通称クレプトマニア、日本語では窃盗症・病的窃盗とも言われる病気により、このような万引き等の犯罪がやめられない人についてご存知でしょうか。
今回は、
- 窃盗がやめられないクレプトマニア
についてお伝えします。
目次
1、クレプトマニアとは
クレプトマニアとは、物を盗むということ自体の衝動に駆られて自分をコントロールできなくなり窃盗を繰り返してしまう精神障害をいいます。
大きな分類でいうと衝動制御障害というものに属しており、放火癖や病的賭博(ギャンブル依存症)のようなものに近いとされています。
この病気にかかっている人の割合は、人口全体の約0.3%~0.6%とされていますが、万引きで逮捕される人で見ると、4%~24%の人に見られるともいわれています。
この病気は男性1:女性3程度の割合で、女性に多くみられることがわかっています。
その特徴は、「お金に困って」などの何らかの目的をもって窃盗をするのではなく、窃盗する緊張と窃盗が成功したときの達成感を満たすために、ということです。
2、クレプトマニアの原因
クレプトマニアにかかる原因にはどのようなものがあると考えられているのでしょうか。
(1)精神的な不安が原因
うつ病や摂食障害罹患していたり、性的虐待・性的葛藤、といったものが背景にあることなどが指摘されています。
これらが原因となる精神不安原因で窃盗を行ってしまい、窃盗を行った罪悪感から精神不安に陥る悪循環が指摘されています。
また、よく指摘されているのが高齢者による窃盗行為です。
配偶者を喪失するなどして孤独になった方が精神的な不安を抱え窃盗に及んでしまうことが指摘されています。
犯罪白書平成28年版によると、高齢者検挙人員4万7,632人の約7割の3万4,429人が窃盗を行っているのです。
なお、高齢者による窃盗行為が多いことについては、認知症(特に前頭側頭型認知症)の影響が指摘されることもあります。
(2)クレプトマニアとそれ以外の窃盗の違い
モノを盗むという行動では共通する、クレプトマニアとそれ以外の窃盗との違いは何でしょうか?
①窃盗は一定の目的を持ってするのが一般的
窃盗犯は、窃盗をする目的が、生活に必要なお金や物が欠如していたり、生活費を浮かせたい、盗んだ物を転売してお金を手に入れたて遊びたいなど一定の目的をもってすることが一般的です。
②クレプトマニアは窃盗行為自体が目的
クレプトマニアの場合はたとえ自分が経済的に余裕があっても窃盗がやめられないのです。
クレプトマニアの場合,盗んだ物はその人にとって必要なものではなく、窃盗すること自体が目的となっています。
3、実際にあったクレプトマニアの事例
(1)過度なダイエットからクレプトマニアを引き起こした夏子さんのケース
生まれてすぐに両親が離婚したという環境で育った夏子さんは、母親に負担をかけたくない一心から高校卒業後は進学をせずに、都内で一人暮らしをはじめます。
職場にスタイル抜群の女性が居たため、憧れをもった夏子さんはダイエットを決意。
高校時代は生徒会役員でもあったような真面目な性格から、ダイエットにもストイックに取り組んでしまい、食べるものは果物だけ。
食べたくても食べられない状態に自分を追い込んだ夏子さんは、果物を買いに行ったスーパーでレジに並んでいる時に空腹状態に耐えられず万引きをしていまいます。
そして、大量に食べては吐く過食嘔吐を繰り返すようになり、吐くだけのものを買う気になれず万引きを繰り返しはじめた夏子さんは、やがて万引きGメン(保安員)に見つかってしまい逮捕されます。
1度目の逮捕の時には二度としないと誓い、起訴猶予におわったため、その後は真面目に仕事に取り組んだ夏子さんでしたが、その仕事が忙しくなった頃に万引きをしたい衝動に駆られ始め、必要のない万引きを繰り返すようになり、再び逮捕をされました。
常習犯として起訴された後に執行猶予付きの実刑判決を受けた夏子さんは、ある日インターネットでクレプトマニアについての情報に触れます。
自分の症状そのままだった夏子さんは都内にあるクレプトマニア専門クリニックを受診し、クレプトマニアと診断されました。
(2)元マラソン選手原裕美子さんのケース
世界選手権で上位成績を収めた、元マラソン世界選手権代表の原裕美子さんもクレプトマニアと診断された一人です。
マラソン選手として体重制限とたたかっていた原裕美子さんは現役時代から摂食障害を発症していました。
私生活においても婚約が破談になって、ストレスを抱える状況であった原裕美子さんは、8月万引きで逮捕されます。
クレプトマニアと診断され、治療を行っていた原裕美子さんですが、退院した直後の2018年2月に再び万引きで逮捕されます。
この時の万引きは、キャンディーなど3点の合計は382円だったと報じられています。
4、クレプトマニアかもしれないと思った場合には、今すぐできる診断チェック
家族が繰り返し万引きで逮捕されていて反省の色を見せずに困っている、といった場合には、クレプトマニアを疑う必要がでてきます。
どのような行動がある場合にはクレプトマニアを疑って治療を受けさせればよいでしょうか。
クレプトマニアは、お金がなくて困って窃盗をするのではなく、万引き自体が目的となって制御ができない状態をいいます。
そして、クレプトマニアかどうかについては「精神障害の診断と統計マニュアル」で用いられている以下の5つの基準にあてはまるかの総合判断をします。
- 個人的に用いるためでもなく、またはその金銭的価値のためでもなく、物を盗もうとする衝動に抵抗できなくなることが繰り返される。
- 窃盗に及ぶ直前の高まり。
- 窃盗を犯すときの快感、満足、または解放感。
- 盗みは、怒りまたは報復を表現するためのものでもなく、妄想または幻覚に反応したものでもない。
- 盗みは、行為障害、躁病エピソード、または反社会性人格障害ではうまく説明されない。
5、こんなときにはクレプトマニアかもしれないと疑ってみる
万引きをして、どうして自分は万引きしてしまったのかと考えたときや、警察に逮捕されて以下のことを思ったときなどはクレプトマニアを疑ってみてもいいかもしれません。
- 盗んだ物は捨てている
- 盗んだ物は家に置いてあるが使っていない
- なぜこれをとったのかと問われても答えられない
- 前回、二度とやらないと誓ったが、衝動的に再度やってしまった
このようなときにはクレプトマニアを疑ってみるべきです。
刑務所における更生プログラムは現状まだまだクレプトマニアに充分に対応できるだけの環境が整っていません。
ですので、自分で治療するようにすることが重要であるといえます。
6、クレプトマニアの治療方法
クレプトマニアと診断された人はどのような治療をうけるのでしょうか。
(1)継続的な通院による生活の立て直し
クレプトマニアの方は、精神的ストレスを抱えているため、生活のリズムが崩れていることが多いことが指摘されています。
クレプトマニア専門のクリニックでも定期的な通院とデイケアを通じて、睡眠・食事といったリズムを等とのえることで、ストレス状態からの解放を目指します。
(2)治療プログラム
プログラムには、クレプトマニアを克服した人たちとのミーティングを行う・認知行動療法があります。
クレプトマニアに陥った人は「もう万引きしない生活なんてできないのではないか」と思っている方もいらっしゃいます。そこでミーティングで現実にクレプトマニアから立ち直った人たちと交流を持つことで、自分も立ち直れるというイメージを持つのです。
そして、万引きをすることに罪悪感がわかなくなった現状から、正しい判断をするためのカウンセリングを行う認知行動療法を同時に行います。
また、クレプトマニアの方は、摂食障害、うつ病などそれ以外の疾患を抱えていることもあり、それが根本的な原因になっていることもあります。
その場合には、併発している疾患の治療を行うこともあります。
(3)人間関係の再構築を行う
万引き・窃盗をした人であるというレッテルが貼られると、受け入れてくれる友人・家族との関係もうまくいかなくなります。
そのため、周りの人に自分のことをオープンに話して、失われてしまった人間関係の再構築を行います。
(4)家族に協力をしてもらう
中には、買い物には必ず付き添ってもらったり、買い物してきたものとレシートの内容があっているかどうかを照らし合わせてもらったりするなど、家族に協力してもらい、窃盗をしないで暮らせる生活を徐々に取り戻していきます。
7、クレプトマニアに関する治療に関するよくある不安点
クレプトマニアの治療に関しては以下のような不安点がよく質問されるそうです。
(1)学校に通い、仕事をしながらの治療は可能なのか
クレプトマニアの治療にあたっては、ミーティングなどの治療プログラムをあたって通院の必要性がでてきます。
そうすると、学校に通い、仕事をしながらの通院は難しいのではないかと思われます。
しかし、病院の中には、夜間診療・土曜に診療を行っている病院もありますので、学校や仕事に通いながら通院する場合には、こういったクリニックを利用するとよいでしょう。
(2)治療を受けていることを知人に知られてしまわないか
治療を受けていることが回りに知られてしまうのではないかという心配をする方もいます。
しかし、医療従事者は法律によって守秘義務があるので、その心配はありません。
8、万引きで逮捕されてしまった場合に問われる罪
万引きで逮捕をされた場合に、どのような罪に問われる可能性があるのでしょうか。
(1)窃盗罪
「万引き」というと何か軽い言葉のように聞こえますが、これは法律用語ではありません。
やっている行為としては窃盗そのもので、もちろん適用される犯罪としては刑法235条の窃盗罪です。
刑法235条
他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、10年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。
幅があるとはいえ、懲役に科せられる可能性のある重大犯罪です。
(2)強盗罪・強盗致死傷罪
窃盗を行った場合に万引きGメン(保安員)に捕まりそうになった時などに、暴力を振るったりナイフで脅迫するようなことをした場合には、刑法236条の強盗罪に問われます。
(強盗)
第二百三十六条 暴行又は脅迫を用いて他人の財物を強取した者は、強盗の罪とし、五年以上の有期懲役に処する。
(事後強盗)
第二百三十八条 窃盗が、財物を得てこれを取り返されることを防ぎ、逮捕を免れ、又は罪跡を隠滅するために、暴行又は脅迫をしたときは、強盗として論ずる。
暴行・脅迫という行為結果相手にケガをさせた場合などには強盗致傷、そのケガが原因で死亡したような場合には強盗致死・強盗殺人といった条文の適用がされます。
(強盗致死傷)
第二百四十条 強盗が、人を負傷させたときは無期又は六年以上の懲役に処し、死亡させたときは死刑又は無期懲役に処する。
強盗になれば罰金刑はなくなり、懲役刑のみとなりますし、強盗致死傷の適用がされると無期懲役や死刑といった刑が適用されるもので、非常に重大な犯罪の類型とされていることを認識しておきましょう。
9、万引きで逮捕されてしまった場合の対応
万引きで逮捕されてしまった場合にはどのような行動が必要なのでしょうか?
(1)弁護士に依頼をする
以上に述べたように、万引きで逮捕されるときに適用される犯罪は重大なものになります。
すみやかに逮捕・勾留といった身柄拘束からの解放、それが難しい場合には起訴された後に執行猶予を付けてもらったり、実刑の場合にも刑期が短くなるように活動する必要があります。
特にクレプトマニアを発症しているような場合には単純な窃盗事件として扱うのではなく、治療という観点を入れた刑事弁護活動が不可欠になります。
ですので、なるべく早い段階から刑事事件に強い弁護士に相談・依頼することが不可欠といえるでしょう。
(2)クレプトマニアが原因の場合の刑事弁護活動
窃盗で実際に万引き(窃盗)をしてしまったのであれば,刑事弁護活動としては,窃盗をしたこと自体を否定するのではなく、窃盗をしたことを前提に有利な情状事実を主張していく活動を行う場合がほとんどです。
情状とは、起訴された段階においては、どのような量刑が妥当かを判断する事情をいい、その人の性格・境遇などの事情を総合判断します。
有利な情状事実を主張していくことにより、執行猶予判決を求めたり、執行猶予中の犯行であっても、再度の執行猶予、懲役刑ではなく罰金刑を課すべきであると求めていくことになります。
(刑の全部の執行猶予)
第二十五条 次に掲げる者が三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金の言渡しを受けたときは、情状により、裁判が確定した日から一年以上五年以下の期間、その刑の全部の執行を猶予することができる。
一 前に禁錮以上の刑に処せられたことがない者
二 前に禁錮以上の刑に処せられたことがあっても、その執行を終わった日又はその執行の免除を得た日から五年以内に禁錮以上の刑に処せられたことがない者
2 前に禁錮以上の刑に処せられたことがあってもその刑の全部の執行を猶予された者が一年以下の懲役又は禁錮の言渡しを受け、情状に特に酌量すべきものがあるときも、前項と同様とする。ただし、次条第一項の規定により保護観察に付せられ、その期間内に更に罪を犯した者については、この限りでない。
クレプトマニアが原因の窃盗については、客観的にみると、生活に困窮しているような事情がないにもかかわらず、躊躇なく繰り返し万引きを行うもの、であって悪質であると評価される可能性があります。
また、そのような方は、短期間に繰り返し窃盗行為を行っていることも多く、反省の態度が見られない、規範意識が鈍磨していると評価される可能性もあります。
しかし、実際には、精神疾患に基づき、悪いこととわかっていながらも自分ではコントロールできないもので、犯行が悪質であるとか、反省の態度が見られないと評価されてはなりません。
むしろ、このような場合には、原因となっている精神疾患を治療することが必要であって、刑事罰を科しても意味がないとさえいえます。
ですので、早期に治療をはじめ、精神的不安が原因となっているような場合には、どのようなストレスにさらされたため精神的不安に陥ったのか、それに対して、今後同様のことを起こさないためにどのように対処していくのか、を主張する必要性があります。また、本人にとって必要なのは刑事罰ではなく、治療であるということを明確に主張していくことが必要です。
このような特徴を理解している弁護士でなければ、本人がクレプトマニアであることに気づけないこともあり得ますし、逮捕された刑事事件をうまくリードできず、当該事件で主張すべきことを主張できない、本人も繰り返し万引きをしてしまうという事態も生じてしまいます。
きちんと窃盗がクレプトマニアが原因であると気づいて、それに対応できる知識をもった弁護士に依頼する必要があります。
まとめ
このページでは、クレプトマニアという精神疾患について、どのような病気なのか、病気になる原因となる体験、治療法といったことから、犯罪として起訴された場合に刑事弁護としてどのような活動をしなければならないものなのかといった、通常の窃盗との違いなどについてお伝えしました。
一見すると倫理観に欠ける窃盗犯に見られがちですが、その原因は根深いもので、本人の更生、再犯防止のためには刑罰だけではなく長期間の専門的な治療が必要であるというクレプトマニア特有にある事情を加味して判断が下されるべきです。
そのため、ご自身、ご家族にクレプトマニアの疑いがある場合は、どうぞ弁護士にお任せください。