最近ニュースでよく聞く「検察審査会」の職務は、決して他人事ではありません。日本で選挙権を持つ人なら、欠格事由等を有する人を除いて、誰でも検察審査員になる可能性があるのです。
今回は、検察審査会について詳しく解説します。
刑事事件と民事事件との違いは以下の関連記事をご覧ください。
1、検察審査会とは
検察審査会とは、検察官がある刑事事件を裁判にかけなかったこと(不起訴処分)について、申立てに応じて「不起訴処分で本当に良かったのかどうか」を審査する機関です。
会に属するのは選挙権を有する国民の中からくじで選ばれた11人であり、いずれも刑事事件に関する知識は全く持っていないのが普通です。このように法律的な専門知識を有しない国民が参加する理由は、検察審査会の目的が、犯罪について裁判所に訴え出る権利である「公訴権」の行使につき、国民の感覚を反映させて、その適正を図ることにあるからです。
刑事事件の確たる証拠があっても、その罪を犯した者がすぐ有罪になるわけではありません。警察・検察による捜査段階では「無罪が推定」され、裁判にかけることで初めて有罪となる可能性が生じます。
そして、法律上、「公訴権」は、検察審査会制度という例外を除き、検察官のみに付与されています。的確な証拠によって有罪判決が得られる高度の見込みがない場合や訴訟条件を欠く場合等だけでなく、裁判を維持するに足りる十分な犯罪の嫌疑があり、かつ、訴訟条件が具備されている場合でも、検察官の裁量により、裁判にかけないという「不起訴処分」の判断がなされる場合があります。
(1)検察審査会の職務
検察審査会の職務は、大きく2つに分けられます。
1つは既に説明した「検察官の不起訴処分の当否の審査」、つまり事件ごとに検察官が不起訴処分をしたことの判断の当否を問う職務です(検察審査会法(以下「法」といいます。)第2条第1項第1号)。
また、「検察事務の改善に関する建議又は勧告」に関する職務もあります(法第2条第1項第2号)。
検察事務とは、検察庁が取り扱う刑事事件に関する業務を指しています。検察官の仕事ぶりをチェックし、見つかった改善点を地方検察庁の長である検事正に伝えることも、また検察審査会の職務なのです(法第42条)。
(2)審査会の組織構成
検察審査会は、各地の地方裁判所の所在地と全国の中でも主要な地方裁判所支部の所在地にそれぞれに置かれており、全国に合計165か所に設置されています。各審査会には法律で定められた方法で選ばれた11人の国民が所属し、任期が終われば入れ替えが行われます。
(3)裁判員制度との違い
国民の感覚を司法に反映する制度と言えば、検察審査会制度より「裁判員制度」のほうがよく知られているのではないでしょうか。両者は混同されることもありますが、職務その他の取扱いがまったく異なります。
【表】制度比較
比較項目 | 検察審査会制度 | 裁判員制度 |
職務 | 主に不起訴処分の当否を審査する | 起訴された一定の重大犯罪につき、 有罪か無罪か、有罪の場合にどのような刑にするかを判断する |
人数 | 1審査会につき11人 | 1事件につき原則6人 |
任期 | 6か月。ただし、審査会議は月に1~2回。 | 参加する事件の公判開始から判決まで。多くの場合、3日~5日。 |
公開or非公開 | すべて非公開 | 裁判は公開・評議は非公開 |
2、検察審査会の仕組み
検察審査会の運用は、検察審査会法および政令等で定められています。
まずは「審査対象となる事件」、「審査開始の条件」、「議決の取り方や効力」を中心に、審査会の仕組みを詳しく確認してみましょう。
(1)審査対象となる事件
検察審査会は基本的に、刑事事件ならどのようなものでも取り扱います。
取り扱うのは、傷害やひき逃げ等の刑法上及び道路交通法上の罪だけではありません。国会議員を巡って報道される「公職選挙法違反」や、事業者間での競争等を制限する行為について「独占禁止法」に違反して刑事事件となった場合なども対象です。なお、審査対象となった過去の事件では、業務上過失致死傷(自動車運転過失致死傷)や詐欺などが多くなっています。
(2)審査開始の条件
不起訴処分となった事件の審査は、基本的に検察官の判断に不服を抱く被害者等の申立てにより開始されます。ただし、以下のような罪の他、検察審査員が独自に審査が必要と判断した事件に関しては、申立てがなくとも審査が開始されます(法第2条2項~3項・第30条)。
【例外】申立てがなくとも審査が開始される罪
(3)審査申立ができる人
申立人になれる「被害者等」とは、以下のように被害者本人又は当該事件の関係者と定められています(法第2条2項)。
- その事件の被害者本人
- 告訴もしくは告発した者(被害届を出した人等)
- 被害者本人の配偶者・直系親族・兄弟姉妹(被害者本人が死亡している場合)
(4)議決の取り方
審査の際は、基本的に検察審査員11人全員に招集がかかります。会議場に集まったメンバーは、必要に応じて報告と助言を受けながら、各々自由に忌憚のない意見を出し合います。
会議の進行は基本的に自由でリラックスしたものとなり、裁判のように専門用語の飛び交う張り詰めた空気になることはあまりないでしょう。
全員の意見がまとまったら、それぞれ自分の考えを述べて、最多数の意見が「議決」としてまとまります。ただし、「起訴相当の議決」又は「起訴相当の議決に対して検察官が改めて不起訴処分をした場合や定められた期間内に処分をしない場合における再度の起訴議決」については、8人以上の多数が必要です。
(5)議決の種類
検察審査会の議決の種類は、以下の表のとおり3種類だけです(法第39条の5)。議決の内容は検察官等に通知され、処分再考の判断基準として用いられます。
【表】検察審査会の議決の種類
不起訴相当 | 不起訴処分は相当である。 |
不起訴不当 | 不起訴処分は納得できない。もっと詳しく捜査した上で起訴・不起訴の処分をすべきだ。 |
起訴相当 | 不起訴処分は間違っている。起訴して裁判にかけるべきだ。 |
(6)「起訴相当」の議決の効力
ここで注意したいのは、検察審査会の議決は基本的に強制されない点です。起訴相当の議決があっても、検察官の判断で起訴されない場合があるのです。
しかし、これでは制度が形骸化してしまう懸念があり、平成16年の法改正(平成21年5月施行)により、例外的に議決に強制力を持たせる「起訴議決制度」が導入されました。本制度により、同じ事件を対象とする2度の審査でいずれも「起訴相当」の議決が下った場合、その議決は強制力をもち、検察官の介入なしで、裁判所が指定した弁護士が検察官に代わって起訴することができます。
3、検察審査会による事件審査の流れ
それでは、検察審査会による事件審査はどのように進むのでしょうか。審査の全体像を把握しやすいように、4ステップで簡単に解説します。
(1)審査の開始
先でも説明したように、事件審査は被害者等からの申立て又は検察審査会の職権で開始します。
なお、裁判所が公表している統計「検察審査会の受理件数,議決件数等(平成28年~令和2年)」によれば、平成28年から令和2年までの事件受理総数は1万0726件ですが、そのうち約98%が申立てにより開始されています。
(2)審査会議の実施
審査会議での意見交換では、必要な情報があれば権限で取り寄せられます。
検察庁から取り寄せた事件の記録等を調べるだけでなく、審査申立人や証人を呼んで事情を聞いても構いません(法第37条)。官民の団体に報告を求めたり(法第36条)、あるいは検察官に出席させて意見を述べさせたりすることも可能です(法第35条)。
情報が集まり、審査員それぞれの意見もまとまれば、いよいよ議決に進みます。
事件詳細について理解しにくい点があれば、弁護士の中から「審査補助員」を1人委嘱してフォローしてもらえます。補助員の職務は、事件にかかる法令や証拠に関するかみ砕いた説明や、審査自体に関する法的見地からのアドバイスです(法第39条の2第1項~第3項)。
なお、自由闊達に意見を交わして民意を反映させようとする制度の趣旨上、補助員が審査員の自主的判断を妨げることはありません(法第39条の2第5項)。
(3)議決+結果の通知
議決の決定は、審査員の過半数(6人以上)の投票に基づきます。ただし「起訴相当」の議決をする場合は、検察官に出席させて意見を述べる機会を与えなくてはなりません(法第41条の6第2項)。
なお、決定した議決に関しては通知義務が生じます。まず理由を附した議決書を作成し、これを検事正および検察官適格審査会に送付しなければなりません。その上で、議決の要旨を検察審査会事務局の掲示板に7日間掲示する必要があります(法第40条)。このとき、議決の内容が「起訴議決」である場合、検察審査会の所在地を管轄する地方裁判所にも送付しなければなりません(法第41条の7第3項本文)。
(4)再審査
「起訴相当」の議決に対して、検察官が不起訴処分とした旨の通知があったときは、再度審査します。一定期間内に処分の通知がなかった場合も同様です(法第41条の2)。
そして、再審査で11人中8人の賛成で2回目の「起訴相当」が出た場合には、先で紹介した「起訴議決制度」により強制的に公訴提起されます。この場合、もはや手続きを検察官に任せることはなく、地方裁判所指定の弁護士が提訴することになります(法第41条の6・第41条の9・第41条の10)。
4、検察審査員になれる人とは
審査は選挙権を有する一般国民が行うと解説したように、検察審査員に特別な資格は不要です。
誰にでも、望むと望まざるにかかわらず、国民として検察制度の適正運用に関わる可能性があるのです。審査員の資格について、以下でもう少し詳しく確認してみましょう。
(1)審査員の資格
検察審査員となる資格は、衆議院議員の選挙権を有する人全てに及びます(法第4条)。
ただし、制度の適正運用のため、次のような例外があります。
(2)審査員になれない人
審査が不公正になる恐れのある職業や、審査対象の事件に関与している人は、当然ながら検察審査員の選定から排除されます。法律で欠格または除斥の対象として挙げられているのは、主に以下の5つです。
- 義務教育を終了していない人(法第5条1号):ただし、義務教育を終了した者と同等以上の学識を有する人は対象となります。
- 1年の懲役または禁錮以上の刑に処せられた人(法第5条2号)
- 公務員の一部(法第6条3号~11号):裁判官、検察官、会計検査院検査官、裁判所職員※、法務省職員※、警察関係者※、自衛官、都道府県知事、市区町村の長
※非常勤は除く
- 士業等(法第6条12号~13号):弁護士(外国法事務弁護士含む。)、弁理士、公証人、司法書士
- 事件関係者(法第7条各号):その事件の被疑者、犯罪被害者とその身内(親族・従業員・同居人・法定代理人・後見監督人等)、告発者、証人、鑑定人、被疑者の代理人または弁護士、捜査関係者
(3)審査員の選ばれ方
検察審査員は志願制ではなく、管轄区域ごとに選挙管理委員会によるくじ引きで選定されます(法第4条・第10条)。
具体的な手順としては、まず毎年9月1日までに区域ごとに審査員候補者の数が割り当てられます(法第9条)。これを受けてくじ引きが開始され、その結果に沿って「検察審査員候補者名簿」が作成されます(法第10条)。これにより、1つの検察審査会で400人(群ごとにそれぞれ100人)が候補者となります。
この時点では、当該名簿に載ったからと言って、必ず検察審査員としての職務を開始できるわけではありません。検察審査会事務局長が質問票を配る等して、個々の事情を汲み、欠格・除斥の対象者と辞退者を除いた残りの予定者が「候補者」となるのです。
その後、その「候補者」の中から、任期開始の約1か月前頃までに、検察審査員及び補充員がくじで選ばれます(法第13条)。選ばれると、検察審査会事務局から対象者に対して、選ばれた旨の通知と検察審査会議の招集状が送付されことになります。
(4)審査員の任期
検察審査員の任期は、6か月間です(法第14条)。必要に応じて選ばれる補充員の任期も同じです。
なお、任期決定の実務では、法律に従い候補者を4グループに分けた上で、その半数を3か月ずつ入れ替える運用が採られています。検察審査会の顔ぶれの半数を3か月ごとに入れ替え、議決に集団心理が働かないようにするためです。
5、検察審査員に関するFAQ
検察審査員として働く上での不安・疑問は、裁判所公式サイトで概ね回答されています。
以降、審査員の職務に興味がある人や、既に候補者名簿に挙がって質問票等の書類を受け取っている人のために、上記サイトから最もよくある質問を6つピックアップして紹介します。
(1)審査員報酬はどうなっている?
検察審査員として職務を行うためには本業を休まなくてはなりませんが、代わりに日当の支給があります。「検察審査員等の旅費、日当及び宿泊料を定める政令(以下「政令」といいます。)」(昭和24年第31号政令)第3条によれば、支給額は一日あたり8,050円以内です。
(2)交通費や宿泊費はもらえる?
審査会に出席するための交通費や宿泊費も、当然ながら支給対象です。
交通費は相当の範囲で支給され、宿泊費は地方により8,700円以内または7,800円以内が支給されます(政令第2条・第4条・第5条)。
(3)審査会に出るため会社を休んでも不利にならない?
検察審査会議のために本業を休んだとしても、雇用上不利になることはありません。
休暇を取る事は元より、審査員として選ばれたことを理由として解雇その他不利益な扱いをすることは、そもそも法律で禁止されているからです(第42条の2)。
(4)事件の関係者に報復されることはない?
一番心配なのは事件の関係者の逆恨みを買うことですが、危険な目に遭うことは基本的にありません。審査員の氏名住所等といった個人情報は厳重に保護されており、被疑者等だけでなく、審査申立人(被害者等)にすら知られることはありません。
審査会議自体も非公開で、議決書も一般に開示されることはありません。つまり、個別の意見の内容から身元を特定されてしまう可能性も、排除されているのです。
(5)審査情報はどこまで家族に話せる?
検察審査員やその候補者等になったこと自体は、周りの人に打ち明けても構いません。しかし、審査中知り得たことを周囲に漏らす行為は、たとえ相手が家族であっても禁止されています。
万一にも秘密を漏らしてしまった場合は、6か月以下の懲役または50万円以下の罰金に処されます(法第44条)。
(6)選抜は辞退できる?
検察審査会は広く国民に参加を求める制度であるため、原則として、検察審査員を辞退することはできません。しかし、一定の事情により検察審査員として活動できない場合は、書面(質問票)で申し出れば辞退することができます(法第12の5)。ただし、基本的には以下のいずれかに当てはまると認められる必要があり(法第8条各号)、例えば仕事が忙しい等の理由だけでは辞退は認められません。
- 70歳以上の人
- 学生および生徒
- 病気や海外旅行等のやむを得ない事情がある人
- 過去5年以内に検察審査員または補充員だった人
- 過去5年以内に裁判員または補充裁判員だった人
- 過去3年以内に選任予定裁判員だった人
- 過去1年以内に裁判員候補者として裁判員選定手続の期日に出頭した人(不選任の決定を受けた人を除く)
- 国会または地方公共団体の議会の議員(会期中に限る)
- 国または地方公共団体の職員および教員
- 重い病気、海外旅行、その他「やむを得ない理由」があって、検察審査会から辞退の承認を受けた人
まとめ
刑事事件を起訴するかどうかに関しては検察官の専権ですが、国民の視点を踏まえれば起訴すべき事件であると考えられる場合もあります。そんなときは「検察審査会制度」により選出された11人の国民の声を届けることができます。
本記事で解説した検察審査会は、決して他人事ではありません。審査員としてある日突然呼ばれることもあれば、あまり考えたくないことですが、ひき逃げ等の犯罪被害者として審査の申立人となることもあります。
そうでなくとも、簡単に仕組みを理解しておけば、検察審査会が関与する事件の報道に接するときに理解の助けになります。法曹系の資格を取得したいと考える人にも、大いに参考になるでしょう。