入っていきましょう。
(1)団体交渉とは何か
労働組合の最大の目的は、「労働条件の維持改善」です。
このために、労働組合は、使用者(会社)と「賃上げ」、「労働時間や休憩時間等の改善」等の交渉を行います。これを「団体交渉」(略称「団交」)といいます。
一人一人の組合員(従業員)が、会社と対等に交渉するのは難しいので、組合が、その代表として交渉します。
実際に団体交渉をするのは、労働組合の代表者(委員長や副委員長、書記長等)または労働組合の委任を受けた人です(労組法6条)。
組合員の要望等を調査したり、会議したりして、「要求」という形に取りまとめます。
その要求を会社に通知して、話し合い(団交)を求めます。
(2)団体交渉のルール
労組法では、団体交渉について、次のようなルールを定めています。
①刑事罰の対象除外
正当な団体交渉は、刑事罰の対象にはなりません。
とはいえ、暴力の行使が許されるわけではありません(労組法1条2項)。
②不利益取扱いの禁止
団交を理由として、解雇、その他の不利益な取扱いをすることは許されません(労組法7条1号)
③拒否権の制限
会社は、正当な理由がなければ、団体交渉を拒否できません(労組法7条2号)。
以上の「②不利益な取扱い」や「③団体交渉の拒否」を「不当労働行為」といいます。
よくある例ですが、会社が労働組合に、「組合員名簿を提出しなければ、団体交渉に応じない」ということがあります。
しかし、組合員が特定されると、会社が、その組合員に不利益な扱いをしたり、脱退を勧める、といった不当労働行為が発生するおそれがあります。
「組合員名簿を提出しなければ、団体交渉に応じない」というのは、「正当な理由のない団交拒否」として、「不当労働行為」に当たるとされています。
④誠実交渉義務
会社は、誠実に交渉する義務を負います。
交渉のテーブルについただけではダメ、ということです。
会社の主張の根拠を、具体的に説明したり、必要な資料を提示するなど、誠意のある対応が求められます。
仮に、誠意を持った対応をしていない場合には、実質的な団交拒否として、不当労働行為とされかねません。
但し、あくまでも誠実に交渉する義務であり、「労働組合の要求を、そのまま受け入れなければいけない」ということではありません。
お互いに交渉を尽くして、どうしてもまとまらなければ、都道府県の労働委員会に、あっせん等を求める、ということが考えられます(後述します)。
(3)団体交渉の対象となる事項は決められている(義務的団交事項)
団体交渉で、どんなことでも交渉できる、というわけではありません。
労組法は、「労働条件の対等決定」と「労使の自治」を目的とするものです(労組法1条1項)。
この趣旨から、団体交渉で、交渉が義務づけられるのは、次のような事項と考えられています。
①労働者の労働条件等の経済的地位に関する事項
賃金、労働時間、休日、安全衛生、労災補償、職場環境、人事考課、人事異動、懲戒、採用・解雇、福利厚生、企業年金等
②団体的労使関係の運営に関する事項で、会社が使用者として支配決定できるもの。
労働組合への便宜供与(最小限の組合事務所の提供等)、団体交渉等のルール
たとえば、会社組織の変更、事業場の移転、生産方法の変更等は、一見すると会社が自ら決定すべき経営事項と思われます。
しかし、これが労働者の待遇等に影響するならば、労働組合としては、「労働者の待遇に関する点については、団体交渉に応じてほしい」ということができます。
また、組合員でない人(非組合員)の労働条件等についても、労働者全体の経済的地位に関する問題ならば、団体交渉の対象になります。
(4)団体交渉の手続
労働組合の立場で、手続を簡単に述べます。
①文書での申し入れ
団体交渉については、会社に対して、団体交渉をしたい旨の申入れを文書で行い、あらかじめ交渉の日時、場所、出席者、議題等を取り決めます。
「団体交渉申入書」、「要求書」の例については、東京都労働相談情報センター – TOKYOはたらくネットの「組合づくりのハンドブック」 の「団体交渉」に掲載されています。
②誠実・冷静な交渉
団体交渉では、要求の根拠となる資料等をもとにして、話し方や態度にも注意しながら、冷静に話し合います。
集団で社長室に押しかけるとか、議題から離れた議論を延々と続けたり、さらに、相手を誹謗中傷するなどは、もってのほかです。
団体交渉の目的は、労働条件等について、双方の代表者が団体的に取り決めることです。
誠実かつ冷静に話し合って、お互いに理解が得られるように努めます。
③結果の報告
団体交渉は、組合員の団結を背景にして、進めるものです。
組合の委員長や書記長等の交渉委員は、団体交渉の後で、組合員の意見をまとめることも、大切な任務です。交渉がいつ、どこで、 だれと、なにを、どのように行った、という事実の経過と結果を、速やかに組合員に報告します。
そして、今後の見通しと取り組みの方向を明らかにします。
3、団体交渉で特に気をつけるべきこと
(1)こんなことは団交拒否の理由にならない
会社は、正当な理由がなければ、団体交渉を拒否することはできません(労組法7条2号)。
もし、正当な理由なく、団体交渉を拒否すれば、不当労働行為として、法律違反となります。
労働組合が、初めて結成されたときなどには、会社は、なにかと理由をつけて、団体交渉を拒否することがあります。
その代表的な例をあげます。
これらが、なぜ許されないのかを整理しておきましょう(⇒以下が「なぜ団交拒否の正当理由にならないか」の説明です)。
①組合員の名簿や規約等を提出せよ⇒組合への内部干渉です。
会社としては、労働組合全員が、誰であるかわからなくとも、まずは、団体交渉に応じていくべきです。
団交を重ねるうちに、自然に組合員が誰であるか、わかることが普通です(前述「2、(2)団体交渉のルール」参照)。
② 組合の要求が過大である⇒このような主張は、団体交渉の中で、話し合って解決すべきです。
③ 忙しくて、交渉している暇がない⇒組合から申し入れられた日時が忙しいなら、別の日時を組合に提案するなど、誠意ある対応が必要です。
④ 従業員以外の者(上部団体役員)が交渉に出席している⇒誰を団体交渉の交渉委員にするかは、組合が決めることです。
組合員以外の人でも、組合の委任を受ければ、団体交渉の権限があります。
さらに、上部団体には、固有の団体交渉権があります(労組法6条)。
⑤ 組合員や役員は、従業員でなければだめだ⇒組合員の範囲をどうするかは、組合自身が自主的に決めるべきです。これは 組合の固有の権利です。
⑥ 要求の中に、団体交渉の対象とならない事項(人事権、経営権等) がある⇒人事権や経営権に関するものでも、組合員の労働条件や組合の活動等に影響があるならば、団体交渉の対象となります。
⑦ 出席人数を〇人以内としろ⇒法律に「〇人以内」という定めはありません。
もっとも、冷静に交渉するには、おのずと望ましい人数があるでしょう。
それも、団体交渉を繰り返すうちに、自然に決まっていくでしょう。
このようなルールは、労使が話し合って決めればよいことです。
(参考)
東京都労働相談情報センター – TOKYOはたらくネットの「組合づくりのハンドブック」 の「団体交渉」など
(2)会社の立場で注意すべきこと
会社の立場で、うっかりやってしまいそうなことの注意点もあげておきます。
①就業時間中に、団体交渉を開催する⇒これを認めてしまうと、仕事を中断して団体交渉を開催することになります。
これでは、団交中の賃金を支払うべきか否かが問題となります。
会社は、従業員が団体交渉等の労働組合活動に費やした時間に対して、賃金を支払う必要はありませんが、無用な問題点を生じさせるべきではありません。
②団体交渉期間に、労働組合が用意してきた書類に、サインしてしまう⇒会社担当者としては、ただの議事録だからと安易にサインしてしまうことがあります。
しかし、文書の名称が何であれ、労働協約の様式を備えてしまえば、その文書が、労働協約の効力を有することになりかねません。
団体交渉終了直後等で、カッカしていると、通常なら同意しないような内容の文書に、サインしてしまうことがあります。
文書にサインするのは、団交の後、冷静に、慎重に検討してからにすべきです。
③組合の要求を飲まないと、不当労働行為になると思ってしまう⇒前述の「2(2)団体交渉のルール」でも述べましたが、団体交渉は、誠実に交渉する義務はありますが、労働組合の要求を丸呑みする義務はありません。これも間違いやすいポイントです。
(参考杜若経営法律事務所「やってはいけない対応TOP10」等)
(3)団体交渉の実例
ベリーベスト法律事務所の「経営者、人事労務担当者の立場に立った労働問題解決」というサイトで、「解決までの流れ」が解説されています。
その中の「懲戒解雇した従業員が外部の労働組合に入り、懲戒解雇撤回及び慰謝料の支払を求める団体交渉を求められた事例」は、具体例として分りやすいものです。
ご一読をおすすめします。
4、団体交渉の後、どうなるのか〜団体交渉の効果
(1)労働協約の締結
団体交渉で交渉がまとまれば、労働協約を締結します。
労使間で合意した事項を書面にし、双方の代表が署名または記名押印したものです(労組法14条)。
会社は、労働組合員を労働協約で定めた労働条件に従って、雇用しなければなりません。
労働協約に定める基準に違反する労働契約の部分は、無効になり、無効となった部分は、協約の基準の定めるところに従うことになります。
労働契約に定めがない部分についても、同様です(労組法16条:強行的直立的効力)。
一定の場合には、労働組合員でない労働者にも、労働協約が適用されることがあります(労組法17条:一般的拘束力(拡張適用))。
(2)争議行為
労使間の主張が一致せず、団体交渉を重ねても、なお解決しない場合に、労働組合は、「争議行為」によって、要求を実現させようとすることがあります(団体行動権(争議権))。
「ストライキ」とか、「意識的に作業能率を低下させる(怠業:サボタージュ)」などです。
争議行為の目的や手段・方法が正当ならば、刑事上の処罰を免除され(労組法1条第2項)、または民事上の責任(損害賠償)も免除されます(労組法8条)。
目的や手段・方法が正当と認められるためには、十分な注意が必要です。
(本稿では詳細は省略します。東京都労働相談情報センター – TOKYOはたらくネットの労働組合のしおり「組合づくりのハンドブック」などを参照してください。
(3)不当労働行為の救済措置
前述の「団交を理由とした不利益取扱い」や「正当な理由がない団交拒否」等があった場合、労働組合は、会社の不当労働行為として、都道府県労働委員会に、救済の申立てができます。
都道府県労働委員会では、申立てに基づいて、審査を行います。
不当労働行為があったと認められれば、会社に対して、「解雇撤回」、「支配介入禁止」、「団交に応ずるように(誠実交渉命令)」といった命令を出すことができます(労組法27条の12)。
都道府県労働委員会の命令に不服があれば、中央労働委員会に再審査を申立てたり、裁判所に命令の取消訴訟を起こすことも可能です。
まとめ
以上述べてきたのは、団体交渉の概要と、その前提となる労働組合等についてのポイントの解説です。
実際に、労働組合を作ったり、加入したり、さらに団体交渉を行うに当たっては、もっと細かなことに注意が必要です。
会社の立場でも、労働組合からの団体交渉の申入れに対しては、よほど慎重に対応しないと、不当労働行為等の問題になってしまうかもしれません。
実際には、早め早めに人事労務関係に詳しい弁護士と相談して、間違いのないように対応することが必要です。
この記事が、労使関係の適切な解決に、少しでもお役に立てば幸いです。