痴漢で無実の罪を疑われたとき、あなたならどのように対処しますか?
痴漢を疑われた男性が線路に飛び降りて逃走し、電車にはねられて亡くなる事件が起きています。痴漢行為をはたらいたか否かの厳密な確認をおこなう前に、疑われた男性が線路に逃亡するケースは少なくないようです。
このようなことが起こる原因として、痴漢の疑いをかけられた際は逃走すべきといった趣旨の対処法がメディアで紹介されているようなこともあり、実際に逃走する男性が続出しているのではないかと指摘もされています。
男性が、やってもいない痴漢の疑いをかけられたときに、逃走するということは対処法として正解なのでしょうか。また、痴漢の被害にあった女性は自分を守るためにどのように行動すべきなのでしょうか。刑事弁護に積極的に取り組んでいるベリーベスト法律事務所の弁護士が説明します。
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1、男性が無実の罪で痴漢の疑いをかけられた場合の対処法
結論からお話すると、次の3点が重要です。
- 無実であることを伝える
- 後日の話し合いには応じることを約束し、名刺等の連絡先を、被害者か駅員等の施設管理者に渡す
- 穏便に立ち去る
それぞれの注意点と趣旨について説明します。
まず、1点目ですが、無実であることを伝える際に気を付けなければならないのは、立ち去る機会を逸しないよう手短に伝えるということです。被害者や周囲の人とのあいだで押し問答になってしまいますと、立ち去る機会を逃すことになります。
かといって、無実であることを伝えずにいきなり立ち去ると、被害者にも周囲の人にも「犯人が逃走した」と判断されてしまう可能性があります。犯人だと判断されると捕らえられてしまい、立ち去ることを許してもらえないでしょう。
次に、2点目の趣旨についてです。連絡先を渡して改めて話し合いに応じるのであれば、その場で白黒はっきりさせた方がよいと思われるかもしれません。たしかに、その場で潔白を証明し被害者に理解してもらえるのであれば、そうすべきです。
しかし、やっていないことの証明(消極的事実の証明)は弁護士業界において“悪魔の証明”ともいわれ、立証がただでさえ困難です。しかも、被害に遭い感情が高ぶっているさなかの相手に理解してもらうことは更に難しくなるでしょう。さらに、その場に留まっていると現行犯逮捕されるおそれがあります。
逮捕されると、起訴するかどうかを検察が決めるまでの間、逮捕と勾留とを併せて、最大23日間に渡って身柄を拘束される可能性があります。もちろん、起訴されてしまうと、更に勾留が続く可能性もあります。
通常の逮捕の場合は、裁判官が発付する逮捕令状が必要です。逮捕令状は、「被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がある」(刑事訴訟法199条2項)かなど、裁判官が要件を審査したうえで発付されます。
しかし現行犯の場合は、このような裁判官の審査がなく、一般人でも逮捕することができるため、無実の罪による逮捕の危険性が高まります。無実の罪での現行犯逮捕を避けるためにも、被害者に冷静になってもらうためにも、連絡先を渡して話し合いを別の機会に設けることは有用なのです。
そして、3点目として、あくまで「穏便に」立ち去ることが重要です。線路に飛び降りるなど、無理に逃亡を図ると冒頭の事件のように自分の身が危険ですし、被害者や周囲の人に怪我をさせてしまったり、立ち入ってはいけない場所に立ち入ってしまって不法侵入等の罪に問われる可能性があります。また、逃走を図ったという事実は、裁判官の心証を悪くし、後々不利にはたらくおそれもあります。
被害者や周囲の人から立ち去ることを制止された場合は、実力で制止を振り切るようなことは避けるべきです。連絡先を渡し、逃げも隠れもしないことを伝えて、あくまで“穏便に立ち去る”ことができるようにはたらきかけるとよいでしょう。
2、痴漢の被害に遭った場合の対処法
お話が男性寄りのものになってしまいましたね。実際に被害に逢うのは女性です。次は、自身の身を守るため、犯人を野放しにしないためにも、被害に遭った女性はどのように行動すべきか、ご説明します。
被疑者が無実を主張し、偽りのない連絡先を渡したうえで立ち去ろうとしている場合は、絶対的な確信がない限り、これを実力で制止することは避けたほうがよいでしょう。
男性ばかりを擁護するわけではありませんが、100%の確証がないうえで現行犯逮捕がおこなわれた場合、被疑者の恨みを買うばかりか、後々後悔の念を抱くことになります。被疑者が無実であった場合でも、男性から女性への損害賠償請求が認められることは、可能性としては高くありません。しかし、そのときあなたは被疑者に対してどのような償いができるでしょうか。
もちろん、冤罪ではない可能性も十分にあります。連絡先を正確に把握するためにも、渡してきた連絡先に偽りがないか、名刺だけなく、免許証等の身分証の提示を求めて裏付けをとるとよいでしょう。まさに痴漢しているところを自分の眼で見たというような場合以外は、冤罪の可能性も頭に入れつつ、行動すべきです。
反対に、痴漢行為をされている最中に犯人の手を掴んだとか、自分の目で痴漢行為を確認したといった、疑いようのない事情がある場合に、犯人が立ち去ることによって、逃亡や証拠隠滅のおそれがあるときは、周囲の人や施設管理者の協力を得るなどして、現行犯で逮捕するとよいでしょう。立ち去られてしまうと、被疑者の手に付着した繊維くず等の証拠が消失しまい、後から立証することが難しくなる可能性があります。
痴漢は、女性の尊厳を踏みにじる卑劣な行為です。犯人は法律に基づいた処分を受けるべきです。しかし、罪なき男性もまた冤罪の恐怖におびえているというのも事実。犯行の現場に居合わせた人たちにとって、冷静に対処することは難しいかもしれません。それでも、正しい対処法を理解しておけば急な場面でも対応できることがあります。いつか日本から痴漢が撲滅される日を願っています。