無罪判決とはどのような場合に言い渡されるのでしょうか。
2019年9月19日、東京地方裁判所にて、東京電力の元経営陣3人に対し、無罪判決が言い渡されました。東日本大震災の時に発生した津波の影響により、福島第一原発の原子炉から放射性物質が流れ出し、多くの人たちが非難を余儀なくされ、災害関連死は1000名を超えています。津波への対策不足に過失が存在するかが争われた業務上過失致死傷罪事件です。
この事件では、過失の証明がないとして無罪となりました。
証明がないとは?
そもそもどういう場合には無罪となるのか?
日本の刑事裁判では無罪判決を獲得することが難しいと言われていますが、無罪となることもあります。無罪判決の中には、納得いかない思いをする人が多い無罪判決もあることでしょう。
そこで、この記事では、
- どんな場合に無罪判決が言い渡されるのか
無罪判決の基本事項を中心にご説明していきたいと思います。この記事が皆さまのお役に立てれば幸いです。
刑事事件と民事事件の違いについて知りたい方は、以下の記事をご覧ください。
目次
1、無罪について知る前に|日本の刑事裁判の有罪率は99%?
平成30年度司法統計によると、平成30年度に第一審にあたる地方裁判所にて有罪判決を受けた方は4万8507人、無罪判決を受けた方は105人でした。
そして、有罪判決を受けた方(4万8507人)を裁判総数(4万8612人)で割ると、約99.78%の有罪率が導かれます。これが有罪率99%と言われる所以です。
2、どんな場合に無罪となる?
残る約0.22%が無罪ということになりますが、どんな場合なのでしょうか?
まず、刑事訴訟法336条には、無罪判決の要件について次のように規定されています。
被告事件が罪とならないとき、又は被告事件について犯罪の証明がないときは、判決で無罪の言渡しをしなければならない。
つまり、
- 被告事件が罪とならないとき
- 被告事件について犯罪の証明がないとき
の2つの場合に無罪となるわけです。
(1)事件が罪とならないとき
そもそも、罪となるとはどういうことなのかを理解していなければ、罪とならないときのことはわかりません。
そこで、罪となることを判断するプロセスを解説します。
①犯罪は法律に定められている
犯罪とは、構成要件つまりは法律によって定められた悪しき行為(違法かつ有責な行為)を行うことを言います。人を殺す、盗むと言った犯罪となる行為は法律によって規定されています。
そして、行為だけでなく、結果について法律に規定されている犯罪もあります。
「傷害罪」を例にすると、「ナイフで刺した」(悪しき行為)から「傷を負った」(結果)というように、怪我をさせたという結果が発生しなければ傷害罪にはなりません。
そして、当然のことのようですが結果は悪しき行為によるものでなければなりません(因果関係)。
②故意または過失の存在
悪しき行為には、やってはいけないと認識していながらやってしまった犯罪(故意犯)と結果を避けなければいけない義務を果たさなかった犯罪(過失犯)の二つがあります。
ほとんどの犯罪は故意犯を基本としていて、過失犯は限定的であり、法律に定められていない場合は当然に罪になりません。
窃盗罪を例にとると、他人の傘を盗んだことは犯罪ですが、過失犯の定めは無いため間違えて他人の傘を持って帰ってきてしまったなどの場合は、間違って持って帰ってはいけない義務に違反しているので過失はありますが犯罪にはなりません。
③違法性がある
人を殺す行為は原則的に悪しき行為ですから違法です。しかし、どんな場合でも許されないことでしょうか?相手が襲ってきたから刺してしまった場合(正当防衛)、死刑囚を死刑にした場合や死ぬ可能性が極めて高い手術をして殺してしまった場合(正当行為)では、違法性があるとは言えません。
このように、原則的に悪しき行為に該当するとしても、例外的に違法ではない場合(違法性阻却)には犯罪は成立しません。
④非難するべきケースである
たとえば、ある人が殺されそうになっている子供を助けようとして、襲っている人を傷つけてしまったとします。しかし、実は襲っている人はゲリラ的に行っていた映画の俳優さんだったらどうでしょうか?本当は襲っていないわけですから、正当防衛や正当行為として違法性を阻却することにはなりません。
しかし、紛らわしいことをしていたことに気づけなかった人を常に避難できるでしょうか。
このように、非難できないケースでは(責任阻却)犯罪は成立しません。
(2)事件について犯罪の証明がないとき
疑わしきは罰せずという刑事裁判の鉄則をご存知でしょうか?犯罪の証明が無ければ無罪となるのです。
そして、犯罪を行ったことは証拠によって証明されなければなりません(証拠裁判主義)。検察官が証拠によって犯罪を証明できなければ無罪となるのです。
どれだけ怪しい人であっても、犯罪の証明がなければ無罪なのです。
3、裁判例で見る「無罪」の理由
(1)殺人罪【平成31年4月24日 東京高等裁判所】
平成20年10月8日、覚せい剤精神病に罹患していた女性が、隣室に家事手伝いに来ていた女性の胸などをペティナイフで突き刺し、女性を死亡させたという事案です。
覚せい剤精神病に罹患していることから、責任能力についての証明が重要になってきます。
地方裁判所の第1審判決では、心神耗弱により有罪という判決でしたが、第2審では、被告人が心神喪失であった余地があり、心神耗弱としたことについての証明が不十分であるとして「無罪」としています。
※心神耗弱とは、通常よりも非難はできないが、全く非難できない状態ではないことであり、心神喪失とは全く非難できない状態をいいます。
(2)痴漢【平成28年6月20日 神戸地方裁判所】
平成26年12月2日、神戸市内を走行中のバス内で、男性が、左隣に座っていた女性の右大腿部をタイツの上から触った(痴漢)、という事案です。
裁判所は、男性が痴漢をしたと断定するには合理的な疑いが残り、痴漢の事実について「犯罪の証明がない」として男性を「無罪」としています。
一般に、性犯罪においては被害者の供述(証言)が、検察官の立証の柱となる証拠です。
そこで、裁判所は、被害者の証言の信用性につき検討し、結果として、被害者証言の信用性には疑いを入れる余地がある→被害者の証言では犯罪の証明は十分ではなく、他の証拠による証明がない以上、犯罪の証明がないと結論づけているのです。
(3)実子に対する性犯罪【平成31年3月28日 静岡地方裁判所】
平成31年3月28日、静岡地方裁判所では、自宅で実子(犯行当時12歳)と性交した件で旧強姦罪(刑法177条)に問われた男性に対し、無罪判決が言い渡されています。
裁判所は、(男性から性交の被害を受けたという)被害者の証言はあまりに不合理で、性交の事実について「犯罪の証明がない(「行為」の証明がない)」として男性を「無罪」としています。
裁判所は、被害者の証言を不合理と結論付けた理由として、被害現場(自宅寝室)の隣で寝ていた家族が誰一人として物音や被害者の抵抗するような声に気づかなかったと証言していること、家族が気づきながらこれを隠したという事情も認められないこと、を挙げています。
親子間の性犯罪は、子供が18歳未満であれば、2017年からは「監護者性交等罪」が適用される場面ですが、この事件では当時この罪がなかった時代であったため(旧)強姦罪での立件となりました。
4、無罪の誤解
日本語では、有罪無罪という言い方をします。英語では有罪と有罪ではないという言い方をします。
日本語の無罪という言葉からは、やっていないことを証明できなければ有罪であるように誤解する人も生じかねません。
「やっていないなら、やっていないことを証明して見ろ」という言い方を耳にすることがありますが、これは悪魔の証明と言われているように本質的には不可能をおしつけるものなのです。
5、無罪判決を受けた場合の補償制度
無罪判決を受けた場合は、国から金銭の補償を受けることができる制度が設けられています。
以下、制度内容について簡単にまとめました。
(1)刑事補償請求(刑事補償法)
① 請求できる人
逮捕、勾留された人、再審などの手続きで無罪判決を受けた人などです。
当初から身柄拘束を受けていない方は請求できませんが、一度でも、身柄拘束を受けた人(拘束後釈放された人)であれば請求することができます。
② 請求できる期間
裁判が確定した日から3年以内です。
ここで「確定」」とは、不服申し立て(控訴、上告)を行えなくなった状態をいいます。
③ 補償金額
1日あたり「1000円以上12500円以下」です。
具体的な金額は申し立てを受けた裁判所が決定します。裁判所は、身柄拘束の種類、期間の長短、本人が受けた財産上の損失、得るはずであった利益の喪失、精神上の苦痛、身体上の損傷、警察、検察、裁判所の各機関の故意過失の有無その他一切の事情を考慮して金額を決めます。
④ 請求手続
無罪判決を言い渡した裁判所に「刑事補償請求書」という書面を提出します。請求は代理人(弁護人など)によってもすることが可能です。
(2)費用補償請求(刑事補償法188条の2など)
① 請求できる人
被告人であった人。(1)と異なり身柄を拘束されていたかどうかを問いません。
② 請求できる期間
無罪判決が確定した日から6か月以内です。
(1)と異なり、請求できる期間が短いことに注意が必要です。(1)の請求と同時に行うことも可能です。
③ 補償範囲
補償される範囲は、被告人若しくは被告人であった者又はこれらの弁護人であった者が公判準備及び公判期日に出頭するに要した旅費、日当及び宿泊料並びに弁護人であった者に対する報酬です。
旅費、日当、宿泊料の額については刑事訴訟費用等に関する法律などに基づき裁判所が決定します。なお、被告人に対する日当については、1日あたり8500円以内とされています。弁護士報酬に関してはおおむね法テラスの基準によります。
④ 請求手続
(1)と同様、無罪判決をした裁判所に申立書を提出します。代理人(弁護士など)によっても請求は可能ですが、その際は委任状を必要とされます。
6、無罪判決を目指すには〜弁護人の力が必須~
無罪判決を獲得するには、検察官が主張する事実について、裁判官(裁判員裁判対象事件の場合は裁判員も含めて)に少しでも疑念を抱かせる必要があります。
そのためには、検察官や裁判官と対等の立場である法律の専門家であって、裁判にかけられた被告人にとって法廷での唯一の味方である弁護人が、検察官から開示された証拠を精査し、あるいは開示されなかった証拠を開示するよう求めるなどして実際の裁判に向けた準備活動をし、裁判が始まれば、証拠を提出したり、証人を尋問したり、事実に基づく主張をするなど様々なことを行うことが必要となります。
まとめ
以上、無罪に関連する事項についてご説明してまいりました。
ニュースで「無罪判決が出た」と聞くと、どうして?と思うことも多いかと思います。
一方で、起訴されてしまえばほぼ有罪と言われる日本の司法制度からすれば、無罪判決は特別な場合といえます。
無罪判決に導くには、弁護人の力が必須で利用するべきです。今後、ニュースで無罪判決が出た際は、どんな弁護人なのか、弁護人に注目してみるのもおもしろいかと思います。