労災手続きをする際、その流れやおさえておくべきポイントをご存知でしょうか?
社員が労働災害でケガを負ったり病気になったりすることはあまり頻繁に起こる状況でもなく、人事労務担当になって間もない方の場合、これからどうすればよいのか、どんな手続きが必要なのか、すぐには分からないことも多いでしょう。
手続きを間違うと社員に迷惑がかかりますし、会社に思いがけない損害が生じてしまうこともあります。
そこで今回は、
- 押さえておきたい労災保険給付の基本
- 人事労務担当者が行う労災手続きの流れ
- 実際の労災手続きを行う上での注意点
について、それぞれ詳しく解説していきます。
まだ経験の乏しい方はもちろん、労働災害に関する事務処理で今まさにお困りの方にとっても、この記事がスムーズに手続きを進めるためのお役に立てば幸いです。
労災の請求について詳しく知りたい方は以下のページもご覧ください。
1、労災手続きの流れをみる前に〜「労働災害」とは
まず、「労働災害」の概念から明確にしておきましょう。
労働災害とは、社員が業務上の事由または通勤によって負傷(ケガ)をしたり、病気に見舞われたり、不幸にして亡くなられることをいい、 被災した社員やその遺族には労働者災害補償保険法(労災保険法)によって必要な給付を行うことが定められています。
(1)労働災害は2種類
労働災害には「業務災害」と「通勤災害」の2種類があり、いずれも労働基準監督署の決定を受けてはじめて労働災害に認定されます。
それぞれの特徴をまとめてご紹介していきますので、ぜひ参考にしてください。
①業務災害
社員が「仕事の上で」ケガや病気になったり、不幸にして亡くなったりした際に認定される労働災害です。
「仕事の上で」というのは、以下の条件を満たすかどうかで判断されます。
- 社員が労働契約に基づいて会社の支配下にある(業務遂行性)
- 業務と傷病等の間に一定の因果関係がある(業務起因性)
また、最近では、過労死・過労自殺等も業務災害として認定されることが増えています。
②通勤災害
「通勤」のときに負ったケガや、病気に対して認定される労働災害です。
「通勤」に該当するケースは、以下のように定義されています。
- 住居と就業の場所との間の往復
- 就業の場所から他の就業の場所への移動
- 単身赴任先住居と帰省先住居との間の移動
(これらの移動が業務の性質を有する場合は、通勤災害ではなく前述①の業務災害に含まれる場合もあります)
(2)労災保険の趣旨・目的
労働災害が発生した場合、本来は会社が療養費や休業補償を行う義務があります(労働基準法75条、76条)。
しかし、会社に十分な支払い能力がない、大きな事故で補償額が多額になって支払いが困難になるといったケースも実際にはありえるでしょう。
この問題を解決するために作られたのが労働者災害補償保険法に基づく労災保険で、保険に加入する会社がそれぞれに保険料を納めることで、いざというときに国が会社に代わって必要な補償を行うという仕組みになっています。
2、労災保険給付の種類
労災保険で受けることのできる主な給付は次の通りです。
(1)療養補償給付(通勤災害の場合は療養給付)
ケガや病気が治るまで、社員が無料で診察及び治療を受けられるようにするための給付です。
次の3種類があります。
- 「療養の給付」:指定医療機関で療養そのものを無料で受けられるもの。
- 「療養の費用の給付」:指定医療機関以外で治療を受け、後日その費用の給付を受けるもの。
- 「通院費」:通院に要した交通費についても、一定の要件に当てはまれば給付を受けることができます。
(2)休業補償給付(通勤災害の場合は休業給付)
ケガや病気のため労働者が働けず賃金を得られないときには、働けなくなった日の4日目から、休業(補償)給付として給付基礎日額の60%相当額、休業特別支給金として20%相当額が支給されます。
ただし業務災害による休業の場合には、最初の3日間分は、労働基準法第76条に基づいて、会社が平均賃金の60%を補償します。
(3)傷病補償年金(通勤災害の場合は傷病年金)
療養を開始してから1年6か月を経過してもケガや病気が治らないときには、それまで支給されていた休業補償給付は傷病による障害の程度に応じた年金の支給に切り替わるケースもあります。
これを傷病(補償)年金といいます。
このほかに傷病の程度に応じて傷病特別支給金が支給されます。
(4)障害補償給付(通勤災害の場合は障害給付)
ケガや病気が治っても障害が残ったときには、その程度に応じて障害(補償)年金あるいは障害(補償)一時金が支給されます。
このほかに障害の程度に応じて支給される障害特別支給金もあります。
(5)遺族補償給付(通勤災害の場合は遺族給付)
ケガや病気により社員が死亡した場合は、その遺族に対して、遺族(補償)年金、あるいは遺族(補償)一時金が支給されます。
このほかに遺族特別支給金や遺族特別年金等の支給も用意されています。
以上を図解すると概ね次のようになります。
(出典:厚生労働省「労災保険給付の概要」「フローチャート」)
3、人事労務担当者が行う手続き
(1)保険給付等の請求手続き-社員の手続きを会社でしっかりサポート
社員が所定の保険給付請求書を労働基準監督署に提出し、会社はその請求書に対して証明を行う必要があります。
人事労務担当者としては、社員が手続きを確実に行えるよう案内することが主な役目です。
会社にも労災手続きに関する証明の義務や助力の義務があると考えられていますので、実際には、社員の負担を避けるために、会社が手続きを代行することがよく行われています。
代行においては社会保険労務士などの専門家に依頼することも多いようです。
①療養(補償)給付の請求手続
療養した医療機関が労災保険指定医療機関(以下「指定医療機関」)の場合には、次のような流れになります。
- 「療養補償給付たる療養の給付請求書」を社員が作成
- それを会社が証明手続きする(「この請求内容に間違いない」という署名等)
- 社員が証明付きの請求書を指定医療機関に提出
- 当該請求書は医療機関を経由して労働基準監督署長に提出される
「療養補償給付たる療養の給付請求書」は労基署から入手できますが、社員本人が入手するのではなく、会社が最新の手続き等を確認する意味も込め、人事担当者による入手が望ましいでしょう。
指定医療機関での治療の場合、社員は医療機関に療養費を支払う必要はありません。
一方、指定医療機関でない場合には、一旦療養費を立て替えて支払う必要があります。
その後「療養補償給付たる療養の費用請求書」を、直接、労働基準監督署長に提出することで、支払った分の費用を受け取ることになります。
指定医療機関でない病院で治療を受ける場合は、会計の際に必ず領収書をもらっておくよう、あらかじめ社員に伝えましょう。
このように、指定医療機関以外での治療は手続きが煩雑になり、社員の負担も増えてしまいます。
会社としては指定医療機関で治療を受けてもらうように案内してください。
また、社員が病院で個人の健康保険証を提示してしまうと、その診察には労災保険ではなく健康保険が適用されます。
健康保険の場合、本人の自己負担割合は3割が基本ですが、労災保険の給付であれば治療費、入院費、移送料など通常必要な費用の全額が保険から支払われ、本人の自己負担はゼロです。
この点も社員にしっかりと説明してください。
誤って健康保険として会計を済ませてしまった場合は、診察後すぐ治療した医療機関への連絡を促し、手続きの切り替えを行うことが必要です。
診察から時間が空いてしまうと、医療機関での切り替えが難しくなり、全国健康保険協会や各健康保険組合等の保険者に連絡の上、健康保険ではなく労災保険扱いである旨を伝えるように指示する必要が出てきます。
以上のポイントをまとめると以下の通りです。
(ポイントその1)
「労災保険指定医療機関」での受診を社員に勧める。それ以外の医療機関での受診の場合、後の手続きが煩雑になる。
(ポイントその2)
健康保険での受診は社員に不利になる。後の手続きも煩雑になる。労災と健保の役割の違いを社員にわかりやすく説明すること。
(出典:厚生労働省「療養(補償)給付の請求手続」)
②休業(補償)給付と傷病(補償)年金の請求手続
労働災害により休業した場合には、「休業補償給付支給請求書」を労働基準監督署長に提出することで4日目から休業補償給付が支給されます。
なお、休業3日目までは会社が休業補償を行うことになっています。
その金額は労働基準法によって一日につき平均賃金の60%と定められていますが、会社によっては、社員の心理的負担を減らすために全額支給とするケースも少なくありません。
(ポイント)
「休業補償給付支給請求書」への証明と労基署への提出
(出典:厚生労働省休業(補償)給付 傷病(補償)年金の請求手続)
③その他の保険給付
①と②の他にも傷病(補償)年金、障害(補償)給付、遺族補償給付、葬祭料、及び介護(補償)給付などの保険給付があります。
これらの保険給付についても、それぞれ労働基準監督署長に請求書などを提出することとなります。
概略を一覧表にしました。
ご本人やご家族が整える手続き書類なども複雑です。何といってもご本人ご家族は、労災給付まで気が回らないでしょう。
会社としてもしっかりサポートし、また専門家を紹介するなどして責任をもって対応されるようお勧めします。
事態 | 会社の手続 | 備考 | |
傷病(補償)年金 | 療養開始後1年6ヶ月経過しても症状固定せず 一定の重い障害 (傷病(補償)年金の等級に該当) | 左記の1ヶ月以内に「傷病の状態等に関する届」を労基署に提出 | 支給・不支給は労基署長の職権で決定 「請求手続き」は不要 |
療養開始後1年6ヶ月経過しても症状固定せず かつ、傷病(補償)年金の等級に該当しないとき | 毎年1月分の休業(補償)給付請求時に「傷病の状態等に関する報告書」を提出 | ||
障害(補償)給付 | 療養開始後、症状固定 その内容が一定の傷害等級に該当するとき | 「障害(補償)給付支給請求書」労基署に提出 | 会社としてしっかりサポートすること 診断書等の添付書類も多い |
遺族(補償)給付 葬祭料 | 被災した社員が死亡 | 〈年金に該当するとき〉 「遺族(補償)年金給付支給請求書」を労基署に提出 〈一時金に該当するとき〉 「遺族(補償)一時金支給請求書」を労基署に提出 〈葬祭料〉 「葬祭料請求書」(業務災害)または「葬祭給付請求書」(通勤災害)を労基署に提出 | 会社としては、ご遺族の手続きをしっかりサポートすること 専門家との相談をお勧めします。 ①受給できる遺族の要件などが非常に複雑 ②死亡診断書ほか添付書類が非常に多い |
介護(補償)給付 | 障害(補償)年金、傷病(補償)年金1級、または2級(精神神経・胸腹部臓器障害)で介護を受けている方 | 「介護補償給付・介護給付支給請求書」を労基署に提出 | 会社としては、ご家族の手続きをしっかりサポートすること |
④不明な時の照会先
これら、労災保険給付の請求に関してご不明な点は、以下に問い合わせを行ってください。
最寄りの都道府県労働局・労働基準監督署
または
(2)会社の死傷病報告
保険金請求のサポートの他、会社は、労働災害等により社員が死亡・休業した場合には、速やかに労働者死傷病報告書を労働基準監督署長に提出しなければなりません。
4、労災保険で注意すべきポイント
(1)社員と会社の見解が相違する場合(例:うつ病などの精神疾患での労災請求)
社員が「過重労働のためにうつ病を発症したので労働災害の請求をしたい。」と申し出てきたときには、どのように対応すればよいのでしょうか。
①事実を正確に確認して対処
うつ病の原因が本当に過重労働にあるのであれば、それは労災に該当します。
ただし、この場合には、労災だけでなく会社に対して安全配慮義務違反として民事上の損害賠償を求められるといった可能性もあります。
会社として社員の主張する事実関係に誤りがあると考える場合には、事実を正確に確認し、社員と誠実に話し合うことが第一です。
②社員の労災請求を妨げることはできない
たとえ会社の判断と社員の意見に相違があっても、社員の労災請求を会社が妨げることはできません。
もし社員の主張する事実関係に疑義がある場合は、労災請求の手続き上で、会社としては請求書の疑義のある点について別途理由書(様式適宜)を作成し、「事実を確認できない、または事実と相違しているため証明できない」旨を申し出ます。
③会社と社員のどちらの見解が認められるのか、最終的な判断を下すのは労働基準監督署
会社と社員の意見が食い違う場合、最終判断を下すのは労働基準監督署です。
会社も社員もそれに従うことになります(社員が労働基準監督署の判断に納得しない場合には、最終的に裁判に発展する可能性もあります)。
(2)本人が労災手続きをしないとき
中には本人が労災手続きを拒むケースもあるようです。
①「会社に迷惑をかけたくない」という社員にはこのように言おう
労災保険は社員を守るための制度です。
社員の業務上のケガや病気については、本来、会社が補償する責任を負っています(労働基準法75条以降)。
しかし、労災保険による補償がある場合には、その範囲で責任が免除される仕組みになっており(労働基準法84条1項)、これは裏を返せば、社員が労災保険を使わない=会社に責任が残り続けてしまうということでもあるのです。
さらに会社の立場でいえば、後日、社員から「会社が労災請求手続きを妨げた」といった訴えを起こされる可能性についても考えておく必要があります。
この場合、労働基準監督署に「労災隠しではないか」等と問われれば、反論することはなかなか難しく、社員の遠慮が実際には会社への迷惑となってしまうケースもあるのです。
さらに、厚生労働省は次のようにも述べています。
「労働基準監督署にその事故を報告しなかったり、虚偽の報告を行ったりした場合にも、刑事責任が問われることがあるほか、刑法上の業務上過失致死傷罪等に問われることがあります。」
つまり、労災の手続きを行わないことは、会社及びその経営者に刑事上の責任を及ぼすことにもなりかねないということを、社員にはあわせて伝えてみましょう。
②「面倒くさい」という社員にはこのように言おう
労災保険では、社員の療養費負担がゼロになるなど大きなメリットがあります。
また、健康保険と労災保険とでは基本的に役割が異なるため、労災なのに健康保険証を呈示して治療を受けるというのは、言ってみれば一種の保険詐欺です。
実際、健康保険で3割負担はあったが一応ケガも治ったからいいか、などと軽く考えていると、健康保険の保険者(健康保険協会、健康保険組合等)から、後日になって保険給付を取消して7割の保険者負担分についての返還を求められる、といった可能性もゼロではありません。
このように、労災で病院を受診するときには、必ず労災保険の手続きが必要な旨を説明しましょう。
(3)労災隠しは絶対にだめ-「労災かくしは犯罪です」
厚生労働省は、毎年「労災かくしは犯罪です」というキャンペーンを行っています。
大事な問題なので、厚生労働省の説明をそのまま掲載します 。
「労災かくしとは、『故意に労働者死傷病報告を提出しないこと』又は『虚偽の内容を記載した労働者死傷病報告を所轄労働基準監督署長に提出すること』をいい、このような労災かくしは適正な労災保険給付に悪影響を与えるばかりでなく、労働災害の被災者に犠牲を強いて自己の利益を優先する行為で、労働安全衛生法第100条に違反し又は同法第120条第5号に該当することとなります。このような労災かくしに対して厚生労働省は、罰則を適用して厳しく処罰を求めるなど、厳正に対処することとしています。」
「ゼロ災運動」が間違った方向に過熱して、弱い立場の社員や下請け会社に労災を隠すように働きかけることなどは、もってのほかです。
むしろ、労働災害が発生した場合には、その原因を早急に究明して再発防止対策を取らなければなりません。
「労災かくし」は、事実をごまかして現場が安全であるように見せかけているのであり、会社として恥ずべき行為です。
そもそも会社は、労災を防止するため、労働安全衛生法に基づく安全衛生管理責任を果たす必要があります。法令違反がある場合、労災事故発生の有無にかかわらず、労働安全衛生法等により刑事責任が問われることがあるので注意しましょう。
まとめ
労災保険は、業務上の事由または通勤による社員の負傷、疾病、障害、死亡等に対して迅速かつ公正に保険給付を行い、社員の社会復帰の促進、当該社員や遺族の援護、労働者の安全及び衛生の確保等を図るための制度です(労働者災害補償保険法第1条より)。
今回ご紹介したように、労災保険では様々な給付を受けることができますが、その内容や手続きは決して簡単なものではありません。
問題が起こったときには、労働基準監督署などの監督官庁に速やかに相談することが必要不可欠です。
また、「労務管理」を包括的にサポートしてくれる社会保険労務士事務所への相談もいいでしょう。
▶︎30年以上の実績を誇る社会保険労務士事務所[大羽労務管理事務所]
これらは人事労務管理全般に関わる問題ですから、人事労務に詳しい弁護士にも速やかに相談を行い、社員にとっても会社にとってもベストな選択を行えるように努めましょう。