守秘義務について詳しくご存知ですか?
この記事では、労働者の守秘義務をテーマに、次の3つの内容について詳しく解説していきます。
- 労働者が負う守秘義務の内容
- 守秘義務違反の具体例
- 守秘義務に違反するとどのようなペナルティが科されるか
目次
1、守秘義務が法律上課される職業
業務上、重い守秘義務が課される職業があります。
大量の個人情報を取り扱う公務員はその筆頭です。
弁護士や税理士といった士業にも守秘義務があります。
ケガや病気という他人は知られたくない繊細な個人情報を扱う医師や看護師、薬剤師などにも、当然重い守秘義務が課されています。
なかでも医師や弁護士、公証人、宗教関係者といった職業については、守秘義務違反を犯すと刑法の秘密漏示罪として処罰の対象になります。
(刑法第134条 秘密漏示罪)
1. 医師、薬剤師、医薬品販売業者、助産師、弁護士、弁護人、公証人又はこれらの職にあった者が、正当な理由がないのに、その業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密を漏らしたときは、6カ月以下の懲役又は10万円以下の罰金に処する。
2. 宗教、祈祷若しくは祭祀の職にある者又はこれらの職にあった者が、正当な理由がないのに、その業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密を漏らしたときも、前項と同様とする。
なぜわざわざ刑法で秘密漏示罪を定めているかというと、医師や弁護士、公証人、宗教関係者などが知りうる個人情報は、外部に漏らしてしまうと、個人の利益を著しく侵害してしまうおそれがあるからです。
では、刑法の秘密漏示罪で規定されていない職種、たとえば公務員や税理士については、秘密漏示罪のような罪により罰せられないかというと、そうではありません。
公務員法や税理士法など、それぞれの職業のルールを定める法律のなかで、守秘義務違反に関する規定があり、違反者には罰則が適用されることが明記されています。
このように日本では、職務上、特に重要な情報を知る機会の多い特定の職種については、守秘義務違反に対して重いペナルテイを科すことになっているのです。
2、サラリーマンに課される3種類の「守秘義務」
では、医師や弁護士や公務員ではなく、ただのサラリーマンの場合は、守秘義務違反はあり得ないのでしょうか?
答えは「NO」です。
たしかにサラリーマンの場合には、「会社の従業員は、職務上知り得た秘密を外部に漏えいしてはならない」といった法律は存在しません。
しかし、サラリーマンであっても、顧客の個人情報や会社の営業秘密を知りうる機会があります。
それらの情報を外部に漏えいすれば、守秘義務違反としてペナルティが科されるのです。
サラリーマンは、次の3つの情報について守秘義務が課されます。
- インサイダー情報
- 営業秘密
- 個人情報
(1)インサイダー情報
インサイダー(内部者)情報とは、企業の合併や倒産、株式の公開準備など、ある企業の株価に大きな影響を与える情報で、まだ社外に公開されていない状態の情報を指します。
インサイダー情報は、会社内で役職についている従業員であれば比較的知る機会の多い情報です。
外部の人間では知り得ない情報(たとえば合併の時期や、どちらの会社が吸収されるかなど)は、それを利用して株取引を行うことで莫大な利益を得ることができる場合があります。
インサイダー情報の漏えいにより、不当な株取引が行われると、一部の者が不当な利益を得るのと引き換えに、他の大勢の者に不利益を与えてしまいます。
そのため、インサイダー情報の漏えいが厳しく規制されているのです。
(2)営業秘密
営業秘密の内容は、不正競争防止法が定義しています。
〈営業秘密の定義〉
「秘密として管理されている生産方法、販売方法、その他の事業活動に有用な技術上または営業上の情報であって、公然と知られていないもの」(不正競争防止法第2条6項)
この定義からも分かるように、企業が保有する情報で、一般に公開していない情報は、不正競争防止法第2条6項にいう「営業秘密」に該当する可能性があります。
〈規制する法律・ルール〉
- 不正競争防止法
不正競争防止法は、企業同士がルールを守って公正に競争できる環境を確保することを目的として定められた法律です。
同法では、営業秘密を不正に開示したり、窃取、詐欺、強迫その他の不正に手段により営業秘密を取得する行為等を「不正競争(不正競争防止法第2条1項)」として厳しく罰しています。
- 労働契約法
労働契約法は、労働者に対して、「労働契約の遵守」や「信義に従い誠実に権利を行使し、義務を履行すること(信義誠実の原則)」を義務づけています(労働契約法3条4項)。
このルールは、会社に採用されたときに提示される雇用契約書や就業規則にも明記されています。
企業秘密の漏えいは、この労働契約法に違反する行為です。
労働法には違反の罰則は定められていませんが、企業との個別の労働契約の中には義務違反による損害賠償の条項が含まれている可能性がありますので、営業秘密の漏洩により会社から損害賠償請求をされるリスクがあります。
また、企業は正当な理由による解雇が認められていますから、営業秘密を漏洩した場合には、当然解雇されるリスクも存在します。
- 秘密保持契約
自社の情報を他社に提供する際や他社から情報提供を受ける際に、相手方と結ぶ一般的な契約です。
秘密保持契約は、他社と共同で新製品を開発する場合や、社外に開発委託をする場合などに利用されます。
秘密保持契約には、違反した場合の損害賠償条項が盛り込まれているのが通常ですので、情報漏洩により損害賠償請求をされるリスクがあります。
(3)個人情報
個人情報の内容は、個人情報の保護に関する法律(以下「個人情報保護法」といいます。)が定義しています。
〈個人情報の定義〉
生存する個人に関する情報であって、氏名、生年月日、その他の記述等により特定の個人を識別することができるもの(個人情報保護法第2条1項1号)
「その他の記述等」とあるように、およそ個人を識別することができる可能性のある情報であれば、個人情報に該当し得ます。
パスポートや免許証の番号はもちろんそうですし、個人の外見的特徴をテキスト化したメモなども個人情報に該当し得ます。
3、サラリーマンの守秘義務違反の具体例
ここでは、上記3つの守秘義務が問題になる典型的な具体例を紹介します。
(1)インサイダー情報の漏えい
「大もうけできる情報があるんだって?」
「我がA社と米国B社の大型合併情報はまだ誰も知らない。今のうちに我が社の株をたくさん購入しておけば大もうけできるぞ」
「ありがてぇ!」
このように、ある企業が社外に公表していない情報を知った内部の人間が、社外の人間に対してインサイダー取引によって利益になるような情報を漏えいする行為がインサイダー情報の漏えいの典型例です。
インサイダー情報の漏えいは、金融商品取引法違反となり、処罰の対象となる可能性があります。
インサイダー取引はもちろんですが、インサイダー情報を漏えいするだけでも犯罪が成立する場合があるのです。
(2)営業秘密の漏えい
「来年のうちの新商品に使われている最先端技術なんだけど、よければ情報提供するから買わない?」
「うちの商品に使えば売れるだろうし買わせてもらうよ!」
このように、会社が独自に開発した技術の情報等まだ世に知られていない価値のある情報などを、内部の人間が社外の第三者に渡してしまう行為が、営業秘密の漏えいの典型例です。
他にも、他社の許可を得て管理している他社の秘密情報等を無関係の第三者に漏えいするような行為も、同様に営業秘密の漏えいになります。
(3)個人情報の漏えい
「10年間経営してきた通販サイトをたたむことになった」
「じゃあ、今まで集めてきた顧客情報、こっちに安く売ってくれよ!」
このように、企業が収集し、管理してきた個人情報を社外に漏らしてしまう行為が、個人情報の漏えいの典型例です。
個人情報の漏えいは、個人情報保護法違反となり、罰則には懲役刑も定められています。
4、具体的な義務は「規則」を確認
「自分には、どのような守秘義務が課されていて、どんな行為をすると守秘義務違反となるのか?」
そんな疑問を抱いたときは、まず会社の就業規則を確認しましょう。
(1)就業規則だけじゃない!社内規則のいろいろ
就業規則には、雇用契約の内容として、労働者に課されるさまざまな義務が明記されています。
特に、重要な情報を取り扱う企業だと、労働者の守秘義務を就業規則に明記し、注意を喚起している場合があります。
ただし、会社の規則は就業規則だけではありません。
たとえば、「個人情報の取り扱いに関する規則」を別途設けて、会社が保有する個人情報の取り扱いについて、労働者に対し特別の注意喚起を促す例もあります。
特に病院や福祉施設のように、重要な個人情報が大量に集まる企業では、このような規則が定められていることが多いです。
病院や福祉施設で働いている人は、医師や看護師、薬剤師、介護福祉士といった専門職だけでなく、清掃スタッフや調理スタッフなどにもこの規則が適用されますので、注意が必要です。
その他にも、企業が個別に「業務ルール」を定めている場合があります。
そのような内部のルールは、就業規則のように、法律で労働者に対する提示義務が課されていませんので、労働者がその内部ルールの存在に気づかないこともあります。
労働者の守秘義務に関心を持った方は、職場の先輩や上司に内部ルールの有無を確認し、内部ルールがある場合は、内容をチェックして、守秘義務違反に該当する事柄を把握しておきましょう。
(2)秘密保持契約書(誓約書)がある時は内容を十分に確認しておく
特に機密性の高い情報を扱う企業の場合、個々の労働者との間で秘密保持契約を結ぶことがあります。
秘密保持契約書(誓約書)には、「秘密が漏えいした場合には、○○円の賠償金を支払う」というように、支払うべき賠償額をあらかじめ明示しているケースがあります。
これは、会社と労働者の間で守秘義務違反を理由とする紛争になったときに、会社側が本来負担すべき損害額の立証を不要にするためです。
賠償額を明記した誓約書を交わしておけば、秘密が漏えいしたという事実を立証するだけで、所定の賠償金を請求できる可能性があるわけです。
これを労働者の側からみると、実際に損害が発生したか否かにかかわらず、秘密保持契約書どおりの賠償金を支払わなければなりませんので、非常に重いペナルティとなります。
5、守秘義務違反をしてしまったらどうなるか
ここまで3つの情報漏えいパターンについて説明してきましたが、これらの情報を漏えいし、守秘義務違反と認定された場合、どのようなペナルティが待っているのでしょうか?
(1)「インサイダー情報の漏えい」のペナルティ
会社の内部にいる者が、重要なインサイダー情報を外部に漏えいすると、金融商品取引法167条の2に定める「情報伝達行為」として処罰されます(5年以下の懲役、500万円以下の罰金、金融商品取引法197条の2第1項14号)。
ただし、この情報伝達行為が処罰されるには、漏えい行為以外に、次の3つの要件を満たすことが必要です。
- 上場会社およびその関係会社のインサイダー情報であること
- 「他人に対し、利益を得させたり損失を回避させたりする目的」があったこと
- 他人に対し、インサイダー情報を伝達し、または売買等をすることを勧めること
つまり、従業員が単にインサイダー情報を外部に漏らしただけでは、処罰されないのです。
なお、処罰対象となる者は役員だけではなく、平社員やアルバイトなども含まれるので、注意が必要です。
(2)「営業秘密の漏えい」のペナルティ
営業秘密の漏えいをすると、不正競争防止法違反として、10年以下の懲役、2000万円以下の罰金が科される可能性があります(不正競争防止法21条1項)。
また、懲戒解雇や損害賠償責任といった重いペナルティを受ける可能性があります。
(3)「個人情報の漏えい」のペナルティ
個人情報の漏えいをすると、個人情報保護法違反として、1年以下の懲役または50万円以下の罰金が科される可能性があります(個人情報保護法83条)。
また個人情報の漏えいが公になったことで、会社にマイナスの風評をもたらし、営業上の損害を与えた場合には、不法行為による損害賠償責任を負うこともあります。
個人情報の漏えいは、時に数千人数万人単位の膨大な情報流出を伴うことがあります。
そのような場合、とても個人では負担できないほどの賠償金を負担しなければならなくなるおそれもあります。
過去には、TBC顧客情報流出事件のように、氏名・住所のほか、スリーサイズや施術コース名など、女性にとってデリケートな情報が漏えいされたため、被害者1人につき3万5000円の損害賠償額が認定された例もあります。
6、守秘義務違反でお困りの際は弁護士へ相談を
もし守秘義務違反をしてしまった結果、会社に損害を与えてしまったりすると、懲戒解雇や刑事告訴といった重いペナルティを受ける可能性があります。
違反行為をしたことはもちろんよくありません。
しかし、違反行為がわざと(故意)か、それともうっかり(過失)かなど、言い分もあるのではないでしょうか。
そのような言い分を会社相手に主張し、認めてもらうのは非常に困難です。
法律の専門家である弁護士に相談し、会社と対等な立場に立った上で、問題解決を目指しましょう。
【まとめ】「ただの労働者に守秘義務は関係ない」はウソ!
労働者の守秘義務は、普段の業務と直接関わらない内容であるためか、意識している人は少ないかもしれません。
しかし、本文でも説明したように、守秘義務違反を犯してしまうと、非常に重いペナルティを科されることがあります。
もし刑事裁判で実刑判決となるようなことがあれば、会社を解雇されるのはもちろん、出所後に生活を立て直すことも難しくなります。
「たかが守秘義務違反」と軽く考えず、自分にどのようなルールが課されているのか、日頃から十分に意識しておくようにしましょう。