内定取り消しはどのようば場合に無効を主張できるのでしょうか。
大変な就職戦線を勝ち抜き、ようやく得られた採用内定。
安心して、卒業に向けて勉強を始めたら、企業側から急に業績が悪化し、新卒者の採用を控え人員の削減をすることになった、と内定を取り消すという連絡が入った。
でも、もう卒業まであと少し。今更そんなことを言われても、他の就職先を探すことはもう無理。
このような内定の取消しは有効なのか。
今回は、
- 内定取消にどのような法的規制が及ぶのか
- 有効とされる取消しと無効となる取消しはどのように区別されるのか
- 内定取消に対して会社にどのような法的主張ができるのか
など、内定取消全般について詳細に説明します。
ご参考になれば幸いです。
目次
1、企業側から内定取消は簡単にはできない!
まず大前提として、内定は簡単に取り消しできない旨お伝えしていきます。
(1)採用内定の取り扱いにかかる問題の所在
内定の取消しがどのような法的規制に服するかは、「内定」を法律的にどのように評価するかという問題に関わります。
ここで、「内定」と一言で言っても、使用者による新規学卒労働者の採用は、多くの場合、次のような一連のプロセスを経て入社に至ります。
- 使用者による労働者の募集と労働者の応募(必要書類の提出)
- 採用試験の実施と合格者の決定
- 採用内定通知書の送付と労働者からの誓約書や身元保証書などの提出
- 健康診断の実施、近況報告や懇親会などの内定者のフォロー
- 入社日における入社式と辞令の交付
このような一連のプロセスが、「労働契約」と言えるのか。それが問題となってきます。
というのも、仮に、これを労働契約締結に至るまでの単なる事実上の経過に過ぎないと評価したり、単なる将来の労働契約の予約と考えるならば、「労働契約」に適用される種々の法規制が及ばなくなるからです。
(2)内定は、始期付・解約権留保付労働契約
内定の法的性格は、判例・通説に従えば、上記のようなプロセスを経る新規学卒労働者については「始期付・解約権留保付労働契約」と考えられています(最高裁昭和54年7月20日判決・大日本印刷事件、最高裁昭和55年5月30日判決・電電公社近畿電通局事件)。
以下、これを噛み砕いて説明します。
①内定時に「労働契約」が成立している
この判例では、採用内定の時点で、既に労働契約は成立していると結論付けられています。
理由としては、以下のような一般的な意図や認識を考慮したところにあります。
- 使用者側は、採用内定者がさらなる就職活動により他社の内定を受けて採用を辞退することを防止する意図がある
- 労働者側としても、内定を受けることで就職先の保障を得られたものと認識している
このように、使用者側も労働者側も、内定には一定の拘束力があることを認識しているといえるのです。
その上、このような事情も理由となります。
- 内定決定後には、これと別途に改めて労働契約を締結するための特段の意思表示を行うことが通常予定されていない
こうした内定を取り巻く背景から、労使当事者の通常の意思を合理的に解釈すれば、内定段階ですでに労働契約は成立していると理解すべきと判断されたのです。
また、労働者を保護するという見地からも、内定段階で労働契約の成立を認めることが求められます。
というのも、内定取消にも就業中の解雇と同様に解雇権濫用の法理(労働契約法16条)を適用することが労働者保護につながるからです。
労働者は内定後の就労に大きな期待を有していますし、内定を取り消されると新規学卒者という労働市場での有利な地位を失い、大きな不利益を受けるため、内定取消は容易に認められるべきではありません。
そこで、一般的には、企業の募集は労働契約における申込みの誘引、学生の応募は労働契約の申込み、内定通知はその申込みに対する承諾と位置づけ、これによって労働契約が成立したものと解されるのです。
ただし、内定から実際の入社に至るまでのプロセスは、各企業によって様々な形態を自由に設定できるのであって、一律ではありません。
実際の裁判では、具体的な当事者における内定前から取消しに至るまでの詳細な事実経過の主張立証を前提として、労働契約に関する当事者の合理的意思解釈がなされることになります。
従って、上記は一般的なケースについてであり、全ての内定事案にあてはまるものではないということに十分注意してください。具体的にどのような事実関係があったのかによって判断が異なり得るため、個別具体的な事実関係が重要となります。
②始期付とは? 解約権留保付とは?
始期付とは、就労を開始する、あるいは、労働契約の効力が生じる時期が入社日である、という意味です。
(どちらに当たるかは、それぞれの契約の解釈によって確定されることになります。)
解約権留保付とは、始期までの間、使用者が労働契約を終了させる権利を保持している、という意味です。
労働契約が成立しているといっても、入社後の労働契約と全く同じものとまではいえません。
通常、採用内定通知書や労働者の誓約書には「内定取消事由」が記載されていることや、採用内定は使用者側が質の高い労働力を確保する目的でも実施するものであることから、「取消事由に記載された事実が生じた場合や卒業ができなかった場合には労働契約を解約できる」という解約権留保の合意が存在すると解釈されるのです。
(3)内定取消は、解雇権濫用法理に服する
内定を解約権留保付労働契約と認めるとき、内定取消は、使用者による解約権の行使と解され、留保された解約権の行使といっても、既に労働契約が成立している以上、解雇権濫用法理(労働契約法16条)と同様の規制に服することになります。
従って、「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当でない」解約権の行使は無効、ということになります。
これは、簡単に言えば、容易に内定取消はできない、ということです。
使用者側の一方的な都合や、会社のムードに合わない等の不合理な理由で、簡単に内定を取り消すことはできないのです。
(4)内定取消が無効となるか否かの判断基準
内定取消が無効となるかどうかの基準は、
- 内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事由であって
- これを理由として内定を取り消すことが解約権留保の趣旨・目的に照らして客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認し得るものに限られる
とされています(前記大日本印刷事件)。
採用内定通知書や労働者側の誓約書に採用内定の「取消事由」が明記されている場合でも、これら1.及び2.の制約を受けます。
例えば、通常、内定通知書や誓約書には、「提出書類への虚偽記入」が、取消事由として明記されています。
しかし、1.及び2.の見地からは、事実との仔細な相違にすぎない場合、取消しは許されません。
虚偽の内容と程度が重大で、従業員としての不適格性が明確であると言えてはじめて、解約権留保の趣旨、目的に合致し、その解約権の行使は正当であると判断されるでしょう。
他方で、内定通知書等に記載された取消事由を限定列挙と解することは危険です。
取消事由には通常、「その他会社側が内定を取り消すべきと判断する重大な事由が生じた場合」等の包括的な規定があり、1.及び2.の要件を満たす事由であれば、使用者側がこの条項を使って解約権を行使することもあります。
もし包括規定がなかったとしても、使用者側が相当な理由をもって内定取消をする場合、この1.及び2.を満たしているときには、裁判でも正当な解約権行使と認められることになります。
2、「業績悪化」による企業側の都合で内定取り消しは有効か?
「業績悪化」による内定取消は、整理解雇と同様の性質を持ちますので、整理解雇と同様の判断基準、すなわち、
- 内定取消の必要性
- 内定取消回避努力義務の履行
- 内定取消者の人選の合理性
- 内定取消手続の妥当性
の観点からその有効性が判断されることになります(実際、このような観点から有効性が判断された事例もあります(インフォミックス(採用内定取消し)事件(東京地裁平成9年10月31日決定))。
まず、1.は、内定取消を行うことになった原因と程度が経営上の十分な必要性に基づいて行われているか、という観点から判断がなされます。
判断方法としては、整理解雇の事例ですが、裁判例の中でも、必要性を厳格に判断するものと比較的緩やかに判断するものとがあります。
そのため、業績悪化を理由とする採用内定取消の場面でも同様の判断構造になると考えられます。
例えば、使用者が杜撰・放漫な経営を行っていた結果として業績が悪化した場合必要性は否定され、市場経済が大きく悪化したことが原因で当該企業の業績も悪化した場合(いわゆるリーマンショックなど)必要性は肯定されると考えられます。
また、2.が要求されるのは、使用者は、極力内定取消を避けるよう努力しなければならない、という考えが前提にあります。
そのため、例えば、内定取消前に、使用者が何も対策を講じていなかった場合には回避努力をしていなかったと評価され、遊休資産の売却、経費削減などの経営努力を行っている場合、回避努力をしたと評価される可能性があります。
3.について、対象者の選択が、使用者の恣意に基づいて行われることがあってはなりません。
恣意的に内定取消の対象者を選択したと判断される場合には、この点は否定されますし、客観的で適切といえる基準に基づいて対象者を選択した場合には肯定され得るでしょう。
4.について、使用者は、会社の経営状況について資料を示して十分に説明し、内定取消の時期、方法等について、内定者の納得が得られるようにしなければなりません。
これを怠って、具体的な理由の説明もないままに内定取消を行うことは、誠実な対応をしたとはいえず、この点が否定されます。
「業績悪化」による採用内定取消については、以上のような点がその有効性を左右しますので、仮に内定を取り消された場合には、会社に対してその理由について具体的な説明を求めることがよいでしょう。
3、企業側からの内定取消が無効となりうる事例
実際、早期に採用内定を出すような大手企業では、人事部署が慎重な採用計画に基づいて、それなりのコストと期間をかけて人物を選定するので、コンプライアンスを重視する現代では特に、内定取消はそれなりの理由で行われるものと思われます。
そのため、無効となるような事例はなかなか表には出てこないかもしれません。
しかし、それでも時々、首をひねるような事案が報道されることもあります。
判例の事案としては、内定者がグルーミー(陰気)な雰囲気であったからという理由で選考の段階から明らかであったにもかかわらずなされた内定取消が無効とされています(前記大日本印刷事件)。
このように、選考の段階から明らかな事由や選考過程で調査ができる事由で、内定を取り消すことは認められません。
また、テレビ局のアナウンサーとして採用内定された女性が、高級クラブでアルバイトをしていた経験があることが判明したため内定が取り消されたという事案では、最終的に内定者が予定どおり入社するという形での和解で終了しました。
高級クラブでアルバイトをしていた経験があるという程度では、内定取消の合理性や相当性があるとは言えないのではないでしょうか。
アルバイト経験の事実のみで、アナウンサーとしての適格性に悪影響を与えると即断するのは合理性があるとは言えないと思われます。
また、内定者を決めた後、より良い条件の縁故採用候補が現れたが、両者を採用する経営上の余裕がなく前者の内定を取り消すという場合も、基本的にはその取消しに合理性や相当性があるとは言えないでしょう。
4、内定の取消しに対して主張できる3点とは?
内定取消に対し、内定者は次のような法的手段をとることができます。
(1)内定取消の無効を主張
内定取消は無効であるとして、従業員たる地位の確認を裁判所に請求することができます。
裁判所に認めてもらうことにより、その会社の従業員であることが正式に確認されます。
(2)賃金請求
裁判が長期化し、入社日から出社できなかったとしても、内定取消が無効なのであれば、入社日以降の賃金の支払いを請求できます。
労働者は、実際には労働していませんが、それは無効な内定取消という使用者の責に帰すべき事由が原因で労働を提供できなかったためですから、労働者は賃金を請求する権利があります(民法536条2項)。
(3)損害賠償請求
内定取消により再度の就職活動を余儀なくされ、精神的苦痛を受けた場合などは損害賠償請求として慰謝料を請求することが可能な場合もあります。
5、企業側の都合で内定取消が有効となる場合とは?
一般的に、内定取消が合理的と認められうる場合を列挙してみます。
- 新規学卒者の卒業が不能となったこと
- 労働力の提供を阻害するような事情の発生(就労不能の疾病にかかった場合、刑事事件で拘束され起訴されたような場合)
- 予測が難しい大規模な景気変動に伴う経営難が生じた場合(ただし「2」の要件を満たす必要があるでしょう)
- 労働力の質の評価を変更せざるを得ない事実の判明(例えば、労働者が取得していたという就業に必要不可欠な資格が、実際は取得していなかったことが判明したような場合)
6、企業側からの内定取消の無効を主張する方法
内定取消を受け、取消理由に納得がいかない場合には、まず使用者側に対して、内定取消の撤回を求めるべきです。
自分は、内定取消を認めないという意思を明確にし、後の証拠とするため、この要求は、内容証明郵便を利用して伝えたほうがよいでしょう。
その上で、使用者側と話し合うことになりますが、通常、労働者は、使用者が取消しを撤回しない可能性を見据えて、他の就業先への就職活動を並行して行わなければならない立場にありますので、あくまでも撤回を求めるか、それとも、そのような企業には早々に見切りをつけて新たな道を探るか、見極めが重要となります。
その際は、最終的に訴訟となった場合に、内定取消が無効と判断されるかどうかという法的な見通しをつけることが大切です。
無効となる可能性が低ければ、再度の就職活動に注力したほうがベターです。
7、企業側が取り合ってくれない場合の相談先
使用者側が話合いに応じてくれない場合、話合いに応じても、あくまでも取消しを撤回しない場合は、法的手段をとるしかありません。
法的手段の相談先としては、厚生労働省及び各都道府県労働局が設置している「総合労働相談コーナー」(各労働基準監督署にも置かれています)や、各都道府県が設置している「労働相談センター(東京都は労働相談情報センター)」があります。
これらは、労働問題の無料法律相談に乗ってくれるだけでなく、当事者が希望すれば、使用者側との話合いの仲介をして、解決を斡旋してくれる制度もあります。
ただし、採用内定取消は、それが無効なものであっても、あくまでも労働契約という私法上の契約の違反に過ぎないものです。
従って、厚生労働省や地方自治体という行政機関が介入するには限界があります。
話合いの斡旋も、あくまで当事者が合意することを前提としています。
結局、最終的には司法による解決に委ねるしかありません。
このため、できるだけ早期に、弁護士に相談をし労働審判や訴訟提起もにらんだ対策を相談しておくことをお勧めします。
まとめ
今回は採用内定の取消しについて説明をしました。
就職が決まって、期待に大きく胸が膨らんでいた時に、取消しという非情な通告を受けたことは、大きなショックだったと思います。
しかし、あなたの人生は、まだまだ始まったばかりです。
この問題を乗り越えて、力強く前進してくださることを期待します。