年俸制でも残業代はもらえるのでしょうか。
- ほとんど休まず毎日のように朝から深夜まで働いているが、年俸制で毎月の手取給与に変動はない
- 年俸制をとっている従業員は「管理監督者」に該当すると言われているため、残業代は一切出ない
あなたが勤務している会社は、そのような状況にありませんか。
上記のようなケースに該当する場合、あなたは、会社に対し未払いの残業代等を請求できるかもしれません。
今回は、年俸制でも月給制と同じように残業代を支払ってもらえるのか、年俸制の場合の残業代の計算方法についてお話ししたいと思います。
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目次
1、年俸制とはどのような給与体系か?
年俸制とは、使用者と労働者の合意により、賃金の額を年単位で決める制度をいいます。
ただし、労働基準法24条2項本文では「賃金は、毎月一回以上、一定の期日を定めて支払わなければならない。」と定められていますので、年棒制の場合であっても、実際の支払は、最低月1回の支払が必要になります(年俸の一部が賞与として支払われるケースもあります)。
これに対して、賃金額を一日あたりで決定する場合を日給制、一月あたりで決定する場合を月給制と呼んでいます。年棒制と日給制、月給制は、それぞれ、賃金の額がどのような時間的単位によって決定されるかという観点から賃金制度を分類したものに過ぎません。
2、年俸制でも企業から残業代を請求できる?
(1)「年俸制=残業代なし」ではない
年俸制を採用することによって、直ちに残業代を支払わなくともよいということにはなりません。年棒制が採用されていたとしても、未払い残業代がある場合には、残業代を請求できる可能性が十分にあります。
裁判例においても、年棒制のケースで未払い残業代の支払い請求が認められている事案は多数あります。例えば、大阪地裁平成14年5月17日判決(平成13年(ワ)第5964号)や、東京地方裁判所平成25年2月1日(平成24年(ワ)第21041号)などです。
他方、年棒制が採用されている場合、通常の労働者よりも、高度の技術や専門的知識を有している職務を行っているケースが多く見受けられます。
そこで、年俸制を採用している場合には、労働時間の計算や給与の計算において争点が多数存在するケースがあります。
例えば、裁量労働時間制が用いられているケースや、使用者から「年棒の給与の中に、既に残業代が含まれている」と主張されるケース、さらに、「年棒制を採用している労働者は『管理監督者』である」と主張されるケースなどです(なお、仮に「管理監督者」に該当すると判断されてしまい、時間外労働に対する割増賃金の請求ができなかったとしても、深夜割増賃金については請求することができます。)。
年俸制が採用されているからといって、上記のケースにすべて該当するというわけではありませんが、当該労働者の職務内容、職責、労働時間の長短や労働時間の管理方法、年俸額、給与の支払い方法など検討すべき課題がたくさんあります。
(2)年俸に残業代が含まれていることも
なお、労働契約の内容として、年俸に残業代が含まれていることが明らかである場合であって、かつ,残業代部分と基本給部分とを区別できる場合には、年俸として渡す賃金の一部を残業代とすることができます。
もっとも、このように年俸の一部を残業代と定めたとしても、その額が、下記のように算出される実際の残業時間に対応する残業代の額よりも少ない場合には、その差額について会社に請求することができます。
3、年俸制でも企業に残業代請求したい!と考えた場合に集めておくべき証拠は?
残業代の請求をする場合、大きくわけて3つの資料が必要になります。
(1)雇用契約の内容に関する資料
まず、一つ目の資料は、会社と労働者との間の雇用契約の内容がどのような約束になっているのかを示す資料です。例えば、雇用契約書、雇用条件通知書、就業規則、賃金規程(その他関連する規程)などです。
(2)労働時間に関する資料
次に必要となる資料は、労働時間に関する資料です。タイムカードやICカードなどの出勤退社打刻データ、日報、業務報告書、パソコンのログアウト・ログイン時間のデータ、タコグラフや運行記録、場合によっては日記やメール、労働者本人が作成したメモなども労働時間を立証するのに有益な場合があります。
(3)お金に関する資料
最後に、お金に関する資料です。例えば給与明細がそれにあたります。給与明細書の中に、「基本給」「固定残業代」など項目が区別されて記載されている場合には、残業代の一部が既に支払われている可能性があるので、注意が必要です。
4、年俸制の残業代の計算方法は?
(1)はじめに
残業代は、労働者の「1時間当たりの賃金」に「残業時間数」と「割増率」を乗じて算出します。
(2)1時間あたりの基礎賃金
ますば、1時間あたりの賃金額を計算します。
年俸制の場合の1時間当たりの賃金額については、年俸の中から算定基礎となる賃金を割り出し、その算定基礎賃金を1年間の所定労働時間数で除して計算します(労働基準法施行規則19条1項5号)。1年間の所定労働時間は、就業規則等の記載から、当該年度に勤務時間として定められた1年分の労働時間をいいます。
(3)残業時間数
また、所定労働時間を超えて勤務した労働時間を計算します。タイムシート等から月ごとに集計するのが通常です。
(4)割増率
① 所定時間外労働(法定時間内労働)
1日の所定労働時間が7時間30分などの8時間以下の場合には、所定労働時間を超過し、法定労働時間である8時間までの労働が所定時間外労働となります。所定時間を超えて労働を行った場合には、労働者は会社に対し、所定時間外労働として残業代等を請求することができます。就業規則等にこのような場合の支払額が定められていない場合には、通常の労働時間1時間当たりの基礎賃金を請求します。
② 法定時間外労働
労働基準法に定められた法定労働時間は1日8時間、1週間40時間であるため、1日の労働時間が8時間を、1週間の労働時間が40時間を超える場合には基本時給を割増した残業代等を請求することができます。なお、法で定められた最低割増率は1.25倍であり、これを下回る率が就業規則等で定められている場合には、その部分は無効になります。
③ 深夜労働
22時から翌5時までの時間帯は、深夜早朝勤務として通常の賃金に加えて別途割増賃金を支給する義務が会社に課されています。
そのため、深夜労働時間帯に労働を行った場合には、労働者は会社に対し深夜労働時間の割増賃金を請求することができます。
なお、法で定められた最低割増率は1.25倍であり、②や④と重複する場合は、1.5倍が最低割増率になります。
④ 法定休日労働
労働基準法により、会社は労働者に対し週に1回または4週間に4日は休日を取得させることが義務付けられています。
この労働基準法に基づいて付与しなければならない休日を法定休日といいます。
そして、会社の事情により、法定休日に労働者が就労を行った場合には、労働者は会社に対し法定休日労働に対する割増賃金を請求することができます。
なお、法で定められた最低割増率は1.35倍です。
(5)具体例
では、次の場合はどのように計算するのでしょうか。具体例を基に計算してみましょう(※ただし、具体的事案によって計算方法は異なり、説明のために、簡易な例にしています)。
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①1時間あたりの基礎賃金
まず、1年間の平均所定労働時間を計算しましょう。
{365日(閏年ではない年)-1年間の休日数(例として104日とします。実際にはカレンダーを見て請求する年の休日を数えます)}×1日あたりの所定労働時間(上記事例の場合8時間)=2088時間です。
つぎに、これを年俸額で割ります。
480万円÷2088時間=2298.85…円
この計算で算出された2299円が1時間あたりの基礎賃金です。
②残業時間
所定労働時間を超えて、勤務した労働時間が月40時間として2年分と加算すると(本来は詳細な検討をしますので、実際にはこのような単純な計算ではありません)、合計960時間になります。
③割増率を乗じて残業時間を算出
上記で割り出された金額それぞれに割増率を乗じます。
1時間あたりの基礎賃金2299円×残業時間数960時間×割増率1.25=275万8800円
5、計算の結果、年俸制でも未払い残業代が発生していた場合に残業代を請求する方法
ご自身で計算してみていただき、未払い残業代が発生している可能性がある場合には、「残業代が未払いになったら! 残業代請求の全手順」の記事を参考に、会社に対して残業代を請求してみてはいかがでしょうか。
もっとも、年俸制の場合、複雑な争点を含む場合も多く、労働審判や訴訟などの手段が必要になってくる可能性もあるため、可能な限り、弁護士等の専門家にご相談されて残業代を請求することをお勧めいたします。
まとめ
会社は、労働者から残業代等を請求されないように、様々な理由をつけて、残業代等の支払いを免れようとします。
しかし、年俸制だからといって当然に残業代等請求が認められないというわけではありません。
もし、あなたの会社で残業代が適切に支払われていないと考えられる場合には、会社の対応が適法なものなのかどうかを一度弁護士等の専門家に確認してもらうことをお勧めします。