最低賃金法とは、どのような法律なのだろう……。労働者に、どのように関わってくる法律なのだろう……。
勤め先から支払われる給与は、「最低賃金法」によって保障されています。「給料がどうも少なすぎる」と感じたなら、もしかすると使用者が「法令違反」をしているかもしれません。不満を持ったまま何も対処せずにいると、本来得られるはずの収入分が、刻一刻と損失に代わってしまいます。あなたがやっと行動する気になったときには、本来得られたはずの収入分が時効消滅し請求できなくなる可能性もあるでしょう。
もし、上記のような不満に心当たりがあるのなら、今すぐ「最低賃金法」の仕組みと保障される賃金を確認してみましょう。
本記事では、最低賃金法の概要について解説したうえで、
- 最低賃金の調べ方
- 最低賃金法が適用される範囲
- 給与が最低賃金額以上であるか確認する方法
について、ベリーベスト法律事務所の弁護士が解説します。
あわせて、
- 最低賃金法違反の罰則
- 最低賃金を巡る3つの問題点
- 最低賃金が支払われていない場合の対応方法
についても紹介します。
この記事が、最低賃金法を理解したいという労働者の参考になれば幸いです。
目次
1、最低賃金法とは
(1)最低賃金法の概要
最低賃金法とは、会社や自営業者などに対し、労働者へ所定額以上の賃金を支払うよう使用者に義務付ける法律です(最低賃金法第4条)。仮に、労働者が最低賃金を下回る賃金に同意していたとしても、法律上の効力を持ちません。
以上の基礎知識を押さえた上で、最低賃金に関する詳しい規定を確認してみましょう。
(2)最低賃金の種類
国によって定められる最低賃金は、「地域別最低賃金」と「特定最低賃金」の2種類です。
各労働者においては、どちらか水準が高い方を適用しなければなりません(最低賃金法第6条)。それぞれの概要は、以下の通りです。
①地域別最低賃金
「地域別最低賃金」とは、その名が指すように、都道府県別に定められる最低賃金です。
金額の決定にあたっては、その地域で暮らすために必要な支出額や、地域で事業を営む個人・法人の賃金支払能力が考慮されます(最低賃金法第9条2項)。
「健康で文化的な最低限度の生活」を営むことができるよう、生活保護にかかる施策との整合性が考えられている点にも、特色があります(最低賃金法第9条3項)。
②特定最低賃金
「特定最低賃金」とは、特定の地域かつ特定の産業ごとに定められた最低賃金です。
自治体や政府のホームページでは、「産業別最低賃金」と表記されることもあります。
特定最低賃金が、地域別最低賃金とは別に定められる理由は、「地域ごとの産業需要や業務内容の難しさを特別に考慮する必要性がある」と考えられているからです。
以上のことより、特定最低賃金は、地域別最低賃金に比べて高い水準となるのが特徴です。
特定最低賃金の定めがある産業は、令和2年9月1日までに全国で228件に及んでいます。
2、最低賃金の調べ方
最低賃金において最も気になるのは、「自分の働く地域や職種に対し、具体的にどのくらいの賃金が保障されているのか」でしょう。
個別の最低賃金は、厚生労働省ホームページで確認できます。
- 地域別最低賃金:地域別最低賃金の全国一覧
- 特定最低賃金:特定最低賃金の全国一覧(※)
(※)地域ごとではなく全国統一で定められる産業については、「全国設定の特定最低賃金」から確認できます。2021年7月時点で全国設定がある産業は、非金属鉱業のみです。
勤め先の支払う賃金が最低賃金法に反していないか個別に確認するうえでは、さらにいくつかの前提知識が必要です。
次章において前提知識に触れてから、給与が最低賃金以上か調べる方法を解説します。
3、最低賃金法が適用される範囲
本章では、勤務先が最低賃金法に反していないか確認するための前提知識として、
- 最低賃金法が適用される労働者の範囲
- 最低賃金法が適用される給与の範囲
について解説します。
(1)最低賃金法が適用される労働者の範囲
最低賃金の理解のために押さえたい前提知識の1つは、原則として全ての労働者に適用される点です。
本項では、基本事項として、「各種最低賃金の適用範囲」を解説したうえで、試用期間中の方や障害者雇用枠で働く方の扱いにも触れます。
①地域別最低賃金の適用範囲
地域別最低賃金は、産業や職種にかかわりなく、都道府県内の事業場で働くすべての労働者とその使用者に適用されます。
適用に関して、雇用形態にはこだわりません(最低賃金法第2条・労働基準法第9条)。
- パート・アルバイト
- 臨時雇用・嘱託雇用
- 外国人労働者・技能実習生
- 障害者雇用
②特定最低賃金の適用範囲
特定最低賃金は、「特定地域内かつ、特定の産業の基幹的労働者とその使用者」に適用されます。
適用については、地域別最低賃金と同様に、雇用形態や国籍にはこだわりません。
ただし、以下の人に関しては、特定最低賃金ではなく「地域別最低賃金」が適用されます。
- 18歳未満または65歳以上の人
- 働き出してから一定期間内(※)で技能習得中の人
- 当該産業に特有の軽易な業務に従事する人
(※)地域・産業によるものの、多くの場合は「3か月以内」とされています。
③最低賃金の適用除外となる労働者の範囲
例外として、下記いずれかにあたる労働者は、最低賃金を減額しても良いとされています(最低賃金法第7条・最低賃金法施行規則第3条2項)。
- 精神または身体の障害により著しく労働能力の低い人
- 試用期間中の労働者
- 認定職業訓練中の人
- 軽易な業務に従事する人
- 断続的労働に従事する人
注意したいのは、最低賃金を減額するのであれば、使用者が事前に都道府県労働局長の許可を得ていなければならない点です。
障害があったり下働きだったりするからといって、「最低賃金未満の給与しかもらえなくても仕方ないのかな……」と納得してしまってはいけません。
実のところ、「減額特例のための届出がなく、法令違反となっている」という可能性は捨てきれないのです。
(2)最低賃金法が適用される給与の範囲
自分の給与が最低賃金以上か確認する前に、給与明細のうち、どの部分が法律の適用範囲か理解しておきましょう。
法令によれば、下記で挙げるものは、最低賃金法の適用対象外です(法4条3項各号・施行規則1条1項・同施行規則2項)。
上記を除く他の支払分は、すべて所定額以上の保障対象となります。
- 臨時に支払われる賃金(結婚手当など)
- 1カ月を超える期間ごとに支払われる賃金(賞与など)
- 所定労働時間を超える時間の労働に対する賃金(時間外割増賃金など)
- 所定労働日以外の日の労働に対する賃金(休日割増賃金など)
- 午後10時~午前5時の労働に対する賃金のうち、通常の労働時間の賃金の計算額を超える部分
- 精皆勤手当・通勤手当・家族手当
4、最低賃金を巡る3つの問題点
日本の最低賃金法には、現状さまざまな問題点があります。
「転職しても給料が増えない、業務内容に対して十分な給与が支払われていない……」と悩む人は少なくありません。
日本の賃金制度が抱える問題・課題は、以下のとおりです。
- 諸外国にはない地域格差
- 実質賃金指数の低迷
- ギグワーカーが保護の対象にならないこと
それぞれについて、詳しく解説します。
(1)諸外国にはない地域格差
第1の問題点は、最低賃金の地域格差です。他の先進国にはあまり例が見られない、日本独特といってもよい問題点です。
地域格差については、決して小さいとは言えません。例えば、令和2年度の最高額(東京都)と最低額(7県)の金額差は221円、最高額に対する最低額の割合は78.2%です。
上記の格差は、人々の地域間移動を難しくしているのではないかと考えられ、東京に人口が一極集中する傾向をなくす方法の1つとして、検討されています。
参考:中央最低賃金審議会(目安制度の在り方に関する全員協議会)第1回資料
(2)実質賃金指数の低迷
第2の問題点として、最低賃金と絡み、日本の賃金水準の低さが挙げられるでしょう。
賃金水準にモノを買える力を加味した「実質賃金指数」の統計によれば、1997年から2016年までに欧米諸国は、100前後から115~138へと上昇しています。
一方、日本は89.7へと下降しています(全労連資料)。コロナ禍の2020年の最低賃金引上げ率についても、他の先進国が軒並み+1%程度の確保です。
一方で、日本は+0.1%に留まっています(先述の中央最低賃金審議会資料より)。
ただ、令和3年7月16日の厚労省審議会で、全国統一で最低賃金を28円(+3.1%)引き上げる過去最高の改定が行われています。
上記改定により、やがては実質賃金指数が上昇し、「生活が少し豊かになった」との実感を高めると期待できるでしょう。
(3)ギグワーカーが保護の対象にならないこと
最近出てきた問題として、雇用契約を結ばず場所と時間に制約されない「ギグワーカー」に関する問題があります。典型的な例は、アプリから連絡を受けて、自転車や原付で出前を配達する職業です。
ギグワーカーはフリーランス扱いとなるため、最低賃金法の保護対象にはなりません。地域の暮らしで必要とする生計費が稼げなくても、会社が保護してくれるわけではないのです。
しかし、米国ではギグワーカーを「従業員」として扱い、最低賃金補償などの安全網を整備する動きが出ています。日本ではあまり議論が進まないものの、今後米国に追従して最低賃金法の範囲が拡大されれば、働き方の幅も広がるでしょう。
参考:「ギグワーカーに安全網、ウーバー運転手は従業員」(日経電子版)
5、給与が最低賃金額以上であるか確認する方法
前章で解説した「事前知識」を押さえたうえで、厚生労働省公式サイトで紹介されている下記式を使い、自身の給与と適用される最低賃金を比較してみましょう。
基本的には、「時間あたりの給与」で比較すると分かりやすくなります。
賃金体系 | 最低賃金額(時間給)との比較対象 |
①時間給制 | 時間給 |
②日給制 | 日給÷1日の所定労働時間(※) |
③月給制 | 月給÷1箇月平均所定労働時間 |
④出来高払制や請負制で定められたもの | 賃金の総額÷総労働時間 |
⑤上記①~④の組み合わせの場合 | 賃金体系別にそれぞれ①~④の方法で時間給を出し、合算 |
(※)日額が定められている特定最低賃金の場合、時間給ではなく日額で適用される最低賃金と比較する
6、最低賃金法違反の罰則
万が一、無届で最低賃金以下の給与しか支払われていなかった場合、勤め先は法令により罰せられます。
なお、罰則は以下のように2種類に分かれます。
種類 | 罰則 |
地域別最低賃金以上の賃金を 支払わなかった場合 | 50万円以下の罰金 (最低賃金法第40条) |
特定最低賃金以上の賃金を 支払わなかった場合 | 30万円以下の罰金 (労働基準法第120条1号) |
※労働基準法で定める賃金全額払いの原則(労働基準法第24条1項)に反するものとして、同法の罰則が適用されます。
7、最低賃金が支払われていない場合の対応方法
ここまでの解説で、「最低賃金が支払われていない」場合は、勤務先所在地を管轄する労働基準監督署に相談しましょう。
最低賃金がきちんと支払われているか確認するのは、労働基準監督署長及び労働基準監督官です(最低賃金法第31条)。
本章では、
- 労基署への相談者として心がけたいこと(準備書類・請求方法)
- 労基署に対処してもらえる内容 など
について解説します。
(1)相談前に準備したい書類
労基署への相談の際は、勤務先が最低賃金法に違反している根拠として、以下の書類を手元でまとめておくとベストです。
十分な証拠が揃っていれば、それだけ実効力のある対処をしてくれる確率があがります。
- 給与明細(出来るだけ長期間用意するのがベター)
- タイムカード(時給計算のための資料となる)
- 雇用契約書・就業規則(賃金体系の証明となる)
- 会社と交渉した時の録音 など
(2)未払い賃金の請求方法
違法な低賃金で働かされていた人としては、勤務先に対するペナルティより、今まで支払われなかった分の給与の補償を望むのではないのでしょうか。
結論として、最低賃金と実際に支払われてきた賃金との差は、過去にさかのぼり未払い賃金として請求できます。
まずは、今までの給与明細から未払い賃金の総額を計算し、会社との話し合いで支払うよう求める対応を試みましょう。
最も重要なのは、賃金請求権の消滅時効(※)を意識し、内容文書の記録により時効完成を阻止できる「内容証明郵便」で請求の意思を伝えることです。
(※)消滅時効について
ある権利について、一定の時間が経てば消滅するとする制度です。
労働者の賃金請求権については、当分の間は「賃金支払い期日から3年」となりますが(将来的には、「賃金支払い期日から5年」となる予定です(労働基準法第115条))、未払い賃金を請求する権利もこれにかかります。
補足すると、令和2年4月1日の労働基準法改正までは2年と定められていました。
ただ、法令違反を犯す使用者である以上、労働者の請求に誠実に対応してくれる望みはありません。請求する意思を伝えても支払ってくれない、あるいは冷静に話し合えそうにない場合は、以下のような裁判手続を始めなくてはなりません。
手続の種類 | メリット | デメリット |
少額訴訟 | 迅速性大 (原則1回の期日で終了) | 訴額60万円までのケースしか利用できない |
労働審判 | 訴訟に比べてスピーディ (原則3回の期日で終了) | 付加金の請求は難しい |
訴訟 | 付加金を含めた最大額を獲得できる可能性がある | 時間がかかる (通常半年~1年程度) |
裁判手続まで進まなくても、労働者が持っている資料に基づき、弁護士による交渉であっさりと未払い賃金が支払われることもあります。自分で問題解決しようとすると余計に問題が複雑になる可能性も踏まえて、弁護士に対応を任せることがベターです。
(3)労働基準監督署が取ってくれる対応
労働基準監督署は、最低賃金が支払われない問題について、最低賃金法32条・33条に基づく下記の厳しい対応が取れます。
対応の中で違反が認められた場合は、厚生労働省の「労働基準関係法令違反に係る公表事案」、いわゆるブラックリストに勤務先が掲載されます。
- 使用者の事業場への立ち入り
- 帳簿書類その他の物件の検査
- 関係者への質問
- 捜査・逮捕・差押え・検察官への送致
まとめ
最低賃金法違反は、例え労働者の同意があっても許されません。「給料がどうも少なすぎる」と感じたら、地域または産業別に定められる最低賃金を確認してみましょう。給与明細を元に法律の保障範囲を確認してみたうえで、もし最低限支払われるべき額を下回っているようであれば、然るべき対応が必要です。
ただ、いざ問題に直面してみると、多くの人は頭を抱えます。杓子定規に労基署に通報するなどの対応をとっても、すぐに解決するとはいえません。通報者が特定されるなどして、勤め先の反発を招く可能性もあります。「賃金を上げてもらう」「未払い賃金を払ってもらう」といった解決にたどり着くには、相手方の出方を見ながら臨機応変に対応しなければなりません。