昨今、新型コロナウイルスの感染が拡大しており、日本でもその影響は大きく、休業を余儀なくされた会社が数多く存在します。
現在では営業を再開した会社も多いところですが、労働者としては勤務時間が短くなってしまったり、支給額が少なくなってしまったりして、休業期間中の給料を会社に対して請求できるのかどうかが気になるのではないでしょうか。
特に派遣社員の方は、正社員と比べて立場が弱いと感じ、心配になってしまう方も多いかもしれません。
そこでこの記事では、コロナ休業時に派遣社員が休業補償を受け取ることができるのかどうかについて、弁護士が解説します。
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目次
1、休業手当とは?
会社が休業してしまうと、労働者は、その間仕事ができない、ということになります。
そして、仕事ができないということは、原則として、その分の給料はもらえないということです(ノーワーク・ノーペイの原則。民法624条第1項)。
しかし、会社側の都合により休業された場合、労働者の意思とは無関係に仕事を奪われてしまうわけですから、給料が支払われないとなると非常に困ってしまうでしょう。
このような事態を避けるため、労働基準法第26条は「休業手当」について定めています。
以下では休業手当について詳しく解説します。
(1)労働者には休業手当を受け取る権利がある
休業手当は、労働基準法上の「労働者」であれば、誰でも受け取る権利があります。
労働基準法上、「労働者」とは「事業または事務所に使用される者で、賃金を支払われる者」と定義されています(労働基準法第9条)。
これには正社員・パート・アルバイトなど、雇用の形態にかかわらず、事業または事務所に使用されている人が広く含まれます。もちろん、派遣社員も労働基準法上の「労働者」に該当します。
(2)休業時に平均賃金の6割が支払われる
労働基準法第26条によれば、使用者は、労働者に対して、休業手当として「平均賃金の100分の60以上」の手当を支払う必要があります。
月給制の場合を例に取ると、平均賃金は以下の計算式により求められます(労働基準法第12条第1項柱書)。
平均賃金=休業日以前3か月間に支払われた賃金(※)の総額÷その期間の総日数
※時間外労働手当・通勤手当・精勤手当などを含む
(3)不可抗力による休業でない限り、使用者には休業手当の支払義務がある
労働基準法第26条によれば、使用者が労働者に対して休業手当を支給しなければならないのは、「使用者の責に帰すべき事由による休業の場合」とされています。
この「使用者の責に帰すべき事由」とは、天災事変などの不可抗力による場合を除いて、会社の故意・過失による場合だけでなく、会社側に起因する経営・管理上の障害も「使用者の責に帰すべき事由」に該当します。
なお、不可抗力による休業であるとして休業手当の支払いが不要となるには、以下の要件をすべて満たす必要があります。
①休業の原因が事業の外部より発生した事故であること
②その事故が、事業主が通常の経営者としての最大の注意を尽くしてもなお避けることができないものであること
上記の要件はかなりハードルが高いので、会社としては、不可抗力を理由として休業手当を支給しないという判断をする際には慎重でなければなりません。
(4)支給対象は就業規則等で定められた「所定労働日」のみ
休業手当は、就業規則等により休日とされている日については、支給されません。実際には土・日・祝が休日とされている会社が多いので、休業手当を受け取ることができるのは、1か月のうち70%~80%程度になることが多いでしょう。
2、派遣社員が休業手当を請求できる場合・できない場合
派遣社員は、派遣元の会社と雇用契約を締結していますので、派遣社員が休業手当を請求する先は、派遣元の会社になります。
派遣社員の方としては、どのようなケースで休業手当を請求できるのか、逆にできない場合はあるのかということに最も関心があると思います。以下では、休業手当を請求できる場合・できない場合について解説します。
(1)派遣社員が休業手当を請求できる場合とは?
まず、派遣社員が休業手当を派遣元の会社に請求できる場合の具体的な例を見ていきましょう。
①派遣先の経営難を原因とする休業
派遣先が経営難により休業し、派遣社員が就労できなくなった場合、その派遣先に派遣されていた労働者も休業を余儀なくされるということになることがあるでしょう。
このような場合も、会社(派遣元)側に起因する経営・管理上の障害、あるいはこれに類するものとして、労働基準法第26条に従い、派遣社員は派遣元の会社に対して、休業手当を請求することができます。
②派遣先が業務停止命令を受けての休業
派遣先が業務停止命令を受けて派遣社員が休業を余儀なくされた場合にも、経営難の場合と同様、労働基準法第26条に従い、派遣社員は派遣元の会社に対して、休業手当を請求することができます。
③その他派遣先の会社都合による休業
上記以外にも、派遣先の会社都合による休業の場合には、派遣社員は派遣元の会社に対して、休業手当の支払いを請求することができます。
(2)派遣社員が休業手当を請求できない場合とは?
次に、派遣社員が休業手当を派遣元の会社に対して請求できない場合について見ていきましょう。
①派遣先の長期休暇による休業
派遣元会社の就業規則や、派遣元会社と派遣先会社との間の派遣契約の中で、所定労働日や休暇について派遣先の所定労働日・休暇の定めに従うこととされているような場合、派遣先で長期休暇が設けられているのであれば、その期間については、休日(所定休日)となります。
よって、このような派遣先の長期休暇による休業の場合には、派遣社員は派遣元の会社に対して休業手当を請求することはできません。
②天災事変による休業
地震・台風・落雷などの天災事変による休業は、不可抗力による休業の代表例です。
この場合には、「使用者の責に帰すべき事由による休業」とはいえませんので、休業手当を請求することはできません。
(3)新型コロナウイルスの影響による自主休業の場合は?
新型コロナウイルスの影響により、派遣元や派遣先が自主休業をした場合は、天災事変に準じた不可抗力による休業と解する余地もあるかもしれません。
しかし、先ほど述べたとおり、不可抗力による休業というためには高いハードルが設けられており、たとえば、以下のような事情を考慮することになるでしょう。
- 自宅勤務などの方法により労働者を業務に従事させることを十分に検討し、必要な措置をとっているか
- 派遣先で他に就かせることができる業務があるかどうか、派遣元の会社が他の派遣先を紹介できるかどうかを十分に検討し、必要な措置をとっているか
こうした事情を踏まえてもなお、不可抗力であると自信を持って判断することは簡単ではありません。実際には、労働者と紛争になる可能性などを考慮して、新型コロナウイルスの影響による自主休業をした会社では、労働者に対する休業手当の支給を積極的に考えざるを得ないでしょう。
3、休業手当の計算例
実際に休業手当はどのくらいもらえるのかというイメージを持つために、具体例を用いて休業手当を計算してみましょう。
(1)計算例
<事例>
・2020年4月から6月までの3ヶ月間休業
・1月、2月、3月の給料は、それぞれ27万円、30万円、34万円
・4月、5月、6月の所定労働日数は、それぞれ21日、18日、22日(土日祝休みのため)
休業手当を計算するためには、まず平均賃金(労働基準法第12条1項本文)を求める必要があります。
この事例では、平均賃金は以下のとおりとなります。
平均賃金
=休業日以前3か月間に支払われた賃金の総額÷その期間の総日数
=(27万円+30万円+34万円)÷(31日+29日+31日)
=1万円
そして、
①1日あたりの休業手当は平均賃金の6割以上
②支給対象は所定労働日のみ
ということを考慮すると、上記3か月の休業期間の休業手当の金額は以下のとおりとなります。
休業手当の総額
=平均賃金×60%×休業期間の所定労働日数
=1万円×60%×(21日+18日+22日)
=36万6000円
(2)休業手当は予想よりも低額になりやすい
休業手当を計算する場合には、
①平均賃金の6割しかもらえない
②所定労働日数分しかもらえない
という2つの観点から、通常の給料が減額されてしまいます。
そのため、労働者としては予想以上に休業手当の金額が少なく、生活費をまかないきれないという事態が生じる可能性があるので注意しましょう。
例えば、派遣社員の場合、もともと週3日勤務など、フルタイム以外の条件で勤務されている場合、上記計算式だと平均賃金の額が著しく低額となる場合があります。
そこで、日給制や時給制で給料が支給されているならば、下記の式で求められる額(労働基準法第12条第1項第1号。「最低保障額」と呼ばれます。)と上記の式で求められる額のうちの、高額な方が平均賃金となります。
平均賃金(最低保証額)
=休業日以前3か月間に支払われた賃金の総額÷その期間の労働した日数×60%
4、派遣でも会社に給料の全額を補償・支給してもらうことは可能か?
会社が新型コロナウイルスを理由とした休業を命じた場合でも、形式的に新型コロナウイルスの影響による休業命令とし、実質的にはその他の不当な目的等により休業命じたものと認められるような場合には、そのような休業命令は、会社の故意・過失によるものとして、労働者に対し、給料の全額を支払うべきものとされる可能性があります。
(1)会社に故意・過失があれば全額を補償してもらえる
民法第536条第2項は以下のように規定しています。
(債務者の危険負担等)
第536条
2 債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者は、反対給付の履行を拒むことができない。この場合において、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。
ここでいう「債権者」とは、会社のことを指し、「債権者の責めに帰すべき事由」とは、労働基準法第26条の場合とは異なり、会社の故意・過失を意味しています。
つまり、休業手当の場合よりもハードルは高くなりますが、労働者が会社の故意・過失によって就労できなくなった場合には、会社に対して給料の全額を請求することができます。
ご自分のケースが民法第536条第2項のケースに該当して給料全額の支払いを請求できるかどうかは、弁護士に確認してみましょう。
(2)他の会社に就職したような場合には、4割を限度に補償金額から控除
上記のとおり、民法第536条第2項後段には、「債務者は、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。」と定められています。
もし休業期間中に他の会社に就職して収入を得ていた場合、これは会社で働かなくても良くなったことによって得た利益といえますので、休業期間中の他の会社での収入分については、会社に対して請求する給料から控除されます。
ただし、控除の上限は平均賃金の4割とされています(最高裁昭和37年7月20日判決)。
5、派遣会社に休業手当を請求する方法は?
会社に対して休業手当を請求する具体的な方法について解説します。
(1)交渉(話し合い)
まずは、会社との間で、休業手当の支払いについて交渉(話し合い)を行いましょう。
もし会社が休業手当の支払いについて難色を示すようであれば、
- 休業手当の支払いは法律上の義務であること
- 新型コロナウイルスの影響による休業に関する雇用調整助成金の特例を利用して休業手当を支払うべきであること
などを説明して説得しましょう。
なお、新型コロナウイルスの感染拡大防止のため休業を命じられた中小企業の労働者のうち、休業期間中に給料や休業手当を受けることができなかった方については、労働者からの申請により、新型コロナウイルス感染症対応休業支援金・給付金を支給するという制度がスタートしました。
この制度では、申請にあたって会社の協力が得られない場合には、都道府県労働局から会社に対して調査が行われることとされているので、積極的に活用を考えたいところです。
(2)労働局紛争調整委員会のあっせん
会社と直接話し合っていても埒があかないという場合には、労働局の紛争調整委員会のあっせんを利用する手段もあります。
あっせん制度を利用すると、労働紛争の専門家が交渉を仲介してくれます。
そのため、客観的な立場からの意見が反映されることにより、交渉が円滑に行われることが期待できます。
(3)労働審判
会社との間で話し合いによる合意が得られないと判断した場合には、労働審判の申立てを行いましょう。
労働審判では、原則として3回の審判期日の間に、会社と労働者が互いに主張を出し合いますが、3回の審判期日中に、裁判所の心証なども踏まえ、和解に向けた話し合いが行われることも多いです。
それでも和解ができなければ、最終的には裁判所による審判が出され、休業手当の支払いに関する判断が示されます。
(4)訴訟
労働審判の結果に不服がある場合には、最後の手段として訴訟を提起し、徹底的に争うことになります。
訴訟は、労働審判と比べると、長期間に及びやすい傾向があるので、この点は注意が必要です。
なお、労働審判を経なくても、最初から訴訟を提起することもできます。
6、派遣先の会社に休業手当を請求するには弁護士に相談
会社が新型コロナウイルスの影響で自主休業となったにもかかわらず、休業手当を支給してもらえないという場合には、弁護士に相談して会社に休業手当を請求しましょう。
(1)会社と労働者には交渉力の差がある
そもそも、組織である会社と個人である労働者の間には、交渉力の差があります。
しかし、弁護士に依頼をして法的に裏付けのある休業手当の請求を行えば、会社としても労働者側の主張を無視することはできないでしょう。
このように弁護士に依頼することで、会社と労働者の間の交渉力の差を埋められることが期待できます。
(2)法的手続きへの移行がスムーズ
先ほど述べたとおり、労働者が会社に対して休業手当を請求する場合には、労働審判・訴訟といった法的手続きの利用も考える必要がありますが、これらの手続きも、弁護士に依頼をしておけばスムーズに行ってもらえるので安心です。
(3)豊富なノウハウ・専門知識でサポート
弁護士は法律の専門家ですので、労働法や労働事件に関する豊富なノウハウ・専門知識を持っています。
休業手当を請求するために何を主張すれば良いのか、必要な証拠は何なのかなど、法律上のポイントとなる事項についても熟知しています。
そのため、会社に対して効果的な主張を展開することができ、結果的に労働者が休業手当を受け取れる可能性が高くなるでしょう。
まとめ
休業手当を受け取ることは、労働者にとっては法律上の権利です。
もし会社から正当な休業手当の支払いを受けていないという方は、すぐに休業手当を請求しましょう。