能力不足を理由に会社をクビにされた場合にはどうすればよいのでしょうか。
自分は会社が求めるような能力を持っていなかったのだから自分が悪い、としてクビを受け入れなければいけないのでしょうか。
もちろん、そのように考えるのも受け止め方の一つです。
しかし、自分としては会社のために全力を尽くして貢献してきたのに、能力不足とみなされるのはおかしいと感じる場合もあるでしょう。
また、会社は自分を追い出すことしか考えておらず、ろくに教育もしてくれず、自分に合う部署も探そうとしてくれなかったというような場合もあるのではないでしょうか。
会社は決して自由に労働者をクビにできるわけではありません。
仮に本当に能力不足の面があったとしても、労働者を解雇するには法律上厳しいルールが課されているのです。まして、客観的にみて能力不足がなかったのであればなおさらです。
今回は能力不足を理由とする解雇について説明していきます。
会社をクビにされそうだけど、それって不当解雇?とお悩みの方は以下の関連記事をご覧ください。
目次
1、会社は簡単に「能力不足だからクビ!」とすることはできない
(1)能力不足による解雇は「普通解雇」
そもそも、「解雇」とは辞職や合意解約とどこが違うのでしょうか。
「解雇」とは、使用者による一方的な労働契約の解約のことをいいます。
これに対して辞職は、労働者側から使用者に対してする一方的な労働契約の解約ですし、合意解約は、どちらか一方ではなく、労働者と使用者双方の話し合いによって契約を解消する合意である点で「解雇」とはその性質が全く異なります。
「解雇」には大きく分けて「普通解雇」、「整理解雇」及び「懲戒解雇」の3種類がありますが、能力不足を理由とした解雇は基本的には普通解雇にあたります。
ここで、普通解雇以外の解雇についても概要を簡単に説明しておきましょう。
まず、「懲戒解雇」とは「懲戒処分」として行われる解雇のことをいいます。
懲戒処分とは、労働者の服務規律違反や企業秩序違反に対する制裁としてなされる処分です。
懲戒解雇となることが多いケースとしては以下のようなものがあります。
- 重大な経歴の詐称
- 長期の無断欠勤
- 業務上の立場を利用した犯罪行為
- 重大なセクハラ、パワハラ 等
次に「整理解雇」とは、使用者側の経営上の理由により人員整理として行われる解雇のことをいいます。整理解雇が有効となるためには、判例により以下の4要件を満たす必要があります。
- 人員整理の必要性
- 解雇回避努力
- 人員選定の合理性
- 解雇手続きの妥当性
(2)普通解雇に必要な要件
それでは、普通解雇について説明していきます。
解雇によって労働者は仕事という、給与を得る手段を失い、給与を得る手段を失えば、労働者やその家族はその後の生活に窮することとなってしまいます。そのように、個人に与える影響が大きい解雇について、使用者が自由に行えるとすると、人々は安心して経済生活を営むことができなくなってしまうでしょう。そこで、解雇をすることについては、法律上、以下のような制限が定められています。
労働契約法第16条には、「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」と規定されています。
つまり、解雇について
- 客観的に合理的な理由
- 社会通念上の相当性
が認められない場合には、その解雇は解雇権の濫用として無効となります。
例えば、労働者が、就業規則等に定める解雇事由に該当していないにもかかわらず解雇されてしまった場合には、その解雇は「客観的に合理的な理由」に欠けることになります。
また、形式的には就業規則等の解雇事由に該当していたとしても、実質的に見て解雇をすることが妥当とはいえない場合には、「社会通念上相当である」とは認められず、やはり解雇は認められないということになります。
2、会社が能力不足で労働者をクビにできる条件とは?
それでは、能力不足を理由とする解雇はどのような場合に有効とされるのでしょうか。
これに関しては「セガ・エンタープライゼス事件」(東京地裁平成11年10月15日)の裁判例が参考になります。
これは、ある労働者が様々な部署に次々と異動させられたのち、与える仕事がないと会社から言われて退職勧告を受けたものの、これを受け入れなかったため労働能力不足を理由に普通解雇されてしまった事案です。
この事件の会社の就業規則には、解雇事由として「労働能率が劣り、向上の見込みがない」というものがあり、会社はこれに該当するとして労働者を解雇しましたが、裁判所は結論として、この解雇は解雇権の濫用にあたり無効であると認定しました。
(1)著しい能力不足
上記裁判例では、解雇事由に該当するといえるためには、当該労働者が平均的な水準に達していないというだけでは不十分であり、「著しく労働能率が劣り、しかも向上の見込みがないとき」でなければならないと判示されています。
この会社の就業規則には解雇事由として上記のほかに「精神又は身体の障害により業務に堪えないとき」や「会社の経営上やむを得ない事由があるとき」などが定められていました。このように極めて限定的な解雇事由を定めているため、裁判所は、能力不足についてもこれらに匹敵するような場合に限って解雇事由に該当すると解するべきであると判断しています。
つまり、この裁判例では、就業規則の解雇事由を他の解雇事由とのバランスを考慮して限定的に解釈すると判断しているのです。
では、この事件で解雇された労働者は「著しく」労働能率が劣っていたと言えるのでしょうか。この労働者は、会社の人事考課で能力が平均的な水準に達しているとはいえず、会社の従業員の中で下位10パーセント未満の考課順位であると評価されていました。
裁判所は、結論として以下のような理由で労働者の労働能率が「著しく」劣るものではないと判断しています。
- 人事考課は、相対評価であって絶対評価ではないので考課順位などから直ちに労働能率が著しく劣り向上の見込みがないとまではいえない
- 「労働能率が劣り向上の見込みがない」というのは相対評価を前提とするものではなく、他の解雇事由と比較して極めて限定的に解しなければならないのであって、この文言が常に相対的に考課順位の低い者の解雇を許容しているとは解釈できない
(2)教育・指導による改善対策
また、会社としては、解雇しようとする労働者に対してさらに体系的な教育、指導を実施することによって、労働者の労働能率の向上をはかることができるのであれば解雇事由にあたらないと判断しています。
したがって、能力不足で解雇しようとする会社はまずは解雇の前に教育・指導を実施して改善を図る義務があるということです。
(3)能力開発(発見)を目的とした配転の試み
さらに会社には雇用関係を維持するための努力をする必要があります。
職種を限定していない正社員として採用された場合には、特定の職種については能力が発揮できなかったとしても、別の職種であれば能力が発揮できる可能性があります。
そして、正社員については職種限定の契約を締結している場合を除き、使用者に広い範囲の配転命令権があるのが通常ですので、解雇を回避するためには「配転の試み」を実施する必要があるでしょう。
この裁判例では、使用者側において配転による雇用関係の維持の努力について不十分な点があったと判断されています。
3、能力不足によるクビにリーチ?!クビの前兆は
(1)教育指導係が変わる
上で解説した裁判例によれば、解雇の前に「教育・指導による改善対策」が必要です。
そのため、会社が上記の裁判例を前提とした取り扱いをしているのであれば、業務の処理速度が遅かったり、ミスを連発してしまったりしてしまう労働者に対し、業務を改善するように是正機会を与えようとするでしょう。
是正の機会を与える方法としては、教育指導係を新しくつけ、あるいは変更して教育の機会を設ける、PIP(業績改善プログラム)を行わせるといったものが考えられます。
よって、教育指導係が変わったような場合や、会社からPIPの打診を受けた場合には、その結果次第で会社があなたを解雇しようとしているとも考えられるため、注意が必要です。
(2)配転命令が出る
また、会社にはできるだけ労働者との間の雇用契約を継続するように努力する義務があります。そのため、労働者が現在の職種では能力を発揮することが難しい場合でも、すぐに解雇することはできないのです。
そこで、会社は労働者に対して、他の職種や他の部署への配置転換を打診してくる可能性が高いです。なお、入社時において、職種や勤務場所を限定する合意をしていた場合には、配置転換の打診を実施せずに解雇される場合もあります。
配転命令が出た場合には、現在の場所では能力が十分に発揮できていないと会社が考えている可能性があります。
4、条件をクリアしない場合のクビ宣告は違法
(1)条件をクリアしないクビは不当解雇
普通解雇には上記で説明したように法律上の制限があります。
さらに、使用者が労働者を解雇するにあたり守らなければならない手続的なルールも法律上規定されています。
使用者は労働者を解雇しようとする場合には、少なくとも30日前にその告知をするか、30日分以上の平均賃金を解雇予告手当として支払わなければなりません(労働基準法20条1項)。
(2)退職勧奨を受けた場合には
それでは解雇ではなく退職勧奨を受けた場合にはどうすればよいのでしょうか。
退職勧奨とは、任意に退職に応じるように促し説得を行う会社側の働きかけのことをいいます。
この「退職勧奨」は法律的には、使用者から労働者に対する合意解約の申し込み、あるいは辞職・解約の誘引と考えられています。
任意である以上、労働者が退職勧奨に応じるかどうかは自由に決定できますし、会社から退職勧奨を受けたからといって応じる義務はまったくありません。
会社としては、当該労働者を退職させたいと考えていますので、退職勧奨を受けた労働者が会社に残りたいのであれば、その希望をしっかりと会社に伝えましょう。
会社としても、労働者を配置転換できる可能性があるにもかかわらず、みだりに解雇すれば、後々解雇の無効を主張されて訴訟等になるリスクがありますので、配置転換については前向きに検討してもらえる可能性があります。
労働者が拒否しているにもかかわらず、執拗に退職勧奨をしてくる場合には会社は損害賠償責任を負う可能性があります。
具体的には「労働者の自由な意思形成を促す行為として許容される限度を逸脱し、労働者の退職についての自由な意思決定を困難にするものである場合」には退職に関する自己決定権を侵害するものとして不法行為責任を負うことになります。
5、能力不足を理由としたクビの宣告を受けたときの対処法
能力不足を理由として不当解雇されたときはどうすればよいのでしょうか。
(1)解雇無効・地位確認請求+未払い給与請求
まず、法律に違反する解雇は無効ですので、解雇の無効と従業員としての地位にあることの確認を求めることができます。
また、解雇が無効の場合には、使用者は労働者に対して解雇日以降も賃金を支払わなければなりません。解雇が違法・無効である場合、労働者と使用者の間には依然として雇用契約が継続して存在しています。
確かに、労働者は、解雇日以降は、会社に対して労務を提供していませんので、ノーワーク・ノーペイの原則に従えば、賃金を受け取れないことになります。しかし、解雇が不当なものとして違法・無効である場合、労働者が働けないのは使用者による不当解雇が原因であるといえるので、そのような場合には労務を提供しなくても賃金が受け取れることになるのです。
民法の「債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない」という危険負担の規定がこのことを定めています(民法536条2項)。
ただし、解雇の無効を主張したり、解雇が無効だった場合の解雇日以降の賃金を受け取るためには、就労の意思と能力があることを示しておく必要があるので、解雇予告手当を請求する等、解雇を受け入れたと思われる行動はしないように注意し、解雇を受け入れない姿勢を明確にしておきましょう。
そして、余裕があれば、解雇理由の証明書をもらっておくと、後で解雇無効の主張をする時に、解雇の理由、ひいては会社側の言い分がはっきりするので効果的です。なお、解雇理由の証明書は、解雇を予告された日から解雇の日までの在職期間中でも、解雇された後でも請求できます。
(2)慰謝料請求
さらに、不当解雇された労働者は、使用者に対して不法行為として損害賠償を請求することができます。
慰謝料とは、不当解雇によって労働者が負った精神的又は肉体的苦痛に対する損害賠償のことです。
解雇が不当であると認定されたからといって、必ずしも慰謝料が認められるとは限りませんし、慰謝料が認められた場合にもその相場は数十万円程度となっています。
しかし、会社による不当解雇の悪質性が高くなればなるほど、慰謝料請求が認められる可能性は高くなりますし、慰謝料額も高くなります。
6、能力不足で会社からクビにされた(されそうな)ときは弁護士へ相談を
能力不足が原因で会社から解雇されてしまった、又は解雇されそうになって困っている方はまずは弁護士に相談してください。
能力不足を理由とする解雇が違法である場合には、会社に対して解雇の撤回を求めていくことができますし、まだ解雇されていない場合であっても、弁護士に相談すれば会社からの働きかけに対して適切な対処をとることができます。
弁護士は、会社との交渉について依頼者を代理し、裁判に発展した場合には法的根拠に基づく適切な主張や反論、その場に応じた裁判手続きへの対応を行います。労働者本人の負担の軽減という点からも、弁護士に依頼するメリットは大きいといえるでしょう。
まとめ
今回は能力不足を理由とする解雇について解説しました。本記事が皆様のお役に立ちましたら幸いです。