石綿(アスベスト)は、耐火・耐熱性や防音性、絶縁性、耐久性などの材料として優れた性質を持つ素材で、建築資材をはじめとして自動車や船舶、家電製品などさまざまな製品を製造する際に用いられてきました。
安価で経済的にも優れているため、日本では1960年代から積極的に使用されてきましたが、その反面でアスベストには人体に危険を及ぼす重大なリスクもあります。
アスベストは繊維状の鉱物で、非常に細いため解体の際に飛散しやすく、工場内や建設現場で作業に従事する労働者がアスベストを吸い込み、健康被害を引き起こす報告が多発したのです。
そのため、国もアスベストによる健康被害を防止するとともに、被害者を救済するためにさまざまな法律を制定し、対策をとってきました。
さまざまな法律がある中で、アスベスト被害を受けてしまった人やそのご遺族にとって最も重要な法律は、「石綿健康被害救済法」でしょう。
この法律は、アスベストによって健康被害を受けた人に一定の給付金を支給することを定め、労災制度で救済されなかった人を特別に救済するために制定された法律です。
今回は、
- 石綿健康被害救済法による給付の内容
- 石綿健康被害救済法による給付を受ける方法
- 石綿健康被害救済法による給付と労災補償・裁判との関係
について解説していきます。
アスベストによる健康被害を受けたにもかかわらず、これまで補償を受けられずにお困りの方のご参考になれば幸いです。
目次
1、アスベストによる健康被害に関連する法律の種類
アスベストによる健康被害に関連する法律は、「石綿健康被害救済法」だけではありません。
まずは、どのような法律があるのかを概観し、その中で石綿健康被害救済法がどのような位置づけにあるのかをみてみましょう。
数多くあるアスベスト関連の法律は、以下の3つの類型に分類することができます。
(1)環境の保全と公害を防止するための法律
1つ目の類型は、社会的な環境の保全や公害の防止を目的として制定された法律です。
この類型に属する主な法律としては、大気汚染防止法や廃棄物処理法、建築基準法などが挙げられます。これらの法律は、アスベスト被害を防止するためだけに制定されたものではありません。
しかし、アスベスト被害も公害の一種といえることから、これらの法律(および施行令・施行規則)でもアスベストの具体的な取り扱い方や、一定の場合には使用を禁止することなどが定められています。
(2)労働者の健康被害を予防するための法律
2つ目の類型は、労働者の健康被害を予防するために使用者が守るべき義務などが定められた法律です。
該当する主な法律としては、
- 労働安全衛生法
- 石綿障害予防規則
- じん肺法
などが挙げられます。
労働安全衛生法(および施行令・規則)はすべての職場に適用される一般法で、アスベストを使用する職場にも当然に適用されます。
石綿障害予防規則は、石綿による労働者の健康被害を予防するために、使用者が作業方法を改善するなどの必要な措置を講じるべきことを定めた規則です。
じん肺法は、石綿に限らず粉じんが飛散する職場における労働者の健康を保持するために、使用者が適切な措置をとるべきことを定めた法律です。
いずれも、企業などの使用者に一定の義務を課すことによって、アスベストによる労働者の健康被害を予防するための法律・規則であるといえます。
(3)健康被害を受けた労働者を救済するための法律
最後に3つ目の類型として、健康被害を受けてしまった労働者を救済するための法律もあります。
この類型に該当する主な法律としては、
- 民法
- 国家賠償法
- 労働者災害補償保険法
- 石綿健康被害救済法
を挙げることができます。
民法には、不法行為によって損害を受けた人は加害者に対して損害賠償を請求できることが定められています。
アスベスト被害は、企業が労働者の健康被害を予防するためにとるべき必要な措置を怠ったという不法行為によって発生することもあります。
したがって、仕事中にアスベストを吸い込むことによって健康被害を受けた人は、民法上の損害賠償請求権に基づいて、企業に対して損害賠償を請求することができる可能性があります。
また、国も早くからアスベストの人体に対する危険性を認識していたにもかかわらず、長期間に亘って、企業に対する規制権限を適切に行使していませんでした。
そのため、アスベスト被害者は、国に対しても損害賠償を請求することができる可能性があります。
国民から国に対する損害賠償請求について定めている法律が、国家賠償法です。
しかし,アスベスト被害者であっても、国や企業に対する損害賠償請求が認められない場合もあります。
これに対し、労働者災害補償保険法や石綿健康被害救済法に基づく給付金は、アスベストによって一定の被害を受けた方であれば、国や企業の責任の有無にかかわらず、補償を受けることができるのです。
労働者災害補償保険法とは、労災制度について定めた法律のことです。
そして、労災制度でも救済されない被害者を救済するために制定されたのが、石綿健康被害救済法です。
したがって、石綿健康被害救済法は、アスベスト被害を受けた人にとっての最後の砦という位置付けになります。
2、アスベスト被害者を救済する「石綿健康被害救済法」とは
ここから、石綿健康被害救済法について詳しくご説明します。
なお、この法律の正式名称は「石綿による健康被害の救済に関する法律」といいます。
(1)制定された経緯
石綿健康被害救済法は、前項でもご説明したように、労災制度で救済されないアスベスト被害者を救済するために制定された法律です。
労災制度が適用される人は労災保険給付金を受け取れますが、アスベスト被害者の中には労災制度が適用されない人も少なくありません。
まず、アスベストを使用する作業に従事していた労働者本人ではなく、一緒に生活していた家族や、工場の近隣に住んでいた人などは労災保険の対象となりません。
また、アスベストによる健康被害は発症するまでに長い潜伏期間があるため、発症した疾病がアスベストを使う作業によるものかどうかという判断が難しいこともあります。
そのため、遺族が労災を申請したくとも時効期間が経過したりしていて、給付を受けられないようなケースも多くあります。
さらに、実際にアスベストを使う作業に従事していた方には、下請の中小・零細企業や個人事業主に雇われた労働者も多く、このような労働者の中には労災保険に加入していないために労災保険給付を受けられない人も少なくありませんでした。
このように労災制度では救済されないアスベスト被害者が数多く存在するため、これらの人たちを特別に救済するために石綿健康被害救済法が制定され、平成18年3月から施行されたのです。
(2)給付の対象となる人
この法律に基づく給付の対象となる人は、日本国内で石綿を吸い込むことによって一定の「指定疾病」にかかった人と、その遺族です。
労災給付金の対象とは異なり、仕事中に石綿を吸い込んだ人だけに限られません。
指定疾病とは、具体的には次の4つの疾病のことです。
- 中皮腫
- 肺がん
- 著しい呼吸機能障害を伴う石綿肺
- 著しい呼吸機能障害を伴うびまん性胸膜肥厚
なお、労災による給付と、この法律に基づく給付との間では、支給調整がされます。
(3)救済給付の内容
日本国内で石綿を吸入することによって指定疾病にかかったとの認定を受けた人、及びその遺族には、以下の救済給付が行われます。
①医療費
指定疾病の治療のために医療機関で支払った医療費のうち、自己負担分が支給されます。
②療養手当
医療費以外で、治療に伴って要する諸経費として月額10万3870円が支給されます。
③葬祭料
指定疾病の認定を受けた人が亡くなった場合の葬祭に要する費用として、19万9000円が支給されます。
④救済給付調整金
指定疾病に認定された人に支給された医療費と療養手当の合計が280万円に満たないまま亡くなったときは、その差額が遺族に支給されます。
⑤特別遺族弔慰金
指定疾病によって亡くなった人の遺族に対して、280万円が支給されます。
⑥特別葬祭料
この救済制度による給付を申請する前に指定疾病で亡くなった人の葬祭に要する費用は「特別葬祭料」という名目で支給されます。
金額は、「葬祭料」と同じで19万9000円です。
なお、アスベストによる指定疾病で亡くなった人の遺族のうち、時効によって労災保険の遺族補償給付を受けられなかった人には、「特別遺族給付金」が支給されます。
特別遺族給付金には、次の2種類の給付金があります。
⑦特別遺族年金
原則として年額240万円が支給されます。
⑧特別遺族一時金
一時金として1200万円が支給されます。
(4)平成23年の法改正の内容
石綿健康被害救済法は平成18年3月27日に施行されましたが、アスベスト被害者の救済を充実するために、平成23年8月に改正されました。
この改正によって、特別遺族給付金の請求期限が延長され、受給対象が拡大されました。
具体的には、次の表をご覧ください。
給付金 | 改正前 | 改正後 |
特別遺族給付金
| 【請求期限】 法律施行日から6年が経過したとき (平成24年3月27日まで) | 【請求期限】 法律施行日から16年が経過したとき (令和4年3月27日まで) |
【受給対象者の範囲】 平成18年3月26日までに亡くなった労働者の遺族 | 【受給対象者の範囲】 平成28年3月26日までに亡くなった労働者の遺族 |
なお、特別遺族弔慰金と特別埋葬料の請求期間も、改正に伴って延長されています。
3、アスベスト被害者等が法律による救済給付を受ける手続きの流れ
次に、この法律による給付を受けるために必要な手続きの流れをご説明します。
最初に、全体的な流れについては次のフローチャートをご覧ください。
(1)指定疾病にかかったこと等の認定を申請する
救済給付を受けるにはまず、アスベストによって指定疾病にかかったことの認定を受ける必要があります。
そのためには、所定の申請書を独立行政法人環境再生保全機構(以下、単に「機構」といいます。)に提出します。
機構の窓口で直接または郵送で提出することもできますし、地方環境事業所や保健所を通じて提出することもできます。
(2)認定結果が通知される
申請書を提出すると、機構において内容を確認し、医学的な判定が必要な事項については環境大臣の判定を仰ぎます。
環境大臣は中央環境審議会の意見を聴いたうえで、医学的な事項について判定を行います。
その判定結果を踏まえて、機構が最終的な認定の可否を決定します。
認定可否の結果は、申請者に対して書面で通知されます。
認定が否決された場合は、その決定があったことを知った日の翌日から3ヶ月以内に不服申し立てをすることができます。
(3)該当する救済給付を請求する
指定疾病に認定されると、救済給付が受けられるようになります。
該当する給付金ごとに、所定の請求書を機構に提出することになります。
実際には、上記の認定申請書と一緒に個別の給付金請求書も一緒に提出します。
(4)給付金を受け取る
上記の申請と請求が認可されたら、機構から請求者に対し給付金が振り込まれます。
4、救済給付と労災補償・裁判との関係
前記「1(3)」で、石綿健康被害救済法による救済給付は「最後の砦」であると説明しました。
では、この救済制度の対象となる人は、労災補償や裁判による賠償金は受け取れないのでしょうか。
ここでは、救済給付と労災補償・裁判との関係をご説明します。
(1)労災補償の対象となる場合は支給調整がされる
救済給付は、あくまでも労災補償によって救済されないアスベスト被害者を特別に救済するための制度です。
したがって、労災補償の対象となる場合は、労災補償制度による給付が優先され、その給付に相当する金額として算定された額の限度において、救済給付は行われないことになります。
(2)救済給付や労災補償を受けた人も裁判は起こせる
しかし、救済給付や労災補償を受けた人も、国等に対する裁判を起こしてさらに賠償金を受け取ることは可能です。
なぜなら、救済給付や労災補償は、アスベスト被害に対する正当な損害賠償金の一部を受け取ることができる制度に過ぎないからです。
そのため救済給付や労災補償を受けた人でも、まだ受け取っていない損害賠償金が存在しています。その部分は、裁判をすることによって受け取ることができます。
5、アスベスト被害に関する法律で確実に補償を受けるには弁護士へ相談を
ここまで、アスベスト被害者を救済するための石綿健康被害救済法による救済制度について、
- 沿革
- 制度の内容
- 請求方法
を中心にご説明してきました。
しかし、それでも分からないこともまだまだあると思います。
アスベスト被害に関する救済制度は複雑ですので、分からないことがあるときは労災や救済給付の管轄機関に尋ねるのもいいですが、最も早く解決するには弁護士に相談するのがベストです。
弁護士へ相談すれば、あなたの状況をお聞きした上で、ベストな解決方法を一緒に考えられます。
まとめ
既に労災補償や救済給付を受けた人であっても、本来受け取れる金額に比べれば、ごく一部の補償を受け取ったに過ぎません。
アスベスト被害で確実に補償を受け取るためには、国等を相手に裁判をすることです。裁判の手続は複雑ですが、弁護士に依頼すれば代理人として全面的にサポートしてくれます。
一人で悩まず、まずは弁護士に相談してみることをおすすめします。