「インサイダー取引」という言葉を聞いても、証券会社や大株主とか、自分とは関係がない世界の言葉だと思っていませんか?
実は、インサイダー取引は、株取引を行っているひとだけでなく、上場企業で働いている人やその周りの人全てに関わってくる、身近で大きな問題です。
今回は、インサイダー取引に関連して、
- インサイダー取引とは?
- 上場会社の従業員がインサイダー取引に関して注意すべきこと
- 会社にインサイダー取引がバレたらどうなるか
などについてやさしく解説していきます。ご参考になれば幸いです。
目次
1、インサイダー取引とは?
インサイダー取引とは、
①上場会社の関係者等が
②その職務や地位により知り得た投資者の投資判断に著しい影響を及ぼす会社情報(重要事実)を
③当該情報が公表される前に利用して
④自社株売買等をする
ことをいいます。
それでは、インサイダー取引の各要件や罰則等について、簡単に解説します。
(1)インサイダー取引の要件
①誰が(取引規制の対象者)
インサイダー取引規制の対象者は、「会社関係者」と「第一情報受領者」の2種類です。
「会社関係者」とは、上場会社の役員、従業者(パートやアルバイトなども該当します)、契約締結者(上場会社の取引先やコンサルタント、弁護士等の顧問先)などのことを言い、会社関係者でなくなってから1年以内の人も該当します。
「情報受領者」とは、会社関係者から当該会社関係者がその職務等に関して知った重要事実の伝達を受けた人のことを言い、当該上場会社で働いているかどうかは関係なく、上場会社に勤務している人から重要事実を聞いた家族・友人等も該当します。
(以下では、「会社関係者」「情報受領者」をまとめて「会社関係者等」と記載します。)
②何を(「重要事実」の意味)
インサイダー取引規制の対象となる情報は、「重要事実」である必要があります。
この「重要事実」とは、投資者の投資判断に著しい影響を及ぼす会社情報等のことを言い、例えば、次のような事実が該当します。
こんな情報を知っていたら、世の中に知られていないうちに(未公表の間に)会社の株を買いたい、あるいは持っている株を売りたくなる、そんな情報が幅広く対象になります。
【重要事実の例】
- 株式の発行
- 公開買付け
- 合併
- 巨額の架空売上
- 製品の検査数値改ざん
- 巨額の協調融資
- 行政処分
- 業績予想・配当予想の大幅修正 など
③いつ(「公表」の意味)
インサイダー取引は、重要事実が「公表」される前に自社株売買等をすることを禁じています。
重要事実の「公表」とは、「多数の者の知り得る状態に置く」こと又は有価証券届出書等の書類が「公衆の縦覧に供された」ことをいいます。
例えば、複数の報道機関に重要事実を公開して12時間が経過した場合や、重要事実が証券取引所のHP(適時開示情報閲覧サービス)に掲載された場合などをいいます。
公表された後ならば、株を売買してもインサイダー取引には該当しません。
但し、当該会社のホームページに重要事実が掲載されても、「公表」には該当せず、インサイダー規制も解除されません。会社のホームページに載ったから売買してもよいだろう、と安易に考えないことです。
④どのように(取引行為)
インサイダー取引規制は、重要事実を知ってこれが公開される前に、当該上場会社等の株券等の「売買等」をすることを規制しています。
「儲けよう」とか「損失を回避しよう」とかいった目的の有無を問いません。「未公表の重要事実を知って売買」すれば、インサイダー取引として扱われます。
また、自分で株を売買する場合だけでなく、「他人を儲けさせたり損失を回避する目的」で「重要事実」を伝えたり取引を勧めたりする情報伝達行為そのものも禁止されています。
以上の4要件を満たす行為等が、インサイダー取引として規制されます。
以下では、具体例を示します。
(ケース1)
会社関係者が軽はずみに重要事実を家族・友人等に漏らしてしまって、家族・友人等が株の売買をすると、家族や友人等がした売買もインサイダー取引になってしまいます。家族・友人等が「情報受領者」になってしまうためです。「家族・友人を儲けさせよう」といった意図の有無を問いません。
(参考事例)
監視委、パナソニック社員と大和ハウス元社員らに課徴金勧告|日本経済新聞
(ケース2)
会社関係者が、取引先や知人などに「まだ内緒ですが、うちの会社で今度画期的な新製品を発売します。今のうちに株を買っておいたら儲かりますよ。」等とサービスのつもりで重要事実を伝えて、相手方がその気になって株を買うような場合です。
相手方の行為はインサイダー取引そのものですが、伝達した本人自身も、未公表の重要事実の伝達行為をした、として処罰されます。
(2)インサイダー取引は犯罪!
インサイダー取引は犯罪です。
会社関係者等が、まだ世間に公表されていない重要事実を知って株の売買をすれば、一般の投資家が知らないうちに、株の売買で儲けたり、損失を回避したりできます。そんなことがあると、一般の投資家は株の取引で著しく不利になる、つまり不平等ということはお分かりいただけると思います。
インサイダー取引を規制することで、証券市場の公正性と健全性に対する一般投資家の信頼を確保することができるのです。
罰則等として、以下のものがあります。
①刑事罰(金融商品取引法第197条の2第13号、同198条の2第1項1号、207条1項2号)
- 5年以下の懲役もしくは500万円以下の罰金又はこれらの併科
- 財産の没収
例:買付代金200万円→(株価急騰)→売付代金300万円
利益は100万円だが、没収されるのは300万円
- 法人について5億円以下の罰金(法人の役職員などが法人の業務等に関してインサイダー取引を行った場合:両罰規定)
②行政上の措置(課徴金)(金融商品取引法175条、175条の2)
課徴金・・・利益相当額の納付
証券取引等監視委員会の勧告に基づき、金融庁が決定します。
計算の仕方は「実際の買付代金と公表後2週間の最高値」「実際の売付代金・最安値の差額」などとされます。
③その他の制裁
インサイダー取引違反者は、氏名等を公表される場合があります(金融商品取引法192条の2)。
また、法律上の制裁ではありませんが、社内での懲戒処分、勤務先の対外的な信用失墜など、影響は計り知れないほど大きなものとなります。
信用失墜の事例としては、以下の事件が分かりやすいでしょう。
【日本商事事件】
日本商事は、医薬品の卸や製造を行っていた大阪2部上場の会社でした。新薬ユースビル錠の開発に成功し、販売を開始。1,000円程度だった同社の株価は、3,000円程度まで急騰します。ところが、その薬には重篤な副作用があり、数人の死者が出ました。この事実が公表されると株価が大幅に下落することが予想されました。これを恐れて、同社関係者らは、副作用の事実公表前に自分が保有していた同社株を売却しました。
その後、副作用の事実が公表され、株価は大幅下落。同社関係者の株売買の事実も判明しました。自社の薬による死者発生という悲惨な事故がありながら、同社関係者らは、自分たちだけが知っていた情報で同社株を高値で売り抜けていたのです。社会から大きな批判を浴びることになります。
2、上場会社の従業員がインサイダー取引に関して注意すべき基本のこと
(1)持株会に入っている場合の自社株売却
持株会での株式購入そのものは毎月、同じ時期に同じ金額を継続的に買い付けるものであり、未公表の重要事実を知っていてもインサイダー規制がかかりません。
しかし、持株会から株を引き出して売却する場合には通常の売買と同様にインサイダー規制の対象になります。重要事実の公表前に売ってしまうとインサイダー取引に該当します。
「退職したので、持株会でためていた株を売却して、老後の資金を作ろう。」と考える人も多いかもしれません。前日の通り退職後1年以内は「元会社関係者」として、インサイダー取引の規制対象になります。
では「自分は未公表の重要事実など知らないから、売却しても構わないだろう。」というケースはどうでしょうか。この場合でも、持株会の株を売却するのは、退職後1年経ってからにするのが無難でしょう。現実に重要事実が発生していた場合に嫌疑をかけられた際、「重要な事実を知りませんでした。」と主張するのは簡単ではないからです。
多くの上場会社では、特定の時期において自社株の売買を禁止していることがよく見受けられます。インサイダー取引やその疑いのある行為をあらかじめ規制しておく、という趣旨です。
(2)重要事実を外部に流す・取引を勧める
会社の株価に影響を与えるような重要事実をまだ公表されていないうちに外部に流すこと及び取引を勧めることは注意が必要です。
以前は、「情報を流す」「取引を勧める」こと自体への行為規制はありませんでした。あくまでも株式を売買することが規制されていたのです。
しかし、過去のインサイダー取引規制に関する事件で、この規制では不十分だということが発覚します。
そこで、金融商品取引法が改正されました。
こうして、他人を儲けさせたり損失を回避する「目的」で重要事実を伝えたり取引を勧めたりして、その他人が売買を行うと、その情報伝達行為そのものが処罰対象とされるようになりました。
(3)上場企業勤務の方に課せられる厳格な責任
上場企業に勤めている人ならば、自社の情報管理について厳格な責任を負っているのです。
このようなことから、上場企業においてはインサイダー取引について従業員研修がなされるのです。もしなされていない上場企業があれば、ぜひ弁護士にご相談ください。従業員への周知徹底について、お手伝いさせていただきます。
情報伝達方法に限定もないため、SNS などで軽はずみな会社情報の発言にも注意が必要です。
「ねえ、聞いて、聞いて!今度うちの会社で新製品を出すのよ。公表するのはもう少し先。すごい商品だから楽しみにしていてね。」
「大変、うちの会社でこんなトラブルがあったみたい。大事件になりそう。会社がつぶれるかもしれない。どうしよう・・。」
アクセス数が増えそうですね。しかしこれを見た人聴いた人は「情報受領者」になってしまう危険があります。あなたの不用意なSNS情報発信が多くの人を犯罪に巻き込みかねないのです。
3、インサイダー取引は会社に発覚するの?バレないだろうは大間違い!
日本取引所自主規制法人では、インサイダー取引が行われていないかチェックするため、重要事実)が公表された全ての銘柄を対象に、その売買動向等を日々分析しています。
そして、インサイダー取引と疑われる取引については全て証券取引等監視委員会に報告しています。
こうした取組みを「売買審査」といい、重要事実が公表された銘柄を幅広く抽出して、投資者の属性情報や売買状況等の詳細な分析を行い、インサイダー取引と疑われる取引を絞り込んでいます。
ここまで調べるのか、と驚くほど徹底したものです。証券取引等監視委員会の調査では、行為者が次のような思い込みをしているのではないかと注意を喚起しています。
- 膨大な取引が行われており自分の取引は見つからないだろう、
- 自己名義口座では取引できなくても、他人名義口座を利用すれば大丈夫だろうとの誤解
- 自分は取引できなくても、親しい友人には儲けさせてあげたいとの思惑
※近時のインサイダー取引事例についてはこちらをご参照ください。
金融商品取引法における課徴金事例集(証券取引等監視委員会事務局サイト)
4、会社にインサイダー取引がバレたらどうなるか
(1)課徴金が科される。
最近では、毎年20件から40件程度、課徴金は合計数千万円程度です。
(2)刑事罰が科される。
証券取引等監視委員会がインサイダー取引の疑いのある事件を調査して、違法の立証が可能と判断した場合、これを検察庁に告発することで立件されます。告発後の処理は、一般の刑事手続と同様です。
刑事手続きが進むと、前述の通り5年以下の懲役もしくは500万円以下の罰金の刑罰が課される可能性があります。
(3)会社から処分される
インサイダー取引が判明した場合、懲戒解雇などの厳しい処分を受けるのが通常です。小遣い稼ぎのつもりで安直にインサイダー取引に手を染めて、一生を棒に振った人が少なからずいます。
(4)会社自身の信用失墜
会社自身が対外的な信用を失墜します。社長など経営者が辞任に追い込まれた事件も少なくありません。
5、インサイダー取引規制を知らなかった場合は?
インサイダー取引規制のような細かい法律を知る機会など、普通はあまりありません。
しかし、どんな法律であっても、「そんな法律知らなかった」という言い訳は通用しません。
そのため、上場企業であれば、企業をあげて従業員にインサイダー取引規制に関する仕組みの周知徹底がなされるべきです。
しかし、経営者の中にはそこが二の次になっている方もいることでしょう。
もしこの記事をご覧の方の中に「うちの会社はそんな研修していない」という方がいれば、弁護士に相談してみましょう。企業法務、リスク管理やコンプライアンスに精通する弁護士であれば、インサイダー取引だけでなく反社会的勢力との関係や内部通報制度など、会社で必要とされるコンプライアンス体制を共に考えてくれるはずです。
6、インサイダー取引で困った場合は弁護士へ相談を
インサイダー取引については、知らずにうっかりやってしまう、というケースも見受けられます。
判明しないだろうと放置していると、あなた自身も、また家族・友人・知人・取引先もインサイダー取引規制に違反することになりかねません。疑問点があれば、すぐに弁護士に相談してください。
まとめ
インサイダー取引は重大な犯罪です。しかも、情報の不用意な取り扱いから、ご自身や周囲の人を犯罪に巻き込みかねないのです。
上場会社に勤務する人なら、情報管理については、厳しい覚悟が必要です。
会社の中でも研修などでしっかりとした知識を習得し、情報管理の基本動作から徹底することが必要です。この記事がそのためにお役に立てれば幸いです。