「オフィスカジュアル」が進み、会社での服装がカジュアルでも良いという会社も増えてきています。
しかし、会社によっては受付や事務職などの職種の場合には、会社で指定された事務服を着用しなければならないというケースも少なくありません。
このような中、会社指定の事務服は着たくないと考える方もいるでしょう。もし会社指定の事務服の着用を拒否すれば、解雇されるようなことはあるのでしょうか?
今回は、会社指定の事務服を着なかった場合に会社に解雇されるのかどうかという点や、事務服を着たくない場合の対処法などをご紹介します。
目次
1、事務服を着たくないという主張は通るのか?服務規律違反に該当する可能性
会社が指定する事務服を着たくないと悩んでいませんか?事務服を着たくない理由は、動きにくさなど機能性の問題の場合もあれば、デザイン性、ジェンダーの視点から見た問題など、さまざまな理由が挙げられるでしょう。
事務服を着たくないと会社に主張した場合、服務規律違反になるのでしょうか?
(1)服務規律とは
服務規律とは、企業の秩序の維持を図るために社員が守るべきルールが定められたもののことをいいます。
服務規律は就業規則に規定されていることが多く、内容は企業ごとに異なります。服務規律の内容は多岐に渡り、セクハラやパワハラに関する内容や企業秘密、職務に専念するためのルールなどさまざまなものがあります。そして、服務規律の中に身だしなみに関する内容も定められていることが多いです。
服務規律を定めることは会社のイメージを維持するためだけではなく、社員全体が同じ方向を見て仕事に励めるようにすることや、労働者の士気や生産性の低下の予防などの意味もあります。
(2)服務規律に違反した場合
服務規律に違反するような行為を行った場合、企業の秩序を乱すと判断されれば何らかの対処が取られることになります。多くの場合は懲戒処分が検討されることになりますが、最も重い罰則の場合は解雇もあり得ます。
ただし、労働契約法15条には、「使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。」と定められています。
これは、懲戒処分を科すためには法的な要件が満たされていることが必要で、それが満たされていない場合には、懲戒処分は無効となるということを意味しています。
そして、「使用者が労働者を懲戒することができる場合」とは、「就業規則に懲戒事由および懲戒の種類が定められ、周知されていること」を意味し、「客観的に合理的な理由」とは、「労働者の行為が就業規則に定められている懲戒事由に該当していること」を意味し、「社会通念上相当当であると認められない場合」とは、行為の性質等に照らし、処分が重すぎる場合を意味しますが、懲戒処分を行う場合は、こういった条件を満たす必要があります。
もし条件を満たしていないのであれば会社は服務規律違反として解雇などの懲戒処分を行うことは出来ません。
2、事務服が指定される意味から考えてみよう
オフィスカジュアルが主流になる中でも事務服が指定されている会社や、これから導入しようとしている会社は存在します。私服ではなく、なぜ事務服が指定されるのでしょうか?
(1)ブランドイメージの構築
事務服を指定する1つ目の意味として、企業のブランドイメージの構築が挙げられます。
社員が同じ事務服を着ていれば、会社の雰囲気が統一されます。事務服は、顧客など外部に対して企業のイメージをアピールする手段の1つでもあります。統一された制服を着ていれば、外部から見たときの印象も良くなります。
(2)会社への帰属意識の醸成
同じ事務服を社員が着用していれば、会社への帰属意識が高まります。事務服を着用することで、仕事内容や会社への帰属を社員が意識しやすくなります。
また、事務服の指定はチームのユニフォームのような役割となり、社員にチームワークや一体感が育まれることを会社側は期待しています。
(3)服装管理の簡略化
事務服が指定されていれば、会社側が服装管理を簡略化することができます。事務服は一律で同じデザインになっているため、服装の規定などを細かく設定する手間を省けます。
3、会社に事務服を決める権利はあるのか?法的観点からの考察
会社と社員は労働契約により就業や賃金などさまざまなルールを契約によって交わします。
しかし、会社に事務服などの服装に関することを決める権利はあるのでしょうか?
(1)会社には職場秩序を維持する権限がある
会社には職場秩序を維持する権限があり、この権限を「企業秩序定立権」と呼びます。
そして、企業秩序定立権により、企業は職場秩序を維持するために必要な規則を定めることができます。つまり、企業秩序定立権により事務服を決める権利が企業側にはあると言えます。
(2)労働者の利益や自由は侵害できない
企業は企業秩序定立権を持っており、労働者は労働契約を締結することで企業秩序遵守義務を負うことになります。会社は労働者に対して指示や命令をすることができ、違反するような行為があった場合には懲戒処分を科すことができるのです。
ただし、労働者の利益や自由を会社側が侵害することは出来ません。
そのため、髪形やヒゲ、アクセサリーなど、服務規律に規定されていない範囲であれば労働者は自由にすることができますし、プライベートな部分に関して会社は口出しすることはできません。
4、事務服を着なかった場合に受ける可能性のある処分の種類
会社には企業の秩序を維持するために事務服を指定する権利があり、労働契約を締結している労働者はそれに従う必要があると言えます。
しかし、何らかの事情があり、どうしても事務服を着たくないというケースもあるでしょう。
もし事務服を着用しなかった場合や、事務服の着用を拒否するようなことを行った場合、どのような処分を受ける可能性があるのでしょうか。
(1)注意や指導を受ける
事務服を着なかった場合、初回は口頭による注意や指導を受けるケースが多いでしょう。最初からすぐに減給や解雇など厳しい処分になることは少なく、注意をされて改善を求められることになります。
また、口頭による注意でも改善されない場合には、書面による指導などを受ける可能性もあります。
(2)減給や降格処分を受ける
口頭や書面での注意や指導でも改善されない場合には、減給や降格といった人事評価へ影響する処分を受ける可能性があります。
ただし、減給や降格などの厳しい処分を受けるには、処分の妥当性が必要になります。そのため、いきなり減給や降格処分になることは多くはなく、先に口頭や書面による注意や指導が行われます。
また、減給処分の場合には労働基準法第91条により、「一回の額が平均賃金の1日分の半額を超え、総額が1賃金支払い期における賃金の総額の10分の1を超えてはならない」と規定されています。
(3)配置換えされる
注意や指導で改善されない場合、減給や降格処分ではなく配置換えを命じられる可能性もあります。
顧客や取引先といった利害関係者から苦情がきているような場合には業務上に支障をきたしてしまうため、配置換えをすることで対応するような場合もあるでしょう。
就業規則に業務の都合で配置換えが行われることがある旨が書かれていなくても、会社には一定の範囲内で労働者の配置を決定、変更する権限、すなわち配転命令権がありますので、経緯や実情などから配転命令権を行使することが認められる場合があります。
(4)最終的に解雇されるケースもある
懲戒処分の中でも解雇は最も重いペナルティであると言えます。
ただし、解雇はさまざまな条件を満たし、十分な手続きを取ってから行われるものです。そのため、手続きや解雇理由が十分でない場合には不当解雇になる可能性もあります。
5、事務服を拒否して解雇処分を受けた場合の対処法
事務服の着用を拒否したことにより、解雇処分を受けたというケースもあるでしょう。もし解雇処分を受けた場合には、次の対処を行うようにしましょう。
(1)解雇理由証明書を請求する
解雇処分を受けた場合、まずは会社に解雇理由証明書を請求しましょう。
労働基準法第22条1項には、労働者が退職に際して証明書を請求した場合には、会社側には退職の理由が解雇である場合には解雇の理由まで含めた証明書を発行する義務があることが規定されています。
また、労働基準法第22条2項には、労働者が会社から解雇の予告を受けている場合、在職中であっても、労働者から解雇の理由についての証明書の発行を請求された場合には、会社には証明書を発行する義務があることが規定されています。
これらの証明書は、解雇理由証明書と呼ばれています。
すなわち、会社側は解雇理由証明書の発行を義務付けられているのであり、発行を拒否することはできません。
そこで、まずは解雇理由証明書で解雇の理由を確認しましょう。
客観的に合理的な理由がなければ解雇は無効になるので、もし不当解雇の場合であれば、解雇理由証明書は証拠になります。
また、解雇理由証明書は遅滞なく交付しなければならないとされているので、会社には即座に発行、交付するよう求めましょう。
(2)服務規律など手続き上の違反がないか確認する
解雇処分を行う場合、服務規律を含む就業規則や雇用契約書にいかなる場合に解雇になり得るかが記載されていなければなりません。
そして、解雇が懲戒解雇である場合、就業規則等の懲戒事由に当てはまらなければ解雇は有効になりません。そのため、服務規律などを確認して手続き上の違反がないか確認するようにしましょう。
手元に就業規則などがない場合には、担当部署に就業規則の閲覧を申請します。労働基準法106条1項により、就業規則は従業員に周知させる義務があると定められているため、就業規則が作成されていない場合や閲覧を拒否された場合には、解雇自体が無効になる可能性もあります。
(3)弁護士に相談する
不当解雇を受けた場合、労働問題に強い弁護士に相談することをおすすめします。
不当解雇を証明するために証拠を探すことや、会社と交渉することは、社内に味方もいない状態で困難なことも多いでしょう。
また、不当解雇かどうか判断するには知識も必要になります。
弁護士に依頼すれば、解雇の正当性の確認や会社との交渉を任せることができるだけではなく、労働審判や裁判になった場合にもそのまま任せることができます。
6、事務服を着たくない場合の対処法
事務服を着たくないと思っていても、懲戒処分や懲戒解雇になるようなことは避けたいものです。
事務服を着たくないという場合には、まずは次の対処法を試してみてください。
(1)会社や上司に相談する
どうしても事務服を着たくない場合には、会社や上司に相談してみましょう。
事務服を着たくない理由は人によって異なりますが、相当の理由があるのであれば説明することで会社や上司が納得してくれる可能性もあります。
もし事務服の着用は避けられないとしても、事務服のデザイン変更や、事務服を着用しなくてもいい部署への異動など何らかの対処をしてもらえるかもしれません。
そのため、突然事務服を着ないで出社するのではなく、まずは会社に相談してみることをおすすめします。
(2)デザインに問題がある場合は弁護士に相談する
事務服を着たくないという理由が、「スカート丈が短い」「身体のラインが出すぎてしまう」などセクハラに該当するようなものである場合には弁護士に相談しましょう。
このようなデザインに問題がある事務服の場合、他の従業員や取引先からセクハラ行為を誘発する恐れがあります。そうすると、会社には「セクハラ防止のための配慮義務」があるため、そのようなデザインに問題のある事務服の着用を従業員に義務付けていることは、セクハラを防止するための策が取られていないとして会社側の違反行為であると考えられます。
また、着用している本人も苦痛やストレスを感じることで、就業意識や生産性が低下することも考えられます。会社には労働者が働きやすい職場環境を維持するための「職場環境配慮義務」があるため、職場環境配慮義務違反にも該当する可能性があります。
まとめ
事務服を着たくない理由にはさまざまなものがあると思われますが、会社は社内の秩序を維持するために事務服を設けています。
事務服を着たくない正当な理由がある場合には、会社や上司に理由をきちんと話してみるべきです。
もし事務服のデザインに問題がある場合や、事務服の着用を拒否したことで不当な処分や解雇を受けた場合には弁護士に相談しましょう。