2020年以降、女性アスリートへの盗撮問題がクローズアップされ、具体的には性的な意図で映像を撮影・公開する行為が問題視されています。このような不適切な行動に及んだ場合、都道府県の規則違反や名誉毀損罪に問われ、実際にいくつかの逮捕事例も報告されています。
この記事では、
- 女性アスリートに対する撮影行為が犯罪と見なされる基準
- 盗撮で逮捕された場合の法的結果
- 盗撮で逮捕・検挙された場合の適切な対処法
について詳しく解説します。
目次
1、女性アスリートの盗撮問題とは
女性アスリートの盗撮問題とは、選手が性的な意図で撮影され、その画像が主にインターネットで拡散される被害を指します。
2020年7月から8月の間に日本陸上競技連盟アスリート委員会に複数の相談が寄せられ、共同通信運動部による報道で問題が表面化しました。
同年11月には日本オリンピック委員会(JOC)や日本スポーツ協会、大学スポーツ協会が被害防止に向けて共同声明を発表し、2021年には警察への相談事例や逮捕事例も出ています。
参考:アスリートへの写真・動画による性的ハラスメント防止の取り組みについて(JOC)
(1) 女性アスリート盗撮・画像拡散の具体例
女性アスリート盗撮(性的画像の撮影・拡散)の主な手口は、普及したスマートフォンのカメラを使った巧妙なものです。撮影された画像はSNS等に投稿されて選手の羞恥心を煽るだけではなく、二次的な性的ハラスメントも招いています。
▼被害の例
- 選手の画像に卑猥な言葉をつけ、ネットに投稿する
- 選手の画像を使って卑猥なコラージュ画像・動画を作成し、ネットに投稿する
- 上記画像や動画をオークションサイト等で販売する
- 選手本人のSNSアカウント等に、上記画像や動画を見た人物から卑猥なメッセ―ジが送られる
(2)女性アスリート盗撮が規制されるべき理由
通常、スポーツ選手が競技に取り組む様子の撮影・投稿をしたところで、特に犯罪になるわけではありません。しかし、これが性的な行為態様・投稿内容となれば話は別です。
女性アスリートにつき性的に撮影・投稿することは、「盗撮・性的画像被害からアスリートを守る~現状と課題~」と題するシンポジウムにおいては、次のような理由から規制されるべきと考えられています。
- アスリートは自身の競技力向上のために取り組んでいる
- 自分自身が性的消費されるというのは想定の範囲外
- 盗撮・画像投稿は身体に直接接触はないが、身体接触のある痴漢行為に近いものがある
- 加害者にとっては一瞬の行為かもしれないが、被害者にとっては一生残る傷となる
- こういった行為が放置されることでアスリートが競技を離れる可能性がある
- すなわち、その人(=アスリート)がその人らしい行動ができなくなる
参考:「盗撮・性的画像被害からアスリートを守る~現状と課題~」をテーマとしたシンポジウムが開催されました。(JSPO Plus)
2、女性アスリートの「盗撮」で成立しうる犯罪と刑罰
女性アスリートの盗撮・画像投稿によって成立しうる犯罪としては、典型的には以下のようなものが挙げられます。
(1)迷惑防止条例違反
女性アスリートを撮影する行為は、都道府県の迷惑防止条例に抵触するおそれがあります。条例に違反する行為やその罰則について解説します。
① 迷惑防止条例で禁止されること(東京都の場合)
東京都の「公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例」(以下では、「迷惑防止条例」といいます。)の第5条1項3号では、「正当な理由なく」「人を著しく羞恥させ、又は人に不安を覚えさせるような行為」であり、「公共の場所」において「卑わいな言動」をしてはならない旨定められています。
女性アスリートの撮影につき、その行為態様、撮影対象等によっては「卑わいな言動」にあたるとされる場合があると考えられます。
②迷惑防止条例違反の罰則(東京都の場合)
女性アスリートの撮影が東京都迷惑防止条例違反となった場合、6月以下の懲役又は50万円以下の罰金に処されます(迷惑防止条例第第8条1項2号)。
「常習として」したということになれば、1年以下の懲役又は100万円以下の罰金(同条例第8条8項)と重くなります。
③ユニフォームを着た状態で撮影しても犯罪になる
女性のユニフォーム姿を撮影しても「卑わいな言動」となれば、迷惑防止条例違反になります。
なお、衣服を着た状態でも執拗な撮影を行うことは、被害者を著しくしゅう恥させ、被害者に不安を覚えさせるような「卑わいな言動」と最高裁で判断された事案があります。
参考:平成20年11月10日最高裁判所第三小法廷判決(全文はこちら)
(2)名誉毀損罪
女性アスリートの盗撮画像をネット上で公開する行為は、刑法の名誉毀損罪(刑法第230条1項)に抵触するおそれがあります。成立要件や罰則は次のとおりです。
①名誉毀損罪の成立要件
名誉毀損罪の成立要件は「公然と」かつ「事実を摘示」し、かつ「人の名誉を毀損する」ことだとされています。例えば、撮影した写真を性的に加工したものをブログ、SNS等に投稿すると、その行為につき名誉毀損罪が成立する可能性があると考えられます。
②名誉毀損罪の罰則
名誉毀損罪の罰則は、3年以下の懲役もしくは禁錮又は50万円以下の罰金です。懲役・禁錮の期間は、迷惑防止条例に違反した場合よりも重くなります。
(3)侮辱罪
女性アスリートの画像をネット上に公開する行為は、侮辱罪(刑法第231条)にあたる場合もあります。成立要件や罰則は次のとおりです。
①侮辱罪の成立要件
侮辱罪の成立要件は「公然と」「人を侮辱」することです。名誉毀損罪に問われる可能性があるケースで、必ずしも事実を適示しているとは認められない場合が挙げられます。
例えば、撮影した画像とともに、わいせつな意見や感想をコメントして投稿したようなケースが挙げられます。
②侮辱罪の罰則
以前の侮辱罪の罰則は、30日未満の拘留又は1万円未満の科料と軽いものでした。
しかし、現在は法改正で厳罰化が図られ、令和4年7月7日以降は上記のほか「1年以下の懲役もしくは禁錮又は30万円以下の罰金」も加えられました。
(4)著作権法違反
TVやニュースで見た女性アスリートの写真を無断転載した場合には、撮影した報道各社に対し、著作権侵害に基づく責任も生じるおそれがあります。
① 著作権法違反の罰則
アスリート画像の無断転載で著作権法違反となった場合、10年以下の懲役又は100万円以下の罰金、あるいはその両方が科せられます(著作権法第119条1項)。アフィリエイト運営等、法人を主体として無断転載を行っていれば、罰金は3億円以下と多額になります(著作権法第124条1項1号)。
② 性的な目的がなくても著作権法違反になる
著作権法違反は「無許可で画像・動画等を転載したこと」が問題とされ、性的な目的があるかどうかは問われません。
3、女性アスリートを「盗撮」した疑いで逮捕された実例
女性アスリートの性的画像を撮影・投稿したとして実際にされる例は、2021年頃から目立ち始めています。ここで紹介するのは、大きく報道された3つの事例です。
(1)無断転載が著作権法違反に該当するとして逮捕された事例
2021年5月、京都府内に住む自営業の男が「女性アスリートの画像39点をアダルトサイトに無断転載した」として逮捕されました。JOCより情報提供を受けた警視庁が捜査し、立件に至った例です。
本件のポイントは、社会問題化したばかりの段階で、スポーツ団体と警察で協力して加害者の検挙事例を作ろうとした点です。
本事案の後、女性アスリートの性的画像を巡る検挙・立件の事例が続くようになります。
(2)性的動画販売が名誉毀損罪に該当するとして逮捕された事例
2021年6月、千葉県内に住む会社員の男が「女性スポーツ選手の下着が透けて見える動画をネット販売した」として、名誉毀損の疑いで逮捕されました。赤外線カメラで盗み撮りした画像で数百万円を売り上げた、悪質なケースです。
名誉毀損罪は重い処分が下される罪でありつつも、被害者の告訴がなければ起訴できません。
そのため、最初に紹介した例では、被害者の負担を軽くするための方策として著作権法違反で立件されました。
本事案は女性アスリート関係における全国初の名誉毀損での逮捕例で、同月内に大阪で2例目の逮捕事案があります。
(3)女学生の無断撮影が迷惑防止条例違反に該当するとして逮捕された事例
2021年9月、京都府に住む男が「陸上競技場で女子高校生を性的な目的で撮影した」として、迷惑防止条例違反の疑いで逮捕されました。現場は公共の競技場で、下半身を強調した画像を計34枚撮影したとされています。
迷惑防止条例違反で検挙されるのは、当時としては異例の対応です。先だって京都府は条例を改正して、こういった盗撮を規制対象としています。
4、女性アスリートの「盗撮」で逮捕されたらどうなる?
女性アスリート盗撮や性的画像の投稿が警察に知られた場合、初犯なら厳重注意で済むこともあります。
ただし強い悪質性が認められた場合は別で、初犯でも逮捕・勾留されたり、略式起訴(100万円以下の罰金又は科料のケース)されることもあり得ます。
場合によっては正式裁判となり、実刑判決をうける可能性も否定できません。例えば、次のような場合は厳重注意では済まない可能性が高いです。
- 問題発覚までに撮影や投稿を執拗に繰り返している
- 閲覧者から選手に多数の迷惑メールが寄せられる等、実害が大きい
- 画像加工や添えられたコメントが過激であり、看過できない
- 盗撮・画像投稿によって多額の収益を上げている
(1) 逮捕後の流れ
盗撮等で逮捕された場合、警察の留置所で最大48時間に渡って身柄拘束されます。
その後検察官に送致され、遅くとも24時間以内には勾留請求されるかどうかが決まります。
勾留決定となれば、追加して最大で20日間(10日間+勾留延長で10日間)にわたって勾留されます。
こうして最大23日間の拘束を経て、刑事裁判を起こす手続(公訴提起)へ移行するのが原則です。
身柄拘束と前後して家宅捜索が入ることがあり、こうなると同居家族の生活にも差し障りが出る可能性があります。
また、本人の勤務先に知られることになれば、仕事にも影響が出てしまうかもしれません。
(2) 実名報道の影響
女性アスリート盗撮問題は、2020年東京五輪の頃からしばしば取り沙汰されていることから、逮捕者に衆目が集まって実名報道されることも十分にあり得ます。
本名がニュース等で流出してしまった場合、関係各所が容易に身元情報を知り得る状態となり、社会復帰に多大な支障が出ることも考えられます。
そのため、ネットの普及によりニュース記事が半永久的に残り、更生しても生涯つきまとう「デジタル・タトゥー」になる点も心配です。
5、女性アスリートの「盗撮」で逮捕・検挙されたときの対処法
女性アスリートの盗撮等の自身が行った行為で逮捕・検挙された場合、やるべきは「誠実に償い、再犯防止に努めること」です。
具体的に次のように対処すれば、重い処分を免れられる可能性が拓けます。
(1) 映像は全て拡散防止策を講じる
真っ先にやりたいのは、被害者の名誉をこれ以上傷つけないよう、盗撮画像・動画等は全てネットから消すことです。SNSやブログ上での削除操作だけでなく、検索エンジン(Google等)に対しても削除申請して履歴が残らないようにしましょう。
注意したいのは、撮影機材やパソコン・スマートフォン等に保存された映像に関して、自己判断で削除しようとしないことです。捜査機関に断りなく削除すると証拠隠滅と捉えられてしまう可能性があるため、削除前に刑事弁護人とよく相談しましょう。
(2)被害者と示談をする
映像の拡散防止策と同じくらい重要なのは、被害者との示談です。示談とは、民事上の損害賠償責任等について話し合い、相当の金額を支払うことで和解することを指します。このようにして早期に償いを済ませれば、不起訴処分等のより軽い扱いで済む期待が大きくなります。
注意したいのは、示談を誰とするかです。自分で撮影した画像が問題となった場合は被写体(=女性アスリート)が相手方になりますが、無断転載の場合は撮影者(=転載元のTV局等)とも示談しなければならない場合もあります。
(3)再犯防止措置を講じる
軽い処分としてもらうためには、自発的かつ意欲的な再犯防止策も必要です。事案や加害者側の事情によって変わりますが、具体的に次のような方法が考えられます。
- 医療機関等で投薬や性依存症カウンセリングを受ける
- 同居家族がより厚い支援体制を整え、本人との接し方を学ぶ
- 撮影機器、インターネットに接続できる機器を近親者が預かる
6、女性アスリートの「盗撮」をしてしまったら弁護士に相談を
女性アスリートの性的画像の撮影・投稿等をしてしまった場合、発覚する前でもきちんと弁護士に相談しましょう。相談すべき理由として次の2点が挙げられます。
(1) 迷惑防止条例違反は被害者の訴えがなくても検挙される
盗撮等で成立する可能性がある迷惑防止条例違反は「非親告罪」です。被害者の訴えがないと問えない罪(=親告罪)ではありませんから、第三者からの通報等で捜査が開始され、逮捕される可能性があるのです。
被害者本人が性的画像に反応を示していないからと言って、今後も警察に事案を把握されないわけではありません。そのため、早期に弁護士に今後の対処方法について相談しましょう。
(2) 刑事弁護人が必要な理由
もし女性アスリートの盗撮等で勾留されることがあれば、弁護士を選任することができます。逮捕・勾留されていない場合やまだ発覚していない場合であっても、プライバシー保護や寛大な処分を求めるための活動は、時間を確保して知識に裏打ちされた活動ができる弁護士にしかできないことですから、弁護人への相談をすべきでしょう。
弁護士がついた場合のメリットとして、次のようなことが言えます。
- 示談対応・再発防止策の提案により、早期の身柄開放が期待できる
- 裁判になっても、検察側が提出する証拠を精査して公判対策がとれる
- 実名報道されないよう、関係者や職場に対して先回りした対応がとれる
女性アスリートの盗撮問題に関するQ&A
Q1.女性アスリートの盗撮問題とは
女性アスリートの盗撮問題とは、選手が性的な意図で撮影され、その画像が主にインターネットで拡散される被害を指します。
2020年7月から8月の間に日本陸上競技連盟アスリート委員会に複数の相談が寄せられ、共同通信運動部による報道で問題が表面化しました。
同年11月には日本オリンピック委員会(JOC)や日本スポーツ協会、大学スポーツ協会が被害防止に向けて共同声明を発表し、2021年には警察への相談事例や逮捕事例も出ています。
Q2.女性アスリート盗撮・画像拡散の具体例
女性アスリート盗撮(性的画像の撮影・拡散)の主な手口は、普及したスマートフォンのカメラを使った巧妙なものです。撮影された画像はSNS等に投稿されて選手の羞恥心を煽るだけではなく、二次的な性的ハラスメントも招いています。
▼被害の例
- 選手の画像に卑猥な言葉をつけ、ネットに投稿する
- 選手の画像を使って卑猥なコラージュ画像・動画を作成し、ネットに投稿する
- 上記画像や動画をオークションサイト等で販売する
- 選手本人のSNSアカウント等に、上記画像や動画を見た人物から卑猥なメッセ―ジが送られる
Q3.女性アスリートの「盗撮」で成立しうる犯罪と刑罰
女性アスリートの盗撮・画像投稿によって成立しうる犯罪としては、典型的には以下のようなものが挙げられます。
・迷惑防止条例違反
・名誉毀損罪
・侮辱罪
・著作権法違反
まとめ
女性アスリートの画像を性的な目的で取り扱えば、たとえ「盗撮風~」などと銘打っていても逮捕される可能性があります。
初犯や比較的悪質でないような場合は厳重注意で済むこともありえますが、近年は女性アスリートの盗撮問題が大きく取り上げられ、厳しく処罰すべきという気風も高まってきています。
また、女性アスリートの二次被害が拡大している等の事情もあり、主観的にはそれほど悪意がなかったとしても重い処分を下される可能性があります。
盗撮等の行為を行ってしまった場合は、誠心誠意被害者に謝罪し、被害拡大と再犯の防止に努めることが大切です。
まずは刑事事件に詳しい弁護士と協力し、どのような対応が適切か考えましょう。