公務員でも、残業代は請求できるのだろうか……。
給料が安定していると言われることの多い公務員ですが、基本給料とは別に残業代を請求できるのか、気になる方も多いのではないでしょうか。
今回は、
- 公務員の残業の実態
- 公務員にも残業代は必ず支払われる
- 公務員にも民間企業同様の残業上限規制がある
- 公務員の残業代が払われない(サービス残業)への対処方法
などについて、ベリーベスト法律事務所の弁護士がわかりやすく解説します。
この記事が公務員の皆様、公務員を目指している皆様、そのご家族の皆様のお役に立ち、公務員として誇りを持って働くための一助となることを願っております。
目次
1、公務員の残業代を見る前に〜公務員の残業事情
公務員は、「サービス残業が当たり前」「過労死ラインが当たり前」といった声をよく聞きます。
また、国家公務員制度を担当する河野太郎規制改革担当大臣が、令和3年1月の記者会見で「残業時間はテレワークを含め厳密に全部付けた上で、残業手当を全額支払う」と表明したことで、公務員の残業が話題となりました。
(参考記事)
国家公務員の残業代を全額支払いへ 河野大臣が表明(テレ朝ニュース2021年1月222日)
国家公務員に残業代「適切」支給 河野氏が1月に要請(日本経済新聞2021年2月18日)
次のダイヤモンドの記事も参考になります。
国家公務員の残業時間ランキング!【24官公庁・完全版】(ダイヤモンドオンライン2019年9月30日)
公務員の残業の実態はどうなのでしょうか。
(1)国家公務員はサービス残業も過労死ライン超過も当たり前になっている?
マスメディアの記事から紹介します。
官僚の勤務データは“リアル”? 人事院に直撃(NHK 調査)(2019年7月16日付)
本記事によれば、平成30年度公務員白書の数字と、官僚に対する民間のインターネット調査とでは、超過勤務が年720時間超の職員の割合に大きな乖離が見られます。
年720時間というのは、民間企業に対する罰則つき時間外上限規制の上限値です。公務員もこの基準が適用されています。
超過勤務が年720時間超の職員は、公務員白書では全体の7%程度でした。およそ14人中1人程度の割合でしかないという結果です。
一方、800人を超す官僚に対する民間のインターネット調査では、超過勤務が年720時間超の職員の割合は63.6%でした。
およそ3名に2人程度の割合で超過勤務をしているという結果です。
早稲田大学の稲継裕昭教授は、次のように分析しています。
「公務員白書の数字は、各省からの『超過勤務手当がついた超過勤務時間』をもとに算出されているにすぎず、いわゆるサービス残業は反映されていないものです。
一方で、民間の調査は、ウェブ上で回答を求める形なので、回答者の属性に偏りが出る部分があると思います。
つまり、この問題に意識が高い人たちが答えている可能性があるのです。」
公務員白書は、公式の調査であるものの、実態に即しておらず、現実としてはサービス残業が広範に行われ、過労死ライン越えの人も相当数いるのでしょう。
(2)地方公務員については実態が様々
①公式の統計
総務省がまとめた地方公務員の時間外勤務に関する初の実態調査によると、2015年度の都道府県と主要市の常勤職員1人当たりの時間外労働時間は、158.4時間でした。
この時間数は、国家公務員の時間外労働時間(233時間)を下回りますが、民間事業所の時間外労働時間(154時間)を超える時間数です。
過労死のリスクが高まる一つの目安とされる月の時間外労働時間数が80時間超の職員も、1.1%(約5万人)となりました。
(参考)
地方公務員 残業158時間 15年度、民間を上回る(日経新聞2017年5月3日)
②実態について
地方公務員のサービス残業の実態について、現職の地方公務員などがネット上で以下のようなさまざまな声を発信しています。
- 予算枠に縛られてサービス残業が当たり前になっている
- 公務員に残業が多いなど昔の話
ネット上の声だけで全体を判断することはできませんが、それでも、サービス残業や過労死ラインを越えた残業をしている公務員がいることは、事実と考えられます。
2、公務員の残業(時間外・休日などの超過勤務)について法律はどのように定められているのか。
国家公務員と地方公務員とは、残業(休日勤務を含む超過勤務)を規制する法律は異なりますが、上限規制や割増賃率などは基本的に民間企業と同様です。
公務員には様々な職種がありますが、一般職の公務員を前提に概要をご説明します。
(1)国家公務員
人事院の国家公務員向けの解説で、簡潔にまとめられています。
人事院「国家公務員には労働基準法が適用されず勤務時間法が適用される。」
①規制する法律
一般職の国家公務員には、労働基準法は適応されません(国家公務員法附則第16条)。
その代わり、勤務時間や休暇等については、勤務時間法が適用され、詳細は人事院規則で定められています。
割増賃率については、「一般職の職員の給与に関する法律」で労働基準法同様に定められています。
(参考)
勤務時間や休暇等について
一般職の職員の勤務時間、休暇等に関する法律(略称「勤務時間法」)
割増賃率について
(第16条超過勤務手当、第17条休日給、第18条夜勤手当)
②規制内容
超過勤務を命じる時間や月数の上限について、下記の通り、人事院規則一五―一四第16条の2の2には、労働基準法第36条の規定と同様の規定が設けられています。
なお、大規模災害への対処、重要な政策に関する法律の立案、他国又は国際機関との重要な交渉などの重要な業務であって、緊急に処理することを要するものについては、下記に記載する上限を超えて超過勤務を命じることができることとなっています。
③健康確保措置の強化
1月100時間以上の超過勤務を行った職員に対して、本人の申し出がなくても医師による面接指導を実施することとされています。
職員から申し出があった場合の面接指導についても、その対象となる基準を1月100時間超から80時間超に引き下げらました。
④一定日数の年次休暇の使用促進
一の年において10日以上の年次休暇を使用可能な職員に対して、年間の休暇使用計画票を作成し、年5日以上を使用することができるよう、各省各庁の長に配慮を求めることとされています。
なお、「独立行政法人の職員」は国家公務員ではなく、労働基準法が適用されるため注意が必要です。
(2)地方公務員
時間外・休日勤務等については、労働基準法が概ねそのまま適用されます。
割増賃率や超過勤務の上限規制についても、同様です。
地方公務員法第58条(他の法律の適用除外等)は、労働基準法の一部条文を適用除外とすることを定めていますが、労働基準法第36条(時間外及び休日労働)や、第37条(時間外、休日及び深夜の割増賃金)は、適用除外とされていませんので、地方公務員にも適用されるためです。
なお、水道局や交通局の職員などの「地方公営企業法」及び「地方公営企業等の労働関係に関する法律」の対象となる方は、地方公務員法第58条の規定からは除外され、原則、労働基準法が適用されます(地公企法第39条、地公労法第17条)。
(3)公立学校の教員には残業代がでない。
公務員である公立学校の教師にも、基本的には労働基準法が適用されます。
しかし、「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」(給特法)が適用され、同法第3条により、時間外・休日手当は支給されないこととなっています。
その代わり、月額給与の100分の4にあたる額を上乗せして支給することとなっています。
(4)相談先は労基署とは限らない。
公務員については、適用法律の問題から、相談先が労働基準監督署以外になるのが普通です。
①国家公務員
国家公務員の場合は、労働基準法が適応されないため、基本的に相談先も労基署ではありません。
人事院や所属府省の人事担当部局などに相談することになります。
②地方公務員
地方公務員の場合は、職員の区分ごとに相談先が異なります。
- 一般行政職(自治体の各機関で働く職員)、教員、警察官、消防職員
⇒人事委員会または人事担当部局に設置された窓口(地公法第58条5項)
- 地方公営企業の職員(例:水道事業の職員など)、単純労務職員(例:清掃職員や学校給食の職員など)、特定独立行政法人の職員、労働基準法別表第1第1号~10号および13号~15号に該当する職員、特別職(労働基準法の労働者に該当する場合)
⇒労働基準監督署
(参考)ベリーベスト法律事務所
公務員は労働基準監督署へ相談できる?労働基準法の適用や相談先について
(参考)法律の適用の詳細については、次の資料を参照してください。
国家公務員・特定独立行政法人の職員・地方公務員と労働基準法の適用
3、「公務員の残業代は予算で制約される。」というのは間違い
公務員の残業代(超過勤務手当)について、「残業代の予算があり、その範囲内の残業代しか出せない」といった解説がネット上に広がっていますが、これは間違いです。
予算の制約によって超過勤務手当を支払うことができないのであれば、新たに予算措置を講じる必要があるというだけであり、超過勤務手当の支払いが不要となるわけではありません。
次に紹介する実際の裁判でも、予算の制約などの議論は一切されることなく、残業代の支払いが命じられています。
(1)東京都多摩教育事務所(超過勤務手当)事件(東京高判平22・7・28労判1009号14頁)
公務員の残業代についての有名な事件です。
都の教育事務所職員が、超過勤務手当が一部しか支払われなかったとして未払いの超過勤務手当の支払いを求め提訴しました。
裁判所は、労働者の主張を認め、都に対し超過勤務手当の支払いを命じました。ポイントは次の通りです。
①当該公務員が正規の勤務時間内で完了できない仕事を与えられ、時間外や休日に勤務していた。そのことを上司も常日頃から現認しているばかりか、不定期ではあるものの補助簿の提出を受けるなどして報告を受けることにより知り、容認していた。
②超過勤務に見合う予算措置がなかったので、予算内に収まるように超過勤務時間数の一定割合のみを命令簿に記載させていた。
③「労基法上の労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたと評価できるかどうかで客観的に定まり、使用者が明示的に超過勤務命令をしていたことは、必ずしも要件となるものではない。」などと判示された。
(2)愛知県稲沢市消防吏員事件(名古屋高判平21・11・11労判1003号48頁)
愛知県稲沢市の消防吏員が時間外、休日及び深夜の割増賃金(残業代)の支払いを求めた事案です。
本件では、管理監督者性などについて、高裁まで争われました。
一審、控訴審とも、次のことを根拠として管理監督者性を否定し、50人の原告のうち47人分の残業代の支払いを認めました(管理監督者性について、民間企業の労働事件の場合と同様の判断基準を用いています)。
- 勤務時間や勤務場所について拘束を受けていたこと
- 管理職手当の額がそれほど優遇されていないこと
- 重要事項の決定に関与していなかったこと
など
(判決文はこちら)
4、公務員の残業代の実態と計算方法
(1)国家公務員
①計算方法
計算方法については、「一般職の職員の給与に関する法律」で定められています。
(第16条超過勤務手当、第17条休日給、第18条夜勤手当、第19条勤務1時間あたりの給与額の計算)
まとめると、次の通りです。
- 超過勤務手当支給額=A勤務1時間あたりの給与額×B支給割合×勤務時間数
A.勤務1時間あたり給与額
=(月額給料+地域手当等)×12÷(1週間当たり勤務時間×52)
「地域手当等」には、地域手当、広域異動手当及び研究員調整手当が含まれます。
また、1週間当たりの勤務時間は、38.75時間とされています。
B.支給割合
正規の勤務時間が割り振られた日の勤務の残業(平日)→125/100
それ以外の日の残業(休日) → 135/100
午後10時以降から翌日の午前5時まで(深夜) → 上記に25/100をプラス
月60時間以上の残業 → 150/100 (深夜は175/100)
②残業代の実際の算出
ご自身の給与明細の超過勤務時間数と超過勤務手当額を見て算出できるでしょう。
仮に申告していないサービス残業分があれば、その時間分の超過勤務手当額は次のようにして大まかに算出できます。
- サービス残業分超過勤務手当額=(超過勤務手当額÷申告した超過勤務時間数)×サービス残業時間
③平均給与・平均超過勤務時間数
国家公務員全体の平均給与と平均超過勤務時間数は、人事院勧告の参考資料で示されています。
ただし、この資料では超過勤務手当額は記載されていません。
(2)地方公務員
①計算方法
計算方法は国家公務員と類似していますが、時給計算の方法については、条例及び人事委員会規則によって定められているため、自治体によって異なります。
②残業代の実態
地方公務員給与実態調査にて、月額支給給料手当や年額手当が細かく示されています。
5年ごとに実施される基幹統計調査と、基幹統計年の間を補充する補充調査(基幹統計年以外の年に実施)に分かれています。
直近の基幹統計調査は平成31年(2019年)4月です。
基幹統計調査には次の項目が示されています。
- 「都道府県」「指定都市」「市区町村」ごとの職員数
- ひと月あたりの平均給料(報酬)額等
- ひと月あたり時間外勤務手当額等
例えば都道府県では、ひと月あたりの時間外勤務手当額は、北海道1万1200円、東京都2万8800円とされています。
5、公務員のサービス残業をなくすためにはどうすればよいか。
公務員のサービス残業をなくすには、まず、サービス残業の原因を把握しましょう。
その上で、現在実際に国家が取り組んでいる対策について説明します。
(1)公務員がサービス残業になる原因
公務員がサービス残業になる原因として、次のような理由が考えられます。
しかし、いずれも大きな間違いです。
①「予算に制約があるからそれ以上の残業手当は支給されない。」という誤解
前述「2、(4)」の通り、予算の制約といった理由で超過勤務手当の支払い義務が免除されることはありません。
前述「1」の河野大臣の「国家公務員の残業代全額支払い」というのは、法律を適正に執行するという当たり前のことを言っているにすぎません。
②管理職などが「部下の残業を削減しないと自分の査定に響く」と考えている
現実に残業を削減するのは、業務効率化の視点で必要なことです。
しかし、実際の残業について申告せず闇に葬るのは、法律違反となります。
管理職自らの保身のために、虚偽報告を部下に強いるなど言語道断です。
部下も人事考課や査定などに響くことを恐れて、上司の言いなりになるしかないことはよくあると思われます。
③残業の実態把握の必要性・重要性を理解していない。
サービス残業などの虚偽報告は、実際の業務運営への妨げになりかねません。
事実の正確な把握と報告は、業務運営の基本です。
残業の実態把握は、職場の人員配置や業務効率などの判断に欠かせない情報であり、虚偽報告は組織のトップの判断を誤らせることになるでしょう。
より深刻な問題は、長時間労働が心身の健康を損ね、過労死、過労自殺の原因となることです。
後述の通り、厚生労働省をはじめ各官庁が、真剣に対策を取っているところです。
(参考)ヤミ残業は不正の温床になる 玉上信明(日経新聞私見卓見2017年1月30日)
(2)公務員の残業についての昨今の動き
働き方改革の推進や過労死防止対策等の動きは、民間企業のみならず公務員にも幅広く適用されています。
長時間労働を解消していくのが国の基本方針であり、残業の実態把握はその一歩です。
①「過労死防止対策白書」での公務員の公務災害の分析と対策
厚生労働省では、毎年「過労死防止対策白書」を取りまとめています。
公務員の公務災害(民間企業での労災も含む)の「脳・心臓疾患」と「精神疾患」が必ず取り上げられ、長時間労働との関係も分析されています。
(参考)
令和2年版過労死等防止対策白書(令和元年度年次報告)〔 概 要 〕
②総務省における過労死防止対策
時間外の実態を調査のうえ、厚生労働省のガイドラインを地方公共団体に周知し、適切な対応を要請する等の対策がまとめられています。
《ガイドラインの示す労働時間把握のための原則的方法》
- 使用者による現認、タイムカード・ICカード等の客観的な記録
- 自己申告による場合は、勤務時間管理者及び労働者に対する十分な説明を実施する」
③総務省の働き方改革ガイドブック
超過勤務対策の具体的な取組み方法が、示されています。
例えば、次のようなものです。
「特定の部署ではなく、全庁的に職員の働き方に課題がある場合には、全庁一斉に働き方改革に取り組みましょう。首長を筆頭に、推進部署が中心となり、各部署の働き方改革推進の責任者を明確にします。あわせて、各部署において取組を推進する中心メンバーを選定するとよいでしょう。」
地方公務員における女性活躍・働き方改革推進のためのガイドブック改訂版
6、公務員が残業代を請求するなら弁護士に相談を
公務員については、一部の職種を除いて労働基準監督署等への相談ができません。労働者自らが、人事担当部局などに申し入れて残業代請求を交渉するのは困難でしょう。
おかしいと思えば、躊躇せずに労働問題に詳しい弁護士に相談してみてください。
正当な残業手当を求めるのは、労働者の当然の権利です。弁護士は、必ずあなたの味方になってくれます。
まとめ
今回は、公務員の残業代について解説しました。
正当な残業代請求こそが、働き方改革、過労死・過労自殺防止対策につながる、ということをご理解いただけたのではないでしょうか。
労働時間を適正に把握して業務の無理無駄ムラをなくし、生産性をあげることは、民間企業でも公務員でも当然必要です。
しかし、長時間労働を美徳とするような我国の悪弊が、生産性の向上を妨げ、過労死・過労自殺といった不幸をもたらしてきたのです。
今一度、労働時間をしっかりと把握してみてください。
弁護士のアドバイスも受けながら、正当な残業代はしっかり請求しましょう。
プロフェッショナルな公務員としての誇りある働き方のために、この記事がお役に立つことを願っています。