「親のへそくりを盗んでも処罰はされない。」
こんなことを聞いたことがある人がいるかもしれません。
家族にお金を盗まれたり、逆に自分自身が家族のお金を盗んだことで家族から警察沙汰にされそうになっていたりする人もいるのではないでしょうか。
家庭内での窃盗については、他人による窃盗とは異なり「親族相盗例」(しんぞくそうとうれい)という特別な規定が定められており、この規定に該当する場合は処罰されないこととなっています。
そこで今回は、
- 親族相盗例とは?
- 刑が免除となる親族の範囲
- 親族相盗例が適用されない3つのケース
等について解説します。本記事が、親族間の盗みが犯罪になるのかどうかについて悩んでいる方のお役に立てば幸いです。
1、親族相盗例とは?
他人の物を盗む行為は窃盗罪(刑法235条)として刑法上の犯罪行為となり、10年以下の懲役または50万円以下の罰金が科されます。
他人の物を盗む行為は当然に処罰されるべきですが、一方、親族間の盗みについては「法は家庭に入らず」という考え方が優先され、他人間の窃盗とは扱いが異なり、処罰されないこととされています。
これを「親族相盗例」と言います。以下、親族間での窃盗についてはどのように扱いが異なるのかを確認していきましょう。
(1)刑が免除される理由
刑法244条1項
1 配偶者、直系血族又は同居の親族との間で第二百三十五条の罪、第二百三十五条の二の罪又はこれらの罪の未遂罪を犯した者は、その刑を免除する。
2 前項に規定する親族以外の親族との間で犯した同項に規定する罪は、告訴がなければ公訴を提起することができない。
刑法244条1項は、配偶者、直系血族、同居の親族という一定の親族間での窃盗について刑を免除する旨を規定しています。
この趣旨は、「法は家庭に入らず」という考え方に基づき、親族間の財産上の紛争については、国家権力が介入して刑事罰を科すよりも、親族間で管理・問題解決をするべきであるという点にあります。
このような政策的配慮から、一定の親族間の窃盗については、刑が免除され処罰されないこととされています。
(2)親告罪となる理由
これに対し、刑法244条2項によれば、「配偶者、直系血族、同居の親族」以外の親族との間での窃盗については親告罪(被害者からの告訴がなければ公訴提起することができない類型の犯罪)とされています。
「配偶者、直系血族、同居の親族」以外の親族については、親族間の関係性が比較的薄く、「法は家庭に入らず」という考え方を徹底する必要性がやや下がるため、当然には刑が免除されることとはならないのです。
ただし、親族であることに変わりはないため、告訴があったときのみ公訴提起の対象となる親告罪とされています。
2、刑が免除となる親族の範囲
先にみたように、親族であれば誰でも刑の免除の対象となるわけではなく、刑が免除される親族の範囲は以下に限られています。
(1)刑が免除となる「親族」の範囲
刑が免除となる「親族」は、配偶者、直系血族(父母、祖父母、子、孫という縦の関係の血族)、「同居の」親族(直系血族を除く6親等内の血族及び3親等内の姻族)に限定されています(刑法244条1項)。
注意点として、きょうだいは関係性としては近しく感じられるかもしれませんが、直系血族ではありません。
そのため、同居していないきょうだいについてはここにいう「親族」には該当せず、親族相盗例の適用対象とはなりません。
(2)親告罪の対象となる「親族」の範囲
上記(1)以外の親族については、被害者からの告訴がない限り公訴提起できないという「親告罪」の対象となります(刑法244条2項)。
刑法244条1項の「親族」に該当しない場合は、「親戚だから盗んでも大丈夫でしょ」などと思っていても刑が当然に免除されるわけではないので注意してください。
親告罪の対象となる「親族」は、たとえば同居していないきょうだいやいとこ、はとこなどが対象となります。
3、親族相盗例の規定が準用される他の犯罪
親族相盗例は窃盗罪だけではなく、以下の犯罪についても適用または準用されます。
- 不動産侵奪罪(刑法235条の2、244条1項)
- 詐欺罪(刑法246条、251条、244条)
- 電子計算機使用詐欺罪(刑法246条の2、251条、244条)
- 背任罪(刑法247条、251条、244条)
- 準詐欺罪(刑法248条、251条、244条)
- 恐喝罪(刑法249条、251条、244条)
- 横領罪(刑法252条、255条、244条)
- 業務上横領罪(刑法253条、255条、244条)
- 遺失物等横領罪(刑法254条、255条、244条)
上記以外に盗品等関与罪についても親族間に関する特例が適用されますが、244条とは別に規定されています(刑法257条1項)。
4、親族相盗例が適用されない3つのケース
以上のように、親族相盗例は限定された場合にのみ適用されます。
そもそも、親族間であったとしても犯罪は成立するわけですから、「法は家庭に入らず」の考え方が適用されるのは限定された場合に限られるべきでしょう。
以下、親族相盗例が適用されないケースについてもみていきます。
「親族だから罰せられることはないだろう」と安易に考えていると、後になって処罰される可能性がありますので十分注意してください。
(1)共犯者がいる場合
一人で盗みを行うのではなく、共犯者がいる場合は注意が必要です。
たとえば、友人から「親のお金を盗んでこい」と唆され、本人が親のお金を盗み友人と山分けしたケースを考えます。
このケースでは、親のお金を盗んだ実行犯は親と直系血族となりますから、親族相盗例の適用対象となり刑は免除されます。
これに対し、本人を唆した友人は被害者である親と親族関係にあるわけではありません。
このように、共犯者が被害者と親族関係にない場合は親族相盗例が適用されないこととなっています(刑法244条3項)。
したがって、実行犯である本人は刑が免除されますが、共犯者である友人の刑は免除されません。
(2)内縁の配偶者の場合
親族相盗例が適用される親族の範囲は刑法244条に規定されている範囲に限られます。
刑法244条1項には「配偶者」が規定されていますが、この「配偶者」には内縁の配偶者は含まれません(最高裁平成18年8月30日決定)。
したがって、内縁の配偶者が刑法244条1項の「配偶者」に含まれると誤解して窃盗をした場合であっても、親族相盗例の適用はありません。
内縁の配偶者は法律上の婚姻関係にあるわけではないので、「法は家庭に入らず」の考え方は適用されず、刑の免除の対象とはならないと考えられています。
(3)所有者または占有者のどちらかが親族でない場合
物の所有者は親族であるものの、親族ではない者が物を占有していた場合や、物を占有しているのは親族であるものの、その物は親族ではなく他人の物であるようなケースでは、親族相盗例は適用されるでしょうか。
この点は諸説ありますが、所有者と占有者のどちらもが親族である場合に親族相盗例の適用があると考えるのが一般的です。
親族相盗例は、「法は家庭に入らず」の考え方のもと、親族間の財産管理は親族間での解決に委ねるものなので、物の所有者と占有者のどちらかが親族でない場合は、財産管理を親族間での解決に委ねるべきであるとは言えません。
したがって、所有者と占有者のどちらか一方が親族でない場合には親族相盗例の適用はないと考えられています。
5、親族相盗例が適用される場合でも油断は禁物!弁護士に相談を
以上のように、親族相盗例が適用されるから問題ないだろうと考えても、実は親族相盗例が適用されないケースは十分に考えられます。
仮に親族相盗例が適用されるケースでも安心してはいけません。
刑法244条2項に該当するケースで被害者から告訴がなされた場合、公訴提起され起訴される可能性があります。
また、刑の免除はあくまでも刑事責任の話であり、親族相盗例が適用され刑が免除されても、民事責任まで免れられるわけではない点に注意が必要です。
民事責任と刑事責任はあくまでも別の責任であり、刑事責任を免れても、民事責任を追及されるおそれがあります。
特に、窃盗で親族相盗例の適用がある場合、盗まれた物について民事上の返還や賠償を求められる可能性があります。
たとえば、親族のお金を盗み刑事上は刑が免除されても、親族から盗んだお金の返還を求められることは容易に想像できるでしょう。
この場合に、盗んだお金を返還しなければ民事裁判で訴えられる可能性があります。
このように、親族相盗例の適用があるケースでもトラブルに発展する可能性がある場合は早めに弁護士に相談をするようにしましょう。
弁護士に相談・依頼をすることで、親族間のトラブルについて弁護士が代理人となって親族と交渉し、解決点を見つけ裁判を避けることができる確率が高まります。
万が一裁判に発展した場合でも、弁護士に依頼をしておけば弁護士が代理人として訴訟手続きを代行します。
親族間のトラブルは、単なる盗まれた物の返還だけでなく、感情的な争いも激化する可能性がありますので、弁護士という第三者が間に入ることでより解決に導きやすくなるでしょう。
まとめ
親族間の盗みについて「身内だから大丈夫でしょう」などと安易に考えてはいけません。
親のものを盗んだと思っていたが実は他人のものであった場合や、同居していないきょうだいのものを盗んだ場合は、有罪となる可能性があります。
たとえ刑法244条1項に定められた親族のものであっても、それを盗めば犯罪自体は成立するわけですから、処罰の対象となることを避けるためにもそのような行為はやめるようにしましょう。
万が一親族のものを盗んでしまい処罰対象となるか不安な場合は、弁護士にご相談ください。